16 イケメン時々拉麺

 久方振りに春晴れとなった小都しょうとは一段と賑やかだった。どこからか古琴こきんの演奏が聴こえて、軒から軒に渡された提燈が桜吹雪の風に揺れている。咲き誇る桜の根かたに長牀几ながいすをならべて、妃嬪たちが茶を嗜んでいた。


「一度だけでいいから、わらわの宮に渡ってきてちょうだいよ」


「まあ、ずるいわ。私はこうやってご一緒にお茶をするだけで辛抱しているのに。ね、渡るんだったら、私の宮にきてくださいな」


「はいはい、順に遊んでやるから、それで満足してくれ」


 華麗なる妃嬪たちにかこまれ、愛想を振りまいている男がいた。

 梅よりも紅い髪に熱を帯びた瞳――累神レイシェンだ。愚か者というのはともかく、後宮に入り浸って遊んでいるという噂は事実だったのか。


(まあ、第一皇子で、なおかつ後宮の華たちをも凌ぐ超絶美形だもんな。そりゃあ、おモテになられますよねぇ……)


 ほんとうならば、下級女官であるミャオなんかとは、袖振りあうこともなかったはずだ。累神だって胡散臭い占い師と知りあいだとは想われたくないだろう。そそくさと素通りしかけたところで、後ろから妃妾に声をかけられた。


「ねえ、あなたも累神レイシェン様のことをお慕いしているの?」


 累神レイシェンの取りまきではなく、離れたところから累神に熱い視線を投げかけていた妃妾だった。違いますというまでもなく、妃妾は眉を寄せて、続けた。


帝族ていぞくと結ばれて優雅な暮らしがしたいんだったら、累神様は諦めたほうがいいわよ。あの御方は廃嫡はいちゃくだもの」


「廃嫡? 第一皇子なのに?」


 想わず、声にでた。

 第一皇子は愚者だから、皇帝には選ばれないだろうというのが都での噂だった。すでに廃されているなんて、聴いたことがない。


 それが真実だとすれば、なぜ。


 その時だ。累神レイシェンがこちらに視線をむけた。

 彼はなにを想ったのか。悪戯っぽく唇の端をあげると、片瞳かためを瞑って挨拶を投げかけてきた。


「累神様が、わ、私に? いやっ、幸せすぎて……もう、だめ……」


 妃嬪はか細い歓声をあげたきり、よめろいて崩れ落ちた。腰砕けというやつだ。気障なことをしても確かに彼ならば、絵になる。絵にはなるが。


(よくもあんなこっぱずかしいことを!)


 ミャオは頬をひきつらせる。


 きらきらとしているものにたいする拒絶感がいっきに押し寄せてきた。腰がもぞもぞするというか。とにかく落ちつかない。

 気づかなかった素振りをして、咄嗟に視線を遠くにむけ、慌ただしくその場を後にする。小都の雑踏に紛れたつもりだったが、後ろからぐいと袖をつかまれた。


「ほんとにつれないな、あんたって」


「あれ、よかったんですか。折角、綺麗な華にかこまれてたのに」


「なんだ、妬いてくれたのか」


「え、なにがですか?」


 ほんきで理解できずに瞬きを繰りかえすと、累神レイシェンは重いため息をついた。


「……ま、いいか。それでどうだ。調査は進んだのか」


「微妙ですね。……お腹が膨れたら、なんかわかるような、わからないような」


 いいながら、ミャオは通りがかった拉麺屋ののぼりを指差す。


 シンの後宮は大所帯だ。

 宮では食事が提供され、宮に属している女官にも賄いが提供されるが、毎食ではない。よって後宮のなかには、飯屋がごまんとあった。女官だけではなく、宮での食事に飽きた妃妾などが訪れることもあった。

 飲み食いには銭が要る。下級女官の給金からすれば、拉麺は割とぜいたくだ。


「はいはい、わかったよ。奢ればいいんだろ」


「よっしゃ、ごちになります」


 猫耳の髪がぴょこんとはねた。

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