11「俺はあんたが欲しい」
「私、神サマってきらいなんですよ」
「だって、そうじゃないですか。世のなか、悪者がのさばって正直者が馬鹿をみるばかりで、神サマがいたとしてもたぶん、碌なもんじゃない」
妙の父親が助けをもとめてきた知人に騙され、全財産を奪われた時も、神様とやらはなにもしてくれなかった。残ったのは多額の借金だけ。
両親は結局、幼い
幼かった妙を育ててくれたのは七歳違いの
生きてさえいれば、またいつか、姐に逢えると。
だから、
よくて禍が七割、福が三割。その程度だ。
「それで? どうするんですか。神を
「――まさか」
「奇遇だな。俺も神とやらは信じていないもんでね」
なのに、綺麗だ。ひと握りの嘘もない、魂からの嗤いだった。彼は終始、微笑を張りつけていたが、妙はこの時はじめて、この男の笑顔をみたとおもった。
「
「俺と組まないか。俺は、あんたが欲しい」
誰かに必要とされたことのなかった
第一皇子がなぜ、
愚者だというのがただの噂にすぎないことは、すでに妙にはわかっている。
彼は明敏な男だ。必要とするには、必要するなりのわけがあるはずだ。
「それって、一年前に皇帝が崩御なさった事と関係していますか」
皇帝は昨年、桜が散るとともに命を落とした。
以降、
「敏いな、あんた」
「ますます欲しくなった」
ぞくりと身が竦み、
狼に睨まれた猫のような心地だ。
(この男、皇帝の倚子を狙っているのか)
彼は第一皇子だ。皇帝になりたいと望むのは自然な事である。だが、なぜか違和を感じた。彼がなにを望んでいるのか、予期できない。
(どっちにしても、だ)
皇帝の問題などに係わりたくなかった。
「私は卑しい占い師もどきでして、
いそいそと帰ろうとする。だが逃がしてもらえるはずもなく、
「
「物騒! やだやだ、聞きたくないですって!」
「殺人犯の男はいまだに捕まっていない。このあたりをうろついているかもしれないな」
「さらっと
累神がなぜ、いきなり事件の話題を振ってきたのか、解かってしまうから、よけいに妙はぶんぶんと頭を振った。
「この異常な事件、あんただったら、どう解く」
「……」
妙が黙る。累神も黙った。
重みのある沈黙に堪えかね、妙は言葉を絞りだす。
「それだけだと、なんとも。夜間の
「へえ、残念だな」
累神が意地悪く
「宮廷の
「うっ」
「蒸したてふわふわの生地から、最高級の黒豚の脂がじゅわりと溢れだして海老やら筍やらと絡みあい、それはそれは旨いそうなんだが」
「………………なにをすればいいんですか」
食欲に敗けた。さきほども一時の欲に敗けたものの最後をみたばかりだったのに。
「心理をつかって、調査してくれ。襲われた嬪は
「え、
「なんだ、知りあいだったのか」
「常連です。ということは、殺されたのは」
「
「やっぱり! 後宮の
累神はその噂を知らなかったのか、瞬きする。
「鴛鴦?」
「あ、ええっと、ご存知ないならだいじょうぶです。女の
女には得てして、男には聴かせたくない噂のひとつやふたつあるものだ。花の棘というには細やかな。
他愛のない悪意がひと匙、まざった噂が。
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