3  訪れるは謎のイケメン宦官

「もう終わりなのか」


 声をかけられ、振りかえる。

 ミャオが瞳を見張るくらいに秀麗な男がたたずんでいた。


 服と帽子からして宦官かんがんか。だぼついた宦官の服をきていても、ひき締まった身体つきをしているのがわかる。理知に富んだひとみ、細い鼻筋、どれをとっても完璧だ。後宮にきて様々な麗人れいじんを見かけたが、こうも綺麗な男はみたことがない。

 僅かに毒気を抜かれたが、妙は「ええ、まあ」とこたえる。


「ほら、降りだしてきましたし」


「残念です。心を視通す敏腕の占い師がいるときいて、わざわざきたんですが」


「晴れていたら、明日の昼頃にまた、ここでやりますけど」


「……大月餅ダイゲッペイ


 猫耳のかたちに結われたミャオの髪がぴくんと震えた。


「報酬は食べ物だときいて、餡がたっぷりとつまった最高級の月餅ゲッペイを持ってきました。明日だと傷んでしまいますね? ほんとうに残念です」


 月餅というと、宮廷でも祭事の時にだけ食べられるという非常に高級な甜点テンテンだ。想像するだけでもじわりと涎があふれてきた。


「わかりました」


 軒におかれていた長牀几ながしょうぎに腰をおろして、妙は縛った風呂敷を再度解く。ここだったら、本降りにならないかぎり濡れずにすむ。


「視ましょう。お掛けになってください」


 妙はいつになく真剣に鏡をなでる。


「ふむ、視えてきました。貴方様には今、悩みごとがあるようですね」


「へえ」


 穏やかな微笑を続けていた男が、鼻端はなさきで嗤った。


「占い師さんは妙なことをいいますね。悩みごとのない人間などいるでしょうか? 少なくとも俺は逢ったことがありませんが」


 言葉遣いだけは慇懃だが、棘がある。妙は愛想笑いでごまかす。


「そうですね。でも貴方様の抱えておられるものは、ずいぶんと重そうです。これほどの重荷を抱えておられる御方は、そうはおられませんよ」


「わかるんですか?」


「もちろんです。私には全部、解かります」


 男は嬉しそうに眉の端をあげた。


「それはつまり、俺がどんな人間か、わかるということですね?」


「左様です。例えばですね」


 いまだとばかりに妙が畳みかける。


「貴方様は非常に神経質なところがあるのに、時々大事なことをおろそかにしてしまうくせがあるのではないでしょうか。人間関係においても、他人にも愛想よく接することができる裏側で、なかなか人を信頼できない部分があるように見受けられます」


「……」


 男が黄金の双眸そうぼうを細めた。奇妙なひとみだ。瞳孔の底で星が燃えているような。


「曖昧な考察ですね。それこそ、誰にでも身におぼえがあることばかりだ」


 妙は口端をひくつかせた。


(わあ、言い訳のしようもない)


 だってこれは、そういうものだからだ。


 敢えて細部を語らず、万人にあてはまることをいって、さもウラを読んだように振る舞う。大抵は感心して、なぜわかるのかと騒ぎだす。後は推察できるかぎりの言葉を重ねていけば、誰もがこの占い師は本物だと想いこんでくれる。


 だというのに。


 この男、ずいぶんと敏い。


「貴方様は占いなんかはなから信じていない。違いますか?」


「はは、それこそ、ずるい質問だな。はいと答えても、いいえと答えても、あんたには都合がいい」


 張りつけたような微笑を崩さないこの男がなにを考えているのか、まるで読めなかった。これだけ頭のまわる男がなぜ、占いなんかを受けにきたのか。


(私を試してる?)


 先程の言葉を想いかえす。彼は「俺がどんな人間か、わかるか?」といった。ミャオはあたり障りのない人格等を言い連ねたが。


(素姓をあてろということか)

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