十二、大時化

 翌早朝の波はやけに高く、漁はできなかった。年配の漁夫たちの指図を受けて船を浜から引き上げ、村中が嵐に備えていると、昼下がりにもなれば大時化となった。こうした日は、左慈たちは何もすることができずに、家の中で嵐の音を聞くばかりで退屈だ。


「まったく、慈郎ったらよくやるねえ」

 自分の小袖を見繕いながら、まづがそうぼやいた。

「嵐だってのに、まあ元気に遊びに行けること」

「風邪ひかないといいけれど」

 花乃が心配そうに風雨の叩きつける戸を見ると、まづがふんと鼻で笑った。

「外に出やしないよ。どうせいつもの仲間の家でつるんでるだけさね」

「いいじゃねえか。家ん中じゃあ、俺たちゃやることねえんだから、肩身が狭いんだよ。なあ左慈」

「……そうだな」

 狸寝入りをしていたのだが、左介にはばれていたらしい。左慈は観念して小さく返事をした。左介はというと、花乃の膝に頭を載せて居心地がよさそうだ。本当に肩身が狭いのは、この場に左慈一人だけのようだ。再び寝たふりに戻ろうと寝返りを打ったところで、左介が話を続けた。


「そういや昨日破れた網、あれは使えそうか?」

 左慈は横になるのを諦めて身を起こした。

「あと一度、もって二度ってところだな」

「そうか。まあ網元も新しいものを手配するたあ言ってくだすってるし、それまで耐えるしかねえなあ」

「最近は漁が振るわないみたいだし、ついてないねえ」

「確かに、ついこの間も高潮で出られなかったものね」

 女二人が、困ったようにため息をつく傍ら、左介は呑気にあくびをした。

「そういう年だってあるさ。どうしたって天の恵にあやかるしかねえんだから。あっ、そうだ左慈」

「………なんだ」

 左介が思い出したように声をかけた。左慈は嫌な予感がする。左介がこうやって脈絡なく左慈に話しかける時は、大抵、左慈にとって都合の悪い話が出てくるのだ。


「今、一路んとこに来てる波間村の娘っ子、お前あの子と知り合いなのか?」

 やっぱり、左慈としてはあまり話したくはないことであった。左慈はたっぷり間を取って、「祭具を取りにいった時に」とだけ答えた。

 それを照れ隠しだとでも思ったのか、左介はにやりと笑い、まづと花乃は感嘆の声を漏らす。どうしてこうも自分の心内が伝わらないのだろうと、左慈はこれまで幾度となく思った疑問が湧き、そしてそれは直様、諦めの心情に変わった。

「なかなか気のいい娘だと聞いたぜ。向こうの村長の姪っ子なんだって?」

「らしいな」

「あれまあ、素敵なご縁だこと」

「おかあ、俺はなにもそういう風に……」

「そうだよ、あんまり急かすなったら。なあ」

「いや、だから……」


 勝手に盛り上がる左介とまづに、左慈は弁解する気も失せてしまった。何もしていないのに疲れてしまった体を引きずり、左慈は土間に下りた。

「おおい、どこ行くんだ」

「掘立小屋だよ。作りかけの縄があったから、作業してくる」

「なんだい、照れちまって」

「おかあ、止せったら。——左慈、ついでに中の道具も片しておいてくれたら助かる」

「——分かった」

 後ろ手に閉めた戸の中から、「あいつは内気なんだから、余計なこと言うなって」と左介がまづを窘める声が聞こえ、左慈は唇を少し噛んだ。掌に爪を立てて、風と雨の叩きつける中海岸へ向かう。

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