第4話
◇◆ ◇◆ 一七年前・十一月二十三日(水曜日・祝日) ◇◆ ◇◆
祝日の今日、起きて活動を始めたのはお兄さんが起きてきた後から。
昨晩の会話からお兄さんにはゆっくりしてもらっていた。
こっそりお兄さんの部屋に入って眠るお兄さんを眺める。薄らと生えた髭に指を這わせる。
「あ、結構ちくちくする…… でも、なんか癖になる触り心地……」
起きている間のお兄さんは少し吊り上がった目の印象もあってキツく見える。あの日、お兄さんの浮かべていた寂しげな表情はあれ以来見ていない。
表情は豊かな方で見ていて楽しい。こんな事はお兄さんに言えないけど。
「お兄さん、ありがと」
ちゅっと軽い音がお兄さんの部屋の中に溶けて消えた。
起き出してきたお兄さんが顔を洗っている間に遅い朝食の準備に取り掛かる。今朝?はベーコンエッグにカットされた状態で売られていた野菜を盛り付けたサラダ。それにインスタントのカップスープをお兄さんの待つテーブルに並べていく。
「だいぶ見た目も良くなったな」
「ふふん、そりゃあ日々進歩してますからね」
褒められたことが嬉しくて、照れ隠しで大きくでてみた。
「そうだな、この分なら本当にいい奥さんになれるかもな」
「ぇ……」
そんな風な反応が返ってくると思ってなかった。
カッと顔が熱を帯びてお兄さんの顔が見えない。うわぁ、照れる…… でも、嬉しい……
「お、美味いな」
「あ、ありがと……」
嬉しい。お兄さんと過ごすこの時間が続けばいいのに……
元カノさんの荷物を袋に詰めたり、消耗品を捨てたりして随分と物が減ってきた部屋の中でお兄さんと二人。
「これも片付けるかな」
そう言ったお兄さんの目の前には大きなウッドトップチェスト。
中に入っていたのは元カノさんの衣類ばかりで、それを取り出した今は空っぽ。ううん、正確に言うと奥の方に隠すように仕舞われていた指輪とネックレスが紙袋に入っていた。
お兄さんはどう思っているのだろうと表情を窺う私と目が合った。
「リエラはこれ、俺がやったもんだと思ってるんだろ?」
「違うの?」
「違う、おおかた浮気相手にでも貰ったヤツだろうな」
「そうなんだ……」
「リエラがそんな顔するなよな」
「えっ……」
「俺とアイツは上手くいかなかった。けどな、その事自体は薄々感じていた事だし上手く関係を修復出来なかった結果でしか無いんだ」
「お兄さんは引き留めようとしたの…… あっ、ご、御免なさい」
余計な事を聞いた。そう思ったのにお兄さんはその事を咎める事も無く話を続けた。
「最初に気づいた時には、話を聞いたり、望む事を叶えてやろうとしたよ。でもな」ああ、思い出したく無い事なんだろう、凄く
「一年位前だったかな。我儘の度が過ぎてきてその事を注意してからかな、それまでより帰りが遅い日が増え始めた。それを指摘すれば喧嘩になった。何度かそういう事が続くと俺も注意する事が煩わしくなってきたんだ。そこからは会話も減ってきて、ただ結婚という約束があって両親に挨拶もしていて別れるって選択ができずに、一緒に過ごしているだけになっていたんだな」
大人の恋って難しい、でも、なんとなくだけど元カノさんが妊娠した相手をお兄さんという事にした理由に思い当たった。
「相手をお兄さんにしたかったのって、そう言えばどっちの両親も納得するって思ったのかな?」
「ん?ああ、結婚の約束をしてるのに浮気の末に妊娠って体裁が悪いからか。そういやあ、アイツの父親、そういうの許さなそうだったな」
「お兄さん。もう別れちゃったんだし、その事電話してみれば?」
「あ?ぷっ、リエラ、悪い笑顔でそんな事言うなよ、笑っちゃうだろ」
堪えきれなくなったお兄さんはお腹を抱えて笑い始めた。私もつられて笑った。
そのあと、お兄さんは本当に元カノさんのお父さんに電話をかけた。
携帯電話のスピーカーから漏れ聞こえてきた男性の声は
お兄さんは最後に「今までお世話になりました」そう告げて電話を切った。
「お兄さん、それで良かったの?」
「別に、アイツのお父さんに謝ってほしかった訳じゃ無いしな。それにこうやって先に話しておけば、自分にいいようにアイツが話しても冷静な判断が出来る人だと思ってるからな」
「ふ〜ん、お兄さんは信用?信頼してるの?」
「どうだろうな、偏見無しで話を聞いてもらいたかっただけかもな。まあ、これもリエラが背中を押してくれたからだな。ありがとな」
ちょっ、そういうの困る…… そんなに素直な笑みを向けられたら……
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