第2話

◇◆ ◇◆ 一七年前・十一月二十一日(月曜日) ◇◆ ◇◆


 リエラには伝えてないけど俺もあの女との関係が終わっている事ぐらい分かっていてこの半年過ごしてきた。半年の間、触れ合わない恋人がいるか、それも同棲していて。一緒にいても家事の分担もしない、料理も作らない。薄々終わっていることは気づいていた。ただ約束に縛られていただけ。あの女がフラなくてもいずれ俺がフっていただろう。あの女の妊娠は自業自得だし、それでもまだ俺の子ということにしたかったって事は相手は碌でも無いやつだろうな。

 ざまあないな。まあ、俺にはもう関係ない話だ。


 そう思える様になったのは昨日から俺の家に居着いたリエラのせいだ。あいつには正直振り回されている。処女のくせに事ある毎に俺に抱かせようと迫ってくるから気が抜けない。

 流石に未経験ゆえか寝込みを襲ってこないことだけが救いだった。


 それで今朝は朝食を作ってくれた。

「なあ、料理したことあるか……」

「ん、んんっ」

「無いよなぁ」

 テーブルの上には潰れたかた焼きの目玉焼き。それと野菜炒めと思われるものとご飯。ご飯は明らかに水加減を間違えているだろうという固さ。

 努力だけは認めてやる。俺の持つ料理本と睨めっこしながらの調理は上手くいくはずが無い。なんせ本を見ている間にも料理は火にかかったまま。

「リエラはいい奥さんになれそうに無いな」

「そんなことないもん、これから努力していい奥さんになる」

「そうか、頑張れよ」

「お兄さんの奥さんになってあげようか?」

「言ってろ。その気も無いくせに」

 俺にとってリエラのその言葉は、帰る場所が無いから口にしてるとしか思えないものだった。事実そうなんだろう。だからこそ俺は間違いを起こさずにいられる。


「俺、仕事に行くから鍵渡しとく」

「いいの?お兄さん」

「ああ、出ていくなら郵便受けに鍵を入れといてくれ。家にいるなら、女物の荷物片付けておいてくれ」

「それって、噂の人」

「噂のって、そんないいもんじゃ無いだろ、あんなヤツ」

「そうだね、お兄さんからしたら」

「まあ、いいや。じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃい、お兄さん」


◇◆ ◇◆ リエラ(お留守番) ◇◆ ◇◆


 お兄さんが出勤したあと、ひとり残された部屋の中を眺める。二つの部屋、リビング、ダイニングキッチン、お風呂にトイレ。

 部屋の中を占めているものは贔屓目に見てもお兄さんの趣味じゃ無い物が多い。お兄さんを振った相手がこの荷物を残したままにしているのだとしたらすごく迷惑。

「片付けしてあげよ」

 最初にキッチンにあった大きなゴミ袋に女物の洋服、肌着を突っ込んでいく。ブラのサイズはC84。

 勝った。私の方が大きい。それだけでも機嫌良く片付けが進む。

 どんどん袋に詰め込んでいって四袋の女物の衣類、これで三分の一。ゴミ袋がなくなった。お昼まではまだ時間があったから買い物に出かける事にした。

 あんまり流行ってなさそうなスーパーについた私はニンジン、ジャガイモ、玉葱、牛肉(こま切れ)、カレーのルー(中辛)、ゴミ袋(四つ)を購入した。

 私も少しは出来るところを見せたくて今晩の献立はカレーにした。

「お兄さんが帰ってくる前に作っておけば少しは私を見直してくれるかな?」


 お兄さんの家に帰ってすぐにカレーを作り始めた。

 皮剥きはピーラーという便利なものに頼る事にした。

「思ったより、上手く皮が剥けない……」

 包丁を使って野菜を切ったけど不揃い。でも、指を切る事は無かった。

「えっと、まずはお鍋にサラダ油をして、牛肉、玉葱を炒めて……」

 前回の失敗を活かして火を使う前に料理本に目を通す。

 こんな調子でもそれらしいカタチになるのだからカレーは偉大だ。

「ふふん、これ、上手く出来たんじゃ無いかな?ご飯は炊き立てのほうがいいのかな?」

 お兄さんが何時に帰ってくるのか分からないから夕方までは午前中の続きをする事にした。夕方までにもう四袋、衣類の入った袋ができた。

 お米の在処を探すのにちょっと時間を要した。冷蔵庫の中にタッパーに入れて保管しているとは思わなかったから。(あとでお兄さんに聞いたら保管場所としては野菜室が推奨らしい)

 流石の私でもお米を研ぐのに洗剤を使うなんて事はしない。その辺の事は小学生の頃習ったのを覚えていた。

「早く、お兄さん帰ってこないかなぁ」


◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆


 ガチャっと鍵の開く音がして少し疲れの見える声が室内に響く。

「ただいまぁ」

「あ、お兄さんお帰りなさい」

 お兄さんが帰って来たのは十九時を少しまわったところ。

 部屋に入ったお兄さんは鼻をくんくんとさせている。

「カレーの匂い?」

「そうだよ、私が作ったの。いま温めるから、待っててね。ア・ナ・タ」

 言ってすぐに私の顔が熱を帯びた。

「真っ赤になるなら言うなよ……」

「だって…… こういうの、幸せな家族っぽくて」 

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