馴れ初め
鷺島 馨
第1話
「お父さんとお母さんの馴れ初めを教えて」
夕飯の後の家族での団欒を過ごしていると愛娘、
少し気が早いけど休日の今日出してきたばかりのこたつの中で過ごしていた時の出来事。俺とリエラは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
リエラと出会った時、俺は二十九歳、リエラは一六歳。そして今、
「
「うん、歳の差夫婦の馴れ初めに興味あるよ」
「
「あんまり、面白く無いよ」
「うん、私が知りたいだけだから」
「じゃあ、聞いてくれるか?」
小振りな甘いみかんの皮を剥きながら俺とリエラは昔語を始めた。
◇◆ ◇◆ 一七年前・十一月二〇日(日曜日) ◇◆ ◇◆
「ねえ、そこに入るんなら、その分私に使ってくれない」
そこというのはお高い風俗店。そして、俺に声をかけてきたのはどこからどう見ても●校生。うん、事案だわこれ……
すっかりその気も萎えてしまったうえに、どうやらこの子は俺の前から失せる気は無いらしい。それにこんな所で話し込んでいて職質を受けたら完全に俺が終わる。それだけは避けたい。この傷心な状況でこれ以上トラブルは勘弁してほしい……
「ここ(風俗街)に●校生がいるのはマズイだろ。ファミレスいくぞ」
「え〜〜っ、ホテルのディナーとかじゃないのぉ」
「ばっか、知らんやつを連れてそんなとこ行けるか。ファミレス奢ってやるだけでも感謝しろ。話くらい聞いてやる」
「え〜、それで手を打つかぁ」
「へいへい」
改めて声をかけてきた●校生に目を向ける。
金髪ロングを後ろで束ねていて、碧眼(カラコンか?)、そして似合ってない眼鏡。何でこのフレームなんだ?
スレンダーな体型が似合うお人形さんの様な体型。今日俺をふったあの女とは全然違うタイプ。
「それで、おじ、ん、んんっ、お兄さんはあんな所でどうしようとしてたの?」
「そりゃあ、まあ、あそこでやることって言ったら他に無いだろ」
「えっ、それを女の子の前で言う……」
「まあ、どうせこれっきりだしな」
「え〜〜、本当にぃ(にやりと口角を上げて俺を見上げてくる)私としたら忘れられなくなるよぉ」
「あ〜、ないない」
「ぶぅ〜」
頬を膨らませたその表情は年相応に可愛くはあった。
そんな馬鹿話をしながら最寄りのファミレスに入る。この時間のファミレスに来たのは初めてだったけど想定外に空いていた。マズイ、他の人がいる事前提でここに来たのに。
「とりあえず、注文してから話聞くわ。好きなの頼んでいいぞ」
「ファミレスくらいで私が満足すると思わないでよね」
「へいへい」
「あ、俺これな。お前は?」
「あ、待って、まだ、メニュー見てない」
「ゆっくりでいいぞ」
「うん」
メニューを食い入る様に見つめるその瞳は幼い子供のそれ。とても援助交際を持ちかけてきた子には見えない。まあ、一〇年付き合った女に振られた俺が言っても説得力は無いな。
「決めたっ!これにする!」
ビシッと指差した先には大盛りのフルーツパフェがあった。今十一月だぞ……店内は温いからいいけどな。
テーブルの上の呼び鈴を鳴らして、ウエイトレスを呼び注文を済ませる。ついでにドリンクバーもつける。
「ドリンクとって来いよ」
「お兄さんも一緒にいこ」
「まあ、いいか」
俺はホットコーヒー、この子はメロンソーダ。それを持ってテーブルに戻る。
「さて、話を聞こうか?」
「その前にさ、お兄さん。あそこで使おうとしたお金、私に使わない?」
「あ〜、はいはい。今、使ってる、使ってる」
「そうじゃない、そうじゃないんだよ!お兄さん!私、可愛いでしょ!美人でしょ!」
「おい、声を抑えろ。まあ、可愛いのは認める」
「ほらほら、抱きたくなったでしょ!」
「ん〜、ならないかな……」
「え〜〜〜っ」
ガックリとテーブルに手をついて項垂れる。
「嘘、私、抱きたくないらない……」
「まあ、それは置いといて。今はお前の事だ」
「お前じゃない、リエラよ……」
「ああ、リエラな」
「それで、お兄さんは?」
「俺?俺の何?」
「お兄さんの、名前よ、な・ま・え!」
「ああ、俺の名前ね。エータね、エータ」
「それ偽名ですよね……」
「えっ、そっちも偽名でしょ」
「私、本名ですよ。ほら」
そう言って俺の前に差し出されたのは生徒手帳。確かに本名だった。
「お兄さんの本名は?」
ハァ〜、どう言えば納得するかなぁ……
丁度、注文したものがウエイトレスによってテーブルに運ばれて来たので食事を優先する。
ステーキセットを注文したんだけどまあ、値段相応、いや、値段以下だなこれ……
うまいと感じられないものを作業のように口に運んで平らげる。あっという間に食べ終わった俺はパフェをつまらなそうに口にするリエラが食べ終わるのを待つ。
「なあ、美味くなかったか?」
「うん、メニュー見た時は美味しそうだったのに、そうでもなかった……」
「あらら、残念だったな」
「うん」
「まあ、食べ終わったんなら出ようぜ」
「うん……」
さっさとレジに向かって会計を済ませる。そのまま表に出る。
「じゃあ、帰るか。お疲れ〜」
「えっ、あの、お兄さん。ねぇ、ねぇってば」
さて、めんどくさそうなこの子とはここでお別れ。そう思ってヒラヒラと手を振る。なんか言ってるけどこれ以上は無視。
ファミレスのあるこの辺りなら十分に明るいから、そうそう危険は無いだろうそう思っていたのに、振り返らなければ良かった。
リエラがチャラい男に声をかけられている。
「あ〜〜、もうっ!」
ズンズンとその二人の元に歩く。ほっとけばいいのに!
「その子、俺の連れだから」
チャラい男の肩に手をかけてリエラから引き離して手を引く。
「来いよ」
「お兄さん……」
少し強引にリエラの手を引く。明るいから安全、人が多いから安全、そんな事は全然無かった。くそっ! 俺、一体何にイラついてるんだろうか……
「なあ、リエラの家どこだ?」
「……帰る家なんて、無い。帰りたくない。お兄さんの所に泊めて。ダメならさっきの人の所に行く」
「お前、それがどうなるか分かって言ってるのか?」
「わかるよ、子供じゃ無いから」
そう言っているリエラの声は少し震えていて、握った手にもその震えが伝わってくる。くそっ、気づくなよ、俺。
結局、見捨てられない俺の甘さからリエラを家に連れ帰ってしまった。
そんな俺の気も知らずにリエラは今シャワーを浴びている。風呂場からは俺の気分とは裏腹にご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。
リエラが風呂からあがる前にリビングに来客用の布団を敷く。俺の寝室には入れるつもりはないからな。
待っている間、テレビをつける気にもならずに冷蔵庫から出してきたビールを煽る。ゴクゴクと三分の一程を流し込む。ぷはぁ〜っ、タンとビールの缶をローテーブルに打ちつけた音が響く。それと同時に気の抜けた声が飛んでくる。
「お風呂、ありがと〜」
「お、おう!?ちょっと待て、おまっ」
振り返ったそこにいたリエラは俺のワイシャツを羽織っていた。それもボタンは一箇所しか留めてない。慌てて目を背けたがそれでも目に入ってしまった。薄い金色の茂みが。
「お前、天然物だったんだな……」
「天然?なにが?」
「いや、わからなきゃそれでいい。それより、下着はどうした?帰りにコンビニで買わなかったのか?」
そう、家に帰る途中で買いたい物があると言うからコンビニに寄った。俺は肴とビールを四本、それと無糖のストレートティを買った。会計を一緒にする事を拒むからてっきり下着を買ったものだと思っていた。
「下着、買ってないよ。買ったのはぁ…… これっ!」
そう言って鞄から取り出したのはコンマ02と書かれた派手な色彩の箱。もういい帰れ!もう少しでそう叫ぶ所だった……
ジト目を向けているとリエラの目が泳ぎ始める。
「いや、ほらっ、ねっ、泊めてもらうんだし、このくらいの、お礼はしないとだし……」
だんだんと尻すぼみになる声はやっぱり震えている。
「リエラ、お前処女だろ」
「〜〜〜ん、んんっ」
俺の胸元に飛び込んできてポカポカと殴ってくる。
「おい、やめろ、色々見えるから」
着痩せと言うには明らかに制服の時とは大きさの異なる双丘が一箇所しか留められていないワイシャツの下で暴れているものだから時々、さくらんぼが覗く、薄い茶色じみたそれはワイシャツと擦れて存在を主張しているし、裾の方は完全に開いていて、さっき覗いていた金色の茂みが見えている。無防備というより襲えと言っている様なものだ。だが、ここで手を出せば俺は終わる。それなのに。
「ねえ、お兄さんもその気だったんじゃないの……」などと耳元で甘く囁く。
「ばっか、子供相手にその気になるかよ」
精一杯の強がり。正直にいうと結構しんどい。考えても見てくれ、数時間前は風俗店の前でその気だった俺の目の前に抱いてもいいという女(未成年)がいる。そうさ、こいつが未成年でさえなければ据え膳食わぬは何とやらで美味しく頂いている。血涙ものだよ全く。
このままペースを握られるのも嫌だし、コイツの話を肴にビールを飲むか。
「それで、家に帰りたくない理由はなんだ?」
「……親に、売られた」
「は、はあ!?マジかぁ」
「うん……」
「
「だから、帰るとこ、ない……」
うわぁ、聞くんじゃ無かった……
「学校は?」
「行ってない……」
「あれか、学校行ったら親に連れ戻される的な」
「……うん」
はぁ、最低だな。
「まあいい、それ以上聞かん。親戚のとことか行くアテは無いのか?」
フルフルと頭を振る。行くあてなしと。
「一週間だ」
「えっ」
「一週間だけここに居ていい」
「その後は?」
「ん、俺がここを引き払うから、その後はない。施設に保護を求めるなり自分で考えろ」
「お兄さんは…… お兄さんは、その後どうするの?」
「俺は、地元に帰るわ。その後の事は考えてないな。この街に居たくないんだわ」
「お兄さんも…… 訳あり?」
「ん、まあそうだな」
酔いのせいか言わなくていい言葉が口をついてでた。
「お兄さんの話聞かせて」
抱き合った様な体勢のまま俺達は会話を続ける。ああ、心地よい人肌の温もりが俺を包む、不本意だが抗い難い。
「お前に比べたら、大した話じゃないぞ」
「うん…… それでも、聞きたい」
「まあ、いいか。俺な、今日フラれたんだよ」
「あ、それで、風俗に?」
「ぱあ〜っと、散財したくてな。初めてだったんだぜ、風俗行くの」
「知らないよ、そんな事…… お兄さん、寂しそうだったから」
「マジかぁ、まあ、一〇年付き合って、結婚の約束もしてた女に振られたから寂しそうでもおかしくないだろ」
「一〇年って、私、小一だよその頃、えっ、お兄さんいくつ?」
「アラサー、二十九」
「でも、別れてすぐに風俗って、お兄さん、獣?」
「ばっか、あの女とは半年は触れ合ってないわ。それなのにさ、『子供ができた。あなたの子よ』なんて言うもんだからさ、最後に生理があったのいつだって問い詰めたら五ヶ月前だって言うんだぜ。もうさ、俺呆れたわ。『ふざけんなお前にこの半年触れてないぞ』って言ってやったら逆ギレして俺を振りやがった」
その時の事は今思い出しても腑が煮えくりかえりそうだ。
「まあ、その事はいいんだけどな。この半年の間も俺はアイツが居るからって(性欲を)我慢してたわけだ」
「つまり、溜まったものを発散させようとしたら、私に邪魔されたと」
「お前なぁ、女子●生が『溜まったもの』とか言うなよな」
「お兄さん…… よく、我慢できるね。この状況で……」
意識しない様にしていたのにコイツはぁ、色々当たってんだよ。
「うっせ、そう思うんなら退いてくれ」
「いやだ…… このままが、いい……」
「はぁ、まあそういう訳で俺は晴れて自由になったわけだ」
「それだけ?他に酷い事されたり、言われてない?」
「言われてない、大丈夫だ」
「じゃあ、されたんだ……」
「察しのいい子供は嫌いだな」
「子供じゃないもん、子供も産めるもん」
ぷっくら膨らんだ頬を指で押す。ふしゅ〜と空気が抜ける。それが首筋を撫でていってゾクゾクする。
「そんな事を言ってるうちは子供だよ」
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忘れないうちにと思いついた話を綴り始めたら止まらなくなって最後まで描き切りました。ちょっと小分けにして全八話になります。
宜しければお付き合い下さい。
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