第16話 自覚のない人たち
『ちょっと甘やかし過ぎじゃないのママ!?私には厳しいくせに!』
『そうだよ。その分、具合の悪い僕に神力くれてもいいのに…』
カップケーキを両手で持った吊り目の少女と、具合が悪そうにソファのクッションにもたれかかったタレ目の少年がぶーぶーと金髪美女に向かって騒ぎ立てている。
今回の騒動の発端であるフェミナに聞けば『貢物が少なかったから仕方ない』と言い、フェデリに聞けば『フェミナが脅すんだもん…』と双方ともまるで自分に非がないと言わんばかりで、元凶についての自覚が無かった。
全く関係のない他国の民と、微塵も関係がない異世界人を巻き込んだ事も気にしていない。
『ねぇ、アレちょうだいママ!ちゃんと国に使うから!そうしたら貢物が増えるのよ』
『駄目だよフェミナ、アレは僕が選んだんだもん、僕のだよ』
神力バッテリーとしか見ていないタムの所有権まで主張してきた。
その場には女神が産んだ他の子供達もいるのだが、本当に自分たちの弟妹だろうか?と彼等を冷ややかに見ていた。
美女…女神フェーラの隣りにいたレネゲドが呆れたように言った。
『相変わらずだなこのバカどもは。本当にお前の子か?』
『…残念ながら、そうなのよねぇ』
困ったように微笑んでいるフェーラは、目が笑っていない。
今回ばかりは流石に怒っているようだ。
『詫びが少なすぎないか』
女神が渡そうとしたのは、あって当たり前の言語変換スキルに、状態異常無効。
ハニーベア未満のタムについては神力が外に出るように変更し神聖魔法と精霊魔法を使えるようにしたが、管理元に許可もなく攫ってきた異世界人にはスキル優遇をしなければならない。
タムが魔法などを使えないのがおかしい状態だったのだ。
女神にとっても、タムのハニーベア化は予想外だったのだが。
『そうね。何を渡したらいいか迷っていて』
たくさんのスキルを簡単に渡すのは良いが、そうするとまた騒動に巻き込まれてしまう。
人間は様々な文化を起こしてくれるので神にとって将来性のある種族だが、その反面、欲深く、邪な事に手を染めるものも少なくない。
『加護と、幸運でいいだろう』
加護を与えれば緊急時にフェーラが介入できるし、幸運を上げておけば不幸な出来事も回避出来るだろう。
それ以外にも幾つか提案すると、彼女はそれを全て飲んだ。
『わかったわ。やっぱり下界をそれなりに見ておかないと、加減がわからないわね』
神と人の感覚は全く異なる。
自分の世界限定だが、全てを持つ神には人の欲しい物が分からない。
『…ニイナは渡さないぞ』
『分かっているわよ。もう引退したんだもの』
かつて世界も自分も若かった頃、異世界である地球からニイナの魂を貰い彼女と相談してハニーベアを作って下界を眺め、人々を助けて信仰の土台を作った。
人々の祈りは女神の力となったが、次第に黒い祈りも混じり始めた。
様々な祈りにより力が肥大した女神は子を産んだ。
自分とは考え方も価値観も違う子供たちに、女神は期待をして広がってきた世界の一部を任せたのだが。
『まさか、末の子たちがここまで人間臭いとは思わなかったわ…』
『それはそうだろう、元が人々の祈りなのだから。半分は…いや、8割ほど人間じゃないか』
母の友人の言葉に、説教された2人は「混じりっけなしの神ですぅ!」と威嚇していた。
そこへ長男長女が歩み出る。
『母上、俺の見ている分野は、特に問題はないのですが』
『私もよ』
末子の2人以外は、遺憾の意を表明している。
女神の子は7人兄弟だったが、上5人は国ではなくその性分に応じて生・死・力・愛・知を司る神となっており、特段の混乱は生じていない。
年の離れた末子だけ試しにと、今ひとつ国力の上がらない神聖王国へ欲の強いフェミナを遣わし、次いでその元気過ぎる隣の国へおっとりしたフェデリを遣わした。その結果が今回の騒動に繋がったのだ。
レネゲドは彼らに指示をする。
『お主らは戻れ、今まで通りで良い。…が、お前たちは居残りだ』
『命令するんじゃないわよ!』
『そうだよ、僕たちは神なのに。君はただの魔族じゃないか』
『……』
『私はもう帰るわよ。今回の失態を叱って、貢物を用意させなくちゃあ』
『…僕は寝たい…』
相変わらず減らず口を叩いて立ち上がろうとした2人をレネゲドは魔法で拘束し、フェーラは長男長女へ神力のお土産を渡しつつ、フェデリが世界に落とした異世界人を見つけるように指示をして解放する。
改めて女神と魔王は厄介な者たちへと向き直る。
動けないから、顔を歪めて盛大に文句を言っていた。
『…こやつらは特に、澱があるな』
『最後の2人だからかしら?』
口を閉じる魔法をかけられて喋れなくなった2人を、立ち上がったフェーラとレネゲドは見下ろす。
先程から反省の様子はなく、最高神である母と気安く話すレネゲドの関係にも気が付かずに見下している。
神力を世界へ還元し存在を消すか、もしくはかなりの矯正が必要だ。
『地球の神は?』
『……神力を所望しているわ』
『まぁ、そうだろうな』
他神の侵入に気が付かなかったのか、と思われそうだがフェデリの力が弱すぎたのがいけなかった。
地球の神、そして日本を護る神は異世界からの侵入に気が付かず、近隣地区からの行方不明者が複数人出たことで日本は大騒ぎになった。それから痕跡を辿り、空間外への誘拐に気がついたのだ。
ひとまずドッペルゲンガーを作り出して、人々の記憶を操作し、何事もないようにしたのだが…ドッペルゲンガーの作成と、SNSなどで世界中に広まってしまった事実をもみ消すのに非常に力を使ったそうで「詫び」を要求してきた。
事実、フェデリが行ったのは立派な異世界侵略なのだ。詫びくらいで済まされるのはたまたま交流があったから。だからこそフェデリにその”道”を使われてしまったのだが。
『はぁ…外から来るのを我々が護っているというのに、まさか内側から事を起こされるとはな…』
『それについては、申し訳ないと思っているわ』
レネゲドたち魔族はなぜ存在するのか。
それは、女神フェーラの創造した世界を侵略せんと亜空間から襲いかかる神崩れの邪神たちを退けるためだ。
元々はこことは違う世界を創造して君臨していた神だ、強さは折り紙付きである。
だから魔族は人間とは比べ物にならないくらい、力も強い。
『”砦”へ送りたいが…余計に邪魔をしそうだ』
『私も、そう思うの』
砦は穏やかな生活が続けられている世界とは結界を隔てた、年中夜空が広がる荒野のような場所にある。
魔族や強い種族の中で己を鍛えたい者を募って教育し聖戦に投入する設備でもあったが、世界が育つと同時に敵も増え人手が足りなくなってきたため…問題のある強者を放り込む場所にもなった。
生き残った者は大抵が平和主義者となり、希望があれば監視付きで戻ってこられるが、そうでない者は戦いの途中で力尽き世界に還元される…命がけの戦いの場所なのだ。
魔族が女神に近しい眷属だというのは、世界を守るため女神自らが真っ先に造った種族だから…というのは、あの2人にも教えたはずなのだが。
その時、空間に揺れが生じた。
『!』
『おや、来てしまったか…』
空中に波紋が現れると、ふわり、と金とも銀ともつかない長い髪を揺らして、夜空のような濃紺の和服を纏った男性が現れた。
深淵のような真っ黒な瞳をフェーラとレネゲドに向け、そして薄っすらと微笑む。
『ツクヨミ、久しいな』
『ええ、レネゲドもフェーラも元気そうで何よりです』
その美しい姿にフェミナは目をキラキラさせている。逆にフェデリはガタガタ震えだした。
自分が侵入した世界の神の一人だ、と気がついたからだ。当時、時刻は夜だったために彼と同じ気配が日本には漂っていたから。
『…して、彼らの処遇と賠償は?』
彼は単刀直入にたずねると、レネゲドは肩をすくめてフェーラを見た。さっさと神力に還元してツクヨミへと渡してしまいたいが、この世界の神は自分ではない。最終決定は女神フェーラが行う。
『その…』
そう言ったっきり、フェーラは黙ってしまう。神としては失格の部類に入るが、自らが生み出した子の処遇について、消去、とは簡単に言えない。
フェーラの様子を見てツクヨミは巻物を懐から出した。
『姉からです。…地球の神は、我らに一任すると』
ツクヨミから巻物を受け取るとフェーラはその書状に目を通す。交流のあるアマテラスからだ。
レネゲドも背後からそれを読み、なるほど、と頷いた。
内容は簡単だ。
問題のある2人の神力はアマテラスやツクヨミに、そして力を失った…魂も存在しない2人は、異世界である日本で、魂たちに寄り添い生まれ変わりを体験すること。その期間は”自らが過ちに気がつくまで”、無期限。
『俺は依存ない。フェーラは?』
『…反論はありません。アマテラスに感謝をお伝え下さい』
そもそも交流のない神なら無条件で2人を引き渡せと言ってきただろう。これは温情だ。
フェミナはまだ現実がわかっていないのか、ワクワクした様子でツクヨミを凝視している。
レネゲドが心の声をのぞいてみると、「あの金持ちそうな神の世界へ行くのかしら?お嫁さん?」などとのたまっていた。
(さっさとこの馬鹿2人を消去したいが…ニイナが怒るから俺は動かないことにしよう)
だが次は容赦しないと誓う。
『まぁ、数百年も経てば理解するでしょう』
『だといいがな』
レネゲドが拘束を解くと、フェミナは「旦那様!」と言いながらツクヨミへ飛びつこうとし、フェデリは「ヒィィ!!」と叫びながら部屋から逃げようとした。
『随分と、お転婆ですね』
ツクヨミがフェミナの頭を撫でると、ぽわんとした表情になった少女の姿が消えて光る球体になる。怯えるフェデリはレネゲドが捕まえてツクヨミに触れさせた。こちらも同じ球体となり…ツクヨミが何かを呟くと小さなビー玉のような状態になった。それを懐に収めると”道”の扉を開く。
『…2人をよろしくお願い致します』
『承知いたしました。…まぁ、神力もなく言葉も伝えられず…何もできませんから、心配することはないですよ』
穏やかにツクヨミは告げる。
『今度、こちらの酒を送ろう』
『ありがたいが、弟が喜んで飲み尽くしてしまう。お茶と菓子をお願いします』
『わかった、そうしよう』
『では』
最初から最後まで静かな微笑みを絶やさず、ツクヨミは消えた。
フェーラはため息をつきつつ、2人が座っていたソファへと沈む。
『あの子たち…耐えられるかしら』
魂もなく、神力もなく、自我を保つのは至難の業だ。
『普通なら即座に消えるだろうが、あいつらは我が強いから大丈夫じゃないか』
どちらかというと”消えて欲しい”と思うが、しぶとそうだ、とも思う。
『…耐えられなかったら?』
『フェーラに戻るだろう。…察してくれ』
フェーラは小さくため息をついた。彼らは自分の分身でもある。
『…分かったわ』
2人の行く先は2人にしか決められない。
女神はため息を付きつつ、母として2人の無事をひっそりと祈るしかなかった。
◆◆◆
「ジョーはすっかり元気になりましたね」
タムが言うと、うふふ、とジョセフィーヌが笑う。
「ええ!仕事も楽しいし…旦那様が、優しいのよ。贈り物もしてくれるし」
政略結婚だが、2人の仲は元々良好らしい。
騒動のせいで帰還の時期が延長され未だにグランスピリット家の当主は王都にいるが、頻繁に私信のやりとりをしているらしいジョセフィーヌは、領内の纏めに復帰して生き生きと指示を出していた。
今日は息抜きのためにサロンでお茶をしているところだ。
コンコンとドアがノックされたのでタムが開けに行くと、ふわりと良い香りが漂った。
「はぁ〜い皆さんお疲れさまです!今日はカカオとオレンジのシフォンケーキと、ババロアですよ〜」
ワゴンを押してきたのはユーミンだ。
コックのマーサとタッグを組んで、日本と寸分たがわぬお菓子を作ってくれる。
むしろ天然の素材しかないこの世界だ、味はあちら以上に美味しかった。
「うわぁ、綺麗ね!これは…砂糖?」
「粉糖と呼ばれるものですよ」
「雪みたい!」
チョコレート色をしたシフォンケーキのトップには粉糖が掛けられており、香りの良いオレンジ色の砂糖漬けになったバラの花びらが飾られていた。
ババロアの方も透明なイチゴの層とミルクの層が二重になっていてとても美しい。
ジョセフィーヌとタムはそれらを褒めて、やっぱりお店を出しましょうと相談する。
「失礼します」
ユリが荷物を持って入室してきた。
少し前に執事のブラウンが届け物があると連絡してきたのだ。検品がてら、ユリが受け取りに赴いていた。
「ユーミン様に贈り物ですね。はちみつと…砂糖と、ナッツ類です。種類が色々あるようですよ」
「あらまぁ…」
かなり的を得たプレゼントだ。
「また、ハロですか?」
タムが苦笑しつつ質問する。
「そうですよ。相変わらず狙った獲物に対してしつこいですね」
「あの騎士様、タムが好きだったと屋敷の方に聞いたのだけど?」
ユーミンがタムを見ると、彼女は首を横に振った。
「私、前はもっと太ってたんです。ユリのお陰で痩せて…だから、興味が移ったみたいです」
ジョセフィーヌとユリは理由は分かっている。しかしユーミンは首を傾げた。
「私に?どうして?」
そんな彼女に、タムはこっそりと告げた。
「日本の言葉で言えば、”デブ専”なんです」
「あらら…。だからこんなのに食べ物の贈り物をしてくるのね…」
困ったように微笑んでいるユーミンに、ユリが言う。
「貴女さえ良ければ受けてみては?」
今更、タムの方へ戻ってきて欲しくないというのが本音だ。
「そうねぇ、豪商の息子だけど長男じゃないから店のことはやらなくていいし、でも竜騎士だから蓄えもあるわね。頼めばあなたの言う異世界の道具も作ってくれるわ。あと材料も取り寄せてくれるでしょうね。なんなら、お店も一等地に建ててくれるんじゃない?」
ジョセフィーヌが援護射撃をする。
「ちょ、ちょっと二人とも…」
意図に気がついたタムが牽制するが、ユーミンの頬がほんのり赤く染まっていることに気がつく。
(あ、あれ…?本当に?大丈夫?)
思わず心配になってしまう。
3人の視線に気がついたユーミンは慌てて言う。
「あっ。…助けてくれたお礼でもしましょうか、まずは」
タムはホッとして言う。
「そ、そうですね!ひとまず様子を見ましょう!」
「うーん…勧めたけども心配になってきたわ」
「いいえ、こういうのは勢いです」
ジョセフィーヌとユリは勝手に意見を言い合っている。
タムはユーミンに言った。
「あの…本当に慎重に見極めて下さいね」
「…見極められてたら、この年まで独身でいないと思わない?」
「ウッ」
その言葉はザックリと自分の胸を抉った。
「ね?だから、ユリさんの言う勢いって大事だと思うのよ…」
「耳が痛いです…」
知り合いでも結婚するのは若い人ばかりだった。
既に子供もいる諸先輩方が、結婚なんて勢いよ勢い!と言っていたのを思い出す。
自分にはもうその元気も無かったなぁ、と今更考えてしまった。
「ほら、若くなったじゃない?」
「まぁそうですね」
今はユーミンは妙齢で、自分は大人一歩手前だ。
「それに…寿命がねぇ…同じ方がいいし」
「あー…そういう問題もありますか」
ハロルドは先祖返りという事で魔力も多く、寿命は人よりもかなり長いらしい。
(あれ?レイは?)
思わずそう考えて、タムはいやいや何を考えてるの私は!と頭を振った。が、ユリは見逃さなかった。
「レイスヴァール様なら、神の血を引いてますので寿命は長いですよ」
「えっ!?」
寿命は嬉しいが、神とは?
「そうそう。私は竜神の血を引いてるからもちろん長いわよ?随分と薄まってしまったけどね」
「はい!?竜神!?」
初耳だ。
まだまだこの世界には知らないものがたくさんあり過ぎる。
「ふふ。タムちゃんも、勢いが来たら、乗るのよ?」
「え?あ、はい…来たらですけど…」
困ったように頬に手を添えるタムに、ユーミンは笑う。
(あらあら、自覚ないのねぇ)
それも仕方ないと思う。
自分もそうだが、恋愛感情なんて30年以上前に学校へ置いてきてしまったからこそ、独身だったのだから。
鈍感という性質の似ている2人だ。グイグイ来られないと気づかずに終わる。
ジョセフィーヌが声を上げる。
「よーし!じゃあ私と旦那様の馴れ初めを話してあげましょう!」
「…政略結婚ですよ」
「違うわよ!!」
なぜかその後はジョセフィーヌがグランスピリット家に嫁いで来る前後の話になり、意外とは言っては失礼だが、大いに盛り上がったのだった。
食卓にユーミンも加わって頂いた楽しい夕食の後、自室でくつろいでいるとドアがノックされた。
「はぁい!」
(ユリかな)
「!!」
ガチャリと開けると、廊下に立っていたのはレイスヴァールだった。今戻ったのか、騎士服のままだ。
少々驚いたが、特にやつれている様子もない。
「えっと…お久しぶりです。今日帰ったの?お疲れさまです!」
タムは笑顔で労いの言葉をかけた。
「…?」
レイスヴァールが動かない。見上げるとじっと見てくる。
屋敷の次期当主を廊下に立たせているもの変だ。
「あの、入ります?」
「いや。すぐ私室に戻るからいい」
そう言うのに、タムを凝視し続けるレイスヴァール。
「???」
コテンと首を傾げるタムを見て、レイスヴァールは少々微笑んだ。
彼は内心で呻く。
(ヤバいな、これは)
帰ったらすぐにタムの部屋に行け、とハロルドに言われてそうしたのだが。
久々に見るタムはやっぱり可愛くて、ふっくりしていて、黄金色に近い毛並みが綺麗で。
(はちみつっぽい匂いがして…)
「…食べたくなる」
「はい?……!?」
ぎゅう、とタムを抱きしめるレイスヴァール。
連れ去られなくて、本当に良かったと思う。少し腕を緩めるとタムが見上げてきた。
困った顔をしている。
(可愛い…)
「もしかして…お腹空きました?」
色気のない言葉に思わずキョトンとしてしまう。
「クッキーありますよ?」
(あるのか)
しかしそのことが、自分が彼女の前で自然体でいられる要因という事にようやく気がつく。
苦笑しながら体を離した。
そしてタムの前に、レイスヴァールは跪いた。
「えっどうしたの?」
ギョッとするタム。
その姿を見るのは、一番最初に会った時だ。
「タム」
「は、はい?」
レイスヴァールは少しして言葉を紡ぐ。
「君さえ良ければ…ずっとここに居てくれないか?」
ぱちりと瞬きを一つするタム。
「え?はい。居て良ければ」
「そうか!」
喜びかけるレイスヴァールに、廊下の端で見守っていたユリが水を差す。
「お待ち下さい。レイスヴァール様」
「ユリ!?」
ツカツカと歩み寄り、タムに言う。
「今のを翻訳しますと、結婚してほしい、ということになりますがタムは良いですか?」
「はぇぇぇぇ!?」
驚いて真っ赤になるタム。
「えっ?」
レイスヴァールは目が点になった。
言葉が足たりないにも程がある、と言うユリは続ける。
「居候の身分で、ここに居てくれと言われたら、単に衣食住を保障するだけでしょう」
「あ…」
ハッとして頭を掻くレイスヴァール。
「この子は基盤が違うのですよ。もう少し自らの思いをハッキリ告げて下さい。では」
そう言ってユリは立ち去って行く。
彼女が廊下の角を曲がるまで見送ってから、レイスヴァールはタムを見る。
「すまん、ちょっと格好悪かった」
「え?い、いやあの…別にレイは格好悪くないので…」
あの日も助けてに来てくれた。
神語だと気づいてくれて、いっぱい話してくれた時もとても嬉しかった。
そう伝えると、レイスヴァールは目を片手で覆った。
「先に言われてしまった…」
タムは困って頬を手で挟む。いつものポーズだ。
(マイペースというか、変わらないというか…)
その手を取るレイスヴァール。
「その。俺はタムといると、自分がそのままでいいと思える」
「…はい」
「今思えば…タムにハロが近寄ると本当にムカつくし、君の言葉が解るのが自分だけなのが嬉しかったし、…攫われたと聞いた時は心が凍ったよ」
「えっ」
この世界にはそういう現象があるのだろうか。
心配になってタムは彼の胸に手を当てる。
苦笑しつつ例えだ、とレイスヴァールは言った。
「だから、タムをずっとこの手で守りたい。お…私の妻になっていただけないだろうか?」
「!!」
さっきのユリの発言は空耳かと思ったが、同じ言葉をレイスヴァールが言う。
(マジで…あの、私はただのオバサンなんだけども…いや、これが波というものなの?)
手を取られていない方の手を頬に添えて、ぐるぐる考え込むタム。
レイスヴァールが心配して覗き込んできた。イケメンが間近に迫ってきてタムは慌てた。
「!…あ、ちょっと驚いて」
彼は苦笑する。
「そうだな、今まで、そんな気も見せたことがなかったのに…突然ですまない」
「い、いえ」
(どうしよう…レイは嫌いじゃないけど)
「その、私は…好きとか惚れたとか、そういうのが分からなくって」
鈍感とも言う。施設の老人たちに散々言われた言葉だ。
さすが彼氏いない歴=年齢である。どうしていいか全く分からない。
「じゃあ…明日は時間があるか?」
「え?…あります」
お手伝いをしていても基本は居候だから就労していない。
今はスキルを勉強しているところだ。
「では、いっしょに街へ行こう!!」
「お買い物??」
「その、デートだ」
「にょっ!」
先程からタムの顔で繰り広げられる百面相。
(可愛い…)
レイスヴァールは笑いを堪えていた。
ハロルドに対峙した時の困った目や、冷たい目で見られている訳ではない。
(きっと脈はあるはずだ)
「では、10時頃に。良いだろうか」
「ははは、はい!!」
なんとか頷くと、レイスヴァールはおやすみと言ってドアを締め、足音が遠ざかっていく。
タムはへにょりと座り込んだ。
「でででデート???何着ていけば…?」
突然の大波(本人比)に、慌ててクローゼットを開いて悩むタムだったが、今までにそんな経験がない。
考えても無駄なことを早々に悟ると、ユーミンかユリに聞こう、と布団に入る。
しかしなかなか寝付けずにクッキーの入った缶を空にして、次の日にユリに怒られてしまったタムだった。
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