第15話 ご褒美
騎士団員が忙しく働いている中、タムと白熊巫女ことユーミンはピクニックという名の慰労会をしていた。
場所はグランスピリット家の敷地内で、女神フェーラの庭が見える場所だ。
ユーミンと共に会話の勉強をし、その息抜きがてらユリに許可をもらってここに来た。
ピクニックシートを広げ三人で座ると、大きなバスケットから紅茶の入ったポットや甘くないビスケットを出して鶏ハムや野菜を挟んでサンドイッチにして食べる。
『ほら、あそこです!あそこにフェーラ様が住んでるって』
『本当に島が浮いてる…』
『女神様、すごく美人なんですよー』
申し訳ないけど、とユリに断り、日本語で思い切り話しているとそれは起きた。
『わっ』
『えっ!?』
天空の庭から伸びてきた一筋の光がリボンのように2人を巻き取った。
「金の光…大丈夫そうですわね」
どう見ても女神フェーラの光だ。ユリはお茶を飲みつつ黙って見ている。
「ど、どうなったのかな、これ」
「わからないわね?」
ユリが目を見開く。
「あら!お二人とも言葉が…」
先程、タムがユーミンへ女神の庭を指差して説明してた時は何を話しているか分からなかったが、今は普通に聞こえる。しかも片言ではない。
その事を説明すると、2人はジャムの瓶にあるラベルなども読んで更に喜んだ。
「嬉しい〜食べ歩きの本が読める〜」
「これでレシピを教わったり教える時に困らなくて済むわぁ」
食い意地の張ったマイペースな2人に、つい吹き出してしまったユリだ。
「後ほど、ジョセフィーヌ様にもお話しましょう」
「はいっ!あ、でも…あの、ユリに言葉を教えてもらって…本当に助かったんです」
せっかく教えてくれたのにごめんなさい、と言う。
ユリは思わずその頭を撫でた。
「いいのですよ。固有名詞などや言い回しは勉強になったでしょう?」
言葉を頑張って覚えてきたが、やはり数ヶ月単位では無理がある。
会話が可能ならどんな言語でもいいと思うユリだ。
「ですから、気にせず母国語でお話下さい」
「はい…ありがとうございます」
素の彼女の言葉はずいぶんと丁寧だ。
ユリは渡したマフィンを彼女が頬張るのを見て、笑顔で頷いた。
(これで…言葉の壁はクリアですね。と言っても、レイスヴァール様には元々聞こえていたから良いのですが…)
女神は異世界から人を召喚する際の、最低限のスキルを2人に付与したらしい。
(もしかしたら、他にもあるかもしれませんね)
言語変換は最低限のスキルだ。
ユーミンと違いタムは何も付与されずに中途半端な状態で落とされたという。
これで何もなければ、苦情でも提言しようかと思ったユリだ。
「改めてお聞きして良いですか?ユーミンのご職業を」
こちらの言葉で料理は分かるが、研究家というのが分からなかったユーミンは笑顔で言う。
「ええ。私は料理研究家、です」
「料理…研究家??」
当然のことながら、ユリは首を傾げる。ユーミンが苦笑交じりに補足した。
「こちらにはいらっしゃらないのかしら。自分で料理を作り、そのレシピを広める人ですね」
大抵は食べるのが大好きな人で、簡単さ、見栄え、酒のつまみなど、その人の特性を持って様々な観点から料理を追求して完成したものを流布する。
「なるほど…コックの亜種のようなものですね。レシピは有償なのですか?」
「そうですね…趣味でやられている方もいますが、料理研究家と名乗った方のレシピはだいたい利権が発生していますね」
説明を聞きながらタムは、動画サイトで拡散されたレシピも有名所となると、見る前にCMが流れていたなぁと思い出す。
ユーミンは大手レシピ提供サイトに雇われた料理研究家で、見た目で”これ絶対おいしいやつ!”と思ってもらえるレシピを目指していたとか。
確かに彼女の作るものはひと手間加えたものが多い。お店を出してもいいのでは?と思うくらいだ。
「長く仕えているコックほどレシピを考えるのは大変ですから、こちらの世界でもその職業なら流行りそうですね。素晴らしいですわ」
おまけに店を持ったり、貴族に仕えたりしなくていい。
あとでジョセフィーヌに提言しようと考えた。
「私は趣味の範疇ですが、タムちゃんのほうが凄いと思いますよ」
「介護士、でしたね」
「あれっ?…レイから?」
「ええそうです。こちらにはない職業だと」
ユーミンが”無い”という部分に同情する。
「ないんですか。それは大変ですねぇ。平民だとメイドなんていないでしょうし…どうせ奥様が旦那様のご両親も面倒を見るんでしょう?」
ユリはしばし考えて、回答する。
「……そう、ですね。考えてみれば、やはり家のことは女性ばかりがやっているように思います」
「こっちでもそうなんだぁ」
タムがガッカリしたように呟く。確かに、料理や洗濯…家事全般が苦手な人もいる。
ジョセフィーヌがそうだ。料理を教えても味付けがおかしくなるし、洗濯はシワだらけになる。
幸いお嬢様な上にグランスピリット家に嫁いで来たから、采配だけで実践がなくていい。
だが庶民はそうもいかないだろう。
「タムの勤めていた場所では、どのようにサポートしていました?」
「ええと…体の不自由な、高齢になった親御さんを預かるので、家事や仕事に集中できるようになると思います。小さなお子さんがいる人もいましたから、子育てと介護と家事など…全てに時間を取られなくなります」
仕事などで見えない間の不安も減るし、少しでも自分の時間が出来た、やっと寝れる、と疲れた顔で微笑む人もいた。
ユリは全てをこなす自分を想像したのか、少し青くなっていた。
「考えてみると、この領地でもその部分は手つかずですね…」
周囲の領地よりも豊かで生活もしやすいから領民たちは幸せだろうと勝手に思っていた。
だが犯罪などは皆無ではない。もしかしたら、その中には止むに止まれぬ事情を持った人がいたかもしれない、と気がついた。
「でも治癒魔法があるから、体に難のある方は少ないのでは?」
ユーミンがフォローをするが、ユリは顎に手を当てて考える。
「少ないかもしれませんが…昔は欠損を治せる程の神官や巫女はおりませんでしたから、そういった方は生活に不自由されているかも知れませんね」
欠損状態が長く続くと再生ができなくなる。150年以上生きている古参の騎士ほど、その傾向が強いかもしれないと思った。
「なら、福祉…生活の安定はタムちゃんにお聞きすればよいですよ」
「えっ。…あ、はい。拙い知識ですが…」
タムは慌てて言う。現場にはいたが、法律は上から降ってくるだけだったからだ。
「うふふ。慌てなくていいわよ。こちらはそういう分野がそもそもないのよ?きっとご近所で助け合いでもしてるのでしょう」
ユリも頷いた。
「おそらくそうですね。他の領地よりは暮らしに余裕があるので、手を差し伸べやすいと思います」
そう言われてタムとユーミンはつくづくグランスピリットの領地に落ちて良かったと思った。
「あ!他の…フェデリに攫われた人たちは…」
タムとユーミンはユリを見る。彼女は頷いた。
「おそらく今、あなた方と同じように言語変換のスキルを頂いたでしょう。自分のことを語りやすくなったはずですから、すぐに見つかりますよ」
ユリの言葉に二人は安堵する。見つかれば国が保護してくれる手はずとなっているとのこと。
なお、女神フェーラに問い合わせてみたところ、フェデリが攫ったのは5人。
あと3人はグランスピリット領外だが、領の近くにいると神託を受けている。
なぜフェデリが召喚したのにロンド国ではないのか?との問いには、何かあった時に助けてもらえるよう、母親の近くで召喚を行ったようだ、と返答を貰った。
一国を任されているのに、なんとも情けない神様の事情だった。
それからしばらくは日本の知識を織り交ぜ、3人で話す。
(恐ろしいですね…)
異世界から来た二人の知識量は凄まじく、見た目では測れない、とユリは思った。
と同時に、なんでもいいから理由をつけて残る3人を絶対にグランスピリット家で保護しようと考えた。
(フェーラ様がそうせよと仰ったと言えばいい)
それくらいは許してくれるだろう。そんな些細な嘘よりも、異世界人が騒乱に巻き込まれる方が問題のはずだ。タムやユーミンの二の舞にしたくない。
(それに…)
この領地は異文化にも寛容であるし、生活水準も高いから住みやすい。
(とにかく保護最優先で…この世界のことをきちんと教育させてから、本人たちがどうしたいか希望を聞きましょう)
ユリはそう考えたが…後に見つけられた3人も結局、グランスピリット領に残ることを選択した。
生活水準が高く貴族と庶民の軋轢が少ない、竜の谷があり竜騎士団が居て、女神フェーラの庭があり、魔族の領が隣りにあるという不思議な土地に住む事を希望した。
一人は見学に連れて行った王都より全然良い、とまで言い切った。
タムとユーミンも含めなぜか皆30歳以上のようで、権力なんて要らない、王侯貴族なんて面倒くさいだけだ、と口々に話したのは先の話である。
「お二人とも、明日の午後は時間を空けて下さい」
「はい」
「何かご用事ですか?」
ユーミンが聞くと、ユリは頷く。
「スキルを見てもらいましょう」
「そんな事が出来るの?」
「ええ。希少な能力ですからね、グランスピリット家にもいないのですよ。冒険者ギルドから出張していただきます」
タムは自分の手を見る。
未だに魔法が使えないので、本当になんとかしてほしいと思う。
怪力で物を壊すことも多々あるし、ユーミンと違い自分が役に立っているという意識が薄い。
(レイも頑張ってるのに…)
広間の片付けに行きたかったが、騒ぎになるからと止められている。
迷惑は掛けたくないので屋敷で大人しくしているが、元が仕事人間だけに何かをしたかった。
午後はユーミンと2人で緊張しながら応接室で待っていると、森ガールのようなふわっとした衣装を着込んだ長い耳の女性が来てくれた。
ホルンと名乗った彼女は17歳くらいの見た目で250歳だというエルフだそうで、2人は驚きが顔に出てしまう。
「緊張しなくていいですよー」
のんびりした可愛らしいエルフはそう言うが、国民的美少女クラス以上の眩しさがある。
長い蜂蜜色の金髪を後頭部に編み込み、大きな緑の目はまつげバサバサだ。
「じゃあ順番にやりましょうねー」
語尾が間延びになる彼女は、ユリが見守る中、2人の手を順番に取って彼女たちのスキルを紙に書き出していく。
(多いですね…)
ユリが2人の座ったソファの後ろで方眉を上げたが、当然だとも思う。
ものの5分程度でスキル鑑定は終わった。最後に一度ずつ確認をしてから、ホルンは紙を反転させる。
「さすが、女神様の寵愛を受けた方たちですねぇ」
2人は紙に見入る。
(神聖魔法が使えるようになってる!)
タムは内心で喜んだが思いっきり顔に出ていてニヤニヤしてしまう。
「あの、今までは火と水の魔法でしたが、精霊魔法になっていますね?」
ユーミンが質問すると、彼女は答えてくれる。
「それは全ての属性が使えるということですね〜。素質はエルフと同じですよー」
「へぇぇ」
タムの用紙にも書かれているので彼女は感心したように呟くが、魔法修行の教師もつけねば、とユリは背後で考えていた。
「悪意看破?」
こちらも2人につけられているスキルだ。
「文字通り、悪意のあるオーラが見えるようになりますよ〜」
私を見て下さい、というので2人で顔を見合わせてからじっと見ると、彼女の周囲に薄く白い膜のようなものがあるように思えた。
そう言うと、アタリです、と言う。
「それがオーラですよー。白か黒か、ですねー」
「見るだけ?」
「触っても解ります。こう…バチッときますねぇ」
静電気のようになるらしい。それならわかりやすいとタムは思ったが静電気は嫌いなのでなるべくあってほしくないと思う。
他のスキルは、タムが身体硬化・付与・格闘(1)とあり、ユーミンが料理(8)・魔力精密操作(4)・美的感覚と不思議なものもあった。
種族はタムが金子熊獣人という新しい種族で、ユーミンが白熊獣人となっていた。
(ハニーベアという記述はないのね。良かった…)
ユリは後ろから紙を覗き込みつつ安堵した。もしかしたら以前まであったかもしれないが、解除してくれたようだ。これで堂々とハニーベアじゃない、と言えるようになり各国のしつこい問い合わせにも堂々と答えられる。
2人とも同じなのは、言語・悪意看破・異常状態無効・成長促進・魔力の大器・健康・幸運だ。
きっと他の転移者も同じだろう。
「凄まじいですね」
「とんでもないですねぇ」
ユリが真剣な顔で言い、ホルンがニコニコと笑っている。
「これは凄いの?」
「はい。今回の事でなければ勇者や聖女に匹敵するスキルです」
そもそも異世界召喚は世界がピンチの時に女神が行うものだから、そういったスキルがないと知らない世界でアッサリと死んでしまう。
破格のスキルだがその分、神力を使ってしまうので異世界人召喚は最後の頼みの綱なのだ。
「…何もしなくて、いいのですよね?」
ユーミンが少し困った顔をしている。
少し言い過ぎたとユリは苦笑した。
「女神様がそう仰ったので、使命などはありませんよ。ご安心下さい」
「そうですよぉ。お馬鹿さんに攫われてきた対価、と思えばいいのです〜」
お馬鹿さんと呼ばれてしまったフェデリは、強いスキルが与えられない代わりにそこそこの人材を増やして対応しようとしていたそうだ。なんとも迷惑な話である。
「解りました。とりあえず、悪事には使わないので!」
「そうね〜。面倒くさいわ」
2人の言葉に思わずユリとホルンは吹き出す。
「ええ、お願いしますね〜。…冒険者ギルドはいつでもお待ちしてます」
ホルンはそう言ってニコリと笑い、帰っていった。
「…冒険者ギルドって何をするの?」
タムはユリに質問する。ホルンに質問すると、入会の意思があるとぬか喜びさせてしまうと思い言わなかったのだ。
「町の外にいるモンスターを討伐したり、ダンジョンへ潜って素材を集めたり、街の中では住民の困ったことを解決したりしていますよ」
「便利屋さんね」
ユーミンの言葉にユリは頷く。
「ある意味そうです。困った時の一次受付場所ですね」
「怪力が活かせるかな…?」
タムが首を傾げて悩んでいるが、ユリは止める。
「大抵はトラブルがつきものですし…タムが行くと大事になりますよ」
おまけにギルドでは指名制度がある。登録した瞬間から、殺到するのが目に見えるようだ。
「あ、そっか…やめます」
「この屋敷内で出来る事はたくさんあります。…まずはお2人とも、修行ですよ」
「修行?」
「タムには格闘がありますのでそれを伸ばしましょう。ユーミンは今まで使えていた魔法以外の、魔法の勉強をしましょう」
基礎を習った後は、屋敷の皆も喜んで教えてくれるだろう。そこら中に先生がいるようなものだ。
「そうね、風魔法が使えれば撹拌が楽になるかも」
「食べ歩きしたいから、護身術くらいは…」
「それなら結界と隠蔽を覚えましょう。街に出る度に囲まれてしまいますからね」
タムは変装のしようがない。
街が落ち着いたら外に出て徐々に慣らしていくしかないと思っていたが、精霊魔法全般に適性があるのなら闇の精霊魔法の隠蔽や認識阻害を覚えたほうがいい。
「面白そう」
「ええ、面白いですよ」
2人には”成長促進”があるから、すぐに覚えられるだろう。
「タムちゃん、頑張りましょうね」
「はい!」
女神からたくさんスキルを頂き2人は感激していたが、その事で、空の上ではちょっとした騒動になっていたのをタムたちは知らない。
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