第13話 満月の夜
次の日の黄昏時、司教たちは夜を待てないのか儀式を開始した。
タムは小さな檻に詰められて運ばれる。広場は人々が集まり喧騒に包まれていた。
(うわぁ、すごい。お祭りみたい)
もちろん虚勢だ。足はガクガクしている。
魔法陣の真ん中に据えられた櫓の上に檻は乗せられた。
高い場所から周囲を見回すと、僧兵で固められたバリケードの奥に心配げな表情の街の人たちが見守り、子供たちも居る。
そして騎士団らしき制服の者たちもいた。きっとグランスピリット家の人たちもいるだろう。
(きっと、大丈夫)
人と言う文字を手のひらに書いて飲み込んだ。
これから実践するのは、凝った作戦ではない。
今現在、炭で汚れているという事と神力を貯めるという性質を逆手に取って、皆に自分をハニーベアだと知らしめるというもの。
料理は盛り付けで美味しさが8割決まる!とユーミンは言った。
(ハニーベアじゃないんだけど…)
ユーミンはタムの中に凄まじい神力があると言い、たぶんきっとまぁ絶対ハニーベアね、と変な文法で話していた。
タムの話を聞く限り町の人はあなたをハニーベアと認識しているようだし、あの司教は全く人気がないらしから…皆がどちらを信じるかきっと明白だわ。と彼女は言ってくれた。
それよりも自分の心配をしなさい!とも言われた。
(少し前に、女の人が2人いたとか…)
妙齢の女性で街の人や神官を見下す態度を取っており、司教の部屋で親密そうに話していたとか。
髪の色などを聞く限り、グランスピリット家のメイドをクビになった者たちだと思われる。
神殿に居るというのに贅沢な生活を送っていた彼女たちだったが、ある日気がついたら居なくなっていて、その後の2人の行方は知れないらしい。
そして、司教の通じるロイヤーンという国の主な産業は、奴隷市場。
(いやいや、今思い出しちゃ駄目な話だった…)
タムは首を振る。
2人に対しての同情は全く無いが、同じ目にはあいたくない。
恐怖による緊張をほぐすために、タムは檻の中でストレッチを始めた。
その様子を遠くから伺っているのは、ジョセフィーヌとユリだ。
「まったく…こんな事をしたら、国王から睨まれるのが分かってないのかしら?」
「彼等は独立国家のようですからね」
そこへレイスヴァールが走ってくる。姿は騎士団の制服。鎧は身につけていないが、制服には防護魔法が掛かっているので下手な鎧よりも硬い。
「父上から連絡がきました。国王は彼等の自治を認めないと」
いつもは愚痴になってしまうが、この時ばかりは父が王都にいて良かったと思う。
「…そうですね。神殿が建っている土地は国の土地ですし」
「ああ。そこで勝手な事をする奴らは…」
「悪ね!!任せて頂戴」
ジョセフィーヌは息子の言葉に鼻息荒く言い、胸につけたルベリアーナの鱗のブローチを撫でる。
それは主従の証だ。呼びかければ、彼女は地面から現れる。
「まったく、人の家の客人を勝手に誘拐してからに…」
憎々しげに呟くレイスヴァール。
彼は竜騎士だが、今日は母親のお守りだ。若かりし頃の彼女を知る騎士団長から、暴走しないように見張っていて欲しいと言い遣っている。
「ハロルド様は?」
いつもペアを組まされている、変わった嗜好を持つ金髪先祖返りエルフがいない。
ユリが尋ねるとレイスヴァールは答えた。
「万が一だ。陣を無効化する魔道具を取りに行っている」
「どこまでです?」
「王都だ」
「!?」
王都はここから竜でも往復に丸一日かかる。
発ったのは昨日の夜。諸々の手続きは既に済ませてあり、ギリギリ間に合う算段になっている。
「…あいつも罪滅ぼしをしたいんだ。きっと間に合う」
タムの胸にある石はハニーベアと確定するに十分な証拠になってしまっている。
当然、このような凶行に踏み切った司教たちにも調べられていたはずだ。噂の出どころは、グランスピリット家をクビになった例のメイド2人。
「まぁ、それで罪が消えるわけじゃありませんけどね」
ガクッとコケるレイスヴァール。
「さすがユリ、厳しい…!」
師弟コンビのじゃれ合いにジョセフィーヌが口を挟む。
「大丈夫よ、私も奥の手を呼んだから」
「奥の手??…母上が言うと怖いんだが…。兵器じゃないですよね?」
「ある意味兵器かも?」
その言葉に青くなる。竜騎士である母が言う、竜以上の兵器とは。
…今ここには、街の人も子供も、騎士団員も大勢いる。
「は、母上のは、最後の最後ですよ!!?堪えて下さい!」
「堪えられたらね」
「……」
ユリを見るが諦め顔だ。
(ハロ、早く来てくれ!)
思わず空を見て強く祈るレイスヴァールだった。
大きな金色の満月が空へ登り始めると、広間に描かれた魔法陣が仄かに光りだす。
とても大きな魔法陣の割に、光は弱い。旅の魔道士などは首を傾げた。
司教専用の豪奢な神官服を身に纏ったヴァルデが進み出ると、高らかに宣言する。
「今ここに、神の使者を騙る魔族を、女神フェーラの審判に掛ける!!」
風魔法で拡散しているのか、人々の耳に届けられた。
しかし、騎士団はもちろん街の人々は懐疑的だ。
裁判に掛けられたとしてもハニーベアは無事だろう、そうなったら司教たちはどうなるんだ?と、タムではなく神殿の者たちの行く末を囁いていた。
というのも、司教やその配下数人を治療院で見たことがないからだ。
通常は位が上がるほど神力が多く重傷も治せるはずだが、彼らが治療している姿を見たことがない。
「ああやって笑顔が張り付いてるやつほど、おっかねぇな」
「子供がね、泣いちまうんだわ。アイツ見ると」
「やっぱ子供は悪いやつがわかるのかね?」
「さっきっからピカピカしてるのは、司教じゃなくてあの杖だなぁ」
「ハニーベアの力を捧げて、自分たちの神力を回復するつもりかもしれんぞ」
そんな会話がほうぼうで交わされている。
普段から素行の怪しい司教は、もしかしたら神力が既に失われているのではないか、とずいぶん前から街の人々は噂していた。
「だいたいさ、魔族ってほとんど見ないわよねぇ」
「そうだな、見ても美人って思うだけだな」
そもそも魔族とは国境を隔てており、棲み分けされている。
たまに風変わりな魔族がこちらへ紛れ込んでいたとしても、理由もなく争わない、とても冷静で穏やかな種族だ。
「怒らせないといいけど」
「とばっちりはゴメンだねぇ…」
魔族は子供でも人の数倍の魔力を保有しており、力も強い。普段は温厚だが、身内が害されると必ず報復をする。
ハニーベアを”邪”とつけて魔族と呼ぶなど、確証もないことを言って魔族を怒らせやしないかと人々は不安になっていた。
突如、ヴァルデ司教はカッと目を見開いて叫んだ。
「判定は成された!!神の使者を騙る、この者は悪!!女神フェーラが所望している!!」
いつどこで判定がされたのか全くわからない。
「女神フェーラへ捧ぐ祈りを唱えよう!」
そしてタムが消えたように見せかける為、転移魔法を唱え始めた。
「お待ちなさい!!」
よく通る声が広間に響く。
近くの者が声量に耐えきれず耳を塞ぐほどの大きな声だ。
白熊巫女が進み出て、魔法陣を指差す。
「これは、転移陣!ロイヤーンへ…フェミナの門!!」
若干文法は怪しいが、伝わった。
広間に居る者たちは指差す方向を見て、息を呑む。
夜の帳が降りた今、光はより色濃くなっていたが…。
「桃色だ!」
「フェーラ様の色じゃない!」
女神フェーラの貴色は金色。魔法陣から漏れ出す色は、桃色ーすなわちフェミナの貴色だった。
「フェミナ様はロイヤーンの守護神だろう!?」
「何をしようとしてるんだ!!止めろ!!」
「かわいそうなハニーベアをそこから出して!!」
憤った人々は僧兵の垣根からヴァルデたちに向かって非難の言葉を飛ばす。
ヴァルデは下賤の国の民が忌々しい、と呟き、声を張り上げる。
「…陣が完成するまで抑えろ!」
僧兵に指示をして再度、呪文を唱えようとするが。
ユーミンが再び声を上げる。
『タムちゃん、行くわよ!!』
日本語で声を掛けてから、空に祈りを捧げた。
『水の精霊さんお願い、水でタムちゃんを洗ってあげて!』
『ぶわっ』
檻に手を伸ばすように空中から水が現れて通り過ぎ、タムの体を洗い流す。
『次は…フェーラ様!タムちゃんの浄化をお願いしますっ!ピカピカにしてあげて下さい!』
ユーミンが月へ向かって祈りを捧げると、彼女の手元に現れた金色の光の粒がタムに向かって飛ぶ。
(よし、今だ)
『んんん………でりゃぁっ!!』
光の粒が到達する直前に、タムは怪力で小さな檻の天井を渾身の力を籠めてぶち破った。
空へ飛ぶ檻の天井、そして遮るものが無くなったタムに月の光と浄化の光が届く。
その2つは吸い込まれるようにタムの中へ入り、内側から光を発した。
「…光っている…綺麗だ…」
遠くから固唾を飲んで見守ってレイスヴァールの口から感嘆の言葉が溢れる。
「まだですよ」
飛び出しそうなレイスヴァールの胸元をユリは抑える。
「…わかっている」
「流石に二人はキツイですからね」
ユリはもう片手で飛び出しかけたジョセフィーヌの腕を掴んでいた。
掴む力を強くして、タムを仰ぎ見る。
浄化の光と、金色の満月に照らされて光り輝くタムの髪に、耳に、尻尾。
いつもよりも光って見える。おそらく神力を蓄えているのだろう。
その神々しさに子供たちが声を上げる。
「やっぱりタムはハニーベアだ!」
「タムを助けるぞ!!」
口々に叫び子供たちがわぁっと櫓へ駆け寄る。
「わ、危ない!」
慌てて鉄格子を曲げて檻から出たタムが、櫓の上から声を掛ける。
しかし子供たちは僧兵たちに捕まえられ、暴れる子は殴られたりしている。
「痛いっ!?」
「何すんだ!!」
それを見た大人たちも怒りながら僧兵に掴みかかる。
「てめぇら!子供に!」
「それでも神に仕える者か!!」
広間は騒ぎに包まれた。
「…チッ。アレは…まだ陣の上だな」
ヴァルデは檻から出ただけのタムにニヤリと笑って叫んだ。
「神聖な庭を汚すものに罰を!!」
再び呪文を唱えようとした彼に、今度は白熊巫女が体当たりをした。
「ギャッ!?」
杖が祭事の道具だとユーミンは知っていたので、倒れたヴァルデの手から取り上げるが、駆け寄ってきた僧兵に殴られて吹っ飛んでしまう。
『ユーミンさん!!!』
杖を取り戻したヴァルデが呪文を唱え、魔法陣がより一層強く光りだした所で、上空を何かが横切る。
「竜だ!!」
「騎士団の竜だ!」
竜が通り過ぎた後、魔法陣の光は突如消えた。
「なっ!?」
愕然とするヴァルデ。
「よし!…ハロが間に合った。櫓に行きます」
これで何者も転移出来ない。人質を取られる可能性が無くなった。
「お気をつけて」
歯を食いしばって耐えているジョセフィーヌを抑えているユリが頷くと、レイスヴァールは月明かりに照らされてあちこちに影が落ちる広間を駆け抜け櫓へ近寄る。騎士団の仲間も影を走るのが見えた。
「あーっ!!!もー無理!!!」
「ジョセフィーヌ様!!」
ジョセフィーヌも駆け出したが、その厳しい目線の先はヴァルデ。
杖を握りしめて必死に呪文を唱える爺の顎にジョセフィーヌの拳がめり込み、豪奢な布地が月明かりに照らされてキラキラと光りながら宙を飛んだ。
『あらあ、クリーンヒットね』
地面に仰向けに倒れて僧兵に囲まれていたユーミンだったが、僧兵たちがアッパーを食らった司教をギョッとした目で追った瞬間、風魔法が駆け抜けて彼等を拘束する。
「大丈夫ですか?美しい人」
『……はい?どなた?』
完全なるキメ顔でやって来た金髪の美しい騎士の男を、ユーミンは口を開けて見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます