第12話 狙われる

 タムは訳が分からず呆然としていた。

 街にある神殿へ、ユリの用事と、巫女だという熊獣人と会うためにやって来たのだが。

 目の前に居る白熊獣人が突然言ったのだ。

「こ…このハニーベアは、偽物!魔族の…邪ノ力ヲ暴クタメニ神ニ捧ゲネバナリマセン!」

 しかも後半は棒読みだ。

『はい!!???…えっと?』

 そもそもハニーベアと自分から言ったこともない。

 慌ててユリを探すが、いつの間にか引き離されていたのかこちらを驚いた顔で見て、瞬間、悔しげな顔になった。

 その後にほとばしったのは冷たい空気。

(うっわ、超怒ってる!)

 声には出さないがハッキリ動かした口元が必ず助けます、とそう言っていた。

 思わずそちらへ意識が行ってしまうが、鎧やローブを着た人に囲まれてしまった。

 異変に気がついた子供たちが駆け寄ろうとしてくれたが、彼らは危険を察知した親に引き止められる。

「来たら、駄目!」

 腕の中でバタバタと暴れている子に伝えるが、親も疑惑や不快な表情で神官たちを見ている。

 これは異常な状態なのだという認識は同じようで、安心は出来た。

「第一陣、開始!」

『へあ!?』

 四方八方を囲まれ、ローブを着た者たちに両手を向けられ…おそらく魔法を掛けられそうになったが何も起こらない。

「なっ!?」

「きかないぞ!?」

 小さな叫びの後、本当に偽物なのか、本物じゃないのか、と呟きが聞こえる。

(何も来ない…?) 

 思わず頭を抱えた状態から顔を上げる。

「第二陣!」

『ぶへぁっ!?』

 頭から何かが降ってくる。全身でそれを被ってしまった。

『ゴホッゴホッ…』

(なにこれ!?炭!?)

 バーベキューで嗅いだことのある匂いだ。器官に入ってしまったようで、息もし辛い。

 目も見づらくなり、オエッとえづいていると巫女の泣きそうな声が聞こえてきた。

「ま…真っ黒です。金色デハアリマセン。魔法モ、ツカエナイ…」

 やはりどこか棒読みで告げた彼女。

 抑揚もなく、他国の言語で書かれたセリフを丸覚えした役者のようだ。

 そこへ誰かが怒鳴り声を上げる。

「おい、なんだそれ、ウチの炭じゃねぇか!そんなんに使うなんて聞いてねぇぞ!」

 どうやら炭屋の主人らしい。

 購入されたものがこんな茶番に使われるとは、当然ながら聞いてないのだろう。

 しかし駆け寄ろうとしてくれた人たちも、僧兵に阻まれる。

 傍から見ても苦しい言い訳状態に講堂内が騒然となったが、タムはむせている間に僧兵にあれよと連れて行かれてしまった。

 今は地下牢に入れられている状態だ。

『くさい…』

 炭は非常に粉っぽく、いつだったか施設で墨汁をぶちまけた日の比ではない。

 喉も痛くて水をくれと言ったが、貰えなかった。

『あの…ごめんなさい…』

『え!?』

 泣き声とともに聞こえてきたのは日本語だ。

 しかも壁を隔てた、隣から。

『さっきの、白熊です。やっぱり日本人だった…』

『え?あの?どうして牢屋にいるの?』

 巫女だというのに。

『失敗したから…本当にごめんなさい』

 棒読みが行けなかったのか、それとも魔法が効かなかったからか。

 でもそれは彼女のせいではない。 

 どうやらここの神殿の長はとんでもない人物のようだ

(そう言えば、ジョーが何か悪口を言っていたような)

 職業柄、悪口は聞き流すようにしているため、あまりよく覚えていない。

 少し涙声が落ち着いてから、彼女は自分のことを話してくれた。

『私は日本では…料理研究家でした』

 本名は香坂由美子といい、あだ名だったユーミンがこの世界での呼び名だ。

 タムよりも年上で59歳だという。実家は八百屋で弟が継いでいて、独身で食べるのが大好きで、趣味でレシピを開発してそれを売り生計を立てていたとか。

 連れ去られた日も料理の撮影で遅くなり、タムと同じく帰宅中だったそうだ。

『UFOかと思いましたよ』

『私も!!!』

 タムが仲間が居た嬉しさに声を上げてから口を抑えた。

 しかし誰も来ない。

 おとなしい熊獣人二匹は放置されているようだ。もしかしたら、彼らは自分たちの出身を知っているのかも知れない。そんな気がしてきた。

『こちらに来たら白熊になっているし、言葉もわからないし…』

 しょんぼりした気配が伝わってくる。

 タムが自分の経緯を説明すると、彼女も今までの経緯を話してくれた。

 彼女は隣町の小さな教会に保護されて、言葉を教えてもらっていたらしい。

 先日、突然ここに連れてこられて、茶番を演じるよう強要されたのだとか。

『言うことを聞かないと元いた教会を潰すと言われて…』

『なにそれ酷い!!』

 聖職者のやる事だろうか。

 いや、人に難癖をつけて牢屋に入れる時点で、もう聖職者ではないのかもしれない。

 彼女は教会の教えを流用して論理的に諭そうとしたが、鼻で笑われて駄目だったという。

『なぜか、小娘扱いで』

『あっ』

 人に罪を着せて牢屋に入れるような人間に説法をするのがそもそも無駄なのだろうが、身に覚えがある状態に、タムは説明する。

『なるほど…年齢が2倍か3倍なのね…』

『はい。私もいいオバサンなのに…頭を撫でられるし、子供扱いで…』

 二人してため息をつく。

『私は体がまだ大きいからいいけど、あなたは体が小さいから特にそうだったのね』

『子熊獣人って言うらしいですよ』

 元はもっとポッチャリしていたが、保護された家で食事制限と適度な運動で痩せたと話す。

『私は…やっぱり食べるのが好きでねぇ。孤児院の子供たちのために貴族にレシピを売って、料理を毎日たくさんして…ついでに食べてたから痩せなかったわね』

 ストレスの矛先もあったかも、と彼女は言う。

 タムは巫女姿の彼女を思い出す。

 たしかに色白でふくふくのほっぺで、手も胸もふくふくしていた。

 身長はユリを見上げた時と同じ目線だったので、170センチくらいだろうか。

 青い大きな目がとても綺麗で、アイスブルーの長いフワフワした髪にちょこんと乗った白くて丸い耳は破壊力抜群だな、とも思ったりしていた。見えなかったがきっと尻尾もあるだろう。

(アラカンでもこっちだと若いし、しかも美人とか…)

 これはハロが食いつくわけだ、とこっそり思った。

『はぁ、これからどうしよう』

『…私がいたおうちの人が助けに来てくれます』

 既に殺気を放っていたユリと、ジョセフィーヌは確実にキレているだろう。二人を抑えつつレイスヴァールがきっと助けてくれる。

 家の人は騎士団の人ですぐに動いてくれる筈、と説明するとユーミンは言う。

『…それなら、早くしないと』

『えっ』

 ユーミンが話してくれた所によると、自分はロイヤーンという国に連れて行かれようとしているらしい。

(聞いたことがあるような、ないような)

『この神殿の司教様は、昔、国から逃げて…亡命された方みたいだけど、裏で繋がっているみたい』

『ユーミンさんは、どうしてそれを?』

『…まだ言葉が上手く話せないから、難しい話の内容は、ヒアリングできないと思っているのよ』

 フェデリ少年神のポカで、喋った言葉は変換されないがヒアリングの方はバッチリだ。

 彼女は司教がフェミナ神に向かって話しているのを聞いたらしい。

『あらら』

 思わず苦笑すると、おバカさんよねぇ、と隣から聞こえてくる。

 日本語で良かったと思うタムだ。

『じゃあ…移動のタイミングがあるのね。そこをレイたちに狙ってもらえば…』

『あ、実際に移動する訳じゃないの。転移陣というものがあるのよ』

『え!?なんですか?それ』

 あっという間に連れ去られてしまうのかと焦っていると、ユーミンは準備が必要、と話してくれる。

 ロイヤーンという国は北西のとても遠い国だそうで、転移にも膨大な魔力を使うとか。

『魔力が溜まる?って、いつでしょう?』

『ええと、フェーラ神の力が強くなる、満月だと思うわ』

 フェーラ神の力が強くなると、精霊も強くなり、大気に魔力が満ちる。

 そこで、”タムの本性を暴くための儀式”を大体的に用意し、フェーラ神に問う体で転移陣にタムを乗せ消えたように思わせ、やはりハニーべデアではない、偽物だった!と民衆に知らしめるのだという。

『満月って?』

『…明日だわ』

『ひえ!』

 タムは頭を抱えた。

 タイムリミットを考えないように頭を振って、ユーミンに質問する。

『なんでそこで、フェーラ神が出てくるの?』

『ロイヤーンの主神はフェミナというの。フェデリとあまり変わらない女の子よ。彼女も半人前だから、フェーラ神…お母さんの力のおこぼれを貰わないと、強い陣を発動できないのよ』

『……ソウデスカ』

 この世界の神様は纏めて説教する必要があるな、と思ったタムだった。

『ところで…今更なのだけど、なぜタムちゃんはハニーベアに?』

『あれ、この姿、知ってます?』

『ええ。絵本を読ませてもらったわ。でもこっちに来る前でしょう?黄色いクマが好きなのかなって思って。…私なんて、痩せた姿ってお願いしたのに全然違う姿で!』

『……んん????』

 タムの姿は女神が何かしたからだ。

(お願い、した???)

『あの…要望でも聞かれる場…みたいのが、あったんですか?』

『あら?無かったの?』

 そこで初めてタムは、自分の扱いが違う事に気がついた。

 ユーミンが言うには、空の上でフェデリと会い、どういう姿や力が欲しいかザックリと聞かれたらしい。

 よくある転生モノの漫画のようだ。

『聞かれたから、痩せた姿って言ったのに…』

 ムスッとしながら言う。

 白熊獣人となり、一応体重は3分の2になったらしい。

(元が120キロって…すごいな…)

 上には上がいるものだ。今は80キロということか。

 確実にハロルドが食いつく好物件だ。

『痩せた姿を正確なキロ数で伝えれば良かったのよね』

 お願いを聞いてきたのに、叶われたのは半々で、言葉が話せないとは思わなかったとユーミンは言う。

『私の時は、あっ!て言われましたよ…』

『きっと神力が足りなくなったのよ。私達も、たぶん節約されたんだわ』

『まったく…!』

 タムは行き場のない怒りに、どさりと壁にもたれかかる。

『どうしたの?』

『いえ…なんかね、ぜーーんぶ、この世界のことだなって思って…』

 タムはそこで言葉を区切り、強く言う。

『私達がいる必要あるの?って思いまして』

 フェデリといい、フェミナといい。

 全て女神フェーラの教育不足だ。半人前を国の主神に据えるとか、実地訓練で勝手に育つとでも思ったのだろうか。

 託された相手がその人の上司になればいいが、あいにくと神様の序列は一番上だ。

 神様を教育しようだなんて誰も思わないだろう。

『そうね。たしかに、私達は何のために呼ばれたか分からない。それなのに牢屋って…』

『そうです!むしろ被害者です!』

(…あのヴァルデとかいうのは、ちょっと懲らしめてやりたい)

 神様に対しても不遜な態度が過ぎる。

 ユーミンや別の同業他社に対して行った脅迫と、自分に冤罪をかけて牢屋に入れた事と引っくるめて罪を問いたい。

『ユーミンさんは、何が出来ます?』

『癒やしなどの神聖魔法、あと水と火の魔法かしらね』

 神聖魔法はデフォルトで、あとの二つはこちらにきてから覚えたという。

『料理にはまず、水と火だから。…ここの水って綺麗かどうか分からなくて』

『いいですね!…ひょっとして怪力もあります?』

『ええ。大きいかぼちゃも素手で割れるから重宝してるわ』

『さすが料理研究家…』

 使う先がカボチャとは。

 他にも炊き出し用の大きな鍋も一人で扱えるからとても有用で、初めは戸惑ったものの白熊獣人になってよかったと思っているそうだ。

(対して私は…)

 今の所は怪力ぐらいしか使える力がない。

『うーん…ハニーベアの力って何だと思います?』

 自分的にはそうじゃないと思いたいが、せめて何かの力はあって欲しい。

『ハニーベアは…神の力を貯めていると、司教様は言ってたわ』

 転移するために必要な力。

『という事は…フェミナが欲しいのは、バッテリーってこと?』

 しかも母親の力だ。きっと高品質だろう。

『なるほどね。そうかも知れないわ。でもそれじゃあ小さいから、プロパンガスかも?』

『みーこーさーまー?』

『ふふっ。ごめんなさいね。私なら冷蔵庫かしら?』

 牢屋だと言うのに、クスクスと忍び笑いが響く。

 タムは緊張が解けたし、ユーミンは同郷が居ると知れて二人とも余裕が出てきた。

『今は何をしてるんでしょう?』

『儀式のために、神殿前の広間に魔法陣を描いていると思うわ』

『うーん…』

 2人で頑張って策を練ろうとしたが、思い浮かばない。

 食いしん坊の介護士に料理研究家だ。策略などに頭を使ったことがない。

『…とりあえず、現行犯がいいわよね』

『それはもちろんです』

 言い訳をされて逃げられても困るし、証拠がないと開き直られて今後この街にのさばられても尚困る。

『料理だと思えばいいのかしら…ほら、盛り付けって大事じゃない?』

『エッ』

 ハニーベアの丸焼きって甘いのかな、と一瞬思ってしまった。

『大丈夫よ、食べないわ。私が水魔法をまずかけて…』

『ふんふんなるほど。じゃあ次に私が…』

 調理ではないが簡単な工程と役割を決めて、話し合う。

『よしっ!おばさんの底力、見せてやりましょう!』

『ええ!』

 2人は牢屋越しに手を伸ばして固く握手をしたのだった。

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