第11話 街とタム
「やっと会えた…!タム!」
「は、はい。お疲れさまです」
今日は騎士団の巡回の途中というハロルドがやってきていた。
出迎えたタムに抱きつこうとして、レイスヴァールにマントを引っ張られていた。
【すみませんねぇ、毎度】
彼の騎竜ルイスが謝っている。
『大丈夫。そのうち飽きるでしょ』
自分は随分痩せてしまった。だからハロルドからの贈り物がお菓子ばかりで笑ってしまう。
ユリは健康が一番!と言って、そのお菓子は使用人全員でいただきます、と宣言している。
「ハロ、言うことがあるだろう」
レイスヴァールが小突くとハロルドはしゅんとした。
「…そうだ。タム、蜂蜜石のこと、黙っていてすまない」
レイスヴァールがとても申し訳無さそうに説明してきたのだが、タムには実感がない。
鎖骨あたりなので鏡でも無ければ見えないし、直したネックレスを付ければ不自然でもない。
「気にしません」
レイスヴァールに言ったように、あっさりと許したタムだ。
「ありがとう、さすがオレの女神!!…もう少し食べたほうがいいよ」
「ハロルド様」
ユリのブリザードな気迫にハロルドの顔がひきつる。慌てて話題を反らした。
「そ、そうだ。最近、神殿に熊獣人が来たんだよ」
「神官か?」
レイスヴァールの問いにハロルドは指を横に振った。
「なんと、巫女様だ!!大きくてふかふかしてるんだ」
うっとりとしたハロスロに、レイスヴァールもユリも引いている。
さっきまでタムに会いたかったとか言っていなかったか。
(なるほど、どストライクなのか)
自分以外に興味が移るのはありがたいが、移った相手に申し訳ない気もする。
今度街に行った時、挨拶しようと思った。
(金髪のエルフ似の人が来たら気をつけて下さいって言おう)
ハロルドの恋路を邪魔する訳ではないが、女性が給仕するお店に相変わらず出入りしていると聞いたので、そんな状態で求愛されてしまう女性を守りたい気持ちが強い。
「ユリ、あとで、街に行きたいです」
「承知しました」
ユリも同じことを考えたのだろうか、即答した。
彼女は彼女でやるべき事があったため頷いたに過ぎないのだが、タムは知る由もない。
お詫びに寄ったハロルドはレイスヴァールに引き摺られて竜に乗り飛び去り、タムとユリは連れ立って街へ行く事にした。
なお、ジョセフィーヌは痩せてしまった地竜ルベリアーナにせっせとご飯を運んでいる。
解呪から1ヶ月経った今、復活は目前との事。
そうしたら、池でパーティしましょう!とジョセフィーヌに誘われている。
(そうだ、ついでにルーちゃんのリボンも買おう)
タムはグランスピリット家で客人扱いなのだが、肉体労働およびレシピを提供しているので給金が支払われている。
解呪での神力提供では、何もしてないのにかなりの額を頂いてしまった、と本人は思っている。
気を遣い過ぎて下手すれば全くお金を使わないタムに、ジョセフィーヌから衣食住以外のことに使いなさいという命令に近い指示が出されたのは言うまでもない。
馬車に揺られていると、ユリが口を開く。
「それで、神聖魔法の方は?」
「…駄目でした」
タムは肩を落として言う。
ザインが一生懸命教えてくれたが、魔法の発動が全く見受けられなかった。
彼が言うには、神力を自分の意志で外に出す事が出来ないようだ、とのこと。
人にも魔力や神力が外に出ない人はいるので、珍しいことでは無いようだ。
しかし、絵本のハニーベアはどうやって人を救っていたんだろう?と思ってしまう。
「大丈夫ですよ。あなたには怪力もありますから」
タムが神聖魔法を使えるようになったら、働きすぎるのでは?と危惧していたユリは少々ホッとしていた。
「怪力、扱う、難しい…」
こちらも難航中なのだ。
熊獣人のコックのマーサに教わって怪力の制御方法を習っているが、彼女は生粋の熊獣人なので幼い頃から経験して今の調整を身に着けている。
今まで人間だったタムは、自分としては普通の何気ない動作で…振り向いた瞬間、手に当たってしまった柵が砕けるのは納得が行かなかった。
「ここ一番で使うとよいでしょう。今は平和ですから、騎士団も巡回だけですしね」
「わかりました」
今日のように、見回りでちょっと寄り道出来るほどだ。自分の怪力や未知なる力は使わないに越したことはないだろう。
「ほら、子供たちが手を振っていますよ」
道すがら、農作業をしている人と子供たちが手を振っている。
「あ…ハニーベアもどき、なのに」
そう思いつつ馬車から手を振る。
街までは少し遠いので馬車を使うのだが、グランスピリット家で貴人用馬車を使うのはタムしかいないので、お出かけするとバレバレなのだ。
ユリは手を振るタムを見ながら思案する。
(…どう見ても、ハニーベアと認識されているわね。取り込まないように、神殿に釘を刺しておかないと)
その釘の刺し方が大変なのだが。
ジョセフィーヌの愛竜、ルベリアーナに呪いを掛けた者が分かっているだけに下手に手を出せない。
次にタムが狙われるかもしれないのだ。
(ヴァルデ殿はロイヤーンから亡命してきたのだったわね…。ま、表向きでしょうけど)
数十年前、ジョーやユリの母国であるロンド国を聖戦と称して攻めてきた国だ。
軍事力の高いロンド国を属国としようとしたがジョセフィーヌにコテンパンにやられて引き下がっていった…ように見えた。
(相変わらず働かない上に、統治者は愚か者ばかり…)
神聖王国ロイヤーンは、選民思想が強く働かずに奴隷を使うので国力が低い。
経済は奴隷売買など非合法な金で回っているほど、闇市から上がる税金に依存している。
そのため、ロンド国の軍事力を手に入れて、他の国を攻めて植民地化しようとしているのだ。
「はぁ…」
思わずため息が出る。
ロイヤーンの主神はフェミナといい、ロンド国の主神フェデリの姉だ。とんでもなく我儘な少女で献上品も極上の品を週に一度は献上させているとか。
調査によると、元々貧乏だった国は早々に献上できなくなっていた。
フェミナはそれを許さず、他国を落として貢がせればいい、とでも神託をしたのだろう。
(おそらく…フェデリをそそのかして、神力を使わせたのでしょうね)
異世界の人間は総じて魔力や不思議なスキルを持つ者が多いと聞くし、フェミナから『あんたの国を攻めるわよ』と言われれば簡単に騙されて召喚しそうだ。
フェデリが眠りにつけば、ロンド国は神の後ろ盾はなくなる。
(さらには)
主のジョセフィーヌの騎竜である地竜を呪いで殺そうとしたのも、フェミナだろう。
女神の眷属である竜にあれほど強力な呪いを掛けれる者は、神しかいない。
フェデリとジョセフィーヌを動かせなくしてしまえば、攻略が容易いとでも思ったのだろうか。
彼の国の統率力、軍事力を舐めてもらっては困る。
(全く、甘いにもほどがありますね)
ふと視線を感じると、タムがこちらを心配げに見つめていた。
「ユリ、大丈夫?」
ため息が多い、と付け加えられた。
自分も気が付かない内にため息が大量に出ていたらしい。
「少し考え事をしていただけです」
「なに?」
タムはいつも話を聞こうとしてくれる。
しかしもう店に到着しそうだ。ユリはニッコリと笑って言う。
「大丈夫ですよ。落ち着いてからお話しますから」
ロンド国には既にありのままを報告しており、最大限の警戒がロイヤーンに対して行われている。
そもそも相手はひ弱な国だ。国のために戦う気概のある者もいない。ルベリアーナという竜の人質が無くなれば、負けるはずもない。
「さ、着きましたよ。ルベリアーナのリボンを買うのですよね?」
「はい。角につける」
「良いですね。何か飾りも買いましょう」
「はい!」
2人は馬車を降りると、街を歩き始めた。
グランスピリット家の御用達の店ではなく、庶民がここぞ!という時に利用する雑貨屋に連れて行ってもらい、タムは感激していた。
「かわいい〜」
幸い、こちらにも可愛いという単語がある。
カワイイを連発しながらタムはリボンを選ぶ。
(色んな色と布地がある…!)
棚にはズラリとリボンを巻いた輪が並べられていて、グラデーションになっている。
棚は全て使い古されて飴色になった木製で、角が丸い。少しだけ出っ張っていて半円に凹み、気に入ったものを並べて比べられるようになっていた。
(迷う〜…。食べ物に比べたら高いけど、やっぱりこれって手で作ってるんだよね?)
リボンの他にも布や木彫りの人形、子供のおもちゃ、アクセサリーなど商品は多品種に渡っていたが、どれも全く同じ物がない。
外国のアンティークな雑貨屋を真似たお店に友人に連れられて行ったことがあるが、どこかに現実を思い起こさせる設備はある。
この店の明かりは魔石ランプだし、レジもない。防災上必要になる煙探知器もない。まさしく本物である。
(赤も捨てがたい…でも緑も似合う…)
ルベリアーナは黄パールの鱗を持つ。
緑は大地に根を張る木の色、しかし赤は主であるジョセフィーヌの目の色。
散々迷ってお店の女主人と相談して、今回は赤に決めた。
沢山ある赤色については、ユリに意見を聞いて最もジョーの瞳に近い色にする。
「これにします!…いくつ、必要?」
そう言えば角の大きさが分からない。タムはユリを見た。
「そうですね…1メルくらいあれば足りますね。地竜は角が小さいですから」
地面に潜る上、頑丈な額を持つので他の竜に比べて角の出番がなく小さい。
それでも根本の太さは大人の男性でも片手では掴みきれない大きさだ。
(1メル…1メートルくらいってことね)
重さや長さの単位も習っている。最初はついつい、メートルやキロと言いそうになった。
「飾りはどうなさいます?」
店主のリーベルが聞くとタムはあれで!とショーウィンドウを指差した。
「蜂蜜石ですね」
飾られていた大きな石を持ってきてくれる。
「あら…盾型のカット?」
ユリも手のひらほどの大きさの蜂蜜石に魅入る。
それは横に広い盾の形をしていた。
「ええ、珍しいでしょう?贈った相手を守るように、と職人が考えてカットしたそうですの。竜騎士向けですって」
ブローチの周囲は真珠に似た丸い石が囲っている。
「周りは真珠なんですが…職人が価値を知らなかったそうで半分に割ってしまって…」
この話にはタムもギョッとしてしまった。
本当に真珠だったらしい。
(真珠割っちゃうの!?)
大きさは1センチを超えている真珠だ。
「勿体無い…」
ユリも呆れている。
「だから再利用もできませんし…大きさにしてはとても破格なんですよ」
「買います!」
タムは即答した。貯めたお金で十分買える値段だ。
プレゼント用の箱にラッピングしてもらっている間、店内を回る。
(あ…これ、レイに合うかも)
日本にもあった七宝焼にそっくりな、イヤーカフだろうか。
地金は金色で紺色のトロリとしたガラスの中に、金箔のクローバーのような四葉が薄っすらと幻のように浮かんでいる。
その隣には、百合の花にそっくりな花が真珠色のビーズで編まれている美しいブローチもあった。
(一点物ばっかり)
店主のリーベルがあちこちを巡って、直説買い付けて来るらしい。
彼女が店に帰ってくると、しばらくは近寄れないほど混雑するとか。
(あ…こっちの蜂蜜石は、赤い)
蜂蜜石にも色々とあると聞いた。
表面はツルツルなのに石の中には白い薔薇が彫り込まれており、どう作ってるのかタムにはさっぱり分からなかった。
(これはジョーを連想するよね)
しばらく悩んだあと、ユリがハーブティーの棚に夢中になっている内に品物を店主に伝えて包んでもらった。
ほくほく顔で店を出ると、子どもたちに囲まれる。タムは慌てて荷物を御者へ託した。
「こんにちわ、みんな」
「こんにちわー!」
「タムはハニーベア??」
毎回行われる押し問答に、タムは苦笑する。
「違うよ」
ハニーベアだろうと屋敷の人に言われてはいるが、女神や少年神からは何も言われていない。
自ら公言して後で違いました…なんて言う勇気がタムには無かった。
それに何も出来ないのに期待されるのも辛い。
そもそもカタコトなのに…と思うが、そこがより、絵本のハニーベアを連想するらしい。
たしかに幼児向け絵本の主人公が流暢に喋っていたら、少々幻滅すると自分でも思った。
「え〜どう見てもそうじゃん!」
「はちみつ色のクマなんていないよ!」
子供たちは不満そうだ。
「ちょっと、珍しい、色だから」
そう伝えても、街の子供どころか大人までも、タムをハニーベアとして認識していた。
「抱っこして!!」
「…順番ね」
なぜか子供たちはタムに抱っこをせがむ。
大して背は高くないので何が楽しいのか?と思ったが、ハニーベアにギュッと抱きしめられると"良くないもの"が逃げて行くらしい。
風邪が治っただの、足が痛いのが無くなったよ、と言う子供がいて街に来る度に子供が増えていた。
今では大人たちも遠巻きに、羨ましそうにその抱っこ大会を見ている。
そのうち来るんじゃないかと、ヒヤヒヤしているタムだ。
小さい子を抱っこしたり、大きな子はギュッとしたりして一通り終わると、ユリが前に立つ。
「はい、今日はここまでにして下さいね」
「えー!!」
「ごめんね、用事がある」
タムが謝ると子供たちは、しょうがないなぁ、と離れ始める。
「またね、タム!」
「今度もギュッとしてね!」
口々にそう言われて頷きながら手を振る。
(参った…子供は嫌いじゃないけど、外見と中身が全く一致してない)
ユリの主であるジョセフィーヌから言われた言葉がある。
ー私達は貴女の事をハニーベアと同じような性質なのだろうと勝手に考えているけど、演じなくても良いのよ?ありのままのほうがいいわ。私と違い、貴女にはその権利があるのだからー
そうは言われたものの、グランスピリット家に居候している身で、クレームを受けたくないと思ってしまう。
(とりあえず…断ることからやってみようかな)
毎回街に出る度にこのような状況では、待たせている御者や割って入ってもらっているユリにも申し訳ない。
構いませんよ、と言われているが、帰りが遅いと今度は屋敷の人が心配する。
(だいたいハニーベアじゃないんだし…加護?もあるかわからない)
ハニーベアは加護を与えて”良くないもの”を遠ざける。
自分は加護の付け方もわからないし、神力も自分からは使えない。
(詐欺にならないように、次は断ろう!)
そう決心しても、子供の前に出ると決心が霧散してしまうのだが。
「今日も盛況でしたね」
「すみません」
「いえ、いいのですよ。歓迎してくれる子供たちは貴女を護ります」
「??」
首を傾げると、今のままで良いのです、と言われる。
「さ、神殿の用事を済ませて帰りましょう」
「はい。プレゼント、渡します」
「そうです。ジョセフィーヌ様に許可を頂いて、池の畔に行きましょうね」
「はい!」
馬車に乗せたプレゼントの事を考えてニマニマとするタム。
ようやく屈託ない笑顔が出始めてきた、とその様子を見てユリも穏やかに微笑むのであった。
◆◆◆
『必ず連れてきて』
「…そのように致しましょう」
『絶対よ!でなきゃ、聖戦に勝てないわよ』
呪いが解かれると思ってもいなかった。
解呪された呪いは跳ね返り、自らに襲いかかってきたため消滅させるために予定外の神力を使ってしまった。
フェミナはガチガチと親指の爪を噛む。
昔は母親に窘められたが、主神となって降臨した今、彼女を叱る者などいない。
(ふん、見てらっしゃい。この世界の全てを手に入れるのは私よ!…そうしたら毎日貢物を献上させなくっちゃね)
その足がかりのためには大量の神力が必要だ。
ちょうどよく、それが手に入りそうでニンマリと笑う。
幼い女神の黒い笑顔を見て顔を引きつらせているのは、新米の神官と巫女くらいだ。
『いい?アレは神の下僕よ。必ず私の元へ』
「かしこまりました」
大司教が頭を下げると、少女は満足したようにニタリと微笑み消えた。
本人としては、母親のようにふんわりと慈愛の微笑みを浮かべたのだが。
完全に消えたことを確認し、大司教は鼻で息をつく。
「まったく残念な女神だ。しかし使えるものは利用せねばな」
小声で呟いてから背後を振り返る。
吊り上がった眉と鋭い目に睨まれて数人が飛び上がった。
「おい、急げ。もうすぐだ、例の魔族が来る。準備をしろ」
「は、はい!」
「承知しました…」
大司教ヴァルデは指示した者たちが散ると、満足したように歩き出す。
もう少しで獲物が来るはずだ。ソレを献上して聖戦に勝ち、国土を広げ奴隷を増やす。
彼は女神よりも黒い笑顔でこっそりと笑うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます