第4話 どこにでもいる人たち
タムが異世界へやって来て1ヶ月が過ぎ、だいぶ会話も出来るようになってきた頃。
彼女は庭に出て、庭師の手伝いをするようになっていた。
「タム、これ納屋まで運んでくれる?あと、立て札を持ってきて欲しいのだけど頼めるかしら」
「はい!」
明るい赤毛のポニーテールが似合うミリンが指差したのは、大きな猫車に乗った大量の藁。
今はバラ園に居て、根本に藁を敷いていたのだがかなり余ってしまった。
「行ってきます」
「ええ、気をつけてね」
ひょいと猫車を持ち上げると、スイスイと納屋へ向かって歩き出す。
その姿を見てミリンと、同僚のモノウ爺が感心する。
「獣人って本当に力持ちね…羨ましい」
「タムは熊獣人だしな、より力が強いのだろう。よく働くし、いい子だ」
庭師は老若男女いるが、タムは主に老齢の方や女性の手伝いをしていた。
今まではモノウ爺が猫車を押していたが、ある日よろけそうになった時にメイドのユリが連れていたタムが駆け寄って支えたのだ。
それ以来、腰の良くないモノウ爺を心配して、よくバラ園へ手伝いに来てくれている。
「タムはハニーベアにそっくりよね!」
「そうだな、レイ坊っちゃんが保護してきたと言うし、そうなのかもしれん」
蜂蜜色の熊獣人を初めて見た使用人達は、やはりレイスヴァールとハロのようにハニーベアとタムを重ねた。
優しい穏やかな力持ち、という所が特にしっくり来たようで、もう既に皆の認識はハニーベア=タムとなっている。
そんな言葉を背中に受けながらタムは、納屋を目指す。
『しっかし、力持ちになったもんだなぁ』
以前も猫車を扱っては居たが、大きさも重さも段違いなのに軽く扱える。
熊獣人は力持ち、とユリから聞いたが本当にその通りだった。成人男性でも軽々と抱きあげる事ができる。
『この力が日本でもあったらなぁ』
お年寄りをベッドから車椅子に移動する際、入浴させる際…シーンは色々あるが、とても役に立っただろう。
しかし、こちらでも力仕事はたくさんある。
ユリは衣食住は気にしなくて大丈夫と言っていたが、タダ飯喰らいの代わりに、労働力を提供して生活する道を彼女は選んだ。
そのほうが、言葉も生活様式も学べるし、使用人とも仲良くなれると思ったからだ。
以前は食事は一人で部屋でとっていたが、今ではユリを含む使用人たちと一緒に食事をしている。
ハニーベアにそっくりな見た目も相まって、皆好意的で初めて聞く話も面白く、タムは自分が思う以上に異世界へ馴染んでいた。
『おっと、通り過ぎるところだった』
納屋と言っても日本の家一軒よりも大きい。
昼間は巨大な扉が開いているので、そのまま中へ入り藁置き場へ直行すると、余った藁を山へ戻す。
「いい匂い」
よく干した藁は、香ばしい匂いがする。都会育ちのタムには、こういった事も新鮮だった。
散らばった藁をほうきで集めて寄せると、猫車を置き場へ戻して納屋を出る。
「わっ!?」
足が何かに引っかかり、膝を思いっきり地面に打ち付けてしまった。
以前なら痛みで暫く起き上がれないだろうが、熊獣人になってからというもの、物理の衝撃に強くなったようで、転んでもぶつけても全く痛くない。
(前なら皿割れてるよね〜)
痛みのない事に苦笑しながら、タムは体を起こし膝についた土を払う。
そこへ、クスクスと笑う声が降ってきた。
(ん?)
顔を上げると、場違いな年若いメイドが傍らに立っていた。
この屋敷にいるメイドはユリのように長く勤めている人が多いので、若い人は目立つ。雇われてそれほど経っていないのか、メイド服もパリッとして新しい。そんな女性が二人でタムを見ている。
「どうしましたか?」
転んだのを見ていて笑ったのかと思い、首を傾げつつ聞いてみると、彼女たちは眉をひそめた。
「嫌だわ、あざとい」
「ふくよかだから、足元が見えないのね」
二人とも美人なのだが、そのせいか、より意地悪そうに見える。
(なんだ、足を掛けられたのか。しょうもない…)
タムが最後に居た施設は全くそういう事がなかったが、その前に転々と渡り歩いた施設では、よくこういう仕打ちを受けていた。
なぜかお年寄りにすぐ好かれるので、タムはこういったやっかみを受けやすい。
イジメをする職員と、それを見ていたお年寄りの間で喧嘩が勃発したこともあった程だ。
無視を決めて遠ざかろうとした背中に、嫌な言葉が降りかかる。
「あれのどこがハニーベアなのかしら。ただ太ってるだけじゃない」
「熊じゃなくて、豚の間違いじゃないの?蜂蜜豚っているのかしら!?うふふふふっ」
自分で言って自分で笑っている。
「なぜ、拾われた平民風情が、客扱いなのかしら」
「あれで客なら、私はこの屋敷の女主人ね」
言葉が分からないと思っているのか、ペラペラとよく喋る。
(どこにでもああ言うのは居るもんだなぁ)
二回り下であろう小娘の薄っぺらい嫉妬の言葉など、タムは意に介さない。
それよりも、最近よく聞くハニーベアという言葉のほうが気になった。
(こないだ読ませて貰った可愛い絵本に出てきてたなぁ)
ユリが言うには、誰でも知っているとても有名なお話なのだとか。頭を食べさせてくれるパンのヒーローか、青い体のロボットのようなモノかな?とタムは思い、内容的にはパンのヒーローよりだった。
庭師の手伝いをし始めて、使用人たちと仲良くなってくると皆からハニーベアと言われた。
(ま、黄色いからかな)
特に気にせずに、納屋の壁にたくさん立て掛けてある突起のついた黒板のような立て札とチョークを持ち出し再び歩き出すと、先程の二人がタムを引き止めるように叫んだ。
「ちょっと!!!」
「聞いてるの!?止まりなさいよ!」
『えっ話しかけてたの!?』
サボりのメイドが嫌味を聞こえるように言っているだけかと思っていた。
(ていうか、私がここの客って分かってるなら何でこんな事するんだろう?…私が二人の事を話したら、最悪クビだよね)
若い女の子の思考がよく分からず、困惑する。
立て札を脇に抱えたまま立ち止まって、振り返ると待っていたかのように二人が口々に言う。
「あなたね、自分がずうずうしいと思わないの?レイスヴァール様を愛称で呼ぶなんて」
『いや、レイからレイって名乗ったんですけど』
「ハロルド様のこともよ!贈り物まで貰って…!」
『えぇ、ハロから勝手に贈ってくるんですけど大体あの人デブ専よ?』
ハロルドからも先日、ハロと、呼んでほしいと熱烈なお願いがあったので渋々呼んでいるだけだ。
『困ったな…』
まだ語彙力のある日本語でツッコミを入れてたのだが、分からない言葉が彼女達の勘に触ったらしい。
ツカツカと歩み寄って来て、片方が両腕を押さえるともう片方がタムの背後に回った。
立て札はガンと音を立てて落ちる。
女性の細腕など簡単に振り解くことは出来るが、力加減がまだうまく出来ないのでされるがままだ。
「これ、もらうわよ。お前にふさわしくない」
「!」
慌ててネックレスを押さえる隙もなく、金の鎖が引きちぎられる。
「返して下さい」
一方的な贈り物とは言え、ハロルドが楽しそうにくれた頂きものだ。人に盗られていいはずがない。
手を伸ばすが、背が小さいので背の高いメイドの掲げる手には届かない。
「ほら、やっぱりハロルド様目当てよ」
「レイスヴァール様にも色目を使っているんじゃないの!?」
『いや、私のどこに色気が…』
(って。どうしようかな)
タムは困って頬を手で覆う。そして鼻と耳が捉えた、その匂い。
「黙っているって事は、肯定していることよ?おわかり?」
「クスクス、わからないのよ、言葉が。公用語も話せない程の田舎から来たのかしら?…やはりあのお方達にふさわしくない」
言葉が分からないと思って嫌味を言っている筈なのに、二人の言葉は矛盾している。
(うーん、この子達、クビだなぁ。もう庇えないや)
自分が無視するだけで終わると思っていたのに、自ら藪に突っ込んで来た二人にタムは少しだけ同情した。
「何よ、その顔」
「悲しいんじゃない?ほっぺがプクプクでよく分からないわ!」
相変わらず意地の悪い笑顔で、タムを囲みほっぺをつつく。
「ねぇ、お前がこれを私に譲って、ハロルド様には別にふさわしい方がいるって、私を紹介してくれるのなら許してあげてもいいわ」
いつ許されないといけない事をしたのか。タムは呆れてぽかんと口を開ける。
「ちょっと、言葉が難しいみたいよ。いい?このペンダントは、私のもの。そして、ハロルド様の所に二人で行くのよ。そうしたら、私から説明してさしあげるわ」
一体この人たちには自分が幾つに見えてるんだろう、とタムは思う。
小学生だってこんなアホな人たちの言うことは聞かないだろう。
「え、あら、うそ!?」
「どうしたの?」
金の鎖をぶんどったメイドが声を上げる。つられてタムはその手を見る。
「指輪がないわ」
なぜ鎖の先が指輪だと知ってるのか?タムは首を傾げる。
二人は足元を見るが何も落ちていない。
「…ちょっと、隠したんでしょう!?」
隠すも何も、と思いつつ両手を見せる。
「隠しても無駄よ」
身につけていた庭師用のエプロンのポケットを探られるが、当然ない。
頭にきたらしいメイドがタムの服を引っ張る。
「脱ぎなさい!」
「やめて下さい」
そろそろ限界だな、とタムが思ったところで先程から感じていた匂いのうち、一人が出てきてくれた。
「そこまでです」
「!」
タムはすんでのところで出かかった悲鳴を噛み殺した。
(わぁ、めっちゃ怖いよ!?)
振り返るとそこには鬼がいた。
いつになく厳格な表情で、強い覇気を纏ったユリが納屋近くの木立から歩み寄ってくる。
タムにはとてつもなく強く黒いオーラを纏っているように見え、年若いメイド2人の体が硬直したのが分かった。
ユリはタムと二人の間に入ると、初めて聞くような低い声を発した。
「あなた達お仕事は?なぜこのようなところで休憩を?誰に許しを得ましたか?」
どうやら屋敷のメイドといえど、自由に休憩の場所を決めて良い訳ではないらしい。
「そして、何をしていたのです?」
あまりの覇気に何も言えない二人の顔が、恐怖に歪んでいる。
タムはユリの背中しか見えなくて良かったと思った。
「あの、タム様のペンダントから指輪が外れてしまったようなので…探して…」
「そ、そう、屋敷でお会いして一緒に探して欲しいと…」
「なぜ指輪だと知っているのです?私は嘘を聞きたいと言ったのではありませんよ?」
二人の苦しい言い訳をピシャリと遮る。
タムは他の匂いも嗅ぎ分け、後ろを振り返るとミリンとモノウ爺が木立から心配げにこちらを覗いていた。
戻ってこないタムの様子を見に来た二人が、トラブルを見てユリを呼びに行ったようだ。
彼らに大丈夫とありがとうを込めて、笑って頷く。
もう一つの匂いは、動く気配はない。
(オオゴトになるからかな?)
そう思いながら落ち着いて見ていると、つらつらと嘘の言い訳を並べるメイドに更に激怒したユリが言い放つ。
「あなた達には失望しました。スロール伯爵家からの推薦でしたが、このお話は白紙に戻しましょう。伯爵には迎えを依頼します。20分後に門へ行きなさい」
それは事実上の解雇宣言だった。しかも今すぐ身支度して出て行けとは相当な特急だ。
「し、しかし、私はジョセフィーヌ様の専属の…」
「聞こえませんでしたか。10分後、門の前に居なければ衛兵を呼びます。荷物は後ほどこちらから検品後に送りましょう」
「!」
言い訳に時間が縮まった。
さっさと出て行かなければ、事件沙汰という事か。
慌てたように身を翻したメイドのその手を、ユリは素早い動きで捉え、金の鎖を抜き取ると解放する。
メイドは悔しそうに走り去って行った。
「…まったく…。屋敷のメイドが申し訳ありませんでした、タム。大丈夫でしょうか?」
「も、問題ないです」
ユリの迫力にちょっとドキドキしながらタムは答える。
「ハロルド様のペンダント。壊れて申し訳ないです」
ユリの手を示す。贈り物が無残な状態になってしまい、その事が気に掛かった。
「…呼び名を戻さなくて大丈夫ですよ。ハロルド様には、私から説明しておきます。すぐに新しいネックレスを贈ってくれますよ」
「いえ、ハロが楽しく…しかし、悪くなって?申し訳ないです」
説明が難しい。しかし日々言葉を教えてくれるユリにはなんとなく伝わったようだ。
「ハロルド様の好意を悪意で壊された事が申し訳ないと、そう思うのですね」
「そう。そのような感情です」
抵抗していれば盗られなかっただろう。しかし彼女たちが怪我をしたかもしれない。
その事を読み取ったのか、ユリは優しくタムの頭を撫でる。
「…タム。屋敷の使用人であっても、無礼を働くようでしたら投げ飛ばして構いませんから」
「え!?」
優しそうに撫でている、いたわりの表情とは全く違う言葉が飛び出した。どうやらまだ怒っているらしい。
「タムはこの屋敷の客人です。その事が分からぬ者は体でもって知るべきです」
(えええ、体って…)
先程の素早さといい、ユリはただのメイドではないのかもしれないとタムは思い始めた。
「しかし、痛いです」
「良いのです。レイスヴァール様も許しましょう」
なぜか大きな声で話す。
どうやら彼女も分かっているようだ。
「…分かりました。気をつけて投げます」
困って言うと、ユリはふっと笑った。
「そうして下さいませ。さぁ、どうしましょうか。作業を続けます?」
「あっ」
(そうだった!待またせてる!)
落ちた立て札とチョークを拾うと、様子を伺っているミリン達へ向き直る。
「続けるのですね。分かりました。もうあのような事はないでしょうが、気をつけて下さい」
「はい。分かりました。ユリ、ありがとうございます」
彼女のお陰でしょうもないイジメは超特急で終わってしまった。
「いえ、謝らなければならないのはこちらの方です」
頭を下げるユリに慌てたタムはまた立て札を落としてしまう。
「あらあら。今度、道具の持ち運びに使える麻のバッグを用意しておきましょう。庭師たちも使いますからね」
「お願いします」
ニコニコと笑うユリに頭をさげ、タムはホッとした表情のミリンたちと合流するとバラ園へ向かう。
その背中を見送りながら、ユリは独り言を言った。
「まったく、さっさと婚約者を決めて頂かないと、この手の輩が増えるかもしれませんね!」
ガタッと納屋から音がしたが、ユリは背を向けたまま苦笑すると解雇した者たちの対応をするため、その場を後にした。
少しして納屋から出てきたのは、若いメイド達が狙っていたレイスヴァール本人。
「気づかれていたか…。タムも鼻がいい、おそらく気づいていたな」
庭師から借りていた道具を戻すため納屋にいた所、先程の場面に遭遇してしまった。
おそらく彼女たちは自分を追ってきて、そこへタムが来たので勘違いしたのだろう。
彼はバツが悪そうに頭をかく。
「ああいう女性は本当に居るのだな…王都にはたくさん居るとか聞くが…恐ろしい」
寒気がして腕をさする。
「タムには悪いことをした。後で謝らねば」
ハロルドにも説明しないといけない。
先程のメイド達は昔から付き合いのあるスロール伯爵経由の紹介だが、ハロルドの実家、ラングリー商会からの仲介なのだ。男爵家の子女という事で身元がはっきりした者を雇ったつもりだったが、まさか自分やハロルド目当てとは思わなかった。
おそらくスロール伯爵家以下は無事では済まさないだろう。ユリと屋敷の執事であるブラウンはこの手の事に非常に厳しい。そして、面目を潰された形になるラングリー商会も黙ってはいない。
「ま、それはあの二人に任せよう」
十分すぎるほどに、うまく対処してくれるはずだ。
(しかし…先程のタムの言葉は…)
二人のメイドが言いがかりを付けている時にタムが発した言葉。
(かなり流暢な言葉だった。しかも、彼女らが言った言葉に対して的確に返していた)
普段の片言とはまるで違う。
しかしユリはタムの言葉が分からない。
「あれは…まさか…」
言い掛けて、口を閉ざす。ハロルドの指輪がバレていたように、どこで誰が聞いているか分からない。
「ふむ、後でタムに謝罪とお礼をしよう。蜂蜜のデザートがいいかな…」
自然を装い、会って話す事を決める。
実際、意地の悪いメイド達に自分が言い寄ってくる前に自滅してくれたのは、タムに感謝したいほどだ。
厨房に追加の注文を告げるため、レイスヴァールはその場を後にした。
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