ノーデッドDEMOバッドエンド

 ビルの屋上。

 柵の外側に立った俺を支えているのは、自分の両手だけだ。柵を手離し、体重を前へ倒せば、重力に従って落下するだろう……。十階の高さからアスファルトへ叩きつけられれば、間違いなく死ぬ……、死ぬことができる。


 もっと高い場所から、という案もあったが、オーバー・キルになるんじゃないかと思ったのだ。死ぬなら早く死にたいし、滞空時間が長いのは嫌だった……。

 それに、高ければ高いほど、ビルの設備も良くて警備もしっかりとしている。屋上へ出ることが難しくなるのは本意ではない。


 三階の高さでも頭から落ちれば死ぬことができるだろう……だけど万が一、死ねなかったら、と考えると……。

 五階、六階じゃあ、少し不安だ。八階や九階でも充分なのだが、だったら十階までいってやろうと思って、今に至る……。

 望んだ通りの高さではあるものの……、当たり前だけど、高い……。

 今更、怖くなったわけではないけれど。



「――早くこっちへきなさい! なにがあったか知らないが……、飛び降りるのは早過ぎるッッ!! 死ななくてもいいような結果がまだあるだろう!? 諦めるなんて勿体ない……よく考えなさい!!」


 説得の声が後ろから。

 ……知らない男の言葉に、誰が耳を傾けるって言うんだ。


「……どうせ他人事だからなあ……、事情を知らないなら言ってくるなよ……。

 仮に事情を知っているなら、止めないだろうしなぁ」



 柵の内側には、ビルの関係者が集まっている。

 屋上へ向かう時、俺の姿は見られていなかったようだが、柵の外側に出たところを、周囲のビルから見られていたらしい……。

 そして連絡が入り、ビルの関係者がこうして屋上まで出てきたってわけだ。


 早いとこ、飛び降りないと――下にクッションでも持ってこられたら……死ねない。


 最悪、助かっちまう――さっさと飛び降りないとな。


「ま、待って……っ! どうして、死のうとするんですか……?」


 と、若くて綺麗なお姉さんが近づいてきた。

 俺が男だから、か? まあ、確かに汚いおっさんか、同い年の野郎だったら「うるせえ」と一喝して追い返していたか、逃げるように飛び降りていたかもしれない……。

 単純だが、俺も大衆に分類する男だったらしい。

 若くて綺麗なお姉さん(だが、俺よりは年下だろう)に声をかけられれば、死ぬ前に煙草の一服程度のお喋りならしてやってもいいか、と思っている。

 時間稼ぎだったとしても――、

 下にクッションを敷かれそうになったら飛び降りればいいだけだ。


「……生きるのが嫌になったから。……死のうとするのはおかしいか?」

「いえ……」


「お、否定しないのか。まあそうか、俺が男だから、まず会話をさせるため、舞台上に引き出すためだけの『餌』みたいなもんだしなあ……。あんたの意思はないようなもんか。『俺が飛び降りるのを止めたい』とは、思っていないんだろ?」


 彼女が困った顔をした。

 はい、とも、いいえ、とも言わない。どっちとも取れるようにしているが……、否定しなかった時点で、肯定しているようなもんだ。


 まあそうだろうな、他人同然の俺を、どうしてあんたが止める?

 あんたが善人で、誰だろうと助ける精神を持っていたなら分かるが……そうじゃない。


 そんな高尚なあんただったら――説得の声は、迷わずあんたから発せられるべきだった。


「……死にたいと思う人は、たくさんいます……。

 だからって本当に死ぬなんて……っ、勝手に辞めていくなんて……ずるいですよ……っ!」


「頑張った方だぜ? 死にたくなったのは一年前だ……。

 だけどすぐには自殺しなかった……なんでか分かるか? ――生きようとしたからだ」


 全てを捨てて、好きなことをやってみた。

 恥知らずと言われようとも、裏切り者だと言われて孤独になろうとも、後先考えずに多大な借金を背負って、俺を苦しめてきた上司を思い切りぶん殴ってみたり……。

 他人の人生をぶち壊してやったり――復讐を終えたんだ。


 それでも……、生きる希望は湧かなかった……。

 どころか、めちゃくちゃにやり過ぎたので、死なないと『相手からの報復』がやばいくらいに積み重なっている気がするんだ……。


 好きなことをしてスッキリした、だからまた生きてみよう、と思えても、じゃあ俺が抱えた借金は? 他人の人生を壊して――復讐をした俺にまた、復讐をしてくる奴がいれば……?

 そもそも死ぬ前提で、もう後のことは知らん! という気持ちで普段できないことをやったのだ……、ここで『死なない』となると、計画が崩れる……。


 たぶん、ここで生きたところで、遠くない未来に『誰か』に殺されるだろう……。


 後先考えずに――生きようと思えた時のことを考えずに、やり過ぎた――。


 自分の意思で飛び降りようとしている……ように見えるだろう?


 違うんだ……、これは『見えない制裁』に背中を押されている……。


 俺を説得したところで、現実は俺が死ぬことを止めてはくれないのだ。


「あんたも気を付けろ。どうせ死ぬからと言ってめちゃくちゃにやった結果、もしも生きる希望を得た時――


 死ぬ気だからこそできたことは、やはり最後に『死』が待っている。


 死ぬからこそできたことなのだ。


 結果が確定しているからこそ――『過程』が輝く。



 死にたくないのに自殺するなんて――、やっぱりこれは、自業自得なのだろう。

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