ボーイ・ミーツ・代わる代わるガール

 満月が輝く夜だった。


 外を歩けばスマホを片手に空を見上げている人々がいるほどではないが、今日の満月は一際、綺麗に見えたのだ……。

 望遠鏡を覗くのではなく、スマホを片手にレンズ越しに見るのではなく、二階の自室から窓を開けて肉眼で見たいと思うほどの景色だった。


 雲一つなく。


 絵に描いたような満月である。



 窓から両足を出し、窓枠に腰をつけて空を見上げる。


 特別、天体観測が好きでもないから、こうして上を見上げること自体が珍しいことだ……。

 俯きがちってわけでもないけど――、

 足をすくわれることを警戒しながら生きていることは確かだ。


 だから比較的、上よりも下を見る傾向があるのだろう……、まあ、警戒することにおいて、上には上がいることもちゃんと見てはいるが。



「……ん? なんだ、あれ……」


 満月の綺麗さゆえに、そこに混ざる異物があるとすぐに分かる。

 白紙の上に黒い汚れがあれば一発で分かるように……、段々と大きくなっていく『それ』。

 満月と重なっている黒い点……、大きくなっているそれは、満月で異変があったのではなく――近づいてきているから?


 異物が満月を覆い隠すほどに。



「yぁやあああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?」


「――女の子!?」



 が、落ちてきているっ!?


 反射的に窓枠から腰を上げ、斜めになっている屋根を走って手を伸ばす。

 落下してきた女の子の手に、触れ――、こっちが掴む前に向こうから僕の手首をがしっと掴んできた。

 当然、足場が斜面の僕に堪えられるわけもなく(しかも満月から、とまでは言わないが、そこそこの高さから落下してきた女の子だ……仮に踏ん張れたとしても肩が外れていただろう)、僕を巻き込んで庭に落下する。


 庭は芝生なので(それでも硬いけど、アスファルトよりはマシだ)、「いたた……、」と呟く程度で済んだ。だけど女の子の方はそれで済むわけもなく……――あれ?


「ぅ、いったーいっ!?」


 ……大丈夫そうだった。


 満月のように輝く、金色の髪を持った、日本人離れした目を引く容姿……。

 着ている服も普通とはかけ離れていた。

 半透明の、修道服? にも見える全身を覆う服装だった……、だけど半透明だから(曇りガラスのようだ)、肌色が薄っすらと見えていた……。

 中はなにも着ていなかったりするのだろうか?


 落下による破れはないらしい。

 彼女は脱げた頭巾を探して周囲を探り、見つけたそれを頭に被せた。


 そして僕を見る。


「助けていただき、ありがとうございます」

「巻き込まれたんだけどね」


「でも、あなたが手を伸ばしてくれなければ、私はあなたの手を掴めませんでした。

 もしも掴めていなければ、私は満月から直接、この地面に叩きつけられていたはずです」


「ああ、そうなんだ…………え、満月から?」


「はい。満月からやってきました」


 落ちてきました? と首を傾げる少女である……、いや、そこはどうでもいいんだけど……。

 気になるところは『満月から』の一点だけだ。


 空から落ちてきただけでも衝撃的なのに……、まだ雲の上から、と言われれば納得できる(できないけどね)――、

 だが、そこを越えて宇宙を経由した『月』からと言われると……、呆れてしまう。


 天空の城よりも上かよ。


「満月の一部なのです」


「はぁ?」


 ダメだ、ちょっとイラっとしてきて、言葉遣いが荒くなっている……。

 この子はなにも悪くない。

 迂闊に手を出して助けよう、と行動した僕のせいだ……、見なかったフリをするべきだったのに――手を出したからこそ、こうして巻き込まれている。


 この子の設定、とも切り捨てづらい……、実際、だってこうして、空から落ちてきているわけだから……。それに服も……いやまあ、これが満月の住人の服装かと言われたら、首を傾げるものだけど、想像しにくく、見慣れないだけだろうし……。

 自分の判断に任せっきりにするのも危ない。


 荒唐無稽だ。

 だけど説明できなければ、起きたことをちゃんと見て判断するしかないのだ。



「一部ですので、他の一部がやってきますよ」


 ……他の一部?


 すると、後ろ――僕の家から破壊音が聞こえてきた。

 両親は不在なので、身の心配する必要はないが、今の音は嫌な予感がする……。なので玄関から――しまった、鍵をかけていたんだった……っ。

 仕方ないので窓を割って中に入り、自室へ向かうと――想定通りだった。


 屋根に穴が開いている。


 そして僕の部屋にいる、少女……。

 庭に落ちてきた少女と瓜二つだが、目つきが違う……、前者をよく知る僕ではないが、目の前にいる少女の方が目つきが悪く、好戦的なのだろう、と分かった……。

 彼女は半透明の修道服? の長いスカート部分が大きくめくれ上がっており、太ももどころかパンツまで見えている。

 元々、庭の少女と違って少し丈が短いのもあったのだろう。頭巾も飛んでいってしまったらしく、満月のように輝く髪が、電気を消した部屋を明るく照らしていた。


「いっっ、てぇ……ッッ」


「いや、だからなんで痛いで済むんだよ……」


 呆れていると、少女が僕に気づいた。


「あー、すんません……屋根、壊しちゃいました」


 と、めくれた丈を直して、正座をした……丁寧、とは言い難いけど、礼儀を意識した挨拶だった。――あれ? 意外と優しい子なのだろうか?

 勝手なイメージだけで相手のキャラクターを決めつけるのは良くないな……。こうなってくると、庭に落ちた少女が、言葉だけで、態度に丁寧さを出さなかったところを指摘したい気分だ。


「これ、あとで塞いでおくんで」


「できるの? まあ、僕も手伝うけどさ……」


 僕が手伝うのか、手伝ってもらうのかは分からないけど……。


 がたた、と音に気づいて後ろを向けば、部屋の外からこちらを覗く、庭に落ちた少女がいた……、こうして実際に比較して見ると、やはり瓜二つである。

 目つきが違うだけで(体型の違いはまだ分からない)、背丈も髪の長さも同じくらいだ。


「あの……」


「誰だ?」


 それ、僕のセリフなんだけど……、目の前の少女に奪われてしまった。


 覗いていた少女が、部屋に入ってくる。


「月の一部です……」


「そうか、あたしもだけど」


 一部、と言っていながら、二人に面識はないのだろうか……なさそうだな……。でも確かに、友達同士がたまたま僕の家に落ちてくることは珍しい……。

 たとえば僕が逆に、月に落ちたとして、同じく近くに落ちてきた人が僕と面識があるとも限らないわけで――。


 って、彼女たちが月の住人であると、どうして信じられる?


 落ちてきた、という結果――そして月の一部、という彼女の証言しか判断材料がない。

 空から落ちてきたことは誤魔化せないが、ただ『月の住人』は『嘘』であり、真実を隠すためである、とも言えるわけだ。


 まず、どうして空から落ちてきたのか――を、処理しなければならない。



「月が欠けたんだ」


「はい。こう、後ろから、どんっ、って衝撃があって――。

 押し出された月の一部が、私たちということになりますね」


 そんな『だるま落とし』みたいなことが……?

 それとも裏面を叩いて、表面に張り付く『欠片』を落としているようなものか?


 月に衝突した隕石でもあったのだろうか――、とにかく、仮に信じるとすれば、押し出された月の一部である彼女たちが地球に落ちた、ということか?


「そういうことだ。ほら、外を見てみろ――あ、ちょうどよく、屋根に穴が空いたんだったな……見てみなよ、月が欠けてるでしょ?」


 見上げれば、確かに満月だったそれが、齧られたように形を崩している――そして。


 さっきは分かりやすく、白紙の上の黒い点のように分かりやすかった異物が、今回はいくつも重なり合い……――黒い点の集合体で月が覆い隠された……つまりだ。


 押し出された月の一部である少女たちが、地球に降り注いでいる!?



「「危ない(です)!!」」



 二人の少女に押し倒される。

 その一瞬の後、空いた屋根の穴を通って、さらに少女が落下し、部屋の床をぶち抜いて一階まで落ちた月の少女が、一人……。


 体を起こして外を見れば、周囲の家の屋根を突き破る少女の姿がいくつもあって……、十、百では足らないだろう……。

 近くに高く建つ、ビルのガラスが割れる音がここまで聞こえてくる。

 まるで小さな隕石だ……、月の一部なら、そうとも言えるのか……?


「なんだ、これ……世界が終わるのか……?」


 少女だからこそ、爆発や火災などは起きていないが、頑丈な人間が降り注いでいると考えれば、充分に脅威であるし、人間に当たれば間違いなくこっち側が死ぬだろう。


 アニメでよく見た『空から少女が――』なんて憧れるシーンが、今は恐怖でしかない。


 落ちてくる可愛い少女を抱えて助けてあげたいけど……、でも現実は、落下の高さから確実に加速しているので……――抱えた段階で自身の体が破壊される。


 さっきの僕が良い例だ……幸い、流れに身を任せたので怪我は最小だけど……。


「あっ、一階に落ちた少女は――」


 床に空いた穴を見下ろし、一階に頭から突き刺さった少女に声をかける……。

 死んでる? ……幸い、彼女は上に突き出したお尻をもぞもぞと動かし、地面から顔を引き抜いた。――ぷはぁっ、と息を吸った彼女が言った。


「ぁ、い、いったーいっっ!?」


「なんでそれで済むんだよ!!」


 空から落ちてきて、頭から地面に突っ込んで――痛いで済むわけないだろ!?


 ゆえに、彼女たちは本当に……月の一部なのだろう。




 見上げてみれば、既に月は、半分以上の形を失っていた。

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