カエダマ・アクシデント その1

「――ストップ、車を止めなさい!」


 すれ違ったアタシと同じ背丈の女の子……、その子はまるで鏡を見たかのようにアタシにそっくりだった。

 となると、普段は見られない自分の背中を見ている気分である……、アタシってこんなに撫で肩なんだ……、と新鮮な気持ちは、今は置いておく。


 ひとまずは彼女の肩を優しく、とんとんと叩いた。


「はい?」


 振り向いた彼女も、アタシを見て驚いている様子だった……。双子として人前に出ても誤魔化せるほどのそっくりさだ……どころか、重なってもばれない気がする。


 逆に、そっくりが過ぎて、双子と言っても信じられないかもしれない……。


 立体化した等身大パネルを隣に置いたと言われた方が信じるような――。


「あ、あなたっ、は――ドッペルさんですか!? あたしを殺してあたしを乗っ取ろうとするつもりですか!? ダメです、あたしの人生はなんにも楽しくないですよっ、ドッペルさんが満足できるとは思えませんっっ!」


「ドッペルさん……? ドッペルゲンガーのこと? ……違うわよ、アタシはちゃんとした人間だから。……怖いくらいにアンタとそっくりなところは認めるけど……」


 珍しい銀髪を後ろで結ったポニーテールである。

 顔がそっくりならまだしも、髪型まで同じとなると尚更、違いが分からなくなる……。

 たとえばアタシが、いま右手を挙げて、彼女も同時に右手を挙げたとしたら、脳みそが勘違いしそうなほどだ。


 ないとは思うけど、「あれ? アタシってこの子だっけ?」みたいな……。

 さすがにそこまで勘違いするほど、アタシの脳もバカではないと思うけど。


「……あたしを食べたりしませんか……?」

「しないわよ」


 怯える彼女がアタシの手を掴んで……、握手かと思えば手から腕、肩、胸まで……なにかを探すわけでもなく、アタシの体をぺたぺたと触っている……無遠慮だ。


 というか失礼だし。


 自己紹介すらしていないから仕方ないけど、アタシ、これでも貴族なのよ?


「貴族さまですか!? ……でも、お洋服がそこまで豪華じゃない……?」


「ちょっと事情があってね……、高級な洋服を着ていれば、『貴族です』と言いふらしているようなものじゃない。

 パーティでは着飾るけど、プライベートでオシャレはあまりしないわ……まあ、勘違いされるためなら、移動中も着飾ることが多いけどね」


「ふーん」


 興味があるのかないのか……微妙な反応である。


「それで、貴族さまがあたしになんの用なんですか?」


「貴族を相手しているのに、自分のペースを崩さないわね……跪け、とは言わないけど……言葉遣いも丁寧に、とも言わないけどさ……。

 こう、ちょっとは肩に力が入ってしまうとか、反応するものなんじゃないの?」


「顔を見て貴族の人だ、と分からなかったので……まあ、末端の人なのかな、と」


 う、痛いところを突いてくる子だ……。

 確かに、貴族にはグループがあって、中でも上位と下位が存在する。

 上位にいる貴族は当然、国民に顔が知られており、彼女たちこそ、町に現れでもしたら人が道を空けるほどだ……。逆らえないどころか、普通に会話をすることもできない。アタシでさえ遠目から見るので精一杯なのだから。


 そんなアタシは下位の貴族である。

 一般人よりはちょっと偉い程度のものだ。顔を見せても認知されていないし、貴族たちの中でも「誰?」状態である。

 それでも一応、貴族の枠の中にいるし、幼い頃から貴族として育てられてきたので、プライドだけはいっちょ前にある……。厄介で、なかなか拭えない嫌な自覚なのだ。


「そうよ、末端の貴族。それでも貴族なんだから……ちょっとは興味を持ちなさい」


「そうなんですね……そんな貴族さまがあたしになんの用なんですか?」


「フリでもいいから興味を持ったポーズとして、プライベートな質問をしなさいよぉ!!」


 うえ、と嫌な顔をされた……アタシの顔だから他人よりも腹立つな……。


 アタシの顔が醜いわけじゃなくて、自分の顔なのに他人に動かされていることが、だ。


 アタシは絶対にそんな顔を見せたりはしないから。


「たぶんですけど、趣味嗜好も似ているんじゃないのかなー、とか、思ったりします。

 なので質問するまでもなくあたしの好きなものが……貴族さまの好きなものなのかなー、と」


「なら、試してみる?」


 アタシから彼女へ質問をする。

 その答えとアタシの答えは――――完全一致だ。


 怖いくらいに。

 気分で変わる「今なに食べたい?」までもぴったりと。


 偶然ということもあり得るが、矢継ぎ早に十個も二十個も質問して、全て一致しているなら一つの偶然なんかどうでもいいだろう……、顔だけでなく中身も一緒だなんて……。


 違いがあるとすれば、貴族かそうでないか、だ。


 ……貴族のアタシが彼女と感性が似ているのは、アタシが庶民っぽいってこと……?


「貴族さまって、意外と裕福な生活をしているわけじゃないんですね」


「違うの……これはたぶん、アタシがちょっとずれているだけだと思うから……」


「ふふ、親近感っ!」


 懐かれたみたいだ。

 でも素直に喜べない……、アタシ、貴族なんだけど!?


「貴族らしくないと……、お父様に怒られる……っっ」


「ずれてる貴族さまがいてもいいと思うけど……――あ、ごめんなさい、それじゃいけないっぽいですね、庶民の勝手な意見でした」


 キッと睨みつけると彼女が目を逸らした。


 ……アタシも貴族らしさにこだわるあまり、大人げない態度を取ってしまったと反省だ……こっちの事情を知らなければ、そう思うこともあるだろう……。

 庶民の価値観では想像できない世界なのだから。


「怒ってない。気にしないでいいわ……それよりも、アンタに頼みたいことがあるの」

「お給料は出ますか!」


 ぴん、と手を伸ばした彼女は目をキラキラさせている……、というかお金が積まれている。

 おいおい、どれだけ請求する気なんだ……?


 カジノで大勝した人間の前に置かれる札束の量なんだけど!


「お金は出すわよ……危険なことではあるしね」


 ただ……、前例を考えると、『危険なことはしない』という保証はあるが。


『彼』は、危害を加える男ではないのだ。


「危険!? ……たいきん……――大金っ、大金っっ!!」


「その様子じゃあ、受けてもいいってことよね?」


 喜んでいるようでなによりだった。


 内容があれなので、成功も失敗もなく、受けてくれた段階で金銭のやり取りは発生するだろう。さすがにここで渡すわけにはいかないが……、先に渡してしまうと逃げられる可能性があるので、報酬は後払いである。


 仮に、金を持って逃げられたとしても、捕まえるのは容易だろう……。

 アタシの顔でアタシと同じ感性なら、どこへ逃げるのかも同じなはずだ。


 国を渡って「アタシを見かけませんでした?」と聞けば辿り着けるはず。


 彼女が悪事に手を染めれば、復讐がアタシにくるはずだし……、

 そういう意味でも捕捉はしやすい。


 彼女も、『逃げる』ことの無駄さを想像したようで、後払いであることには納得して頷いた……元より、彼女に不満はなかったようだ。


「承りました! それで、あたしはなにをすれば?」

「特になにも」


「?」と首を傾げるアタシ……、ああいや、まだ名前も知らない少女。


 さすがにアタシと同じ名前ではないだろうから、あとで聞くとしてだ……、

『なにもしない』というのは説明不足だったわね。


『アタシ』として、生活してくれればいい……、アタシの格好で、アタシの部屋で。あとはなにをしても構わないわ。

 指示なんか出さなくても、アンタは勝手にアタシのフリをするでしょう? そうすれば、アタシを『攫う』と予告してきた【怪人・フィクサー】は、アタシではなく、もう一人のアタシを攫うはず……。


 つまり、替玉である。

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