カエダマ・アクシデント その2
怪人フィクサーは、貴族を攫う謎の男である。
一応、正体は隠しているようだけど、体つきから男だと分かる。
あのガタイの良さで女性、ということはないだろうし……。
最近、噂になっているため、予告状がうちに届いた時は「遂にきた」、と言ったものだ。
「やっときた」、とも言う……、きてほしかったわけじゃないけど。
ただ、いつかくるなら早くこい、と思っていたのは事実だった。
今日くるかもしれない、という緊張感を持ち続けているのはしんどいのだ……早くきて早く終わらせておきたい案件である。
怪人フィクサー。
人攫いの怪人だ。
貴族の子供を攫い――、しかしなにをするでもないのだ。
危害を加えず、それを囮にして屋敷に入り、窃盗をするわけでもない。ただ単に、予告をした通りに、屋敷に入って貴族の子供を攫っていく……、
そして朝になれば元通り――意味が分からない。
なにもなければ、まあいいかで済ませられそうだけど――……分からない、というのは怖い。
こっちが理解していないだけで、なにか意図があったのではないか……、酔狂でやるにしては手が込んでいるし、毎回ちゃんと攫えて、朝には屋敷に連れ帰っているその技術は凄い。
貴族だから警備もちゃんとしているはずなのに……、それをものともせず、全てを突破して実行している。
こっちは事件の『発生』と『結末』だけを見ているだけで、どうしてもその『過程』が分からないのだ……ずっと、不明のまま――。
調査をしても分からない。
なので今回は替玉を使う。
貴族の子供が攫われたら、やっぱり親は焦るものだし、親の圧力が調査隊を萎縮させてしまう……、過剰な緊張感が仕事のミスを誘発するのであれば、彼らに与えるべきは余裕なのだ。
替玉を利用し、本物のアタシはここにいる。
その状況であれば、依頼した調査隊も余裕を持って調査できるだろう――と。
焦る必要がない。
怪人フィクサーは、攫った子を傷つけないのだから。
早く助けなくちゃいけない、という条件もない。
ゆっくりと、だからこそ確実に、今回こそは怪人フィクサーの過程を暴く。
彼はなにが目的でこんなことをしているのか――その正体を。
朝には無傷で帰ってくる子たちは、前夜の記憶がまったくないため、なにをされたのか理解していないのだ。
彼女たちが見た景色こそが証拠となるはずが、中身をごっそりと持っていかれてしまえば意味がない。やはり外から観測するしかないのだ。
「じゃあ、あたしはいつも通りに過ごしていればいいんですね?」
「うん。アタシは隠れてるから……攫われる時になったら悲鳴を上げてね」
そっくりな彼女と別れ、アタシは屋根裏部屋へ身を潜める。
小さい頃によく遊んでいたおもちゃに囲まれながら、時計の針の音をチクタク、と聞きながら――……気づけば意識が落ちていた。
ハッ、として起きた時に聞いたのは、アタシにそっくりの悲鳴――。
「きた!」
屋根裏部屋から出て自室へ向かう。
彼女がいるはずの部屋は電気が消えており、中はもぬけの殻だった……。
はらり、と床に落ちたのは…………手紙?
今まで、こんなものが落ちていたことはなかったんだけど……。
それに、アタシの足下に落ちているのは手紙だけではない……まだ渇いていない、血だ。
ぽたた、と落ちた血痕が…………、
「え?」
【貴族の娘は攫った。
返してほしくば『時計塔』へこい 怪人・キングメーカー】
……違う。
アタシが知っている怪人はフィクサーであり、怪人キングメーカーなんかじゃないッ!!
「――ハッハッハッ、予告通りにきてやったぞ、怪人フィクサーとは私のこt」
「遅いわよバカッッ!!」
「む、待ち望まれているとは、新しいパターンだな……さあ、私と夜を楽しもう!」
白いマスクで鼻から上を覆ったガタイの良い男が颯爽と窓から入ってきた。
不法侵入だ、と叫ぶ気にもなれない……――時間指定こそなかったけど、もうちょっと早くきてくれれば……。あの子は、アンタじゃない別の怪人に攫われることもなかったのにッッ!!
「……どうした、なにがあった」
何事か、と怪人フィクサーがアタシの隣へ近づいてくる。
マントが床を引きずっている……、指摘したいところだけど今はぐっとがまんした。
「これ……」
覗き込んだ手紙を読み、怪人フィクサーが舌打ちした。
「キングメーカーか……面倒くさい怪人と当たったものだ」
「ねえっ、こいつはなんなの!? なんであの子を攫ったの!?」
「狙いは君だろうけどね……替玉を使うとは……奇策、でもないが、キングメーカーが間違えるほどだ、相当、君に似ていたのだろうね」
「血、が……あるの。アンタは人を傷つけず、朝には絶対に帰してくれる怪人だけど、このキングメーカーは、どういう怪人なの……?」
「目的のために、手段は選ばない……血が滴るような過激なこともするということさ」
言いながら、彼が窓の外を見た。
夜空に浮かぶ大きな月が、部屋の中を照らしている……。
「奴の目的は分からない……。だからなにを望んでいるのかも不明だ。
奴に望むものを与える前に、替玉の子が抵抗したら――命こそ奪わないものの、腕の一本や二本くらいなら、平気でへし折りそうな怪人だよ」
最悪、肩から先がなくなっているかもね、と怪人フィクサーは冗談めかして言ったが、冗談めかしただけで、冗談ではないのだろう。
直接的に言うと刺激が強いから、軽く包んだけだ……薄い膜でしかないけれど。
「ど、どうしよう……っっ、お父様と、他の貴族たちに連絡して、助けてもら――」
「無理だろうね。だって彼女は――替玉なんだろう?」
……そう、だ。替玉だ。アタシの代わりに攫われる役目である。
つまり、怪我を負うのも、最悪、殺されるのも、アタシではなくあの子であり――、
親からすれば貴族でもない女の子の命などどうでもいいと答えるだろう。
怪人キングメーカーを追い詰めることはしてくれるかもしれない……でも、あの子を助けるための行動は起こしてくれないはずだ……。
ただの一庶民を助けるために割く時間も人材も、この家にはないのだから。
「……あの子が、危ない……っっ」
「分かっていて替玉にしたんじゃないのか?
替玉が危険な目に遭ってはまずい理由でも? それこそが替玉の目的だろう?」
「アンタが攫う予定で、危害は加えられないことを条件に替玉を頼んだの!
……こんなことになるなら、替玉役を任せたりなんかしなかった……っっ!」
「それだと君が、今頃、危険な目に遭っていただろうね」
「その方が何百倍もいいわよ……、他の子を犠牲にするなら、アタシが痛い目を見るわ」
ひゅー、と、小ばかにしたように口笛を吹いた怪人フィクサー。
彼は窓枠に足をかけて外を眺める。
「……人影はなしだ。これは追いかけられないね」
どの方向へ逃げたのかさえ分からない。
「……血は?」
アタシの呟きに、怪人が耳を傾ける。
「滴った血を追うことは?」
「……できなくはないけどね……血痕を見つける時間がかかるだろうさ」
「やって」
「ん?」
「怪人キングメーカーを、追いなさい……そしてあの子を助けるの」
「……名案だね。では、どうしてそれを私が?」
「ここでアタシが首を掻っ切って死ねば、どうなると思う? 予告状を出し、毎回、無傷で貴族の子供を帰していたアンタのやり方に、泥がつくんじゃないかしら?
……こだわりがあるんでしょう? そうしないといけない理由でも? 仕事でなければ遊び? 遊びこそ、そういう自分ルールは曲げられないんじゃない?」
「だからこそ、曲げることもできる」
「アンタを殺人犯にすることもできるわ……、悲鳴を上げて、アタシが血塗れで倒れていれば、寸前にいたアンタは間違いなく疑われる。
べったりとアタシの血をアンタにつければ尚更ね……弁明する?
信じるかしら、貴族たちが……」
「君が死んだら……ちょうどいい、替玉の子を再利用して、君の代わりにしよう。時間稼ぎをした後に、私はゆっくりと距離を取ってしまえば問題はないはずだ」
「あっそ。じゃああの子を助けてくれるのね?」
「…………」
「アンタも替玉が必要なら――あの子を助けてくれるってことでしょ?」
アタシは懐に忍ばせていたナイフで、首に刃を入れる――寸前で。
「……替玉を救うために自分の命を捨てる? ……君にそこまでする義理があるのか?」
「義理じゃない。アタシのせいで他人が不利益を被ることが許せないだけ。
アタシがアタシをね――だから殺すの。アタシが、アタシを――替玉じゃなく、本人をね」
ぐぐぐ、と力を入れると、それ以上の力で彼がアタシの刃を引き戻した。
「なに。放してよ、これじゃあ死ねないわ」
「死なせないさ――攫うと予告した以上は攫うし、生きて連れ帰る。
それが私の矜持であり、絶対のルールだ……遊びだからこそ、本気でやる」
まるで、仕事では手を抜いているみたいな言い方ね。
でも、それが真理なのかも。
仕事は手を抜き、簡略化させる……効率化だ。
だけど遊びは苦労を積み重ね、達成感を得る――遊びだからこそ、苦労が苦にならない。
彼は自分のルールを曲げることはないだろう。
「だったらいきましょう……指示された『時計塔』へ」
「君も?」
「ええ、もちろん。言ったでしょう? アタシのせいで他人が不利益を被ったら、アタシがアタシを許せないの。
アンタが抱える不利益も許せないんだから――せめて現場にはアタシもいく。アンタの手助けをすることで、不利益を少しでもマシにするわ」
彼の背中にしがみつく。
理想はお姫様抱っこだけど、両手が塞がるのは望ましくないので、この形だ。
おんぶなら、アタシが彼にしがみついていればいいだけなのだから。
「怪人フィクサー。
予告通りに、アタシを攫って、連れ帰ってよね?」
―― ……おわり? ――
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