第52話 かき捨てたよ!

 羞恥で七転八倒したい気持ちだけど、狭い馬車の座席ではそれも叶わない。


「どこも痛くないから大丈夫…」


「本当に大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?無理はなさらず横になって下さい」


 先生まで心配してくれているが、体調は問題ないのだが精神的ダメージを乗り越えるため、お言葉に甘えて横になっておこう。


 コロンと寝転んで更に両手で顔を隠す。


 なぜに今になって恥ずかしい黒歴史を思い出すかな?


 セルバスは何やら御者に指示を出してるようだが、ジタバタと足を動かして思う存分精神の安定を図る。


 あ~もう今更思い出してもどうしようもないんだ!

 向こうの世界に帰る事もないだろうし、あれだ、旅の恥はかき捨て的な感じではっちゃけた時のように忘れよう。


 何とか心に折り合いがついた所で、先生が話しかけて来た。


「ヴィンセント様、大丈夫ですか?どこか痛みますか?」


 心は痛むけれども、その理由も言えないし…

 しかし、本当に何で急に記憶が鮮明になるかね?


 いや、記憶は今までもあったんだけど、それに心が追い付いたと言うか、見ていたドラマが自分の過去の再現ドラマだと気付いた様な感じとでも言うか…


 兎に角、他人事の様に感じてた記憶が、ちゃんと自分の物になったって感じなんだよね。


 その割りに前世の名前や家族の事とか、死因なんかは今も思い出せないなぁ…


「ヴィンセント様、今から治療院へ行きますので、もう少しの辛抱ですよ」


 何だって!?


「ちょっと待って下さい!僕なら大丈夫です!本当に何でもないんです」


 どこも悪くないのに治療とかされても困るんだけど!

 ガバッと身体を起こして叫ぶ。


「無理をしては駄目ですよ。ほら横になって下さい」

「いやいや、本当にどこも悪くないんです!ちょっと過去の自分が恥ずかしくなっただけで…」


「過去の自分が恥ずかしくなった、ですか?」


 ハッ、駄目だ前世の自分とか説明出来ないのに何言ってるんだ僕は。


 あうあう言ってる僕を見て、先生がニヤニヤし出した。


「ほほう。さては彼女に名前さえも言えなかった自分が恥ずかしくなったとかですか?」


「え?」


「ふふふ。やはりルーベン様の血を引くからには、名前くらいは聞き出しておかねばなりませんからね」


「先生?」


「私もルーベン様がリゼット様に一目惚れをした現場に居合わせましたから解りますよ」


「あの~?」


「ご自分の名前を名乗った後に"貴女のお名前をお教え頂けますか可愛いひと?"と、跪いて乞う姿は小さな貴公子としてそれはもう当時の社交界を沸かせたものです」


「先生~戻って来て下さい~」


「ヴィンセント様も同じように彼女の名前を聞きたかったのに、照れが邪魔をして聞けなかったのでしょう?わかります!私もカレンと出会った時は胸がドキドキして何も喋れませんでしたから」


 駄目だこりゃ。

 先生の暴走癖は、カレンにもどうにも出来ないと言わしめた程だから…


「あ、カレン」

「えぇ!どこですか!?」

「いえ、見間違いだったみたいです」


 カレンの名前には機敏に反応する先生の生態を利用すれば暴走も止められるが、どこで暴走するのかだけは予測不能なんだよね。


「ん?何の話しをしていたんでしたっけ?」


「だから、僕はどこも悪くないので、治療は必要ないと言う話しですよ」


「あ、そうでしたね。照れていただけでしたっけ?」


「違います!先生の思っているような事ではないんです。兎に角、馬車の行き先を変えて下さい!」


 しかし、セルバスが納得しなかったので、とりあえず治療院に行くのは止められなかった。


 何でだよ!

 本人が平気だって言ってるのにさぁ。


 いや、どうやら僕の顔色が赤から青に目まぐるしく変わっていたのと、ジタバタしてた奇行のせいみたいだけど。


 うん、自業自得だね。


 と言う事で治療院にやって来ました。


 セルバスが何やら手続きをして、普通の治癒師じゃなくて上位職の聖魔法師がやって来て診察してくれました。


 痛い所など何もないので、そう伝えたのに聖魔法のセイクリッドヒールがかけられました。


 父の浄化魔法に似た、清浄な風が吹き抜けた後に身体がポカポカする気持ち良い魔法でした。


 スッキリしたけど、無駄な魔力を使わせて申し訳ないと思いました。


 ちょっと遠い目になりながら治療院を後にしたよ。

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