第15話 ふかふかだよ!

 執事らしき人が近付いてきて、深々とお辞儀をする。


「いらっしゃいませ、ヴィンセント様。シャガーリオ侯爵家の執事をしております、ミュシャでございます。お見知りおき下さい」


「よろしくミュシャ」

「それでは、ご案内致します」


 ふぅ緊張するよ。

 僕の方が執事より身分は上になるけど、侯爵家と伯爵家の家格からすると侯爵家が上だからね。


 偉そうになり過ぎない絶妙な加減で応えるのが難しい。


 セルバスが良くできましたって顔をしてるから、どうやら合格点だったみたい。


 玄関を入るとホールがあり、更に長い階段が正面と左右にある。


 このホールで舞踏会が出来そうな広さだよ。


 天井のシャンデリアも10段くらい輪になってるよ。


 でも大聖堂を見た僕は、同じ過ちをしないよ。

 お口を閉じて、真っ直ぐミュシャの背中を見ながら着いて行く。


 真ん中の階段を上がると、右の方へ進む。

 廊下の先に階段があり、更に2階分を上った。


 どうやら応接室じゃなく、プライベート空間で会ってくれるみたい。


 ミュシャがノックをすると、中からドアが開けられた。


「ヴィンセント様をお連れ致しました」

「中に入って貰って」


 あれ?祖父じゃない?

 一瞬セルバスを見ると、大丈夫と言うように頷く。


 戸惑いながらも部屋に入ると、ソファーの前に三十代後半くらいの上品な女性が立っていた。


「よく来てくれたわね、ヴィンセント。わたくしが貴方の祖母のクラウディア・メリー・シャガーリオよ」


 祖母と呼ぶには若く見える女性は、髪の色は父の銀髪より暗い鈍色で、瞳の色も黒っぽいから、今まで見た人の中で一番馴染みやすい色だ。


 セルバスなんて髪が水色だもんね。


「初めまして、セザーニア伯爵家が長子ヴィンセント・ダン・セザーニアです。お祖母様にお会い出来て光栄です」


 右手を胸に当て足を後ろに下げる貴族の礼をする。


「まぁまぁ、何て可愛らしいのかしら。ルーベンそっくりな眼の色ね。顔はリゼットに似てるかしら」


 近寄って抱き締められる。

 凄く喜んでくれてるのは嬉しいけど、お胸が当たるよ。


「あの、お祖母様。本日はお祖父様に会いに来たのですが、お留守ですか?」


「うふふ。あの人は別の部屋にいるわ。私に内緒でヴィンセントに会おうとしたから、横入りしたのよ」


 何だかお茶目なお祖母ちゃんなんだけど、そんな事して大丈夫?


「あの、それ怒られませんか?」

「きっと怒るわね。でも先に怒らせたのは、あの人だから大丈夫よ」


 ええ~それって大丈夫かなぁ?

 祖父はメチャ怖そうなイメージなんだけど…

 あ、でも祖母は祖父に逆らって、駆け落ちをサポートしちゃうような人だったわ。


「そんな事より、座ってお茶にしましょう。美味しいお菓子も用意したのよ?」


 手を取って横に座らされる。

 ふかふかが無くなって残念だ。

 僕は決して熟女好きではないよ。


 セルバスは僕の後ろの壁際に控えているから、ここは祖母のお相手をしろと言う事だろう。


「ほら、このお菓子は最近王都に入って来たショコーラよ」


 どう見てもチョコレートだね。

 バレンタインとかで見た事ある、箱入りの高級なヤツだよ。


 生憎、こんな豪華なチョコを貰った事はないけど。

 どうせ義理チョコしか貰った事はないさ…くすん。


「いただきます」


 うん。前世に比べると滑らかさが足りないけど、味は充分美味しいね。


 久しぶりのチョコは身体に染み入るよ。

 口の中でゆっくりと溶かしながら至福に浸る。


「うふふ。気に入ったみたいね。お土産も用意するから、皆で食べてね」

「ありがとうございます、お祖母様」


 妹はまだ2歳だから、少しだけにしておくように言っておこう。


「本当はもっと早く貴方に会いたかったのだけれど、あの人ったら婚約に反対したのを未だに気にしてて、なかなか素直に会わせてくれと言わないのよね。私だけが会いに行ったら拗ねちゃうから我慢してたのに、私に内緒で貴方に会おうなんて酷いと思わない?あの人ったら、ご自分でお菓子まで準備してたのよ?」


 祖母の愚痴から想像する祖父は、どうやらツンデレ属性みたいだね。


 いやツンデレ爺さんとか聞くとアレだけど、要するに素直になれない頑固爺さんって事だよね。


 そんなこんなで祖母の愚痴に付き合いながら、ショコーラを堪能していると、騒がしい声が近付いて来た。


 ノックもなしに部屋に入って来たのは、どうやらこの家の当主である侯爵様……ではなかった。

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