第866話 おじさん学園の授業中にまたもややらかしてしまう
明けて翌日のことである。
昨日、おじさんはダンジョンの整備をひととおり終えた。
ただ、まだ未解放のままである。
いきなり冒険者を入れるというのは危険だ。
まずは情報を周知徹底する必要がある。
そこで祖父母は領都の騎士たちも送りこむことにした。
ゴーレムたちの難易度調整のためだ。
加えてヨルゲンには情報を持ち帰ったというテイで広めてもらう。
冒険者組合、商業組合など提携関係にある組織とも話をすりあわせる。
そのためには日数がある程度は必要になってしまう。
ということで少し期間に余裕を見て、創造神の週明けにダンジョンを解放することにしたのだ。
おじさんとしては色々と仕掛けを作れて大満足である。
しかし――これからレグラップには変な語尾の冒険者たちであふれかえるはずだ。
それもまた名物になるかもしれない。
おじさんは学園にいた。
澄み渡る冬の空に、少し風が吹く日である。
教室の窓から外を見て、おじさんは物憂げに息を吐く。
そんな姿にきゅんきゅんくる
本日は座学である。
もちろん座学とて多少の遅れがでているのだ。
なにせ王都復興のために、しばらく学園はお休みだったのだから。
ダンジョン講習に比べればマシという程度だ。
「で、あるからして……ケルシーさん! この問いを答えてください」
「わかりません!」
間髪入れずに即答するケルシーだ。
少し頭を抱えてしまう講師である。
今は魔法史学の授業だ。
言うなれば、魔法の歴史を勉強することになる。
こういう系統は特にケルシーや聖女が苦手なのだ。
おじさんは面白いと思うのだが、蛮族たちはちがうらしい。
「いいでしょう。前期魔導王国時代と後期魔導王国時代との魔法史学上のちがいを宿題としておきます。次の授業に提出してもらいますからね。いいですか、試験に出ますよ。ここは。」
眼鏡をかけた中年の女性教師は蛮族に教育するのを諦めない。
実にいい講師である。
「はい! がんばります!」
返事だけはいいのだ。
ものすごく真面目な生徒に見える。
ポンコツではあるが。
「では、エーリカさん。建国王陛下の時代に功績を残したとしたとされる偉大な魔導師を三人答えてください」
「はい! わかりません!」
蛮族たちは手強いのだ。
イザベラ嬢の母親が匙を投げるくらいには。
「……いいでしょう。では期末の試験に出そうなので、この三人の名前と功績をしっかりと調べておいてください。いいですか、試験に出そうですわよ!」
ちゃんと念押ししてくれる女性講師。
「はい! 調べておきます!」
聖女も返事だけはいい。
しかし、調べておくもなにもないのだ。
だって教科書に答えがのっているのだから。
蛮族たちの後は恙なく授業が進んでいく。
つらつらと教科書を読んでいるおじさんだ。
既に知っている内容ではあるが、大きな流れとして見ていくと面白い。
そこへ丁寧に折りたたまれた紙が回ってくる。
なぜ、こんな箱型に折っているのだろう。
そんなことを思いながら、おじさんは手紙を開く。
恐らくは差出人は聖女なのだろう。
――猫の絵の横に吹き出しがあり、「わん」と書かれていた。
それだけである。
特になにかを伝えたいわけではないのだろう。
ちらりとその絵が目に入ってしまったのか。
おじさんの隣にいたアルベルタ嬢が、ぷふっと吹きだしてしまう。
それを見とがめる女性講師だ。
「なにか面白いことでもありましたか?」
「いえ……講義の邪魔をしてしまい、申し訳ありません」
と、アルベルタ嬢が素直に頭を下げた。
素行に問題のない優等生だけに、女性講師はすぐに授業に戻る。
「……まったく。エーリカは」
アルベルタ嬢が聖女の方を見る。
聖女はグッと親指を立てていた。
それに触発されたのだろうか。
アルベルタ嬢も紙になにかを書いている。
おじさんがちらりと見ると、写実的なタッチで絵を描いていた。
ふむ……と思うおじさんだ。
王国で絵画と言えば、この写実的なタッチになる。
聖女が書いているような、漫画やアニメなどを思わせるデフォルメした絵とは、かなり趣向が異なってしまう。
おじさんも幼き頃から、写実的なタッチの絵を教えられている。
これも公爵令嬢のたしなみなのだ。
「……学園長?」
おじさんはつい言葉にだしていた。
特徴的な禿頭と白鬚があることから、そう判断したのだ。
吹き出しをつけて、講義に集中なさい、と書いてある。
それを丁寧に折りたたもうとするアルベルタ嬢だ。
そこでちょっとばかし、おじさんの悪戯心がうずいてしまった。
「アリィ。少しだけ待ってくださいな」
と、おじさんがトントンと手紙を指でつつく。
さすがにいつものように指を鳴らすのは憚られたのだろう。
「もういいですわよ」
アルベルタ嬢がコクンと頷いて手紙を回してもらう。
それが聖女の手に渡ると、目を輝かせて手紙を開いていく。
「うひゃあああ!」
聖女が思わず声をあげてしまった。
「そこ! いったい何を騒いでいるのです!」
今度こそ女性講師は壇上から降りてきた。
つかつかと歩いて、聖女の席の前へ。
「いったいなにをさわ……うひゃあああ!」
女性講師も声をあげてしまった。
だって……手紙から立体的な映像で学園長がにょきと生えていたのだから。
ざわめきだす教室だ。
ケルシーが立ち上がって、聖女の席へと近寄った。
「うわははは。学園長じゃん!」
ケルシーの声で、聖女の席に注目が集まってしまう。
ケルシーが紙を持ち上げて、頭上に掲げた。
学園長の立体映像がでている手紙を、だ。
教室がどよめく。
それはそうだろう。
だって、そんな魔法は見たことがないのだから。
「……思っていた以上に驚かせてしまいましたわ」
おじさんはちょっぴり反省していた。
このくらいなら問題ないだろうと思ったのだ。
しかし、結果は予想外の騒ぎになってしまった。
わなわなと震える女性講師だ。
ここはしっかり怒られようと思うおじさんである。
どう考えても自分が悪いのだから。
立ち上がって、おじさんが女性講師に告げた。
「申し訳ありませんわ。わたくしのいたずらです」
キッとおじさんを見る女性講師だ。
そして、丸眼鏡の縁を指であげながら言う。
「……なんて精緻な魔法なのでしょう。うーん。これは前期魔導帝国時代に使われていたという技術でしょうか。それを再現するなんて立派ですわよ!」
はうあ! と今度はおじさんが驚いた。
斜め上の方向から褒められてしまったからである。
「文献によると、かつて魔導帝国ではこのような絵が飛びだす本が用いられていたとあります。まさか、それを再現したものが見られるなんて。リーさん。素晴らしいわ」
「さすがお姉さまなのです!」
すかさずパトリーシア嬢が合いの手を入れた。
それに従って、パチパチと拍手に包まれる教室だ。
その話はおじさんも聞いたことがある。
で、作ったのだ。
記憶が戻った頃だったと思う。
まだ幼い弟のために、かんたんなものを。
そのときは魔法を使っていない。
二つ折りにした紙の背の部分に、切れ込みを二本入れる。
この切れ込み部分を、紙を開いて後ろから前に押し出すのだ。
これでページを開いたときに飛び出る仕掛けができる。
あとは前に押し出したタブの部分に、別の絵を貼りつけるだけだ。
それを何枚か作って表紙を作れば、飛び出す絵本のできあがり。
ものすごく弟が喜んでくれたのを思いだすおじさんであった。
現物が残っていない以上、魔法を使ったものか、あるいは工作したものかの判別はつかない。
ただ、女性講師はいたく感動したようである。
「リーさん。この紙をお預かりしてもよろしいでしょうか?」
さっとケルシーの手元から取り上げてしまう女性講師だ。
「……かまいませんが」
「よかった! 私、この紙を研究して学会に論文として発表したいと考えています。もちろん論文にはリーさんのお名前も記載しますので」
ピクピクと頬を引き攣らせるおじさんであった。
そんな大事になるとは、まったく思っていなかったのだから。
「さすがリー様! ちょっとした遊びの中にも歴史を復興させるなんて、これはもうお遊びの域ではありませんわ!」
アルベルタ嬢がのってきた。
「リー様の深謀遠慮は底がありませんわね!」
ニュクス嬢も参戦してくる。
ちがう、そうじゃないと言いたいおじさんだ。
「リー様を称えるのです! 尊崇するのです!」
イザベラ嬢も斜め上の方向にいっている。
おじさん、かなり居たたまれない状況であった。
ぽん、とおじさんの肩を叩く者がいた。
聖女である。
静かに首を横に振って、聖女が言う。
――あきらめろん。
がくりと肩を落とすおじさんであった。
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