第867話 おじさんウルシニアナ嬢から提案を受ける
引き続き学園である。
おじさんたちは食堂棟の一角で食事をしていた。
少しショックを受けたものの、既に立ち直っているおじさんである。
本日の食堂棟のメニューはシンプルだ。
パンにポトフ風の具だくさんスープ、それにステーキがつく。
お肉大好きのケルシーと聖女は大喜びだ。
かぶりついて食べている。
おじさんは燃費がいいので、あまり食べない。
なので、ステーキは蛮族二人にあげたのだ。
スープが具だくさんなので、パンがあれば十分である。
欲を言えばサラダが欲しいと思うが、口にはしない。
「もがもがががー」
ケルシーがステーキを頬張ったままで喋る。
なにを言っているのかわからないおじさんだ。
「もんがもんがー」
聖女も同様だが、なぜか話が通じている。
蛮族にはなにかあるのだろうか。
「一号、二号。お行儀が悪いですわよ」
お上品にアルベルタ嬢が注意をする。
そう。
蛮族たちのせいで忘れがちだが、ここは貴族のお子様が通う学園だ。
食堂棟の一階にあたるこの場所では、さほどうるさく言われない。
が、上階に行くほど場がお上品になるのだ。
作法だって厳しく見られる。
「ほら、お肉をナイフで突き刺さない」
でも、蛮族たちはこの食べ方が好きなのだ。
ぶすりとお肉を突き刺して持ち上げ、思い切りかぶりつく。
ワイルド感がでていい、とか思っていそうである。
あるいは切り分けるのが面倒だとか。
ごくん、と音が鳴りそうな勢いで聖女がお肉を飲みこんだ。
「まったく貴族ってのは不自由なものよね」
「ものよね」
聖女の言葉尻にのっかるケルシーである。
ただし、意味はあまりわかっていなさそうだ。
すっと残っているお肉をスマートに切り分ける聖女。
そして――一口サイズのそれをナイフで口に入れる。
「嘘でしょ……」
そんな言葉があちこちから漏れた。
だって、聖女がお上品に食べるなんて信じられなかったのだ。
「エーリカ、なにか悪いものでも食べたのですか!」
パトリーシア嬢だ。
「パティ、なにを仰るの? わたくしだってやればできますわ」
なんだか聖女の顔つきまでお嬢様っぽく見えてくる
「できますわ!」
と、ナイフでお肉をぶすっと刺すケルシーだ。
うまうまとお肉を頬張っている。
「……とでも言うと思ったか! こんな堅苦しい食事なんて美味しくないでしょうが!」
「もがんがー!」
手をあげて抗議する一号と二号であった。
「ケルシー。食べながら話さない。よろしいですわね?」
おじさんがニコリと微笑む。
これはもう貴族のマナーとかそういう話ではないと思うおじさんだ。
それ以前の話である。
なので、ケルシーにむけて注意をしたのだ。
ちょっとだけ本気モードで。
「もい!」
ビシッと起立して、敬礼するケルシーだ。
そういうところは機敏に空気を読めるのが蛮族である。
「よろしい。座っていいですわよ」
ちょっとばかり緩んでいた空気が引き締まった。
さすがリー様と狂信者の会は、目をキラキラとさせている。
「あの……リー様。ちょっといいだか?」
ウルシニアナ嬢である。
「かまいませんよ」
優雅にお茶を飲むおじさんだ。
「あの実は……リー様のご実家で競馬場ってもんがあるって聞いただ」
「ありますわね」
おじさんが作ったのだから。
「その……もし良ければ見学させていただきてぇだ」
ふむ、とおじさんは頷いた。
べつに見学するくらいかまわない。
ただ、その理由が知りたかった。
「うちのご先祖様は戦場で伝令として功績を立てただ。だもんで、うちの者は皆、小さい頃から馬術を教わって育つだよ。で、うちの者がリー様のご実家には競馬場なるものがあるって話を聞いてきただ」
「……なるほど。それでどのようなものか確認したい、と」
んだ、と大きく頷くウルシニアナ嬢であった。
「そういうことなら問題ありませんわ。ゆっくりと見ていくといいですわ。もし機会があるのなら、ウルシニアナも出場してみるといいです」
ニコリと微笑んでやるおじさんだ。
ウルシニアナ嬢もニッコリである。
「ありがとうごぜえますだ。すっごく楽しみだ」
「いつにしますか? もし時間が空いているのでしたら今日の放課後にでもご案内しますわよ」
「いいだか! うわぁ」
と喜ぶウルシニアナだ。
その隣で、ウルシニアナと仲の良いジリヤ嬢もニコニコしている。
「ちょっと! リー!」
そこで口を挟んできたのが聖女だ。
「そんな面白そうな施設があるなんて聞いてないわよ!」
「聞いてないわよ!」
べつに言いふらすことでもないと思うおじさんだ。
だが、聞かれたら隠し立てするようなこともない。
そして、おじさんは蛮族たちの扱いは心得ているのだ。
「ならエーリカとケルシーも競馬場に行きますか?」
「行くに決まってるじゃない!」
聖女とケルシーがハイタッチしている。
いいぃぃやっふうううぅと遊ぶ気満々だ。
「アリィ、本日の学生会の予定はどうなっていますの?」
アルベルタ嬢に確認をとるおじさんだ。
「本日は……急ぎの案件はなかったかと」
念のためにニュクス嬢やイザベラ嬢、セロシエ嬢といった面々に視線を送るアルベルタ嬢だ。
誰も異存はないようである。
「いいでしょう。では、本日はうちの競馬場へ皆で行きましょう」
わっと食堂棟で声があがった。
なんだかんだでお出かけするのは楽しいのだから。
「そう言えば、皆さんは馬に乗れますの?」
おじさんは乗れる。
ただ、ここにいるのは令嬢たちだ。
馬に乗れなくても不思議ではない。
「あの、私は
アルベルタ嬢が発言する。
人間で言うジョギングだと思えばいいだろう。
聞いてみれば、他の令嬢たちも
もちろん
ちなみに
「意外とエーリカは馬に乗れないのですか」
ついでに言うとケルシーもだ。
蛮族たちは揃って馬には乗れない。
いや、そもそも乗る機会がなかったのだ。
「なら、この機会に馬に触れてみるのもいいかもしれませんわね」
おじさんちには馬はたくさんいるのだから。
「ねぇねぇ……リー」
聖女がこっそりとおじさんに耳打ちしている。
「どうしたのです?」
「競馬と言えば賭けはできるのよね?」
「できますわよ。ただし今日はレースが開催されているかわかりません」
「……なるほど。これは面白くなってきたわね」
聖女はどうやらギャンブルが大好きなようだ。
ケルシーも恐らくというか、確実に好きだと思う。
「レースが開催されていて、お小遣いの範囲ならいいですわ」
「やった! 今日はザギンでシースーね!」
「ギロッポンで鳩の相手をしているかもしれませんわよ」
「きびだんごは用意して欲しいわね!」
聖女とおじさんが目をあわせて笑う。
二人以外には何を言っているのかわからないだろう。
ただ、おじさんが楽しそうにしている。
それだけで
狂信者の会を除いて。
三人はハンカチの端を噛み、きぃぃいいとなりそうな表情で、おじさんと聖女を見つめていたのだった。
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