第774話 おじさんたちはほのぼのと謎解き階層を攻略する


 明けて翌日のことである。

 

「と言うことでだー」


 ぐるりと教室の中を見回す男性講師である。


「今日は一日かけてダンジョン講習をしたいと思う」


 はい、と手をあげるアルベルタ嬢だ。

 

「リー様はどうなされるのですか?」


「言ってなかったかー。今後もダンジョン講習では講師を務めてもらうぞー。学園長からのお達しだー」


 聞いてないと思うおじさんだ。

 ただ、そもそもダンジョンを作ったのが他ならぬ自分なのである。


 攻略しろと言われても、だ。

 既に回答を知っている試験を受けるのと同じ。

 結果は火を見るより明らかである。

 

「それならば安心ですわ」


 アルベルタ嬢が頷く。

 同時に狂信者の会もだ。

 

「今回は謎解き階層に行くからなー。こう若者特有の柔軟な発想をみせてくれよー」


 おじさんの作ったダンジョン。

 実は学園の講習でも使いやすいのだ。

 なにせ命の危険がないのだから。

 

 引率する講師も数をあまり増やさなくてすむ。

 今回は男性講師とおじさんに加えて、正規の講師になったメーガンとの三人体制だ。

 メーガンは男性講師とは同じパーティーを組んでいた女性講師である。

 

 謎解き階層は全部で五階層だ。

 

 一階層は謎解きをして、正解すれば先に進める。

 二階層はギミック系の迷宮だ。

 三階層からはギミック系に罠が組みこまれる。

 四階層と五階層は複合型で難易度が上がる感じだ。

 

 今回はお試しということで、一階層の攻略を目指すそうである。

 

 おじさんのクラスは、現在十九人が在籍している。

 その内、十五名が薔薇乙女十字団ローゼンクロイツだ。

 残る四人が男子生徒である。

 

 ただしおじさんが抜けるので十八人。

 少しバランスは悪いが、男子のみで一班、女子を二班にわける。

 そんな振り分けやらダンジョンの説明やらが道中でなされていた。

 

「んー今日はいい天気ですわね!」


 ミグノ小湖に到着したおじさんたちだ。

 学園に入学した当初は、ここまでくるのも苦労したものである。

 だが、今はけっこうな速度で到着できた。

 

「野外演習で釣りをしたのもいい思い出ですわね」


 アルベルタ嬢がおじさんに言う。

 そうですわね、と答えるおじさんだ。

 

 半年と少し前くらいの話だ。

 だが、もう既に遠い昔のような気がする。

 

 それだけ充実した時間を送っているのかもしれない。

 おじさんはそんなことを思うのであった。

 

「行くぞー」


 男子組には男性講師がつくということだ。

 女子一班にはおじさんが、二班にはメーガンが講師としてつく。

 

 女子一班は聖女とケルシー、プロセルピナ嬢たち脳筋三騎士、セロシエ嬢とジリヤ嬢がつくことになっている。

 知恵者が二人と蛮族が二人、そして脳筋三人の組み合わせだ。

 

「それでは、わたくしたちも行きましょうか!」


 おじさんが元気よく声をかける。

 

 アルベルタ嬢を初めとする狂信者の会は二班だ。

 なので、どこか羨ましそうな表情をしている。

 

「行くわよー! このアタシについてきなさい!」


 聖女は元気である。

 ケルシーもだ。

 

 ダンジョンに入って転移陣にのる。

 一階層は謎解きが中心になっているフロアだ。

 

 ダンジョンとしては一本道である。

 大きめの部屋にでたおじさんたちだ。

 

 そこには大きめの石碑が置いてある。

 石碑の奥には扉が見えた。

 

 男子組の姿が見えないので、既に先に進んだのだろう。

 

「なになに?」


 興味津々にケルシーが石碑をのぞき見る。

 

「建国王陛下の名前は? って書いてある!」


「リチャード=アルフォンス・ヘリアンツス・リーセ、ですわね」


 セロシエ嬢が即答する。

 さすがに薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの参謀を自認するだけのことはあるのだ。

 

 この程度は赤子の手をひねるようなものである。

 

 ゴゴゴと大仰な音がして、扉が開いた。

 先に進む道が見えたとたんにケルシーが走り出す。

 

「ちょ! ケルシー」


 ここはダンジョンだ。

 罠がない階層とは言え、走りだすのは間違っている。

 そうした意味でセロシエ嬢が声をかけたのだ。

 

 だが、走っていったのはケルシーだけではなかった。

 聖女もである。

 その背中を追いかけるように脳筋三人組も走っていく。

 

 先行きがものすごく不安になるセロシエ嬢であった。

 どうやらジリヤ嬢も同じようである。

 

 おじさんも苦笑しながら、彼女たちと歩いて進むのだった。

 十メートルほどの通路を抜けて、次の部屋にでる。

 

「んーなにこれ?」


 ケルシーには問題の意味がわからなかったようだ。

 斜め上から見下ろすような構図だ。

 線で立方体が描かれている。

 そこに線を一本つけたして、蓋をあけろと書かれていたのだ。

 

「リー!」


 聖女がおじさんを振り返った。

 言いたいことがわかるおじさんだ。

 

 マッチ棒クイズと呼ばれているものである。

 こくんと頷いてやるおじさんだ。

 

「……なるほど。線を一本だけ足す……」


 セロシエ嬢が考えだす。

 そこで聖女が、ハイと手をあげた。

 

「ふふーん。わかっちゃったもんにー!」


 ここにこうよ! と聖女が石碑を指でなぞる。

 なんの疑問もなしに。

 だが、聖女が指でなぞった部分が光ってうかびあがった。

 

 そして――ぶっぶーと音が鳴る。

 

「扉が開かない!」


 ケルシーが叫んだ。

 がくりと膝をつく聖女であった。

 

「間違っていたということでしょうか」


 プロセルピナ嬢が呟く。

 

「うん。わかったわ。ここにこうじゃない?」


 ジリヤ嬢が頂点のところから真っ直ぐ下に一本線を引く。

 すると蓋が空いているように見える。

 

 ゴゴゴと扉が開いていく。

 

「次よ! 次に行くわよ!」


 切り替えが早いのが聖女のいいところだ。

 ケルシーと一緒になって通路を駆けていく。

 脳筋三騎士たちもだ。

 

「リー様、いいのですか?」


 聖女たちのことだろう。

 セロシエ嬢は注意しようか迷っているのだ。


「わたくしに確認をとる必要はありませんわよ。セロシエが危険だと思うのなら注意なさってくださいな」


 おじさんの返答に頭を下げるセロシエ嬢であった。

 次の間に進むと、聖女たちが石碑の前でうんうんと頭をひねっている。

 

「あ! リー!」


 ケルシーが大きな声をだす。

 

「んとね! あなたは銀貨を十枚持っています。銀貨五枚のお菓子を買いました。おつりはいくらでしょう? って書いてあるの!」


「ケルシーは答えがわかりますか?」


「五枚! だって十枚と五枚なんだから、五枚!」


 ぶっぶーと音が鳴った。

 

「なんでよー!」


 文句を言うケルシーだ。

 そんな彼女を見て、セロシエ嬢とジリヤ嬢は苦笑をうかべる。

 二人はもう答えがわかったようだ。

 

「ひょっとして、おつりはない、が正解なのでは!」


 脳筋三騎士の一人、ルミヤルヴィ嬢が言う。

 

「なんでさ! 十枚に五枚でしょ!」


 異論を唱えるケルシーに対して、ルミヤルヴィ嬢が口を開く。

 

「いや銀貨十枚を渡すわけではなくて、銀貨五枚を渡すだけでしょう? だったらおつりはでません」


「はうあ! そういうことか!」


 ケルシーが納得したところで、扉がゴゴゴと音を立てる。

 

 走りだそうとしたケルシーと聖女。

 その肩を掴むセロシエ嬢だ。

 

「二人ともダンジョン内を走ってはいけませんわ。本来ならどこに罠があるかわからないのです。初見の場所を走って抜けるなど自殺行為ですわよ。いくら罠がないダンジョンだとしても、慎重に動くことを心がけなさい」


 セロシエ嬢の言葉にシュンとなったのは脳筋三騎士の方だ。

 だが、蛮族一号と二号はしぶしぶと言った表情で頷く。


 次の間には七人揃って進む。

 それでも石碑を前にすると、駆けてしまうケルシーだ。

 

 この辺りは謎解きといえども、小学生向けのクイズである。

 敢えてそうしてあるのだ。

 おじさんとて難易度調整はできるのだから。

 

 ちなみに石碑は正解されると別の問題がランダムに用意される。

 だいたい二百個くらい問題を考えたのだ。

 トリスメギストスが。

 

 なんだかんだで正解をだして次の間へと進んでいく。

 そして最後の間となる十問目まできた。

 

 ここでようやく男子班に追いついたのだ。

 

「おー。女子一班かー」


 男性講師は壁に背をもたれかけさせていた。

 おじさんたちを見て、声をかけたのである。


「ここまでは順調だったんだがなー。最後の問題は難易度が高くなっててなー。まぁそろそろ解けるだろー」


 と言ってる側から、男子一班が正解したようだ。

 扉が開く。

 その奥には転移陣と下へ降りる階段がある。

 

「バーマン先生。もう一階層下りますの?」


 おじさんが質問する。

 

「んー次の階層がどれだけ時間かかるかわからないからなー。最初の予定どおりに一階層を攻略したら終わろうー。時間はまだあるから、ミグノ小湖辺りで魔物狩って帰るかー」


「承知しましたわ。メーガン先生にも伝えておきます」


「頼んだー」


 と、男子班と一緒に転移陣へとむかう男性講師であった。

 男性講師たちが転移陣にのると、石碑がペカーと光る。

 そして問題が書き換えられた。

 

 おじさんはと言うと、小鳥の式神を使って女子二班に伝令だ。

 ダンジョンマスターの権能があるのだから、このくらいは余裕である。

 

「んーなになに? てんしなのに人をだます悪いてんしは? だって!」


「そんな天使はいません!」


 プロセルピナ嬢が即答する。

 だって天の使いなのだから。

 

 ぶっぶーと音が鳴る。

 

「わかった! エーリカよ、エーリカ。すぐ嘘をつくんだもん!」


 ケルシーが手をあげて言う。

 

「ばっか、あんた。そんなのが答えなわけないでしょう?」


 聖女が言ったときだ。

 扉がゴゴゴと音を立てたのである。

 

「うっそ。なんで扉が開くのよ! は! アタシは天使だったのか!」


 聖女であり、蛮族であり、転生者である。

 天使ではない。

 

「エーリカ、残念ながらそれはちがいますわね」


 ジリヤ嬢が言った。

 セロシエ嬢が頷いて、続きを言う。

 

「てんしはてんしでも、ペテン師だったということよ」


「ふざけんにゃああああああ!」


 謎解き階層に聖女の声が響くのだった。

 

 名前:エーリカ・ヘイケラ

 攻略中の階層:アスレチック階層・謎解き階層

 攻略済み階層:なし

 称号:蛮族ペテン聖女


 ペタンからペテンに変わっている。

 称号を見た聖女は膝をつくのであった。

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