第773話 おじさんたちは蛮族会議に巻きこまれる


 ちゃぽん。

 ちゃぽん。

 ぱく。

 

 ちゃぽん。

 ちゃぽん。

 ぱく。

 

 聖女である。

 それを真似しているケルシーもいる。

 

 蛮族たちがなにをしているのか。

 それは紅茶にクッキーを浸してから食べているのだ。

 

 しゃぶしゃぶのように紅茶の中で、クッキーを泳がせている。

 たっぷり水分を吸って、やわやわになったところで食べるのだ。

 

 だが――ケルシーは浸しすぎたようである。

 紅茶の中でもろくなったクッキーが崩れてしまった。

 

「のおおおお! 食べられにゃい!」


 バカねぇと笑う聖女である。

 他のご令嬢たちはドン引きだ。

 蛮族が過ぎる、と。


「いいこと、ケルシー。そういうときは紅茶を一気に飲む。するとクッキーも一緒に口に入ってくるわ」


 聖女のろくでもないアドバイスであった。

 

「は! そうか!」


 湯気の立つ紅茶を一気にぐいっといくケルシーだ。

 でも、さすがに熱い。

 熱すぎて、ぶほっとなる。

 

「あぢゅいいいん。おのれ、だましたな! エーリカ!」


「いや、冷めてから飲みなさいよ!」


 聖女とケルシーのやりとりで場が和む。

 

 引き続き学生会室である。

 冬仕様になった学生会室は、ちょっと新鮮だ。

 

 ご令嬢たちはブランケットが特に気に入ったようである。

 特に冷え性だという数名は、着る毛布くらいに包まっていた。

 

 べつに室温が低かったわけではない。

 おじさんの温度調整に抜かりはないからだ。

 ただ、寒くはなくても毛足の長いふわもこにハマったのである。

 

 アルベルタ嬢はクッションを抱いて幸せそうだ。

 キルスティも同様である。

 

 なんだか暖かくて、ふわふわで。

 ここは天上の世界だと言われても、信じてしまうくらいだ。

 

 一方でちょっと肩身の狭い思いをしているのが男子二人である。

 彼らとて暖かいのは心地いい。

 特にこたつは最高だと思う。

 

 なんだったらもう帰りたくないくらいだ。

 だって帰ったら冬仕様のグッズがないから。

 

「すっかり和んでしまいましたわね」


 そういうおじさんもこたつに入って和んでいる。

 やはりこの形が最適だと思う。

 

 本当は和風のこたつを作りたいおじさんだ。

 こちらだと掘りごたつにしないと馴染みにくいかもしれない。

 

 だが、今のように天板の裏に暖房の魔道具をつけて膝掛けを使う。

 天板のある机なら、毛布をはさんでしまえばいい。

 

 形もばらばらでサイズも統一されていないのだから仕方ないのだ。

 

「リー様、こちらの品物は売りにだされるのですか?」


 ジリヤ嬢である。

 文学少女は冷え性なのだ。


「ええ……近いうちに売りにだすと聞いていますわよ」


 ぎらりと目に炎が宿る令嬢たちがいた。

 イザベラ嬢とニュクス嬢も冷え性らしい。

 

「では、予約をしておかないといけませんわね」


 イザベラ嬢である。

 

「お祖母様が仰っていましたが、購入数に制限をつけるそうですわよ。さすがに生産が追いつかないらしいので」


「え!」


 と声をあげたのはニュクス嬢だ。

 それは予想していなかったらしい。

 

「わたくしが作ってさしあげてもいいのですが……お祖母様に止められていますので。学生会室に提供するくらいなら問題ありませんが」


 そうなのだ。

 どこのどちらさんが先に手に入れたなどうるさいのだ。

 貴族ってやつは。

 

 おじさんちで受け取りをした公爵家のご婦人と王妃は別枠だ。

 有象無象を黙らせるだけの力を持っているから。


「うう……この素晴らしい品物を手放したくないのです」


 パトリーシア嬢はブランケットに顔を埋める。

 ふわもこの感覚が気に入ったのだ。

 

「ふっ……正式に売りにだされるまでは手に入れられない。となると……方法はひとつしかないわね!」


 聖女だ。

 隣でケルシーも、ないわね! と声をあげている。

 

「皆でリーのおうちにいきましょう! そしたら毛布が、こたつがある!」


 聖女が宣言した。

 べつにおじさんとしてはかまわない。

 

 ただ、おじさんも色々と案件を抱える身である。

 特に直近では鉱人族ドワーフの古代都市のこともあるのだ。

 

 もはや、おじさんの手を離れた案件かもしれない。

 今のところ手出しすることはないのだから。

 

「いや、それはさすがにご迷惑がかかります」


 キルスティだ。

 彼女もまた、ふわもこの信者になったのだろう。

 クッションを離さないのだから。

 

「大丈夫よ、ね? リー?」


 聖女がおじさんに確認をとる。

 おじさんは問題ないので、こくりと首肯する。

 

「お家の方がお許しになるなら、ですけど」

 

「ダメよ。だって売りに出されるまでお邪魔するのでしょう?」


 え? とその場にいた全員がキルスティを見た。

 誰もそんなことは言っていない。

 

 今日このまま、おじさんちに行こうという話だったはずである。

 だが勘違いしてもおかしくはない空気だったとも言えるだろう。

 

 ただ、キルスティがハマりすぎて、つい本音がでたのだ。

 

「わたくしはかまいませんわよ」


 ニコリとおじさんが微笑む。

 べつに拒む理由はない。

 

 家の者が許すなら、きてもらってもいいと考えるおじさんだ。

 その辺はゆるゆるなのである。

 

「ふふふ……ついに現れたわね! 蛮族三号が!」


 聖女がどおんと宣言する。

 

「え? え?」


 戸惑うキルスティだ。

 他の面々とはずれていることにまだ気づいていない。


「聞きました、奥さん。今日一日だけお邪魔するんじゃなくて、毎日行こうって言ってましたのよ」


 聖女が声色を変えて口を開く。

 言葉を飾らない指摘を受けて、キルスティは顔を真っ赤にしてしまう。

 ついでに、ふわもこの毛布で顔を覆った。

 

 とんでもない勘違いをしていたことに気づいたからだ。

 そして、つい自分の本音がでていたことにも。

 

「うううううう」


 恥ずかしさでいっぱいになるキルスティだ。

 もう覆いきれていない耳まで真っ赤である。

 

「さぁ! ようこそ蛮族の世界へ!」


「世界へ!」


 一号と二号が手招きしている。

 しかし断固拒否をしたいキルスティであった。

 

 自分には、ちゃぽん、ちゃぽん、ぱく、はできない。

 いやでもちょっとやってみたいとは思った。

 

 好奇心に駆られたわけだ。

 どんな味がするんだろう、と。

 

 厳しく育てられたこそ、そんな食べ方は知らなかった。

 その自由な発想に、ちょっと憧れないと言えば嘘になる。

 

「うううう……いやですわ」


 ちょっとだけブランケットから顔をだして言うキルスティだ。

 感情よりも理性が勝ったのである。

 だって恥ずかしいもの。

 

「そう言えば……どなたか学園長を三号に認定していませんでしたか?」


 おじさんである。

 話を変えようと思ったのだ。


「ううーん。確かに学園長は三号っぽいわね。でも誰も認定していないわよ」


 聖女が首を傾げながら言う。

 もちろん、そのとおりである。

 おじさんがちょっと話を盛ったのだ。

 

「それにね。学園長は学園長だもの。やっぱりここは学生会所属という縛りがないとダメなの」


 なるほど、と聖女の言葉に頷くおじさんだ。

 いつの間にか学生会所属でなければ認定されないというルールができあがっていたようである。

 

「ならシャル先輩はいかがですか?」


「オレかよ!」


 とばっちりを食らったシャルワールが声をあげた。

 言葉とは裏腹に蛮族認定を受けてもいいかな、と考えている。

 

「そうですね。シャルは前からその気質がありましたし、一号と二号の兄貴分という形がいいかもしれませんね」


 ヴィルものってきた。

 彼はおじさんの真意をしっかり理解している。

 キルスティから話をそらしたいのだ、と。

 

「いや、確かにそうなんだけど、そうなんだけど! なんか男子が認定を受けても当たり前みたいなところあるじゃない?」


 なかなか首を縦に振らない聖女だ。

 

「そうかしら? ヴィル先輩は蛮族じゃないのでしょう?」


 アルベルタ嬢も参戦してきた。

 

「ヴィルぱいせんはちょっとちがう。小賢しい感じがするもの」


「……小賢しい」


 こっちもとばっちりを食らってしまう。

 それを聞いたシャルワールは他人事のように笑っていた。

 そういうとこだぞ、と思う薔薇乙女十字団ローゼンクロイツたちだ。

 

「んーやっぱりもろもろを考えると、キルスティぱいせんが三号ね!」


「三号ね!」


 聖女とケルシーがハイタッチをした。

 もろもろってなんだよ、とはツッコまないおじさんである。

 

「さ、三号なんて嫌ですわあああ!」


 キルスティが叫んだ。


「三号が嫌……ということは蛮族ぱいせん。いえ、ぱいせん蛮族ね!」


 これで決定と言わんばかりの聖女であった。

 

 元学生会会長にしてサムディオ公爵家のご令嬢。

 キルスティ=アンメンドラ・サムディオ=クルウス。

 ここに先輩蛮族という称号を得たのであった。

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