第772話 おじさん学生会室を冬仕様に染めてしまう
その日、おじさんは学園に登校していた。
そろそろ催事が近づいてきている。
あんまりサボってばかりはいられない。
そう思ったのである。
とは言え、だ。
おじさんがやることは、あまりない。
トリスメギストスは既に脚本を書き上げて皆にも配布済みだ。
ちなみにおじさんに配役はない。
おじさんが出演すると、ぜんぶ持っていってしまうからである。
たとえ背景の木の役だろうと、だ。
おじさんが演じると聖樹とか神木とかになってしまう。
たぶん……いや、きっとそうにちがいない。
そんなわけで、おじさんは魔法で演出する係に落ち着いた。
台本も一読で覚えてしまったので暇なのである。
ということで、会長席に座り、猫ちゃんを愛でているおじさんだ。
この黒猫もすっかり懐いたものだ。
おじさんの膝の上に座り、目を細めている。
「だああ! ケルシー、そこはステップがちがうのです!」
「え? こっちって言ってなかった?」
「ちがうのです。それはひとつ前の動きなのです」
パトリーシア嬢はマンツーマンでケルシーに踊りを教えている。
おじさんの披露したフォークダンスだ。
他にもあちこちで、わいわいと声があがっている。
そんな喧噪が心地いいおじさんであった。
「リー。ちょっといいかしら」
聖女だ。
今は近くに人がいない。
それを確認して、聖女が声をかけたのだ。
「どうかしましたか?」
「うん……実はね、変な夢を見たのよ」
「聞きましょう」
興が乗ってきたおじさんである。
夢の話など大抵はつまらない。
だが、このときばかりはおじさんの頭脳がピコンときたのだ。
なにかある、と。
「
と話す聖女である。
あの子が誰を指すのか、おじさんには理解できた。
マニャミィだ。
「なんかね、森の中にあの子がいて、でっかい恐竜みたいなワニに襲われてたのよ。なんかそれがすごくリアルでね。気になっちゃって」
「ううん……ひょっとすると予知夢かもしれませんわね」
聖女は神託を受けるほどなのだ。
ならば、予知夢を見てもおかしくないと思うおじさんだ。
――予知夢。
なんとも心躍る響きである。
おじさんはエンタメとしての都市伝説が好きなのだから。
例えば予知夢で有名な人だと、ババ・ヴァンガがいる。
ブルガリア出身のおばあちゃんだ。
おじさんがその名を知ったときには既に亡くなっていた。
幼い頃に竜巻の被害にあって失明し、それから予知能力を得たという人物である。
例えば第二次大戦の勃発やソビエト連邦の崩壊などを的中させたとも言われたり言われなかったり。
予言の多くが衝撃的なものだったことから、政府によって国家機密扱いを受けたというのが、なにかこう拍車をかけていると思う。
「……予知夢かぁ」
「エーリカは否定派ですか?」
「うんにゃ。どっちでもいい派。そもそもアタシの実家がほら……ね?」
確か由緒ある神職の家系だ。
しかも本家は祓魔の仕事をしていたというのだから。
もはや伝奇漫画の主人公みたいな生い立ちなのだ。
「なにか引っかかることでも?」
「んーなんかこうあんまり詳しく伝えるのもダメな気がするのよねぇ」
そういうこともあるだろう。
なにかしら聖女なりに感じ取っているのかもしれない。
「なら、適当にぼかしてみたらどうです?」
「ぼかすって言ってもどうするの?」
おじさんの言うことは理解できる聖女だ。
だが、ぼかして伝えるのを実践できないと思っている。
「と言われても困りますわね。わたくしはエーリカじゃありませんから、夢の詳細もわかりませんし」
「んーそうよねぇ」
クビをヒネっている聖女だ。
「例えばですけど、何かに気をつけなさいとか、そういうのでいいのではないですか?」
「おお! それいいわね! いただきだぁ!」
と、聖女はその場で紙に書きつけて、おじさんに渡してくる。
「これ、シンシャに渡しておいてくれるかしら?」
「承知しました」
と、おじさんがシンシャを召喚してしまう。
テケリ・リと鳴きながら、ぽよぽよと跳ねている。
そして編みかごをおじさんに渡すのだ。
みかんがいっぱい入ったやつである。
「ああ、そう言えば先日送っていましたわね。ふふ……お礼ですって」
マニャミィからの伝言を一読して、聖女に渡すおじさんだ。
「むほほ。やっぱり聖女バーガーの評判はいいわね!」
おじさんは聖女の言葉に頷きながら、シンシャに聖女からの手紙を送ってもらう。
「せっかくのいただきものです。休憩にして皆で楽しみましょう」
編みかごに山と盛られているのだ。
そのくらいの量は十分にある。
シンシャにもひとつ渡すおじさんであった。
テケリ・リ、テケリ・リと喜ぶシンシャだ。
「みかんと言えば懐かしいわね。冷凍みかん争奪じゃんけん大会が」
おじさんちで行われたものである。
ケルシーは一度も勝てなかったが。
聖女がみかんの皮をむきながら言う。
「この季節だと、やっぱりこたつが欲しくなるわね」
「ありますわよ?」
と、おじさんもみかんの皮をむきながら言う。
「え? 嘘でしょ? 作ったの?」
「ええ、作りました。こたつに入ってほうじ茶と一緒に楽しめますわ」
「……リーってば最高ね!」
聖女がビッと親指を立てる。
おじさんもニッコリだ。
「では、せっかくです。学生会室を冬仕様にしますか」
おじさんがニコリと微笑んだ。
そもそも学生会室は、おじさんが魔改造している。
なので室温の調整などもばっちりなのだ。
とは言え、だ。
やっぱり冬となると、もこもこした毛布とか。
そういうのが欲しくなる。
みかんを食べ終えてから、素材をだすおじさんだ。
この頃になると、さすがに学生会の面々も集まってくる。
「リー様、なにかなさるのですか?」
アルベルタ嬢だ。
「ええ、ちょっと学生会室を冬用にしようかと思います」
まずはと机の天板の裏につける暖房器具をだす。
こたつのあったかいところだ。
おじさんちでは既に導入済みである。
サロンはもちろんのこと、食堂や使用人の部屋に至るまでだ。
好評すぎて、現在は商会でも鋭意制作中なのだ。
「エーリカ、机の天板の裏にとりつけてくださいな。ぺたんと貼りつけるだけでいいですから」
「任せんしゃい!」
どんと胸を叩く聖女だ。
隣でケルシーも胸を叩いている。
一号と二号で作業に当たるようだ。
「次は毛布とクッションですわね。あとは敷物もだしておきましょう」
おじさんが手持ちの素材をだして、錬成魔法を発動させる。
一瞬で毛布だのクッションだのができあがった。
ついでに毛足の長い敷物もだ。
「あとは……そうですわ! この際ですから学生会室は土足禁止としましょう。スリッパも作ってしまいますわ!」
学園では基本的に土足である。
きちんと清掃をする係がいるから、清潔さは保たれているはずだ。
ちなみに学生会室は、所属する生徒の侍女たちが清掃をしている。
それでも念のために清浄化の魔法を使うおじさんだ。
ついでに素材をだして下駄箱も作ってしまう。
今回はスリッポンに近いものだ。
脱ぎ履きしやすく、もこもこがついていて暖かい。
ちゃんと侍女たちの分まで作るのがおじさんの気遣いである。
「他にも……」
と呟くおじさんに侍女が声をかける。
「お嬢様、その辺りにしておきましょう」
「そうですか?」
コクンと頷く侍女だ。
長年の付き合いがあるだけに、おじさんも納得する。
「では、皆さん。お好きなものを選んでくださいな」
スリッパである。
靴箱は侍女が学生会室の出入り口に運んでしまった。
冬用のブーツから履き替える学生会の面々だ。
その間に他の侍女たちがテキパキと敷物を敷いてしまう。
クロリンダの指示で机の天板を持ち上げて、毛布をはさむのも忘れない。
なかなかの連携であった。
ものの数分とかからずに、学生会室が冬仕様に変わった。
モノクロを基調とした落ち着いた色合いである。
ラグにブランケットもグレーやダークブルーといった感じだ。
「ふわああああ!」
お嬢様たちが声をあげた。
もこもことふわふわがたくさんあるのだ。
黒猫がさっそくとばかりに、こたつの下にもぐりこんだ。
頭をつっこんで足が伸びている。
しっぽもゆっくり横に振っているほどだ。
「いいぃいぃいいやっっふううううう!」
スリッポンに履き替えた聖女がラグに飛びこんだ。
「これよ! これぞ冬仕様!」
聖女が叫ぶ。
「いいぃいぃいいやっっふううううう!」
そこへケルシーも飛びこんでくる。
「だああああ! だから、なんでこっちくるのよ!」
前回は頭と頭がごっつんこした二人である。
だが、今回は聖女は寝転がった状態だ。
それが功を奏した。
聖女の足がケルシーのお腹のあたりに入ってしまう。
「ぐふう!」
さらにジタバタした聖女。
結果的に巴投げのような要領で、ケルシーがくるんとちょっとだけ回転してしまった。
ただ巴投げのように手を掴んでいない。
つまり、聖女の身体の上でケルシーの身体が回転したのだ。
そのまま落下して聖女のお腹にケルシーの頭突きが炸裂する。
「ぐふう!」
なんだかんだで平常運転の一号と二号だった。
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