第771話 おじさんの知らないところで冒険者たちは雨降って顔固まるのかい?


 マニャミィたちは野営地へと無事にたどり着いた。

 おじさんにお膳立てしてもらったのだから当然だろう。


 ついでに体力まで回復してもらったのだから。

 あと、気がつけばクルートのぬっちょぬっちょの靴も乾いていた。

 おじさんのせいである。

 

 野営地の見張りに立つ先輩冒険者に駆け寄るマニャミィたちだ。

 

「あの、ちょっといいですか?」


 先輩冒険者は男性と女性の二人組である。

 大事な説明はクルートに任せていられない、とマニャミィが声をかけた。

 

「おう。お前らは……確か東周りで小烏苔を採取しに行ってたんだよな。どうだ? ちゃんと採取できたか?」


 男性の冒険者が気軽に答えた。

 

「はい。依頼されたものは採取できたんですけど、ちょっと報告しておきたいことがありまして」


「ほおん。なにかしら?」


 女性冒険者の方が今度は口を開いた。

 

「実は……」


 と、マニャミィは報告を始めた。

 小烏苔の群生地の奥に、ダンジョンらしきものがあったことを、だ。

 

「中に入ってまでは確認していません。ですが、洞窟の奥が崩れて通路のようなものがありましたので」


「……なるほど」


 にぃと笑う先輩冒険者たちだ。

 

「ちゃんと報告を優先したのはいい判断だな」


「そうね。見習いはすぐに調子にのるからこういうところで死んじゃうことが多いのよ」


 無言で頷くマニャミィとヤイナだ。

 クルートは実にばつが悪そうな表情になっている。

 

「うし! じゃあ休憩させてやりたいけど、お前らはロザルーウェンに戻って組合に報告してくれ。イーダの森にダンジョンがあるなんて聞いたことなかったからな。たぶん未発見のものだと思う。報奨金もでるはずだ」


「そうね。私たちもたぶん手に負えない案件だから、東周りでの小烏苔採取はさせないようにしておくわ。組合から正式な依頼、恐らくは猛き王虎が調査をすると思うから、それまで近づけないようにしておく」


 先輩冒険者たちからの助言もあったことだ。

 マニャミィたち三人は素直にロザルーウェンへと戻るのだった。

 

 三人がロザルーウェンに到着したのは日が落ちてからだ。

 本来なら夜明けまで待つところだが、今回は急ぎで戻ったのである。

 すっかり魔力の戻ったヤイナが光球を使って周囲を照らしたのが大きい。

 

 ロザルーウェンの門番をする衛兵にも話をとおして中に入れてもらう。

 

「ほお……よくやったな。お手柄だぞ!」


 運良く組合には師匠の一人がいた。

 猛き王虎のリーダーで盾士をしている人物だ。


 名をガルマーと言う。

 筋骨隆々で、引退間近の今でも身体に衰えはない。

 

「ん! 組合の方ですぐにでも調査隊を派遣すべき」


 ヤイナだ。

 その場にいた組合の職員もそのつもりのようだ。

 

「ガルマーさん、組合から緊急依頼をだしてもかまいませんか?」


 猛き王虎のリーダーは、にぃと笑った。

 

「おう。任せてくれ。この年になって未知のダンジョンとはな、血がたぎる!」


「では、皆さん準備もあるでしょうから一刻後に組合に集合してください。あ、クルートくんたちはお疲れさま。組合の方で依頼の達成とはべつに報奨金もだすから。よく報告してくれたね」


 組合の職人はえびす顔である。

 ダンジョンが見つかったともなれば、それはもう笑顔にもなるだろう。

 さらに稼げるチャンスがきたのだから。

 

 後日、報奨金を手にしたマニャミィたちは驚くことになる。

 こんなにもらってもいいの、と。

 

 ちなみに小烏苔の群生地で発見されたのは、やはりダンジョンだった。

 それも猛き王虎ですら苦戦するほどの難易度の。

 結果的に、マニャミィたちが正解だったのである。


 組合での報告も終わり、納品をすませてから寮へと帰る道すがらだ。

 クルートが切りだす。

 

「なぁ、ちょっと聞いてもいいか? お前らが言ってた雇ってもらう公爵家ってさっきの人のところ?」


 返答の前に質問をするクルートだ。

 

「そうよ。王都から帰る前にね、ちょっとした縁があったの。神殿の聖女様とも知り合ったのはそのときね。ってかさっきの人とか言うな。命の恩人なのは置いておいても、相手は公爵家のご令嬢なんだからリー様って呼びなさいよ、バカ」


 神殿の聖女とは蛮族一号のことである。

 マニャミィからすれば、前世の姉でもあるのだ。

 

 だが、その辺は言うつもりがない。

 今回は姉のお陰で助かったと言えるのだろうか。


 依頼を受ける前に気をつけろという手紙をもらった。

 ひょっとしたら神託の類いがあったのかもしれない。

 

「ほおん……対校戦のときもスゴかったけど……何者なんだ? あの馬鹿でかい森ワニを瞬殺だぜ? しかも初級の氷弾で」


 クルートは思いだすように目を閉じる。

 

「ん! あれは氷弾じゃない」


 ヤイナが口を挟む。

 

「いや、氷弾だったろうよ」


「氷弾だけど氷弾じゃないってこと?」


 マニャミィが聞き直す。

 

「ん! あれはリー様独自の術式が使われてる。魔法陣からほとんど解析できなかった!」


 もう呆れるしかないマニャミィだ。

 クルートも同様だろう。

 

「確か対校戦のときは魔法禁止だったっけ? なめたことしてくれると思ったけど、あんなもん見せられたらなぁ」


 対校戦は使える魔法が中級まで。

 初級の氷弾は使えてしまうのだが、間近で見たあの威力。

 あれが自分にむけられるかと思うと、身震いしてしまうクルートだ。

 

「絶対に勝てねえ……」


「対校戦のときに見たでしょ? 格闘術だけでも勝てないわよ。一瞬で十五人抜きをしたのよ」


「なんつうかもう反則だな。これであと三年は王都の学園が優勝するのが決まったようなもんだろう」


「……それはそうね」


 マニャミィは思う。

 チートとかそういうレベルじゃない、と。


 マニャミィだって転生者だ。

 多少の恩恵は受けているのだが、そんなレベルではない。

 

「ん! いつかリー様に魔法を教えてもらいたい!」


 ヤイナは前向きなようである。

 というか、今回の件でよりおじさんに心酔したのだろう。

 

「ところでよう」


 ちょっと声が小さくなるクルートだ。

 

「なによ?」


「あの件だけど……その」


 言いにくそうにするクルートだ。

 もちろんマニャミィだって、ヤイナだってわかっている。

 パーティーをクビにするといった件だ。

 

「その……なんだ」


 頭をガシガシと掻くクルート。

 

「はっきり言いなさいよ」


「おう……クビってやつなかったことでいいかな?」


 クルートが足をとめた。

 うつむいている。

 その表情からは反省していることが見てとれた。

 

「さぁどうしようかしら?」


 マニャミィが言う。

 

「う……」


 言葉に詰まるクルートだ。

 自分が悪かったことは理解している。

 だから――再度、頭を下げた。

 

「オレは、いや、オレが悪かった。本当に反省してる。だから、一緒にやっていってくれ。居心地がいいんだよ、お前らとは」


 最初は嫌だった。

 なんで女二人と組むんだとも思ったのだ。

 だが、他の面子では居心地がよくなかった。

 

 クルートの実力は頭一つ抜けている。

 見習たちの中では。

 

 だから他の面子とパーティーを組むと、しんどいのだ。

 肉体的にではない。

 精神的にである。

 

 常に頼られ、なにをするにでもクルートの意見が優先されるのだ。

 右も左も分からない状況でも、クルートの双肩にすべての責任がのしかかってくる。

 

 その状況に嫌気がさしたのだ。

 だが、マニャミィとヤイナはちがった。

 

 この二人も見習いの中では抽んでている実力を持つ。

 だから三人が対等だ。

 バカだと言われても、決して無視されることはない。

 

 それが心地よかったのである。

 だから――冷静になってパーティーを首になることを考えると、ものすごく怖くなったのだ。

 

「ま、そこまで言うなら仕方ない。けど、クルート。次に暴走したら本当にクビにするわよ? 今回だけだからね、見逃してあげるのは」


「ほんとか!」


「ん! クルートはどうしようもないバカだけど、やるときはやる。必要」


 ヤイナからもお許しがでた。

 

「よっしゃあ! じゃあ飯でも食いにいこうぜ。オレがおごるからよ!」


 有頂天になるクルートだ。

 そのまま足をいつもの店にむけて歩きだす。

 

「ちょっと待ちなさい。あんたどこ行こうっての?」


「ん? 腹ぼて水鳥亭。いつもの飯屋だ」


 即答するクルートに対して、はぁとこれ見よがしに息を吐くマニャミィである。

 

「こういうときは誠意をみせなさいよ。誠意ってやつをよう」


 マニャミィがヤイナと肩を組んだ。

 

「ンだよ? 誠意って?」


 頭の中を疑問でいっぱいにするクルートである。


「ついてきなさい、財布係!」


 マニャミィたちがむかったのは猛き王虎御用達の高級店だ。

 とっても美味しい食事ができる。

 が、お高いんでしょう? というお店だ。

 

「ちょ。無理! 無理だって!」


「誠意ってなにかね?」


「なにかね!」


 女性二人にタッグを組まれては分が悪すぎる。

 ぐぬぬとなるクルートだ。

 

 その日。

 クルートの財布はすっからかんになってしまうのであった。

 自業自得とはいえ、女性の恐ろしさを知ったクルートである。

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