第770話 おじさんの知らないところで冒険者たちは命の危機に陥るも……
マニャミィが思い切り、森ワニの背中に拳を振り下ろす。
ありったけの身体強化をかけて。
がごっと岩のような鱗を砕くことはできた。
だが、それだけだ。
森ワニにはダメージがとおっていない。
「一発でダメなら二発目じゃあああい!」
と、拳を振りかぶったときである。
森ワニが跳ねた。
十メートルもある巨体がほんの一メートルほどではあるが跳んだのである。
「なんでえええ」
浮遊感に包まれてマニャミィの身体も浮く。
そして、どずんと地鳴りを起こすような音と同時に衝撃があった。
「ちょ……まずっ……」
森ワニの背中で立っていられなくなるマニャミィだ。
そのままごろんと転がって、転がって落ちた。
地面に落ちたマニャミィが見たのは、巨大な顔だった。
森ワニの。
振り落とされた場所が悪かった。
ちょうど目の前である。
がぱぁと森ワニが大きな顎をあけた。
長く、鋭い牙がならんでいる。
こんなんで噛まれたら、ひとたまりもないだろう。
【結界!】
咄嗟に結界を張るマニャミィだ。
ほぼ同時に、森ワニの口が閉じる。
「ふぎぎぎぎ!」
森ワニの長い口の先端で結界に包まれるマニャミィ。
ちょうどボールをくわえているような状態だ。
「……マニャミィ」
魔法を練り上げる途中だが、ヤイナは見た。
マニャミィが心配するな、というように親指を立てたところを。
どちらにしても、今のヤイナができることは少しでも早く魔法を完成させることだけだ。
助けに行きたくても、その手段がないのだから。
魔法で決着をつける以外にはないのだ。
だが、親友が今にも食われるという場面である。
見てしまった以上、心が揺れてしまう。
「!」
そのときヤイナの目に森ワニに飛びかかる人影が見えた。
「待たせたなぁ! おらああああ!」
クルートの声が響くと同時に、森ワニの背中に剣を突き立てていた。
奇しくもマニャミィが鱗を砕いた場所だ。
赤黒い血が飛び散った。
「ごああああ」
森ワニが叫声をあげる。
その隙をついて脱出するマニャミィだ。
「必殺! 火炎剣!」
クルートの剣が炎に包まれる。
これが彼の本来の能力だ。
放出する魔法は得意ではないが、武器にまとわせることはできる。
「ごああああ」
森ワニは再度、跳んだ。
ほんの少しの浮遊感と衝撃。
しかし、クルートは振り落とされなかった。
がっつり剣を握って耐えきったのだ。
さらに剣を押しこんでいく。
ぐずぐずと肉の焼ける音がする。
「おらあああああ!」
クルートが叫ぶ。
同時にマニャミィも声をあげた。
「クルート、退避なさい!」
「弁舌家ギ・レンの虚偽から生まれ、狂戦士ド・ズルーの怒れる鉄槌をもって裁かん!」
ヤイナの詠唱が終わった。
【
森ワニの周囲を囲むように四本の柱が屹立した。
その柱から幾条もの雷撃が走る。
空気を破るような轟音だ。
マニャミィとクルートは見守ることしかできなかった。
ヤイナが放てる最大の呪文であった。
放つまでに時間がかかる上に、魔力をバカ食いするのだ。
威力こそあっても、継続して戦闘する場合には使えない。
だが、この場では手札を切るしかなかった。
森ワニが叫んでいるのか。
あるいは雷による轟音か。
閃光が辺りを包んで魔法の効果が切れる。
同時にヤイナは膝をついてしまった。
息が荒い。
いや、ぜひーぜひーと呼吸するのもままならない消耗具合だ。
閃光が収まり、マニャミィたちは見た。
森ワニは沈黙している。
死んだのか。
死んでいないのか。
今の時点では判断がつかない。
ただ、ぷすぷすと煙があがっている。
「もったいないけど、今のうちに行くわよ! クルート!」
背嚢を背負って、鞄を肩にかける。
さすがにこの荷物は置いていけない。
「わかってる! 任せとけ!」
今にも倒れそうなヤイナを背負うクルートだ。
仲違いはしたとは言え、培ってきた連携まで失われたわけではない。
「撤退するわよ」
走りだすマニャミィだ。
今回は先頭を行く。
でこぼこした地面を確かめつつ進む。
「ごあああああ!」
森ワニの叫声だ。
それも一匹じゃない。
複数の叫声が周りから聞こえてくる。
さっきの魔法の音?
あるいは縄張りみたいなもの?
「か、かこ……まれてる」
探知の魔法を使ったのだろう。
ヤイナが途切れ途切れに言う。
囲まれてる?
あんな怪獣がいっぱいいるの?
頭をフル回転させるマニャミィだ。
どう考えてもまずい。
なんでこんなことになっているのかわからない。
森ワニがいることは聞いていたけど、群れになっているなんて聞いていなかった。
いや、冒険者の仕事は常に予想どおりにいくわけではない。
だから命がけなのだ。
「どうしよう……お姉ちゃん」
マニャミィは自分を奮い立たせる。
絶望したってなにも始まらない。
だけど。
それでも状況は非常に悪いのだ。
「テケリ・リ、テケリ・リ」
マニャミィが立ちすくんでしまった。
が、肩掛けの鞄からシンシャがでてきた。
「シンシャ?」
そのときであった。
シンシャがぺかーと光る。
「……そういうことですか」
制服姿のおじさんであった。
シンシャに呼ばれて、転移してきたのである。
周囲を見て状況を察したのだろう。
「元気では……ないようですわね」
マニャミィに声をかけるおじさんだ。
ついでに三人に治癒魔法をかけてしまう。
「リ、リー様?」
「シンシャが呼ぶのできてみました。なんですか、あの大きなワニさんは? まぁ地竜よりは弱そうですわね」
【氷弾・改三式】
おじさんの背後に巨大な魔法陣が出現する。
パチン、と指を弾くおじさんだ。
間近に迫っていた森ワニへと氷弾が飛ぶ。
きゅいん、と甲高い音がしたかと思うと、めぎょと音が鳴る。
森ワニの額から氷弾が貫通したのだ。
ビクビクと痙攣した森ワニが倒れる。
さらに、おじさんの放った氷弾は森ワニを貫通して後ろの巨木にも穴をあけてしまった。
「ちょっと威力が強すぎますか」
ぱちんと指を鳴らして射出した氷弾を消すおじさんである。
「さて、残りも片付けてしまいましょうか」
ふわりと宙に浮くおじさんだ。
そこから精密な殲滅が始まった。
スナイパーのごとく氷弾を使って森ワニを撃ち抜くおじさんだ。
一瞬であった。
マニャミィたちが絶望した状況は雑魚狩りの場と化したのである。
「シンシャ、食べてみますか?」
「テケリ・リ、テケリ・リ!」
ぽよぽよと跳ねて、シンシャが森ワニの死体にむかって身体を伸ばした。
巨大な森ワニの死体を覆って、すべてを消化してしまう。
どうやら一体で十分のようである。
「まぁ! それだけでいいのですか?」
「テケリ・リ、テケリ・リ!」
と、おじさんの元に戻ってくるシンシャだ。
シンシャを抱き上げて、おじさんが魔力を与えてやる。
小さなシンシャがぷるぷると震えた。
ぐににぃと身体を伸ばして、五つに分裂する。
「シンシャが増えましたわね。こちらの子はわたくしが預かっておきますので」
森ワニを掃討したおじさんが、ニコリと笑った。
「このワニさんたちは、もらっていっていいですか?」
コクコクと頷く三人である。
どうせ残ったところで、自分たちには運ぶすべすらないのだから。
短距離転移を駆使して、森ワニの死体をすべて宝珠次元庫にしまうおじさんだ。
「こんなものでしょう。いい素材が手に入りました。あなたたちはどこまで行くのです? 送ってさしあげましょう」
もはや急展開すぎて頭が追いつかないマニャミィたちだ。
「ええと……その野営地の手前まで送っていただけると助かります」
なんとか絞りだす。
マニャミィはもう何がなんだかわかっていない。
「それはどちらにありますの?」
平常運転すぎるおじさんだ。
マニャミィたちから地図を見せてもらって、ふむと頷く。
「バベル、お願いしますわね」
『承知したでおじゃる』
その数分後、マニャミィたちはイーダの森の外縁部にいた。
もうちょっと行けば野営地が見える場所だ。
「ここでいいでしょう。マニャミィ、エーリカにお礼を言っておくといいですわよ。では、ごきげんよう」
そう言って、転移で姿を消してしまうおじさんである。
「あ、ありがとうございました!」
おじさんが居た場所に頭を下げるマニャミィだ。
訳がわからない。
でも……それでもスゴいと思うのだ。
「ん! やっぱりスゴい」
「な、なぁ。今のって王都の学園にいた人だよな?」
名前までは覚えていない。
が、対校戦の決勝戦で見た覚えがあるクルートだ。
「リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワ様よ。覚えておきなさい」
「お、おう……それとさっきは悪かった」
「許してあげない」
「ん! 同意! クルートはすぐに調子にのる!」
マニャミィとヤイナの二人は笑った。
「……悪かったよ。マジで反省してる」
頭をガシガシと掻くクルートだ。
「まぁその話は後でいいわ、野営地に戻ってダンジョンかもしれないって報告しなきゃね」
「ん!」
三人は野営地にむけて足を進めるのであった。
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