第769話 おじさんの知らない冒険者たちの仲たがい
イーダの森にある小烏苔の群生地。
そこは土の洞窟であった。
――群生地の奥。
壁が崩れて、ダンジョンらしきものを発見したマニャミィである。
「いや、オレだってマニャミィの意見には賛成だぜ? でもさ、ちょっと探索してみないと、そこがダンジョンかどうかわかんないじゃん」
クルートがやけに早口で言う。
が、マニャミィとヤイナの二人は冷え切った目をしていた。
「クルート。ここが分かれ目よ。私とヤイナは戻る。もし残って調査したいって言うなら、あんたはクビ。私たちは当面二人で活動するから」
バカが、と吐き捨てたいのを我慢するマニャミィだ。
その代わりに言葉を紡ぐ。
「あのね、あんたの言ってることはわからないでもないの」
だろう? とクルートが言う。
そのまま言葉を続けようとしたが、マニャミィが手で制した。
「あんたが言ってるのは、それなりの実力がある人がやることなのよ。確かに私たちは期待されているわ。実際に同期の中だと、現時点でいちばん強いパーティーだと言える」
コクコクと頷くヤイナだ。
「でもね。それってあくまでも見習いの中での話なのよ。実際にはまだ育成学校の生徒なわけ。でもって卒業して冒険者として働いている先輩たちとは比べものにならないくらい弱い」
「でもよ! 未発見のダンジョンかもしれないんだぜ?」
わかるよ、とマニャミィは言う。
新しくダンジョンを発見したともなれば、クルートたちの名は売れる。
だが未発見だからこそ、どんな危険があるのかわからない。
自分たちの手に負えない魔物がでたら? 致死性の罠にかかったら?
絶対に対処できないのだから。
「あんたの言うこともわかる。魅力を感じていることだって理解できる。だけど、私たちじゃ死ぬ可能性が高いのよ。それだけの話。納得いかないかもしれないけど、私たちは弱いの」
クルートは顔を真っ赤にさせている。
「もう一度だけ言うわよ。もし、あんたがどうしても調査したいって言うならとめない。でも、私たちは一緒には行かないし、危険を承知でダンジョンに挑むほどバカじゃないの。だから、選びなさい」
私たちと帰るか、あるいは残るのか。
「た、例えば! 今は調査はしないけど、オレがここに残って先輩たちと一緒に調査するっていうのは?」
「好きにしたらいいわよ。ただし、私とヤイナはもうあんたに関わらない。パーティーからも抜ける」
「なんでだよ!」
クルートの感情が爆発してしまった。
彼とて頭では理解しているのだ。
マニャミィの言っていることは正しい、と。
だが納得できないのだ。
冒険者として憧れたものが目の前にあるのだから。
今、目の前にあるものをみすみす逃していいものか。
「……わかった」
ヤイナはもうクルートを見切ったようである。
くるりと背を向けて、一歩前へと進む。
「クルートは底なしのバカ」
いこ、とマニャミィに声をかけるヤイナだ。
「……そうね。もう行きましょう。早く先輩たちに知らせた方がいいもの」
マニャミィもくるりと背を向ける。
小烏苔はしっかりと調達したのだ。
保管のための処置をして、魔法もマニャミィがかける。
「クルート。これが本当に最後よ。どうするの? それと言っておくけど、もしついてきても道中でダンジョンのことで愚痴っても終わりだから」
「な!?」
「当たり前でしょう? 愚痴を言われたって私たちの気分が悪いだけだもの」
くうぅぅううと声をだして唸るクルートだ。
「わかった! もういい! オレはここで先輩たちを待つ!」
素直になれないお年頃なのだ。
だって十四歳なんだもの。
だが、冒険者に年齢は関係ない。
どんなときであっても冷静に考えることが鉄則だ。
「そう。なら、いいわ。師匠たちには私から報告しておくわ。これまでありがとう、小烏苔の納品も師匠にお願いしておくから心配しないで。じゃあ、さよなら」
「さよなら」
とマニャミィたちは背を向けて、歩きだす。
クルートを振り返ることもない。
ちぃっと舌打ちをするクルートだ。
「どうすりゃよかったんだよ」
自問である。
でも、答えはわかっている。
ただ意地を張ったのだ。
確かによく考えもせず、調査しようと言った。
でも、あんなに頭ごなしに反論されるとも思ってなかったのだ。
どこかで二人は付いてきてくれると思っていた。
でも、そうじゃなかったのだ。
彼女たちは危険があるから、と冷静に判断した。
それのなにが冒険者だという思いといらだち。
自分勝手な感情だと思う。
だけど、とめられなかった。
素直にマニャミィたちの言葉を受け入れられなかった。
だって今回は迷惑ばかりかけていたから。
それもこれも自分のせいだ。
クソっと呟いて、クルートは洞窟の外にでる。
地面にドスンと腰を下ろして、重い重い息を吐く。
イライラが収まらない。
じっとしていられなくて立ち上がった。
ちぃ……。
どうして、オレは。
ダンジョンを見る。
そして、森を見て……。
一方のマニャミィたちである。
彼女たちは身体強化を駆使して、森を抜けていく。
さすがに走って抜けていくのは無理だ。
地面がでこぼこすぎて、絶対に転ける自信がある。
だからなるべく早く、歩きながら森を抜けようとした。
「……あのバカ!」
悪態をつきながら早歩きをするマニャミィだ。
「ん! バカにつける薬はなかった」
マニャミィに同調するヤイナである。
「でも、バカがバカをして死なれちゃ目覚めが悪いわ」
「ん! 完全に同意!」
「最速で帰って、先輩たちに報告しな……」
「ん! マニャミィ、敵探知! 大きい!」
鋭い声がヤイナから飛ぶ。
大きい? まさか、と思うマニャミィである。
「迂回できそう?」
「無理。むこうも気づいているから追ってくる」
ヤイナの言葉の途中で、樹上が揺れた。
反射的に目をむけると、伸腕猿たちが樹上を逃げている。
「まさか! 森ワニ?」
湿地帯に住むワニに似た魔物である。
体長は十メートル前後。
脚は八本もある。
マニャミィからしたら恐竜と同じだ。
逃げるにしても、このまま湿地帯に行くのは無謀だろう。
陸上でこそ鈍重な森ワニだが、水中では速く動けるのだから。
なら森の中を進んで逃げるか。
そちらも無理だ。
だって、マニャミィたちが持っているのは東周りの地図のみ。
全体図は持っていない。
森の中を進むのも危険だと言える。
「そろそろ、くる」
「ったく、やるしかないっての?」
勝てるか。
正直なところ、マニャミィにはわからない。
決定的な火力はヤイナがいればなんとなりそうだ。
だが、ヤイナが火力をだすには、ある程度の時間がかかる。
それまで自分が引きつけないといけない。
こういうときに、あのバカがいればと思う。
まだクルートがいれば、時間稼ぎはしやすい。
だが無いものをねだってもどうしようもないのだ。
今ある手札で勝負しないといけない。
「ん! 一撃必殺でいく! マニャミィ、頼んだ!」
ヤイナが真っ直ぐに視線を送ってくる。
信頼がこめられた目だ。
マニャミィは頷いた。
「やるしかないか!」
少しでも身軽になるため背嚢と肩掛けの鞄を置く。
そして、短槍を構える。
身体強化と結界を使う。
あとは治癒魔法を使いつつ、牽制して時間を稼ぐ。
「ヤイナ」
こつんと二人が拳を合わせた。
「ぐおおおお!」
森ワニだ。
口を大きく開けている。
やっぱり恐竜にしか見えない。
「上等! やったらあああああ!」
短槍を前に構えて、吶喊するマニャミィだ。
ヤイナは詠唱に入る。
「だらっっしゃあああああああ!」
巨木の間から姿を見せた森ワニも戦闘態勢だ。
上下にあけた巨大な顎。
赤黒い口中に魔力が集まっていく。
「うそでしょ! 魔法使うの!」
前へ進む足をとめる。
そして結界魔法を発動するマニャミィだ。
まともには受けない。
斜めにして結界を展開してそらす。
カッと森ワニの口中が光った。
水のブレスだ。
マニャミィの張った結界に鉄砲水のごとき水流が当たる。
「くううぅぅぅうううう!」
思っていたよりも衝撃がある。
結界がもたないかもしれない。
が、マニャミィの後ろにはヤイナがいるのだ。
彼女は今、マニャミィが守ってくれると信じている。
だから、詠唱にすべての意識を使っているのだ。
へこたれるわけにはいかない。
どんなに相手が強くても。
「おらああぁあああああ!」
ずるずると踏ん張っていた足が後ろにすべっていく。
圧に負けているのだ。
結界がミシミシと音を立てている。
斜めにしてそらしていても、これだけの威力だ。
ぎりぎりだ。
が、森ワニのブレスもそこで止まった。
ふぅふぅと肩を激しく上下させるマニャミィだ。
だが、森ワニは忖度なんてしてくれない。
バキバキと巨木をなぎ倒す尻尾の一撃だ。
この軌道ならヤイナには当たらない。
そう判断したマニャミィは目一杯の身体強化で跳んだ。
空中に逃れると同時に、頭上にあった巨木の枝を蹴る。
目指すは森ワニの背中だ。
短槍を構えて、突き刺す。
ゴツゴツとした岩くれのような背中だ。
「死ねごるらああああ」
力をこめて森ワニの背中に短槍が――刺さらなかった。
金属音がなって、短槍が折れる。
「な!?」
槍の穂先がクルクルと宙を舞う。
「諦めるかぁ、ボケこらぁ!」
残った槍を捨てて、マニャミィは拳に魔力を集める。
そして――森ワニの背中を殴りつけるのだった。
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