第767話 おじさんの知らないところで冒険者たちは悪戦苦闘する
マニャミィたちのパーティーはバランスがとれている。
ちょっぴり魔法が使える剣士のクルートが前衛。
天才魔法少女を自称するヤイナが後衛だ。
そして治癒魔法を得意とする遊撃のマニャミィ。
聖女と似てか、マニャミィは身体能力が高いのだ。
槍をもって戦わせれば、剣士のクルートでは勝つのが難しいほど。
ただ現状ではマニャミィの負担が大きい。
なので、盾役と遊撃手として活躍できる斥候がほしいのだ。
魔物の数が多いときは、マニャミィが回避型の盾役をこなしている。
人数が少ないということは、それぞれが複数の役割を担う必要があるからだ。
そうした意味では、バランスが悪いと言えるかもしれない。
要であるマニャミィが動けないと、一気に崩壊することもあるのだから。
「しっかしよぅ」
じゃぶじゃぶと水音を立てながらクルートが言う。
踝辺りまで水かさがある湿地帯を歩いているのだ。
「これじゃあ東周りは人気ねえのがわかるな!」
イーダの森の東側には湿地帯がある。
魔物の数はさほど多くはないのだが、やはり湿地帯を歩くのは面倒だ。
足も冷たくなるし、なにより水で濡れてしまう。
特に冬もめっきり近くなったこの季節は外したいルートだ。
「あんたの言うとおりだけど。それを言っても仕方ないでしょうが」
マニャミィだ。
今回はタイミングが悪かったとも言える。
小烏苔の採取で先乗りされたのだから文句を言うこともできないのだ。
「ん! クルート。三時の方向から沼百足が二匹」
探知ができる魔法を使っているヤイナだ。
「おっしゃ、任せとけ!」
ざぶざぶと水音を立てて、走っていくクルートである。
「あのバカ、なんで走っていくのよ」
「バカだから」
辛辣な女性陣二人であった。
ただ同時にクルートの実力を信頼もしているのだ。
沼百足。
小型の魔物である。
大きさは五十センチくらいの虫型の魔物だ。
「だりゃあああ!」
クルートの声が響いた。
見れば、空中で百足を真っ二つにしている。
もう一匹の方も無難にしとめたようだ。
「あいだだだだ!」
はぁと息を吐くマニャミィだ。
大方、最初に斬った方の沼百足に足を噛まれたのだろう。
クルートは水に濡れるのを嫌って、ズボンの裾をまくっていたから。
「ちょっと行ってくるわね。ヤイナ、周囲の魔物は?」
「ん! 今は大丈夫」
確認をとってからマニャミィも走った。
短槍を背中から引き抜いて、クルートの足を噛んでいる魔物の頭を貫く。
「バカ! 虫系は死なないから頭を潰せって言われてるでしょうが」
「いや、あいつら飛んでくるとか思わないだろ!」
はぁとまた息を吐いて、マニャミィは言う。
「いちおう解毒の魔法をかけておくわ。沼百足は毒が少ないってことだけど、なにがあるかわからないからね」
と、解毒の魔法を発動するマニャミィである。
「悪いな。まぁ次は見てろって」
「はいはい、自称勇者様」
何度か沼百足を撃退しつつ、クルートたちは湿地帯を抜けた。
思っていたよりも時間がかかっている。
本当なら服も乾かしたかったが、今は仕方ない。
簡易の天幕を張って着替えるだけですませる。
特に重要なのは靴だ。
濡れたままだと色々と支障をきたす。
避けたいのは塹壕足である。
水虫やしもやけよりも、重度の症状だ。
放置していると歩けなくなるほど痛みがでる。
こうした知識は経験則として知られているので、まともな冒険者は荷物が圧迫されようがしっかりと対策するものだ。
「だから! なんであんたは替えの靴も、靴下も持ってきてないのよ!」
本日、何度か目の怒鳴り声が響いた。
発生元はマニャミィである。
対象は正座させられているクルートだ。
「東周りで行くなんて聞いてねえもん」
またもや大きく息を吐くマニャミィだ。
「あのね、靴下くらいならいいわよ。大きさは合わないだろうけど、私かヤイナのをあげるわ。でも、靴はどうにもならんでしょうが」
「いや一日くらいならなんとかなるかなーって」
さすがにマズいと思ったのか、ちょっと素直になるクルートだ。
その言い訳を聞いて、すぅと目を細めるマニャミィである。
「ほな、あれか。お前、今日一日でロザルーウェンまで帰るんか、おう?」
なぜか関西弁で怒り始めるマニャミィだ。
「いや、それはちょっと無理かなぁって」
どちっと盛大な舌打ちが女性陣からでた。
「師匠たちも言うてたよな、靴が濡れたままはヤバいって」
「はい……忘れてた、いや忘れてました!」
「冒険者なめんな、おらああ!」
ぶげら、と吹き飛ぶクルートであった。
「こんなことで時間をとってられないわね……クルート、靴下だけでも替えておきなさい。それとできる限り、靴を乾かしたいけどヤイナできる?」
「ん! 火の魔法を使ったら革が縮む!」
「水の魔法で水分を抜いたりできない?」
「無理! それには腕が足りない」
「なら、クルート! 足に異常を感じたらすぐに言いなさい。治癒魔法で対応するわ」
聞いてるの! と返事がないクルートに声が飛ぶ。
仰向けになって地面に倒れているクルートが、ぷるぷると震える腕を掲げていった。
「……すまん」
「帰ったら、バカが治る魔法を開発しなくちゃいけないわ」
「ん! バカにつける薬はない」
ぐちょ、ぐちょ、ぶほっ。
クルートが歩くたびに湿った音がする。
ぬちょ、ぬちょ、ぶがっ。
その音が耳障りな女性二人だ。
「イラッとくるわね。あの音」
「ん! 完全に同意!」
マニャミィの言葉に頷くヤイナだ。
一方でクルートは聞こえないふりをしている。
こういうときに口出しすると、二人から攻撃をされるのだ。
ましてや今は冒険のさなかである。
どこからも援軍はこないのだ。
だから、身を縮めてそっとやりすごすだけである。
そのくらいの知恵はあるのだ。
だが、クルートの浅知恵にまたもや女性陣はイラッとくる。
素直にごめんと言えば、かわいいものを。
しれっとしているその態度がイライラを増加させるのだ。
二人は心に誓った。
絶対にクルートには至上の甘味をわけない、と。
身支度を調えたクルート一行はイーダの森の中に入っていた。
湿地帯を抜けたあとは、森の中を歩いていくのだ。
目的の小烏苔はだいたい二時間ほど進んだところに群生している。
ただ面倒なのが、伸腕猿のテリトリーを抜けることだ。
それと数が多いのがヘビである。
やはり湿地帯と陸地の部分には多くいるのだ。
加えて、たまにワニみたいな魔物もいる。
こいつは中級レベルになるが、ほとんど姿を見せない。
また中級にしては足が遅く、見習いの足でも逃げられるのだ。
なので、さほど脅威だと思われていない。
問題なのは伸腕猿。
分類としては下級になる魔物だ。
両腕がつながっていて、左手を縮めて右手を伸ばすことができる。
その逆もしかり。
あまり好戦的ではないのだが、樹上から糞を投げつけてくるのが得意だ。
怖いというか、うっとうしい魔物だと言えるだろう。
イーダの森の中には巨大な広葉樹が多い。
マニャミィからしたら、どこかの神木というクラスの大きさだ。
張っている根も太く、地面がでこぼことしている。
陽の光も遮られて薄暗い中を、クルートを先頭にして歩く。
「やっぱ、この森は歩きにくいな!」
そこそこ大きな声でしゃべるクルートだ。
ぬっちょぬっちょという音も続いている。
「声がでかい。魔物に気づかれたらどうするのよ」
「ここらは伸腕猿の縄張りだったけか? あいつらうざい……」
べちゃと音がして、クルートの顔になにかが当たった。
もちろん猿の糞である。
「くっさああああああ!」
クルートの声に伸腕猿たちが木の上で手を叩いて喜んでいる。
「ぶほほ! ぶほほ!」
にちゃあとした表情で伸腕猿たちは嘲笑するのであった。
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