第766話 おじさんの知らないところで冒険者たちは依頼をうける


「先に言いなさいよ! このバカ!」


 マニャミィの私室に女性二人の怒号が響く。

 もちろん、クルートのやらかしのせいだ。

 

「いや、だってよ。言うタイミングなかったじゃねえか。忘れてなかっただけマシじゃねえ?」


 悪びれもせずに言うクルートである。

 確かに会話の流れとしては自然だったと思う。

 

 だけど、依頼のことは別だ。

 

「うっさい、バカ。その依頼ってどんな内容なのよ?」

 

 とりあえず話の内容を確認しないと話にならない。

 なのでマニャミィが確認する。

 

「ん! さっきのお土産とはまた別の話。無理そうだったら受けない」


 しっかり釘を刺しておくヤイナだ。

 それはクルートも同意である。

 

「実はな、今、王国でいちばん人気の薬って知ってるか?」


「このバカ! 違法薬物に手を出そうって言うの!」


 カッときて思わず、立ち上がるマニャミィだ。

 こっちの世界にもいろんな薬がある。

 というか前世よりもヤバい薬があるのだ。

 

「ちげえって。そういうんじゃなくて、一般的に売りにだされてる薬。水虫の薬なんだけどよ」


 それならそうって言いなさいよ、と腰を落ち着けるマニャミィ。

 

「王国貴族を中心に出回ってる薬でな。それがもうめちゃくちゃ人気らしいんだよ」


「ん! 師匠もほしいって言ってた」


 上級の冒険者である猛き王虎が彼女たちの師匠だ。

 

「え? そうなの?」


 マニャミィが目を丸くして驚く。

 水虫の薬ねぇと呟いている。

 

「でな、まぁうちの親爺も手に入れたいって言ってんだが、なかなかこっちには回ってこねえみたいでな。ただ、親爺の上役が伝手を使って、二個手に入れたわけよ」


「で、一個譲ってもいい、と?」


 マニャミィが先を促した。

 頷いてから、クルートが再び口を開く。

 

「そうなんだけど、千年大蛇の干し肉と交換だって言われたんだよ」


「聞いたことない。と言うか、私たちじゃ千年大蛇なんて狩れない」


 自分たちどころか、師匠たちの案件だと思うヤイナだ。

 

「オレも同じこと言ったよ。そりゃ師匠たちに依頼しろって。そしたらさ、親爺が言うわけ。こっちも売りにだされてるって」


「嘘でしょ。千年大蛇なんて市場に出回るもんじゃないでしょうに」


 冷静にツッコむマニャミィだ。

 

「いや、これがなぁ。親爺も実物は見たことがないらしいんだが、王都じゃ出回ってるって話でな。で、さっきの土産を持ってきたうちの親戚に話がつながるんだよ」


 女性陣が黙ってクルートを見た。

 続きを話せということだ。

 

「うちの親戚。叔父さんなんだけどよ、いつもは北方を中心に回ってるわけ。だけど王都で新しいものが色々と売られてるって話を聞きつけてな。それで王都に足を伸ばしてたんだよ」


「――だから千年大蛇の干し肉のことも知ってたのね。で、私たちはその干し肉を入手してきたらいいの?」


 さすがに王都までまた往復するのは面倒だなぁと思うマニャミィだ。

 ヤイナも恐らくは同じことを考えているのだろう。

 ほう、と息を吐いている。

 

「先回りすんなって。それも間違ってんし。千年大蛇の干し肉は叔父さんが持ってたんだよ。たまたま買えたからって。でな、本題はその叔父さんからの依頼なわけ」


 じいっとクルートを見る二人だ。

 同時に息を吐いて、言った。


「今までの前振り要らないじゃない!」


 んーと首を傾げるクルートだ。

 そして、ハッとしたように手を叩く。

 

「だな! 要らねえな!」


 アハハと明るい笑い声をあげるクルートだ。

 その腹にマニャミィの拳が突き刺さった。

 

 おぐう! と腹を抱えるクルート。

 そして、治癒魔法をかけてやるマニャミィだ。

 

「さっさと本題に入る」

 

 ヤイナに促されて、クルートは腹をさすりながら言う。

 

「叔父さんさ、イーダの森で小烏苔をとってきてくれって」


 小烏苔。

 王国内では薬草のひとつとして知られている。


 ただ決まった手順を踏んで採取をしないといけない。

 また保管にも気を使わないと薬草としての価値が低くなるのだ。

 

「小烏苔か。師匠に確認をとってからだけど、まぁいいんじゃない?」


 賛意を示すマニャミィである。

 ヤイナも同意と呟いていた。

 

 イーダの森はロザルーウェンから日帰りできる距離にある。

 ただ探索することも含めると、最低でも三日は見ておく方がいい。

 

 冒険者育成学校では、依頼を受けた場合は休んでもいい決まりだ。

 ただし長期間の拘束となる依頼は受けられない。

 

 あくまでも学園生は見習いという立場だからだ。

 目安としては概ね五日まで。

 

「まぁ小烏苔の依頼はこれで四回目か、五回目になるだろう? マニャミィがいるから、保管もばっちりだし。いい小遣い稼ぎになるかなって」


「わかった。じゃあ、今から師匠のところに行きましょうか。ヤイナもそれでいい? 許可をもらったら必要なものを買いに行くわよ。出発は明日の朝でいいわね!」


 おう、とクルートとヤイナの二人が返事をした。

 腰をあげて、その足で猛き王虎が拠点にむかう。

 

 上級の中でも、半ば伝説的な冒険者である。

 パーティーで利用する家をロザルーウェンに保有しているのだ。

 

 改めて事情を話すと、許可をもらえた。

 学園の講師も務めている師匠たちなので、学園には連絡不要とのことだ。

 

 日が暮れるまで準備を行うマニャミィたちであった。

 

 明けて翌日のことである。

 まだ陽が明け切らないうちに、三人の冒険者が揃った。

 クルートのパーティーだ。

 

 ちなみに前日の夜に、マニャミィは編みかごを送り返している。

 もらったみかんを編みかごいっぱいに詰め、手紙を同封してシンシャに送ってもらったのだ。

 

「ふわぁ」


 あくびをしながら三人はロザルーウェンを出る。

 ここからイーダの森まで、歩いて半日かからないほどの距離だ。

 

 馬車で移動してもいいが、今回は節約である。

 王都で散財したのだから。

 

 冒険者は歩くのが基本だ。

 これは師匠たちから耳にタコができるほど聞いた言葉である。

 

 実際に冒険者の見習いは、最初にロザルーウェンの城壁の周りを延々と歩かされるのだ。

 とにかくまずは歩け、と。


 そうした訓練を積んでいる以上、イーダの森までは順調だった。

 何度か休憩を挟みながら、夕方になる少し前に到着できたのだから。

 

 今日は無理をせずに、ここで野営である。

 ちなみにイーダの森付近には、野営地がいくつか設営されているのだ。

 

 と言っても、木製の柵で囲まれた場所である。

 水場と簡易トイレのみがおかれているだけだ。

 

 それでもないよりはいい。

 むしろ見習いからすれば、野営地は積極的に使う方がいいのだ。

 

 イーダの森は初心者向きの採取場だ。

 なので他にも野営地には、ちらほらと冒険者の姿が見えた。

 

 適当な距離をとって、三人は個人用の天幕を張る。

 この辺りは手慣れたものだ。

 

「じゃあ、オレは挨拶して、薪をとってくらぁ」


 クルートが森の外縁部にむかう。

 枯れ木を拾ってくるのだ。

 

「ん! こっちは任せて」


 ヤイナは既に魔法を使ってかまどを作っていた。

 調理用のものだ。

 

「ヤイナ、水をだしてくれる?」


 マニャミィは調理の準備を進めている。

 三人分よりも、明らかに多い分量だ。

 

 冒険者は上の者が下の者の面倒を見る。

 明文化されていない暗黙の了解があるのだ。

 

 それはこの野営地でも同じである。

 

 見習いは不寝番をせずともいい。

 もちろん魔物の襲撃があれば、一緒に戦う。

 が、基本的には寝ていていいのだ。

 

 見習いではない冒険者が野営地の不寝番をしてくれるからである。

 

 そういう面倒事をしてくれるのだから、見習いは薪を多くとってきたりと雑用をこなす。

 マニャミィがしている料理だってそうだ。

 

 持ちつ持たれつである。

 

 偶にルールを知らずに、世話になりっぱなしの者たちがいるが。

 そうした見習いは、きっちりわからされる。

 

「戻ったぞー」


 クルートが薪を手に声をかける。

 おつかれーと声をかけるマニャミィたちだ。

 

「今日は先輩が二組いるから安心だな。あ、さっき薪を持ってったら、西周りはやめとけってさ。七日ほど前にも小烏苔狙いの見習いがきてたらしい。あと中央周りも他の見習いが入ってるって」


「ってことは東周りか。東周りは初めてよね」


「ん! 西が二回、中央が二回」


 マニャミィの言葉にヤイナがすぐに応えた。


「お、美味そうなスープだな。ってかよ、いっつも思うんだが、ヤイナの魔法があるなら薪いる?」


「いるわよ、バカ。魔力の節約になるんだから。クルート、立ってるついでにスープも差し入れしてきて。ついでに東周りの情報も仕入れてきて」


 へいへい、とクルートが土鍋をひとつ持って行く。

 彼が大人しく従うのにはわけがある。

 

 マニャミィとヤイナの二人がコミュ障だからだ。

 気心の知れた仲間内でならしゃべれるのだが、見ず知らずの人には巧く話せなくなる。

 

 だから、こういうときはクルートの出番なのだ。

 

「テケリ・リ テケリ・リ」


 シンシャである。

 マニャミィの頭の上にのっている。

 

 いつの間にかテイムしたということで、従魔扱いにしているのだ。

 隠し通すことはできないのだから、ヤイナを共犯者にしているマニャミィである。

 

「ちょっと待ってね」


 と、頭の上から下ろすマニャミィだ。

 その手の中で、シンシャがペッと手紙を吐きだす。

 

「差出人はエーリカさんね」


 共犯者にしたとはいえ、まだ色々と裏の話はしていないのだ。

 なので姉である聖女をエーリカと呼ぶ。


「昨日のアレのことかな?」


 と、折りたたまれた紙を広げるマニャミィだ。

 

「え? なにこれ?」


「ん?」


 疑問を感じたヤイナにも手紙を見せる。

 そこには――気をつけなさい、とだけ書かれていたのであった。

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