第765話 おじさんの知らないところで冒険者たちは動きだす


 アメスベルタ王国の北部にあるフィリペッティ領。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの副長アルベルタ嬢の実家である。

 フィリペッティ領の第二の都市と言われるのがロザルーウェンだ。

 

 ここは冒険者の都とも言われている。

 なぜなら町のすぐそばに未踏破ダンジョンがあるためだ。

 また魔物が発生する森もある。

 

 その分、希少な薬草などが採取できたり、できなかったり。

 要するにハイリスク・ハイリターンな町だと言えるだろう。

 

 そんな町だからこそ冒険者が集まってくるのだ。

 王国北部地域では最大規模となる組合もある。

 さらに冒険者の育成学校も併設されているのだ。

 

 育成学校の訓練場の隅である。

 勝ち気そうな短髪をした青年が壁に背をもたれかけながら言った。

 

「なぁ……お前ら、オレに隠しごとしてねぇ」


 クルートである。

 自称勇者の青年だ。

 

 その仲間であるマニャミィとヤイナ。

 二人の少女は壁際のベンチに座っている。

 

「……クルート。女は秘密があるもの」


 ヤイナがじとっとした目をむける。

 この目がクルートは苦手で、うっと言葉に詰まってしまう。


「男には言えない女同士の話ってのがあるのよ」


 マニャミィもクルートに対して冷たくあたる。

 べつに彼のことを嫌いなわけではない。

 

 無鉄砲だし、気遣いができないし、頭も悪い。

 だけど、どこか憎めないのだ。

 だからと言って好きなわけでもないのだけど。

 

「……まぁいいけどよ。もし困ってるんならオレに言えよ。早めに言ってくれたら対処できることもある。逆にもう手遅れだってこともあるんだからな」


 そう言って、クルートは壁から離れる。

 自称勇者だけに男気はあるのだ。

 

「今日は実家で用があるから、先にあがるわ。おつかれさん!」


 手をひらひらと振って、その場から離れていく。

 おつかれーと背中から声をかける二人であった。

 

「……気づいていると思う?」


 クルートの姿が見えなくなってからマニャミィが小さな声で言う。

 問いかけられたヤイナは小さく首を横に振った。

 

「クルートが気づいている可能性は低い」


「だよね。じゃあ、ヤイナ。あとはいつもの手筈どおりに」


「心得てる」


 二人はニヤッと笑うのであった。

 彼女たちはどうしても秘密にしたいことがあるのだ。

 だってそれは死活問題なのだから。

 

 しばらくして育成学校の寮に戻るマニャミィだ。

 彼女はこの世界では神殿の孤児院で育った。

 

 故に実家というものがない。

 冒険者は様々な事情を抱えている者が選択する職業だ。

 だからこそ寮が併設されている。

 

 コンコココンコン、とリズム良くドアがノックされた。

 いつもの合図である。

 

「合い言葉は?」


「勇気」


 マニャミィの問いに答えるヤイナであった。

 厳重な確認をとってから、ドアを開ける。

 

「フフフ……ようこそ、ヤイナ」


「ん! 今日も楽しみにしてる!」


「むっふっふ。これだけは絶対にクルートに知られるわけにはいかないからね! いやクルートだけじゃないわ。意地汚い冒険者あいつらに知られたら終わるからね」


「そのとおり!」


 学生に割り当てられる私室は狭い。

 ビジネスホテルのシングルルームのようなものだ。


 寝台があり、簡易トイレがある。

 調度品は机と椅子が一脚のみ。

 

 基本的には寝るために使われる部屋だと考えていい。

 人を呼ぶような部屋ではないのだ。

 

 ちなみに育成学校では座学もある。

 文字の読み書きやかんたんな四則演算を教えているのだ。


 他にも初級の間で必要になる採取の知識なども教えてくれる。

 なかなか気が利いているのだが、いわゆるノートにあたるものがない。

 

 二十センチ四方の大きさの箱がある。

 箱の中には砂が敷き詰められていて、そこに文字を書いていたりする。

 

 情報をまとめた冊子もあるが、資料室で閲覧するのみ。

 なので、個人部屋の中にはなにもないのだ。

 

 その寝台の上、小さなシンシャがぽよぽよと跳ねていた。

 

「いつもありがとね、シンシャ」


 と、優しくなでるマニャミィだ。

 

「ん! もうシンシャが居なくちゃ生きていけない」


 ヤイナも褒める。

 その言葉を聞いて、跳ねる高さがあがるシンシャだ。

 

「いつものお願い」


 むにに、と形を変えるシンシャだ。

 そして身体の中から、ぺっと編みかごを吐きだす。

 

 かごの中には軽食とスイーツが入っているのだ。

 

 きゃああと叫びたいところを、グッと我慢する二人である。

 軽食には蛮族バーガーとポテトチップ、焼き菓子が入っていた。

 あと聖女からの手紙も。

 

 だいたい週に一度くらいのやりとりである。

 ちゃんと聖女がおじさんに対価を払って贈り物をしているのだ。

 

 筆記具と手紙用の紙は、おじさんからのプレゼントである。

 花をあしらったガラスペンだ。

 

「ほおん。学園の催事でこれをだすんだって。見た目は男料理なんだけど、まぁ食べてみましょうか」


 マニャミィがヤイナに告げる。

 そこからしばらくの間、二人は無言であった。

 

 蛮族バーガーを食べ、その複雑で繊細な味を楽しむ。

 ポテトチップのしょっぱさが嬉しい。

 

 そして焼き菓子である。

 今回は小さなタルトがいくつか。

 

 やはり庶民用と貴族用では味のちがいが大きい。

 その理由は潤沢に調味料が使えるかどうかだろう。

 

 端的に言えば、薄味なのだ。

 しかし、聖女からの贈り物はしっかり味がついている。

 

 甘味も下品な甘さではない。

 しっかりと美味しいのがいい。

 

 しっかり楽しんでいるところに、いちばん聞きたくない声が響いた。

 

「オレだ! クルートだ!」


 その声に安心するのと同時に、若干の後ろめたさを感じる。

 なんだかんだ言っても、パーティを組んでいるのだから。

 

 だが、自分たちが食べる分を減らしたくはない。

 絶対に知られてはいけないのだ。

 

 この秘密の贈り物のことは。

 ごくん、と口の中のものを飲み下して、マニャミィが答える。

 

「クルート? な、なんの用かしら?」


 できるだけ平静を装っているつもりのマニャミィだ。


「あん? いや実家に戻るって言ってたろ?」


 クルートの実家はロザルーウェンのお役人である。

 ちょっといいところのお坊ちゃんなのだ。

 

「でな、土産を渡されたんだが、お前らにも持っていってやれって」


 なんと寛大な心なのか。

 己らの矮小さが身にしみないマニャミィたちである。

 それはそれ、これはこれなのだ。

 

「さっき、ヤイナのとこにいったけど留守だったからな。ひょっとしてこっちにいるのかと思ってよ」


「ちょっと待って。今、着替えてるから」


 時間稼ぎをするマニャミィである。

 編みかごの中には、もう焼き菓子のカスしか残っていない。

 

「どうする?」


 ヤイナが小声で聞く。

 

「とりあえずかごは寝台の下に隠しましょう」


「ん!」


 二人の連携はばっちりだった。

 

「待たせてごめん、今開けるわ」


「おう、こっちこそ急にきて悪いな!」


 がちゃりとドアを開けるマニャミィだ。

 クルートは両腕で木箱を抱えていた。

 

「なに、その大きな荷物」


「いやだからさっきも言っただろうが。お袋がお前らにも持っていってやれって持たされたんだよ。悪いがちょっと入らせてもらうぜ」


 さすがに否とは言えないマニャミィだ。

 

「お、ヤイナもいたのか」


「ん!」


 ずかずかと入っていき、机の上に木箱を置くクルートだ。

 蓋をあけると、いくつかの果物が入っていた。

 

 庶民の間では人気の果実だ。

 マニャミィ的にはみかんを思いださせる果実である。

 

「どうしたのよ、こんなにたくさん」


「話したことなかったか? うちの親戚が行商人をやっててな。買いこみすぎちまったんだってよ。で、仕入れ値でいいから買ってくれって泣きつかれたみたいだぜ。しょうがねえから五箱も買ったんだってよ」


「で、あんたに持っていけ、と?」


「うちの家族だけじゃ消費できねえからな。腐らせるよりもいいだろ?」


 ヤイナがコクコクと頷いている。

 このみかん的な果実は嫌いな者がいない。

 マニャミィもヤイナも好きなのだ。

 

「余ったら誰かにやってくれ。オレはオレで一箱持たせられてんだ」


「ってことは、この一箱を私たち二人で?」


 コクンと頷くクルートだ。

 

「そっか、わかった。ご両親にありがとうって言っておいて」


 おう、と答えるクルートである。

 

「で、お前らはなに食ってたんだ?」


 どきん、とする二人だ。

 

「にゃ、にゃにも? ちゃべてないよ?」


 思い切り噛んでしまうマニャミィだ。

 ヤイナも目をそらしている。

 

 そんな二人を見て、クルートは肩をすくめた。

 

「あのな、そんな唇がテカテカになってたらわかるってもんだ。油物を食ってたんだろ? 美味かったか? 今度、オレにも教えてくれよ」


 にかっと笑顔を見せるクルートだ。

 

「ん! 仕方ない! 三丁目の角で売ってる揚げパンを食べてた!」


 ヤイナが苦し紛れに口を開く。


「マジか! お前ら、よく買えたな! すげー評判だって話は聞いてたんだけどよ! どうだ、美味かったか?」


 ヤイナの不用意な一言は、どうやら藪蛇だったようである。

 

 結局のところ、なんだかんだでクルートも居座ってしまった。

 あれが美味かった、これが美味かったという話だ。

 誤魔化せたことに安堵しつつ、はよ帰れと思うマニャミィであった。

 

 クルートが腰をあげたのは、たっぷり三十分は話した後だ。

 

「あ、そうそう。忘れるとこだった。実家から依頼があったんだが、どうする?」


 どうするもなにも先に言えよ、と思うヤイナとマニャミィであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る