第764話 おじさん久しぶりに恩師と再会する
学生会室で聖女とケルシーが仲良くケンカをしていたときだ。
コンコンと扉を叩く音が響いた。
男子組の二人か、と思うおじさんだ。
しかし、そこにいたのはカラセベド公爵家の従僕であった。
「お嬢様、火急の用が
「……ツクマー先生がいらしたのですか?」
「はい。先触れがありましたので、お知らせに」
「承知しました。ご苦労様ですわね」
ねぎらいつつも、即断するおじさんである。
「キルスティ先輩、アリィ。後は任せてもよろしいですか? わたくしはお屋敷に戻りますわ」
「かしこまりました」
と頭を下げるアルベルタ嬢だ。
「リーさん、ツクマー先生って、ひょっとしてリューベンエルラッハ・ツクマー師のことかしら?」
キルスティからは質問がとんだ。
その表情からして、彼女も師のことが気になるのだろう。
なにせ王国随一とも言われる歴史学者である。
「ええ。幼い頃に家庭教師をしていただいていましたの。その縁もあって、今でもお付き合いをさせていただいていますわ」
はえーと学生会の面々からも声が漏れた。
さすが公爵家ということだろう。
「ツクマー先生のことなら、後日お話しをさせていただきますわね」
今は帰ると遠回しに告げるおじさんであった。
「では、アリィに後は任せました。よろしくお願いしますわね」
一礼をしてから、学生会室を去るおじさん。
その背を見て、ケルシーが言う。
「エーリカ、ツクマー先生って誰?」
「リューベンエルラッハ・ツクマー。今から三百年も前に巨大な亀を倒したという英傑のことよ!」
「カメ!」
派手に驚くケルシーだ。
「そう! その亀は巨大で一見して島と見間違えるほどの大きさがあってね。口から火を吹くの。あと手足を甲羅の中に入れて、ぐるぐる回りながら空を飛ぶのよ!」
「うへええ! そんなのをやっつけたんだ!」
ケルシーが目を輝かせている。
「エーリカ、なんでそんなに嘘がすぐにでてくるです?」
見かねたパトリーシア嬢が言う。
「楽しいから!」
「え? 嘘だったの-!」
おじさんが居なくても賑やかな学生会室であった。
一方でおじさんである。
侍女と従僕を引き連れて、タウンハウスに戻った。
迎えにでる家令のアドロスである。
「おかえりなさいませ、お嬢様。つい先ほどツクマー師がご到着されましたので、賓客用のサロンに」
「ありがとう。では、サロンに向かいましょう」
制服のままで、おじさんは賓客用のサロンへ向かった。
「おお! リー! 久しぶりだのう」
「顔を合わせるのはお久しぶりですわね。ツクマー先生も壮健そうでなによりですわ」
リューベンエルラッハ・ツクマー。
二メートル近い長身の老人である。
恵体の者が多い王国内でも長身の部類だ。
ただ、おじさんの祖父のように頑健な肉体ではない。
痩躯である。
「お待たせして申し訳ありません」
ひとしきり挨拶を終えたところで、おじさんは謝罪する。
今日は母親が顔を見せていない。
あまり体調がよくないのだろうか、と思うおじさんだ。
「いやいや急にきたこちらが悪いのだ。気にするでない。忘れんうちに渡しておこうかのう。弟とハサン老からの手紙じゃ」
老人は懐から二通の手紙をだす。
一通は
「確かに受け取りました。後ほど拝見いたしますわ」
とは言えだ。
内容はだいたい想像がつく。
師の弟であるアルフレッドシュタイン・ツクマーからは、魔物の素体がほしいというものだろう。
イトパルサの大聖堂管理人であるハサン老からは、恐らく古代遺跡についてである。
侍女がお茶を運んでくる。
お茶請けの焼き菓子が美味しそうだ。
「本日はどのような御用むきでしょうか」
「うむ。ワシはプフテザーレの魔力異常地帯にある古代遺跡の調査をしておるのだがのう」
滔々と話を始めるツクマー師である。
まず調査に入ったのは、階段上ピラミッドだったそうだ。
さらにピラミッドから地下の都市にも行った。
だが、目玉である中央にある神殿には入れないとのことである。
調査すべきことは多い。
ただ目の前にあっても入れない場所がある。
そのことで、おじさんに陳状しにきたのだ。
どうにかできんか、と。
おじさんは顔色を変えずに話を聞いていた。
ただ、神殿内に入れなくしたのはおじさんだ。
あそこはコルネリウスたちにとって大事な場所である。
だから王国からの調査人員が入れなくしたのだ。
お茶を飲み干して、おじさんは息を吐いた。
「ツクマー先生。あそこに結界を張ったのはわたくしですの」
「で、あろうな」
師も理解していた。
ここまで高度で強固な結界など、そうそう張れる人間はいないから。
「陛下からも許可を得てのことなのです。なので結界を解くわけにはまいりません。ですが――」
これは本当のことだ。
その魔神の被害から復興させるためにおじさんは活躍した。
ダンジョン内に避難所を作ったりしたのだ。
もちろん調査団が入ることも承知の上である。
だから国王も巻きこんだのだ。
おじさんはツクマー先生を見て、宝珠次元庫をだす。
「こちらを差し上げます。どうですか?」
あの古代都市の神殿内をスケッチしたものから、詳細なレポートがついているものだ。
それを手にしたツクマー老人は、さっそくとばかりに目をとおしていた。
「リーや、いつかは入れるようになるかの?」
「ツクマー先生だけでしたら、落ち着いてからご招待しますわ。ですので、それまではそちらの資料で我慢してくださいな」
「うむ! ワシは立派な弟子を持ったのう」
ニヤニヤがとまらないツクマー老だ。
この老人も頭のネジが外れている類いの人間である。
「そういえば先生、
「
ツクマー老も茶を飲む。
モロシコのお茶だ。
香ばしい香りと甘みのある優しい味わいを楽しむ。
「かつては存在したと書物に書かれている。が、ほぼ史書にはでてこん存在だのう。……もしや!」
おじさんが話を振ったことで気づいたのだろう。
「恐らく、ツクマー先生の考えておられるとおりですわ」
「どこじゃ!」
老人がおじさんの肩を掴んだ。
「サングロックの近くですわね」
「サングロックの近く……となると精霊の森か!」
ああ! と大声をだして頭を抱える老人だ。
「入れるのか?
ちょっと目が怖くなっているツクマー老である。
「今しばらくは無理ですわね。まだお話しできないことがありましたので、こちらも陛下の案件ですわ」
どちい、と派手な舌打ちをするツクマー老だ。
「アンスヘルムめ、おのれ。弟子のくせにリーとは大ちがいじゃ!」
王国一の歴史学者は、なぜか国王に怒りをむけている。
「ええい! いっそのことこの身が二つあれば! リー! なんとかならんか!」
苦笑しつつ、おじさんは言った。
「さすがに無理ですわね」
「ぐぬぬぬ……リーは面白い発見をたくさんしておるというのに!」
仕方ない、とおじさんは思った。
このままではご老人が暴走すると考えたからである。
「ツクマー先生。では、こうしましょう」
「なにかな?」
「わたくしが鬼人族の里にお連れしますので、ここは矛を収めてくださいな」
おじさんの提案に、なぬう! と大声をあげる。
そして立ち上がるツクマー老だ。
王国において鬼人族は幻ともされる種族である。
その種族の里に行けるのだ。
喜ばないはずがない。
「さぁ行くぞ! リー! 今すぐだ!」
元気なご老人である。
おじさんは恩師の手をとって転移をするのであった。
「どぉんたぁろぉすううううううううう!」
鬼人族の里に転移したおじさんたちの耳に、村長の声が響いてくる。
「どんたろすったらどんたろす! どんたろすったらどんたろす!」
いったい何を口にしたのだか。
いや、食べ物とは限らないか。
喜びの舞と言っていたのだから。
「おお! なんじゃあの不思議な踊りは!」
こうか! と言いながら、足をバタバタと動かすツクマー老であった。
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