第763話 おじさん必要に迫られてまたもや開発してしまう


 学生会室を見渡す。

 顔を赤らめている面々が多い。

 

 まぁその気持ちはわかる。

 今は思春期。

 加えて、彼女たちはご令嬢だ。

 

 年頃の異性と手をつなぐだけならまだしも、だ。

 かなり密着する踊りというのは恥ずかしいのだろう。

 

 甘酸っぱい青春してるな、とおじさんは思うのだ。

 

 そこで、ふとおじさんの頭をよぎるものがあった。

 フォークダンスだ。

 

 マイム・マイムやオクラホマミキサー。

 

 なぜ、こんなことが思いだせなかったのか。

 やったことないのだ。

 色々とありすぎて。

 

 例えば運動会。

 まだ、おじさんの時代は家族でお昼ご飯を食べていた。

 当然だが、ひとりぼっちのおじさんだ。

 

 給食もない。

 だから――水を飲んで腹を膨らませて教室にいた。

 

「エーリカ」


 おじさんは聖女を呼ぶ。

 

「フォークダンスはどうです?」


「ああ! たしかにそれがあったわね!」


 うんうん、と頷いている聖女だ。

 

 フォークダンスは日本語にすると民族舞踊になる。

 つまり総称のようなものだ。

 

 例えば有名なマイム・マイムはイスラエルの踊りだ。

 採水の喜びを表現するもので、マイムはヘブライ語で水を意味する。

 

 オクラホマ・ミキサーはアメリカ発祥のダンスではない。

 アメリカの民族舞踊とされるヴァージニア・リールを元にしている。

 ちなみに使われる楽曲名も、わらの中の七面鳥だ。

 

 落ちものゲームの定番であるコロブチカもフォークダンスで使われることがある。

 正式にはコロベイニキ。

 ロシア語で行商人という意味になる。

 

 ちなみにコロブチカは行商人の荷物という意味だ。

 民謡バージョンの冒頭ででてくる言葉である。

 

「エーリカは覚えていますか? わたくしその辺りの記憶がないので」


 こそっと話すおじさんだ。

 もちろん本当のことを話すつもりはない。

 

 なにも重い話をする必要がないのだから。

 自分の胸の裡にしまっておけばいい。


「まかせんしゃい! これでもフォークダンスの鬼と言われたのよ」


 聖女がコソコソ話を終えて、皆を見た。

 

「みんな! 二手に分かれて!」


 学生会メンバーは十八人だが、おじさんと聖女が抜けて十六人。

 八人ずつにわかれて列を作る。

 

「で、アリィの列は円になって。パティの列はアリィたちを囲むように円になるのよ」


 聖女が指示を飛ばしながら、解説を続けた。

 

「本当は男性が内側、女性が外側なんだけど今日はこの感じで。対面になった者同士で一組ね!」


 でね! と聖女が指を立てる。

 そして、おじさんを見て言う。

 

「リーはあれできる? てーれて てーれて てーれて てーれて てーれれーれーれーれーのやつ! くにおくんのソ連ステージ」


 前半の鼻歌みたいな旋律はあっている。

 だが、後半はちがう。

 

 確かにあの音楽はかっこいい。

 だが、同じロシアの民謡でもカチューシャのアレンジだ。


 まったく、と苦笑するおじさんだ。

 なにも言わずに頷いてやる。


 もちろん楽曲だけならおじさんも知っていた。

 なので頷いて、ピアノの魔楽器を用意する。

 

「移動の基本はかんたんなステップを踏むの」


 右・左・右で足踏みをして、右足で軽く跳ぶ。

 次に左・右・左と反対のステップで同じことを繰り返す。


 ステップを踏みながら、前へ、後ろへと移動する聖女だ。

 

「ここまではいいわね!」


 元々踊りの素養がある面々である。

 かんたんなステップなのですぐに覚えてしまった。

 

 ケルシー以外。

 どうにも右、左と言われると混乱するようだ。

 さっきから首を傾げている。

 

「次に行くわよ! 今度は男子役は左足、女子役は右足で軽く跳ぶ。着地したら男子は右足を、女子は左足を前にだしてつま先で地面を触る。次に横に同じ足を横にだして、元に戻す」


 動きを実演しながら聖女が解説をする。

 やっぱりケルシーはダメなようだ。

 そろそろ頭から煙がでてきそうな状態になる。

 

「いい、まずはこの二つを覚えてちょうだい。アリィ、できる?」


「ええ、覚えましたわ」


 聖女の言葉にアルベルタ嬢が前にでてくる。

 

「リー、演奏をお願い」


 頷いて、おじさんが演奏を始めた。

 最初はゆっくりのテンポで。

 

「最初は円の外側にむかって移動。移動するときはさっきの足のやつね」


 はい、はい、はいとテンポを取りながら踊る聖女だ。

 ダンスに関しては意外と有能らしい。

 

 外に向かって広がって、内側に戻ってくる。

 

「はい。まずはここまで! みんなでやってみるわよ!」


 その先のくるっと回るやつは後回しにする聖女だ。

 こういう仕事でもしていたのだろうか。

 いつもの蛮族とはちがう顔を見せている。

 

「うー! うー!」


 ケルシーがうなり声をあげながら、はい! と手をあげる。

 

「わかんにゃい! やってみせて!」


「今、やったでしょうが!」


 まったく! と言いながら聖女がケルシーの足を触って教えている。

 

「そう。こっちの足ね。あんたはもう男役から抜けて、女役の方に入りなさいな」


 男女で逆の足からスタートするからややこしいのだ。

 ケルシーは本番でも女性の列に入るのだから、最初から女役の方にいた方がいい。

 

「悪いけど、プロセルピナ。代わってあげて」


 承知、と短く返答するプロセルピナ嬢であった。

 

「ケルシー、もういけるわね?」


「うん。こっちの足からでしょ! もう覚えた!」


 わかれば早いのである。

 だが、わかるまでに時間がかかるケルシーだ。

 

「リー、お願いね。じゃあ、全員で行くわよ!」


 こうして王国に新しいフォークダンスが誕生した。

 最後のくるっと回るところは、皆が気に入ったようだ。

 

「いい? この回るところはスカートの裾がふわっとなるのがいいのよ」


 聖女が熱弁している。

 確かにそうだろうな、と思うおじさんだ。

 

「でも、ふわっとしすぎたら下着が見えちゃうのです!」


 パトリーシア嬢が言う。

 

 こちらの世界では、ショートパンツ状のものが一般的だ。

 装飾はほぼなく、腰の部分を紐でしめる。

 

 ちなみに、おじさんが最初に開発したのはブラジャーだ。

 貴族女性はシミーズのような上着を着ていた。

 

 絹のような光沢と肌触りの魔物素材を使ったものだ。

 それを見かねて、おじさんが開発したのである。

 

「でしたら、わたくしが作りましょう」


 おじさんはカボチャパンツを作ろうとしていた。

 今ある下着の上から履けるようにだ。


「見せパンね!」


 聖女がのってくる。


「見せパン? パン作るの!」


 またもや、ややこしいことを言うだすケルシーだ。

 

「ちがうわよ。見えてもいい下着ってこと」


「下着は見せるものじゃないよ?」


 首を傾げるケルシーだ。

 

「めんどくさい!」


 つい、心の声が漏れてしまう聖女である。


 二人のやりとりを苦笑しながら見ていたおじさんだ。

 宝珠次元庫から素材をとりだす。

 

 魔物素材である。

 はいやーと錬成魔法を発動させた。

 そこには光沢のある黒のカボチャパンツができていた。

 

 フリフリがついているものだ。

 腰と太もものところにも紐がついている。

 

「会長! 私とシャルは外にいますので!」


 これはマズいと思ったヴィルである。

 ずいぶんと危機管理能力が増しているようだ。

 

 シャルワールの腕を引っ張って学会室を出て行く男子二人だ。

 また、濡れ衣を着せられてはたまらない。

 

「かわいいのです!」


 パトリーシア嬢が食いついてくる。

 他の令嬢たちも目を輝かせて、カボチャパンツを見ていた。


「これなら見えても平気でしょう?」


 ニコリと微笑むおじさんだ。

 

「はかどるわ! これはいいものね!」


 聖女も気に入ったようである。

 

「では、皆さんの分も一気に作りましょう」


 と、女子全員分を作ろうとするおじさんだ。

 

「ちょっと待って。リーさん、この下着の代金はすべて私が支払うから。あとで請求してちょうだいね」


 キルスティだ。

 

「ん? お金は必要ありませんわよ」


「ダメよ。これ魔物素材の中でも上質なものじゃない? だったらきちんと代金は支払います」


「キルスティ先輩お一人に任せてしまうのもよくありませんわね。私と折半ということで」


 アルベルタ嬢だ。

 さすがに高位貴族の令嬢である。


 対価を支払う。

 それを当たり前にしているのだから。

 

 ただ彼女たちは爵位が下の貴族にまで、それは求めない。

 だから自分たちが支払うと言っているのだ。

 皆が気持ちよく使えるように。

 

「そうですか」


 おじさんも彼女たちの気持ちは理解できた。

 だから、頷くのであった。

 

「ねぇねぇ!」


 ケルシーが割って入ってきた。

 

「これ、見せてもいいんだったら、もうスカート要らない?」


 また訳のわからんことを、と聖女は頭を抱えるのであった。

 蛮族二号は野に生きるのか。

 

「スカートがふわっとなるのがいいって話だったでしょうが」


「忘れてた!」


 今日も蛮族一号と二号は仲良しなのであった。

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