第762話 おじさんの新しい踊りは学生会をドキドキさせてしまう


「いくわよ!」


 と聖女が叫ぶ。

 リズムの速い音楽にのせて、オタ芸を披露するのだ。

 

「これがオーバー・アクション・ドルフィン!」


 両手を左右に勢いよく振って、手を叩く動作をする聖女だ。

 

「ソイヤとニーハイオーハイをまぜつつ!」


 左右の腕を交互に上段斜めと下段斜めに突きだす。

 続けて、左足のつま先に手を持っていき、右胸まで引き上げる。

 

「アマテラスからのサンダースネイク、おまけにスネイクサンダー!」


 左右交互に弓を引くような動作をして、腕を大きく回す。

 クルクルと器用にサイリウム的な棒を動かしていく。


「最後にムラマサで締め!」


 最後に刀を振るような大きな弧を描く動作をする聖女。

 

「……決まった!」


 満足そうな聖女である。

 これ以上ないくらいにどや顔を披露していた。

 

 おじさんは思っていた。

 オタ芸に技名とかあったんだ、と。

 

「どーよ! かっこいいでしょ!」


 ふふん、と胸を張る。

 そんな聖女にむかって拍手をする学生会の面々だ。

 

 ぱちんと指を鳴らして、部屋を元の明るさに戻すおじさんである。

 

「エーリカ、これはこれでいいと思うのですが、舞踏会でやるような踊りではないですわね。どちらかと言えば、催事でやった方がいいかと思うのですが……」


 素直に思ったことを言うおじさんだ。

 まだその舌鋒はとまらない。

 

「以前言っていたおひげダンスもありますし。どうしますの?」


 こてん、と首を傾げるおじさんであった。

 

「忘れてたわ! 確かにリーの言うとおりね。どうしよう?」


「エーリカ、この踊りをしたいのなら演奏のときにすればいいのです。ケルシーと二人で」


 パトリーシア嬢だ。

 要は賑やかし役であることを遠回しに告げたのである。


「ううん……二人かぁ。いや、二人でもいいんだけど。そうね! その方がいいわね!」


 聖女は納得してしまった。

 これでケルシーと賑やかし役に決まりである。

 

「となると……曾祖父おじい様の要望となる踊りはべつで用意しないといけませんわね」


 キルスティが呟く。

 そうなのだ。

 

 男女がペアで踊るものではない。

 この点で舞踏会にふさわしいダンスではなかった。


「となると、やっぱり社交ダンスしかないわね!」


「さっきからエーリカは社交ダンスと言っていますが、それはどこの踊りのことなのかしら?」


 アルベルタ嬢が気になったようだ。

 う……と詰まる聖女である。

 

「以前、わたくしがエーリカに話したのです」


 おじさんがしれっとフォローに入った。

 

「前期魔導帝国に記された貴族の文献にのっていたものですの。男女が二人で踊るものですけど、かなり密着するのですわ」


 ほう、とあちらこちらから声があがる。

 強引に話を持っていったおじさんが、皆を見回した。

 

「その……密着するというのは、どの程度なのでしょう?」


 文学少女であるジリヤ嬢が手をあげて質問する。

 ふむ、と考えるおじさんだ。

 

 そして手招きしてジリヤ嬢を呼ぶ。

 二人の距離はだいたい一メートルくらいは空いている。

 

 が、おじさんが距離を詰めた。

 

 ジリヤ嬢の細い腰に手を回して、グッと抱き寄せる。

 自然と二人の距離が近くなった。

 

 おじさんはジリヤ嬢の手をとって、もう一方は肩に回す。

 ジリヤ嬢は比較的に小柄の方だ。

 

 なので自然とおじさんが男役になった。 

 ワルツの基本的な姿勢である。

 

 かなり密着度が高い。

 

「このくらいですわね」


 ニコリとおじさんが微笑んだ。

 超至近距離で超絶美少女の笑顔が炸裂したのである。

 

 ジリヤ嬢は顔を真っ赤にしてしまう。

 そのまま、ううーんと声をだし、鼻からたらりと血をたらし、気絶してしまった。

 

「あら? 大丈夫ですか? ジリヤ」


 おじさんがジリヤ嬢を介抱する。

 その姿を無言で、見守る薔薇乙女十字団ローゼンクロイツだ。

 

 なんというか声がでなかったのである。

 黄色い声のひとつも上がらないほどに驚いたのだ。

 

 ここまで身体を密着させるなんて、と。

 

「あ……あの! リー様!」


 鼻血を拭って、ソファにジリヤ嬢を寝かせるおじさんに、声をかけたのはアルベルタ嬢だ。

 

「ん? どうかしましたか?」


「わ、私は! その……よくわからなかったので、私にも教えていただけませんきゃ!」


 語尾を噛むほど興奮しているアルベルタ嬢だ。

 既に顔は上気していた。

 なので、その言葉は嘘だとわかる。

 

 嘘だとわかった上で、おじさんは微笑むのだ。

 このくらいかわいいものだと。

 

「では、アリィ。こちらへ」


 アルベルタ嬢もおじさんに負けず劣らずの長身だ。

 ただ若干だが、おじさんの方が高い。

 

 グッと抱き寄せると、顔の位置がかなり近くなる。

 もう少しすれば、唇が触れてしまいそうなほど。

 

「は、はう! はうあ! リー様、リー様がこんなに近く」


「この姿勢のまま三拍子の音楽にのせて踊るのですわ」


 と軽くステップを踏むおじさんだ。

 そのくらいなら前世で見た記憶だけでもなんとかなる。

 

「は……はにゃああああ!」


 アルベルタ嬢が天にむかって叫び声をあげた。

 身体をビクンと震わせて、ぺたんと座りこんでしまう。

 

「アリィ。大丈夫ですの?」


「は、はい。申し訳ありませんわ、リー様。私には少し刺激が強すぎたようです」


 刺激が強いって……と思うおじさんだ。

 ただ貴族のお嬢様として、純粋培養されてきたのである。

 そして王国のダンスではありえないほど密着した。

 

 ならば仕方ないかと、おじさんはアルベルタ嬢も介抱してから立たせる。

 

「……あのう、会長。よろしいでしょうか?」


 恐る恐るといった感じでヴィルが手をあげた。

 

「はい、なんですか」


「あのう、社交ダンスというのは、それくらい密着するのがふつうなのでしょうか?」


「そうですわね。踊りによってはもう少し密着するようなこともありますわ」


 ぐるりと辺りを見て、おじさんは聖女を手招きする。

 

「ふふーん! 見てなさいよ、アタシとリーの華麗なる踊りを!」


「エーリカ、ワルツは踊れますの?」


 おじさんが聖女の耳元に口を寄せて確認をとる。


「たぶん……社交ダンス部を見てたもの!」


 おじさんと同じである。

 芸能人が社交ダンスをするテレビの番組だ。

 

「では、軽く三拍子で基本のステップを踏むくらいで」


 とん、とぉん、とんと足でリズムを刻むおじさんだ。

 聖女が笑顔を見せる。

 理解したということだろう。

 

 では、とおじさんたちがステップを踏む。

 

 ナチュラルターンからスピンターンへ。

 そして、リバースターン、ウィスクとつなげて、シャッセ。

 

 聖女が何度かおじさんの足を踏む。

 が、そこは表情を変えないおじさんである。

 このくらいは想定内なのだ。

 

 最後におじさんが背中を支えて、聖女がのけぞった。

 

 学生会の面々が拍手をしている。

 優雅な踊りだと思ったのだ。

 ただ、かなり距離が近いから恥ずかしいとも思う。

 

 男子とここまで密着してもいいものだろうか、と。

 

 例えば夫婦や婚約者がいるのならいい。

 身体を寄せてもおかしくない間柄なのだから。

 

 だが、まだ婚約もしていない乙女たちにとっては刺激が強すぎた。

 

「はい、これが基本的な動きになりますの。エーリカには一度試してもらったことがあったのですわ」


 最後に念押ししておくおじさんだ。


「ま! そういうことよ!」


 聖女が強気にでる。

 完全にごかませたと思っているのだろう。

 

「ふぅ……それにしてもよ!」


 聖女がビシッとおじさんを指さす。

 

「こうも密着するとあれね! リーのビッグバンがちらほら当たるんだけど!」


「不快でしたら謝りますわ」


 おじさんの言葉に対して、慌ててフォローを入れる聖女だ。


「そうじゃないの! ただこれは完全に負けを認めるしかないわねって気分になったの!」


 聖女は自分の胸を押さえる。

 つるぺたーんな平原を。

 

「やっぱり我ら平原の民は山の民とは相容れないわね!」


 聖女がケルシーとパトリーシア嬢を見た。

 

「なんでこっちを見るですか!」


「そうだーそうだー!」


 二人から聖女に対して抗議の声があがった。

 

「ま、平原の民同士、仲良くしようじゃないの?」


「平原の民じゃないのです! 私は小さな丘の民なのです!」


「完全に同意!」


 平原の民として生きるのは過酷なようである。


「ふっ……見るといいわ! 山の民たちの威容を!」

 

 おじさんを筆頭に山の民を見る平原の民たち。

 

「う……」


 と思わず、言葉を詰まらせてしまう。

 

「な?」


 どや顔をする聖女に対して――

 

「な? じゃないのです!」


「そうだーそうだー」


 ――納得のいかない平原の民たちであった。

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