第761話 おじさんは学園長に無茶ぶりをされ、聖女が応える


 学園の学生会室である。

 催事の予定日まで既に一ヶ月を切った状態だ。

 

 催事の目玉は三つ。

 おじさんたちの楽団による演奏と魔法で演出した演劇、飲食店だ。

 楽団による演奏は問題ないだろう。

 

 魔技戦を含めて、対校戦と経験を積んできたからだ。

 まだ発表の機会に恵まれていない楽曲もある。

 その点は安心していいだろう。

 

 飲食店に関しては、おじさん以外にジャニーヌ嬢とヴィルが立候補して、店舗をだしたいということだ。

 一応は確認しておいた方がいいだろうか、と考えるおじさんだ。

 

 ちなみに聖女については蛮族バーガーで決定である。

 こちらは恐らく聖女の養家になるコントラレラス侯爵家がなんとかすると思う。

 

 そして、最後の脚本なのだがどちらもまだ完成とは言えない段階だ。

 特にジリヤ嬢の方は大幅に文字数の上限を突破している。

 

「さて……この状況はマズいですわね」


 おじさんがぼそりと呟いた。

 顎に手を当てて、少しだけ考える。

 

「ヴィル先輩、ジャニーヌの二人の準備はどうなっていますか?」


「私の方は問題ありません。既に屋台の設置を含めて、実家の者とも計画を立てておりますので」


 さすがに満額回答をしてくるヴィルである。

 

「わ、私はメニューは決定しました! あとは屋台の設置などに関しては……まだ」


 緊張しながらジャニーヌ嬢が続く。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの料理番だ。


 メニューに関しては心配していない。

 ただ、やはり屋台の設置や食材の手配などは難しい部分があるのだろう。


 彼女の実家は領地貴族の男爵家。

 人材という意味では、どうしても侯爵家には劣ってしまう。


「ヴィル先輩、ジャニーヌに手を貸してもらえますか? ジャニーヌも先輩に困っていることは相談しましょう」


 おじさんがニコリと微笑んで提案した。


「もちろん。せっかくの相談役なのですから、なんでも相談してください」


 ヴィルが紳士然と振る舞う。

 さすがに侯爵家の嗣子ともなれば、慣れたものなのだろう。

 

「はい! リー様! 先輩、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

 

 ぺこりと勢いよく頭を下げるジャニーヌ嬢である。

 ひとまずはこれでよし、と。

 

「エーリカは大丈夫ですわよね?」


「うん! ばっちし! うちの料理長が聖女バーガーを気に入っちゃってさー、なんか勝手に準備してくれてる!」


 ならば問題ないだろう。

 名称以外。

 

「なにか困ったことがあれば、キルスティ先輩でもシャルワール先輩でも相談をなさい」


 ビッとおじさんにむかって親指を立てる聖女であった。

 

「では演劇の脚本ですが……今から書き直している時間はありませんわね」


「でも演劇も楽しみにしている生徒が多いから、なくしてしまうのも難しいわね」


 キルスティがおじさんに答える。

 

「エーリカ、ジリヤ。もし書き直すとして、どのくらいの時間がかかりますか?」


「私は……半分削るとなると、もう最初から書いてしまった方が早いです。ただ、今から書くとなると……」


 へにゃりと眉を曲げてしまうジリヤ嬢だ。

 うっかり文字数のことを忘れてしまったのが今回の原因である。


「アタシは……ううん、降りてきたら早いんだけど。降りてくるかどうかわかんにゃい」


 聖女の言う言葉の意味がよくわからないおじさんだ。

 

「エーリカ、降りてくるとはなんですの?」


「なんかねーピコーンとくるのよ! 天から降ってくる感じ!」


 インスピレーションがわく、ということだろうか。

 

「わかりました。では、わたくしが用意しましょう。明日にでも脚本は配れるはずですわ。今回だけですわよ」


「え?」


 と驚く薔薇乙女十字団ローゼンクロイツだ。

 おじさんは芸術系への素養も深い。

 

 が、そこまでとは予想外だったのだ。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツの反応を見て、おじさんは苦笑を漏らしていた。

 

 彼女たちの考えを理解した上で、勘違いをただしておこうと思ったのだ。


「わたくしが書くわけではありません。トリちゃんに用意してもらいます」


 なるほど、と納得する面々であった。

 約二万四千字の原稿を一晩で書く。

 トリスメギストスなら問題ない。

 

「そうですね。一方はエーリカの話を基本にした喜劇を、もう一方はジリヤの話をトリちゃんに書いてもらいます!」


 文章生成の人工知能よりも優秀なトリスメギストスだ。

 しっかり対応してくれるだろう。

 

 ジリヤ嬢がおじさんにむかって頭を下げようとする。

 おじさんはそれを手で制して、さらに口を開いた。

 

「パティ、演奏の方は問題ありませんか?」

 

「問題ないのです! 各自練習しておくように言ってあるのです!」


 自信満々でパトリーシア嬢が答えた。

 が、目をそらした者たちがいる。

 

「今回の演奏会は新曲の披露はせず、魔技戦と対校戦で評判のよかった曲を中心に十曲ほどの予定しているのです!」


 抜かりはないようである。

 こちらは問題ないだろう。

 

「今、パティの言葉に目をそらした者が二人いますが……まぁいいでしょう」


 だ、誰よ! と聖女が声をあげた。

 サボっているのは誰だ! とケルシーが続く。

 

 犯人が自供したようなものだ。

 

「では、二人は賑やかしで決定ということで」


「な、なんだってー!」


 蛮族一族と二号は今日も息がピッタリだ。

 ふぅと息を吐いて、おじさんは言った。

 

「だって練習していないのでしょう?」


 ぐぬぬ、となる一号と二号だ。

 

「アリィ。他に確認しておくことはありますか?」


「はい、舞踏会での踊りについてですが」


 アルベルタ嬢が口を開く。


「実は伝統的な踊りの他にもなにか新しいものはないか、と学園長から要望をいただいています」


「どんどっとっと? どんどっとっとする?」


 ケルシーがのってくる。

 

「どんどっとっとはやります。既に学園長から許可をいただきました。というか正式にはなんと言う踊りなのです?」


「どんどっとっと!」


 元気よく返事をするケルシーだ。

 これでは埒が明かない。

 

「エルフはどんどっとっとと言えば通じるのです?」


 パトリーシア嬢がケルシーに聞いた。

 

「どんどっとっとって言うよ?」


 そんなケルシーの頭に鉄拳が落とされた。

 控えていたクロリンダである。

 みぎゃああああ、とケルシーの悲鳴が響く。

 

「おほほほ。正式には豊穣の舞と言います。……失礼しました」


 さすがに我慢ならなかったのだろう。

 エルフの踊りはどんどっとっとで固定されては困るのだ。

 

 断じてエルフという種族は蛮族ではないのだから。

 ケルシーが王国人にとって、エルフのひな形になられては困る。

 最近、そう思うようになってきたのだ。

 

「豊穣の舞ですか。承知しました。これからはそちらで呼ばせていただきますわね」


 ニコリと微笑むアルベルタ嬢であった。

 

「それにしても新しい踊りですか。学園長も無茶を言いますわね。ひとりで踊るならまだしも、男女で踊るとなると……」


「ふふーん! リー! 社交ダンスの鬼と呼ばれたこのアタシのことをお忘れかい!」


「エーリカ、なにか心当たりがありますの?」


「でごでごでっでっで! てきーら!」


 マンボだ、とおじさんは思った。

 そも社交ダンスは男女の距離が近い。

 

 特にワルツなどは、男女の抱擁が含まれる。

 なので宗教関係者などから、当初は反対の声があがったのだ。

 おじさんの前世では。

 

 とは言え、だ。

 こちらの世界のダンスというのも基本的にはメヌエットに似たもの。

 つまり男女の接触は手をつなぐ程度である。

 

 新しいダンスだからといって、いきなり男女の距離が近くなるのは、やっぱり受け入れられにくいのでは、と思うのだ。

 

 そういうことを告げた上で、おじさんは問う。

 

「他にはなにかありますの?」


「……ううん。難しいこと言うわね。まぁリーの言うこともわかる、か。確かに距離が近いのが当たり前じゃないもんね……あ! あ! きたきた降ってきた!」


 聖女が顔を輝かせて言う。

 

「ヲタ芸ってのはどうよ?」


 ヲタ芸……主にアニソンに合わせてサイリウムを使って踊る。

 いや、踊りといってもいいのだろうか。

 確かに栄えるのはわかる。

 

「あれは……ううん。エーリカ、できますの?」


「できらぁ! ってことで、リー。あれ、作って」


 サイリウムのことだろう。

 まるごと再現はできないが、魔道具ならできる。

 ってことで、錬成魔法を発動させるおじさんだ。

 

 要するに光る棒である。

 魔力をこめることで色を変化が楽しめる仕様だ。

 あれ? だったらゲーミング水晶を使ってもいいかもしれない。

 

 思いついたら、即実行するおじさんだ。

 ゲーミング水晶をだして、サクッと錬成魔法を発動させる。

 

「こちらの魔道具の方は魔力を操作することで色を変えられますが、こちらの方なら魔力を通すだけでこのとおり!」


 七色に色を変化させるゲーミング水晶を使った光る棒だ。

 

「いいわね! じゃあ曲はテンポの速いので。あと、暗くして」


 聖女の要望どおりにしてやるおじさんである。

 薔薇乙女十字団ローゼンクロイツは、ただただ見守っていた。

 

「パティ、アリィ、大橋の戦いでもやりましょうか。すぐに用意を」


 はいなのです、とパトリーシア嬢が動く。

 

 聖女が音楽に合わせて、光る棒を振り回す。

 光の軌跡が残ってとてもきれいだ。

 

「……きれいなのはきれいなのですが」


 これをやるの? と懐疑的な目線が抜けないキルスティであった。

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