第760話 おじさん学園で創作談義をする
「そんな! もう、四十八歳の春なのですよ! 今さら、そんなことを言われても……」
「キミにはすまないと思う。でも、もう仕方ないんだ!」
「殿下だってもう五十歳ではないですか! 人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻のごとしと言いますし!」
「なにが言いたいんだい」
「もう、こうなったら陛下を
パタリ、とおじさんは脚本が書かれた冊子を閉じた。
今日は気分転換に学園へときたおじさんである。
ちょっと心が疲れてしまったのだ。
だから、癒やされに学園にきた。
その放課後である。
学生会室にて聖女が持ちこんだ冊子に目をとおしていたのだ。
コメディが多めの恋愛劇である。
主人公は四十八歳になる貴族の令嬢だ。
この年齢になって、王太子に婚約を破棄されてしまうという内容である。
「エーリカ、なんだか色々とマズくありませんか?」
おじさんは率直にそう思った。
話そのものは面白いのだ。
もはや初老と言われてもおかしくない年齢の二人を中心にしたドタバタコメディである。
前半は。
だが後半になると、その毛色が変わってくるのだ。
結婚を許してくれない王を排除しようと、生々しい話になってくる。
「面白いとは思うのですが……後半部分がどうにも生々しくて」
そんな感想を告げるおじさんであった。
「それがいいんじゃない! 前半で油断させておいて後半でグッと惹きつけるって寸法よ!」
聖女が笑っている。
他の皆はまだ聖女の脚本を読んでいるのだろう。
「エーリカの意図はわかりますが、さすがに国王を物理的に排除してしまうというのはやりすぎかと思いますわ」
おじさんたちが、今を生きているのは王国だ。
国のトップが王なのである。
その王を排除するという話の内容が受け入れられるとは思わない。
特に上層部はいい顔をしないだろう。
こういう話が流布してしまうと、統治がしにくくなるから。
「私も面白いとは思います。けど、やっぱり後半は難しいかな、と。前半の喜劇の感じで進めていく方がいいんじゃないでしょうか」
「私もジリヤに一票を入れますわ」
アルベルタ嬢嬢も続く。
他にもイザベラ嬢とニュクス嬢の二人も同意のようだ。
「そう? ううーん、じゃあ、どうしようかしら?」
聖女もそこまでこだわっている内容ではないらしい。
「あくまでも私ならば、ですけど」
と前置きをしてからジリヤ嬢が口を開いた。
「エーリカの本領はやはり喜劇にあると思いますわ。なので、前半をそのまま引き継いで喜劇のまま、二人が結ばれるという内容がいいかと」
「そうね……例えばだけど、なんだかんだで関係を深めてしまって既成事実を作ってしまうとか?」
アルベルタ嬢が提案する。
なんだか策略の臭いがプンプンすると思うおじさんだ。
「あるいは……王太子以外の当て馬を使って、王太子の背中を圧すというのもひとつの手ですわね」
ニヤリとニュクス嬢が笑った。
学園生の余興とも言える催事なのに、そんな駆け引きをするのか!
恋愛偏差値の低いおじさんは驚くことばかりだ。
「そうですわね、ここは王妃陛下に近づいて圧力をかけてもらうというのも手でしょう。王妃陛下であれば、同じ女ですもの。婚約者のままでいることへの理解もしてくださりますわ」
イザベラ嬢も唇を三日月の形にしている。
おうふ、とおじさんはその発想の豊かさに頬を引きつらせた。
このくらいは貴族の娘なら余裕なのだろうか。
「いえ、ここは確実性を期して実家に働きかけるべきでしょう。王国に対して娘をないがしろにするな、と反乱を促してもらうことで……」
よくもまぁ色々とでてくるものである。
「前半の喜劇部分はよくできていると思いますわよ。ですが、やはり皆さんが言うように後半が気になりますわね」
キルスティだ。
ふむ、と一瞬だけ間をとってから口を開く。
「もし私が書くなら……恋の競争相手をだしてみるのはどうでしょう?」
「競争相手ですか? 例えば?」
ヴィルが口を挟んでくる。
「そうでわね、年下のご令嬢だとかどうですか?」
「あのな、王太子の視点で言えば、年下のご令嬢一択になるだろうが」
シャルワールだ。
「なぜです? 本当にこの主人公のことを愛しているのなら、年齢など関係ないではありませんか?」
キルスティの問いに、やれやれとシャルワールが肩をすくめる。
「いや、そもそもその年齢だったら世継……ぐはあああ!」
センシティブなところである。
そこを無神経に踏みこんだシャルワールが吹き飛ぶ。
「成敗!」
聖女が殴ったのであった。
「ところでリー様ならどんな案がありますの?」
無茶ぶりをするジリヤ嬢だ。
興味津々といった感じで、おじさんを見ている。
他の面々もおじさんの案に期待しているのがわかった。
だが、おじさんの恋愛偏差値は二十五である。
いわゆる偏差値における最低値だ。
そんな話を振られても困る。
「そうですわね……わたくしなら」
と言葉がとまってしまうおじさんだ。
だって、どんな話にしたらいいのかなんてわからない。
「わたくしなら?」
聖女がおじさんを覗きこんでくる。
その目は明らかに面白がっている様子だ。
「自分の価値を高める方法をとるといいですわね」
「自分の価値?」
いまいちピンときていない聖女である。
「例えばですが……こう冒険者になって魔物を狩ってみるとか」
自信がないから、ちょっとずつ声が小さくなっていくおじさんだ。
「あ! それいいかも! いわゆる追放系ね!」
聖女が声をあげた。
おじさんもネット小説を嗜んでいた口である。
なので、なんとなくで言ってみただけだ。
だが聖女が予想外に食いついてきた。
「四十八歳で冒険者に挑戦する貴族の娘! おばさん冒険者と陰で言われながらも、あれよあれよという間に出世していく!」
聖女が握りこぶしを作った。
「そして、いつの間にか伝説の冒険者として称えられるのよ!」
どう? と言わんばかりに聖女が全員を見回す。
「だったら結婚しなくていいのです。もう自分だけで生きていけるのです」
無情な一言を放つパトリーシア嬢であった。
「のおおお! 冷静にツッコむんじゃないわよ!」
聖女がパトリーシア嬢に食ってかかる。
「っていうか、そもそも四十八歳で婚約という設定がおかしいのです!」
ビシッとツッコミを入れるパトリーシア嬢だ。
「いや、それはそうなんだけど! そこが面白いんじゃない!」
「それはまぁ一理あるのです」
むしろ聖女の脚本はそこが肝である。
「エーリカの脚本のことは、いったん置いておきましょう。ジリヤの方はどうなっているのです?」
おじさんが強引に話題を変える。
脚本を書いているのは、聖女だけではないのだ。
ジリヤ嬢だって書いている。
「一応は完成したと言えるのですが、正直なところしっくりきていません。なので、よろしければ色々と意見をいただきたいのです」
ジリヤ嬢も宝珠次元庫から冊子をとりだす。
そして全員に配っていく。
表題は氷の魔女と書かれている。
ぺらりとページをめくって読み進めていくおじさんだ。
ジリヤ嬢のも言うなれば恋愛ものである。
脚本を見る限り、王国で伝統的な演劇を下敷きにしたものだ。
かつて氷の魔女と呼ばれた姫と、その姫をめぐる男性陣の争いを描いたものである。
「ふむぅ。ざっと見たところ、落ちが弱いですわね」
おじさんが言うと、ジリヤ嬢が目を輝かせた。
「やっぱり! リー様もそう思われますよね! 私も落ちが弱いと思っていたのです!」
グッと顔を近づけてくるジリヤ嬢だ。
「ですが……ジリヤ。その前にひとつ大きな問題がありますわ」
おじさんが冊子をふたつ並べる。
聖女の物と比較すると厚みが倍近い。
「文字数が大幅に上限を超えています」
「あ……」
顔を真っ赤にするジリヤ嬢であった。
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