第759話 おじさんは前世とのちがいを改めて思う
おじさんは古代都市へと戻ってきていた。
タオティエとコルネリウスが仲良くケンカをし始めたからである。
あの二人はあれで平常運転なのだろう。
手出しするのは野暮とばかりに、おじさんは転移してきたのだ。
神獣であるミタマを連れて。
偶にしか会えないおじさんとの機会を逃してなるものか。
そんな魂胆が透けて見える。
が、望まれているのなら嬉しいものだ。
古代都市の外壁の外である。
おじさんが作った建物の中から笑い声が聞こえてきた。
一応とばかりに仮面をつけておくおじさんだ。
前回と同じ赤と黒をベースにしたものである。
建物の扉を開いてみると、車座になって宴会が行われていた。
恐らくは建国王と祖父が中心である。
「お父様、これは?」
すすすと父親に近づくおじさんだ。
「リーちゃん……うん、まぁあれだ。義父上と陛下が酒盛りだと言ってね」
「それは……」
べつにかまわない。
奴隷にされていた人たちの事情も考えれば、そのくらいはいいだろう。
ただ、新しい住居に引っ越してからでよかったのでは、と思うのは仕方ない。
「なんとなく事情は飲みこめました。お父様の方は用件が果たされているのならいいでしょう」
「ああ、それなら問題ないよ。ジケート殿とか言ったかな。貴族出身の者がいて助かったよ。思ったより早く話が進んだ」
くい、と木杯を傾ける父親だ。
「まぁ彼らにも時間が必要だろう。長い間、自由を奪われてきたんだからね。ゆっくりと考えるといい。リーの方はどうだい?」
父親がおじさんに確認をとる。
「コルネリウスのダンジョンに住居を作ってきましたわ。なるべくここを思いださせないような風光明媚な場所ですの。いちおう自給自足ができるように整えておきましたので、そのまま生活をしていただいても問題ありません」
ご苦労様と、おじさんをねぎらう父親だ。
そのままおじさんの頭をなでる。
「あっー! 救いの女神様!」
「女神様が御座されたぞ! 皆の者!」
野太い声があちこちからあがった。
女性陣からはきゃああ、と黄色い声があがる。
おじさん、ドン引きだ。
さすがに女神とあがめられる筋合いはない。
が、次々と祈りの姿勢をとる奴隷たちを前に、なにも言えなかった。
「ありがとうございます! 救いの女神様!」
練習をしたわけでもないのに、全員の声が揃う。
その様子をポカンとした表情で見る建国王と祖父だ。
父親も同様である。
『しずまれぇえええい! 神子様の御前ぞ、頭が高い!』
ミタマが吼えた。
おじさんから魔力を供給してもらい、神獣にふさわしい様相。
九尾のキツネが大音声をだしたのだ。
ははーと静まりかえる一同である。
『さ、神子様。場は整いました』
しれっと言うミタマだ。
おじさんは父親と顔を見合わせた。
「お父様、この様子ならそのまま連れて行っても良さそうですわね」
「そうだね。もうここに転移陣を作ってしまうといい」
おじさんと父親がコソコソと会話する。
こくんと頷いて、指をパチンと弾くおじさんだ。
一瞬で床に転移陣が刻まれてしまう。
「皆さんの新しい住居を作ってきましたわ。ひとまずはそこでのんびりと暮らしてくださいな。そうですわね、ミタマ。あなたに彼らの管理をお願いしてもいいですか」
『謹んで拝命いたしましょう』
「では、なにか要望があればミタマにお願いしますわね!」
では、とおじさんが再度指を鳴らすと、その場にいた全員が転移する。
おじさんと父親、建国王と祖父だけを残して。
ちょっと疲れたのだ。
女神様とあがめられることに。
なので、ミタマをつけておいた。
むこうにはコルネリウスもタオティエもいるのだから、なんとかなるだろう。
恐らくは久しぶりのお酒に酔ったこともあるのだろう。
おじさんに感謝していることも理解できる。
ただ、それを正面から受けとめるのは、おじさんの心がもたない。
いくら隔絶した力を持とうとも、小市民なのだから。
「ふぅ……これで一件落着といけばいいのですが」
珍しくぺたんと床に座りこむおじさんだ。
ちょっと精神的な疲れがでたのである。
「はは、リーはこういうのは苦手かの?」
建国王が優しくおじさんに問いかける。
それにコクンと首肯するおじさんだ。
「まぁ……慣れてしまえば、どうということはないのじゃがの」
祖父が、おじさんをねぎらうように頭をなでた。
いつかそんな日がくるのだろうか。
永遠にこないようにようにも思うおじさんだ。
「これからですよ、これから。未だに人前に立つという機会は少ないですからね」
アメスベルタ王国の貴族は学園を卒業することで、正式に大人の仲間入りをする。
夜会にでたり、他の貴族家と付き合ったりするのは、それからだ。
無論、絶対にというわけではなく、プロセルピナ嬢とニネット嬢のように親同士の付き合いから、お友だちになるようなケースもある。
「ふふっ……リーにも苦手なものがあってよかったな」
建国王が軽く笑っている。
嘲っているわけではない。
おじさんはなんでもできる。
そう思ってしまいがちだが、未だ十四歳。
まだお子様なのだから。
そういう意味で安心したとも言えるだろう。
子どもらしい一面があると言ってもいい。
「リーが休憩をとったら転移陣のところへ戻ろうかの」
祖父がニヤリと笑う。
父親も同じであった。
その後、おじさんたちは母親と祖父母を連れて自宅に戻る。
転移陣を使えなくするという任務はあっさりと達成されていた。
さすがに母親と祖母、トリスメギストスがいれば問題なかったようだ。
王都のタウンハウスである。
父親と祖父母たちは未だに会議を続けているようだ。
おじさんと母親はそれを辞して、自室へと戻った。
なんだかんだで身重の身体である母親も疲れたのだろう。
おじさんも自室に戻って、ぼふっと寝台に身体を沈めた。
「ふふふ」
そんなおじさんの姿を見て、侍女が小さく笑う。
「よほどお疲れになったのですね。夕食までゆるりとなさるといいでしょう」
と、言いつつもお茶の用意をしている侍女だ。
「そうですわね……なんというかこう人数というのは圧になるのですね。わたくし、思い知りましたわ」
「……奴隷にされていた者たちですか」
なんとなくだが、おじさんの言わんとすることが理解できた侍女だ。
「善意とはいっても、五百人弱からの圧は疲れますわ。魔力の圧なら平気ですのに」
それはそれで話がおかしくなる。
どちらかと言えば、後者の方に苦労する人間が多いのだから。
「お嬢様が人から向けられる感情に対して敏感なのでしょう。感受性が豊かだとも言えますわね」
コポコポと侍女がお茶を注いでいる。
豊かな香りが、おじさんの鼻をくすぐった。
爽やかな柑橘系の芳香だ。
寝台から跳ね起きるおじさんである。
蜂蜜をたっぷりと入れて、甘くしたハーブティーを想像したのだ。
おじさんの期待に違わず、きちんと蜂蜜も用意されている。
最近、気に入っているジンジャークッキーもだ。
「今の気分にぴったりですわ!」
笑顔になるおじさんだ。
他人の感情に敏感になるのは仕方がない。
だって前世からのクセだもの。
酷い生活だった。
でも、それを否定することもないと思うのだ。
今が幸せだから。
ぎゅうと侍女がおじさんをハグする。
「大丈夫ですわ。お嬢様なら、いつかそうした思いを受けとめることもできるようになります」
「そうでしょうか?」
こればっかりは自信がないおじさんだ。
「お嬢様なら問題ありません。だって、私のお嬢様なのですから。もし、できなくてもいいのです。そのときは私が矢面に立てばいいだけですから」
おじさんの頭を優しくなでる侍女だ。
ぎゅうと抱きしめられる。
落ち着く。
こんなに優しくされたことは、前世ではなかった。
どんなに辛くても、いつも砂を噛んで立ち上がっていたのだ。
ひとりぼっちで戦ってきた。
それを思えば――どれだけ幸せなのか。
少しだけ……おじさんの視界がゆがむ。
お茶はそのままに、侍女の胸の中で安らぐおじさんであった。
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