第758話 おじさん着々と奴隷たちの受け入れ準備を進める


 鉱人族ドワーフの古代都市。

 その奥まった場所に湧水の壺の片割れはあった。

 

 ただ、おじさんの見るところ、どうにも壊れているようだ。

 もちろん経年による劣化というものもあろう。

 

 鉱人族ドワーフの古代都市が、どのくらい前からあるのか。

 そんなことすら、おじさんはわかっていないのだから。

 

 ただ――かなり古いということだけは理解できる。

 

 そうした経年による劣化に加えて、どうにも無茶な動かし方をしてしまったようなのだ。

 湧水の壺の表面に刻まれているのは、鉱人族ドワーフの使う魔文字である。

 

 さっき勉強したばかりだもの、理解できる。

 読み取った魔文字によれば、湧水の壺もまた地脈の力によって動かすものなのだ。

 

 それを無理やり魔力を使って動かしたみたいである。

 結果、本来とは異なる使われ方をして壊れてしまったのだ。

 

 いわゆる安全装置みたいなものも無視して水を取りこんでいる。

 コリオラノ川の水量も減るはずだ。

 

「と言うことは、腕輪を欲する者たちゲ・ドーンは、この都市のことを知っていたのではないのでしょうね。正確な動かし方を把握していないのですから」


 ぼそりと呟くおじさんであった。

 

「リーや、なにかわかったのかな?」


 建国王がおじさんに声をかけた。

 父親も祖父も興味があるようだ。

 

「どうにも腕輪を欲する者たちゲ・ドーンは、この壺の本当の使い方を知らなかったようですわね。無理に動かしたことが原因で制限を超えて水を送っていました」


「ふむぅ……一見しただけでよくわかるものじゃのう」


 祖父が感心したかのような声をだす。

 ついでに、おじさんの頭をグシグシとなでた。

 

「先ほどトリちゃんに資料をもらいましたの」


 これですわ、と宝珠次元庫から取りだすおじさんだ。

 それを父親が受け取る。

 紙束だが、そこそこ厚みがあるものだ。

 

「わたくしはもう覚えましたので必要ありませんわ。お父様が必要なら差し上げます」


 興味深そうに資料を見ている父親に対して、おじさんが言う。

 

「ああ、助かるよ。ありがとう、リー」


「どういたしまして。では、わたくしは湧水の壺を直してしまいますわ。というか止めてしまった方がよろしいでしょうか?」


「止めてくれるかい? もし水量が増えすぎるようなことがあれば、また動かせばいいから」


 父親の言葉に、承知しましたわ、と頷くおじさんである。

 そのまま指をパチンと鳴らして、魔力の流れに干渉してしまう。

 

 先ほどまで豊かに流れ出ていた水がピタリととまった。

 再度、おじさんが指を鳴らす。

 錬成魔法を発動して、壊れていた箇所を修復したのだ。

 

「これで大丈夫ですわね。さて、わたくしはダンジョンに行ってこようかと思いますわ。奴隷にされていた人たちの住居を用意しなくては」


 あ、と声をあげるおじさんだ。

 

「陛下、確認しておきますが、大陸では家の様式がちがうということはありませんか?」


「ううむ。そう言われても、であるな。なにせ余が出奔したのはもう……かれこれ思い出せんくらい昔だ。ただまぁ余が作った町が基本になっておるからの。そう大きなちがいはないだろう」


 ですわね、とニッコリしてから姿を消すおじさんであった。

 なかなかせわしない。

 

「では、私は奴隷にされていた者たちに挨拶をしてきましょう」


 父親が言う。

 

「義父上と陛下はどうなさいますか?」


 二人の偉丈夫は顔を見合わせて、大きく首肯した。

 

「付いていこうかの。わしらもおった方がいいじゃろうからな」


 祖父の一言で決まりである。

 三人はおじさんに聞いていた古代都市の外へと足をむけた。

 

 一方でおじさんだ。

 今回はコルネリウスのダンジョンに移動してきた。

 

『神子様!』


 と駆け寄ってきたのは九尾のキツネであるミタマだ。

 もふもふとした尻尾を絡ませてくる。

 

「お久しぶりですわね」


 おじさんはもふもふを堪能しながら、言う。

 

「そう言えばタオちゃんがいませんわね?」


『あれは果樹園エリアに入り浸っております』


「仲良くしてもらっているのですね」


 ニコリと笑いながら、ミタマをなでるおじさんだ。


『マスター!』


 ダンジョンの主であるコルネリウスだ。

 ケツァルコアトルの化身である翼を持つヘビである。

 

「コーちゃんもがんばっていますわね!」


『はい! ダンジョンは順調です! 御所望の王蜜水桃も順調に育っています! あと高地エリアの蛇人たちも順応したようです!』


 つい最近、蛇人の里エリアを新しく作ったのだ。

 ここではヒーチェリ、コーヒー豆を作ってもらっている。

 

「素晴らしいですわね。コーちゃんもミタマも好きなだけ魔力をもっていきなさいな」


『蛇人たちは私を見て、神の使いと言うのですよ!』


 魔力を吸収しながらコルネリウスが言う。

 確かに翼のあるヘビというのは珍しいだろう。

 

『なんでも蛇神様の神使が翼のあるヘビだと』


「ほう……そんな話があるのですか。では、コーちゃんにぴったりですわね」


『ダメです! 私は蛇神様の使いではなく、マスターの使いなのですから』


『神子様は神と言っても差し支えがないでしょうに』


 もふられながらミタマが言う。

 目を細めて、表情をとろけさせている。


『それは否定しません。ですが、私は蛇神ではなく、マスターにお仕えしているのです!』


 その一線は譲りたくないコルネリウスであった。

 

「まぁその話はいいでしょう。蛇人たちが尊崇してくれるのなら、それでいいではありませんか。コーちゃん、此度はまた新しいエリアを作ろうと思っているのです」


『どのようなエリアでしょう?』


 と、おじさんはかんたんに事情を説明する。

 

『……なるほど。大陸様式の家というのはわかりませんが、ダンジョンの権能を使えば問題なく家を作成できます。もう少し魔力をいただいてもよろしいですか?』


「ええ。コーちゃんが好きなだけ持っていきなさいな。ミタマもですよ。尻尾がぶわぁってなるくらい魔力をもっていってかまいません」


『むふふ、神子様。このミタマが本気をだせば、尻尾にたくさんの魔力が貯められるのですよ?』


 ただの軽口である。

 だが、おじさんは挑戦だと受け取った。

 

 ニコリと微笑んで、魔力の供給量をアップしてやる。

 

『んぎいいいいいい! み、み、みみみ……神子しゃまぁあああ』


 一気にミタマの尻尾が膨れ上がった。

 それも一本だけではない。

 次々と尻尾が大きくなっていく。

 

『ちょっと! ちょっと待ってえええ! あふれちゃう、あふれちゃう』


 おじさんは涼しい顔である。

 一分もかからないうちに、ミタマの九本の尻尾がパンパンになった。

 なんだったら毛艶もよくなっているようだ。

 

『しゅ……ご、しゅぎ……るぅ』


 ぐったりするミタマだ。

 その同僚の姿を見て、コルネリウスは思う。

 不用意な一言を発するからだ、と。

 

『マスター、魔力の供給量は十分です。なので新しいエリアを作ってしまいましょう』


 さらっと話を変えてしまうコルネリウスだ。

 おじさんも、そうですわねと同意を見せる。

 

 もうダンジョンのエリア追加もなれたものだ。

 草原のエリアを指定して、サクッと作ってしまうおじさんである。

 

 ダンジョンの権能がとても便利なのだ。

 草原の土地を隆起させて高台を作る。

 

 高台の上に住居を用意した。

 五百人弱ともなると、こちらの世界ではそこそこの規模だ。

 多くはないが、少ないとも言えない。

 

 そこから見下ろすような形で湖も出現させた。

 木々を生やして、景観を整えていく。

 

 なかなか風光明媚なエリアになった。

 

「こんなものでしょうか」

 

 今のところ果樹と湖には魚がいる。

 あとは主食となる食料と塩や砂糖を用意しておけばいいだろう。


 これもダンジョンの権能で事足りる。

 魔力は必要になるが。

 

「コーちゃん、魔力は大丈夫ですか?」


『少し補充してもよろしいでしょうか』


「かまいませんわよ」


 ふわりと笑うおじさんだ。

 もはや無尽蔵の魔力だと、コルネリウスは思う。

 それに……何よりも質がいい。

 

 食料庫と井戸も複数作って、万全の体制である。

 

『マスター、ここではなにかお作りになるのですか?』


「ああ……忘れていましたわ。これを作っておきたいのです」


 おじさんが取りだしたのは、トカリの実である。

 鬼人族の里に行く前に入手した、ルビーレッドの洋梨だ。

 

『ああ……トカリの実ですか。これも美味しい果樹ですね』


「知っているのですか、コーちゃん」


 意外だと言わんばかりに目を丸くするおじさんだ。


『ええ。先代のマスターの好物でした。ただ入手できる数が極端に少なくて、なかなか味わえない一品だったのですよ』


「これもひょっとして高山植物かもしれませんわね」


『となると……蛇人族の里でないと育たない可能性がありますか』


「ですわね。まずは生育環境の近い高山エリアで育ててみましょう。ダンジョンの魔力があると、育ちやすいとは思うのですが」


『承知しました』


「ここのエリアにくる人たちは、のんびりしてもらいたいのです。なので、無理にお仕事をさせなくてもいいでしょう」


『その方がよろしいでしょう。住人から要望がでれば、考慮すればいいかと』


 そろそろやることがなくなった。

 おじさんは転移陣を作って、移動しようと思っていたときである。

 

「リーちゃああああん! タオちゃんきったおおおおお!」


 タオティエの声が響いてきた。

 コアルームから移動してきたのだろう。

 ダンジョンの守護獣なので、どこにでも移動はできる。

 

 ドドドドと音を立てて走ってくるタオティエだ。


「タオちゃん!」


 再会を喜ぶおじさんだ。

 突っこんでくるタオティエの身体を、くるんと回してしまう。

 

「お!? おおおお!」


「タオちゃん、元気にしてましたか?」


「タオちゃん、元気だお!」


 ニパっと笑うタオティエだ。

 その頭をなでながら、おじさんは言う。

 

「タオちゃん、いい子にしていましたか?」


「いい子にしてたお!」


『また嘘をついて』


 タオティエの言葉に即座にツッコむコルネリウスだ。


『聞いてください、マスター! 先日、タオティエは妖精たちと共謀して果樹園に悪戯をしたのですよ!』


「ほおん……」


 ここにはおじさんが作った聖樹エリアがある。

 妖精の里だ。

 

「どんな悪戯をしたのです?」


「あっーー! コーちゃん、それは言っちゃダメだお!」


『いいえ、マスターに聞いてもらいます!』


「コーちゃん、ダメだおー!」


 タオティエがコルネリウスの尻尾を掴んで振り回す。

 

『ちょ! タオちゃん! やめてえええ』


 どうやらコルネリウスも不用意な一言を発したようである。

 おじさんがタオティエの手から、コルネリウスを助け出した。

 

『ワレこら、なにさらして、けつかんどんじゃ! おう! いてまうぞ! ワレこら、ワレこら! クレクレタコラ、こらあ!』


 コルネリウスも切れる。

 おじさんはやれやれと息を吐くのであった。

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