第756話 おじさんの無茶ぶりに頭を悩ませるうーちゃん


 少しだけ時間を遡る。

 おじさんとの通信を終えたウドゥナチャだ。

 

 ウドゥナチャは今、ハムマケロスから王都へむかう陸路にいた。

 王都までは乗り合い馬車がでている。


 状況にもよるが、だいたい四日から五日程度の道のりだ。

 おじさんたちは三日ほどでついたが、かなり早い部類だろう。

 

 馬車を引くのがおじさんが作ったパイン・ウィンドであることや、手練れの騎士たちが護衛についていたからだ。

 

 民間の乗り合い馬車だと、同じようにはいかないのである。

 それに――ウドゥナチャは乗合馬車が苦手だ。

 

 なので、ハムマケロスで馬を一頭借りたのである。

 冒険者組合では有料で、そうしたサービスを行なっているのだ。

 

 怪しい四人組も乗合馬車ではなく、馬を借りて移動している。

 という理由も大きい。

 

 ばれないように一定の距離を保ちつつ、ウドゥナチャは追跡をしていたのだ。

 

「……お嬢は相変わらずだな」


 馬に乗りながら、ぼそりと呟くウドゥナチャだ。

 偶然だけど、見つかった腕輪を欲する者たちゲ・ドーンはご愁傷様としか言いようがない。

 

 おじさんに見つかったら最後だ。

 あとは滅ぶしか道はない。

 

「ってことは……あの襲撃者。あいつは腕輪を欲する者たちゲ・ドーン絡みじゃねえってことだな」


 ウドゥナチャは襲撃を受けた。

 ハムマケロスで。


 顔を隠した小柄なヤツだ。

 正直なところ負ける気はしない。

 

 が、なかなかの手練れだと思う。

 また襲ってくれば、逃がす気はない。

 

 今のところは遮蔽物がほぼない草原だ。

 襲ってはこないと思うが……油断はできない。

 

「ったく、のろのろと進んでるんじゃねえよ」


 怪しい四人組のことだ。

 使い魔のカラスを使って上空からも監視中である。

 

 四人で馬を二頭。

 どうやら馬に乗るのは得手ではないらしい。

 

 とは言え、だ。

 彼らをせかすようなこともできない。

 なので、のんびりと追跡をするウドゥナチャであった。

 

 その日の夜である。

 

 器用に魔法を使って馬の世話をするウドゥナチャだ。

 土の魔法で桶を作り、水を与える。


 食事となる馬草は陰魔法の中からだす。

 ブラッシングもしてやるくらいには世話慣れしているのだ。

 

 一通り終わってから、ウドゥナチャは腰を落ち着けた。

 おじさん製の虫除けを使い、ぱちぱちと音を立てる焚き火の前に陣取っている。

 

 焚き火の上には鍋がかけられている。

 入っているのはハムマケロスで買ったスープだ。

 

 鍋に入れてもらって、宝珠次元庫にしまっておいたのである。

 

 陽が落ちると寒くなる季節だ。

 身震いするほどではないが、暖かいスープがありがたい。

 

 それをパンと一緒に頬張るウドゥナチャだ。

 おじさんのくれた宝珠次元庫や、その他の道具類が便利すぎる。

 

 ここまで快適な野営ができるとか反則だと思う。

 いや、むしろもうかつての野営には戻れない。

 

 さらにおじさんは結界の魔道具まで持たせている。

 魔力をとおして起動すれば、八時間は結界を張ってくれる優れものだ。

 独り旅であってもゆっくり眠れる。

 

 ウドゥナチャがホッコリとしているところで闇が動いた。

 正確には闇と同化するような姿の襲撃者がいたのだ。

 

「はぁ……まったく。ゆっくりしたいんだけどな」


 ボリボリと頭を掻くウドゥナチャだ。

 

「出てこいって」


 闇にむかって声をかける。

 それが合図になったかのように、黒く塗られた短刀が空を走った。

 

 月明かりに照らされて、短刀がキラリと光る。

 が――カキンと音が鳴って、おじさん手製の結界に短刀が弾かれた。

 

「うへぇ……こんなに強固な結界なのかよ」


 結界の魔道具といっても、簡易的なものだと思っていたのだ。

 それが短刀を数本弾いてもビクともしない強度がある。

 

 立て続けに角度と方向を変えた短刀が襲う。

 だが、おじさんの結界はビクともしなかった。

 

「あれ? これってひょっとして」


 ウドゥナチャは思った。

 べつに戦わなくてもいいんじゃないか、と。

 

 この襲撃者は人目を忍んでやってくる。

 ここは草原だとしても、明るいうちにはやってこないのだろう。

 

 となると。

 べつに戦わなくてもいいのではと思うのだ。

 夜になって襲ってくるのなら結界を張っておけばいい。

 

「ニヒ……」


 奇妙な笑い声がウドゥナチャからでた。

 そのまま焚き火の前で横になるウドゥナチャである。

 

 キン、と断続的に短刀を防ぐ音が聞こえる。

 だが――ウドゥナチャは絶対の信頼を寄せているのだ。

 おじさんに。

 

 そのまま短刀が弾かれる音を子守歌代わりにして、ウドゥナチャは目を閉じるのであった。

 

「ふわぁ……」


 あくびをしつつ、ウドゥナチャは目を覚ます。

 凝り固まった身体をほぐすように、ぐぅと身体を伸ばした。

 

 時刻は夜明けの少し前といったところだろうか。

 東の空がほんのりと色づいている。


 まだ太陽は昇ってきていない。

 

「おうおう、がんばったもんだなぁ」


 ぐるりと辺りを見回すウドゥナチャだ。

 結界の周辺には何本もの短刀が地面に落ちていた。

 

 ある程度は回収したのだろうか。

 それでもまだ残っている短刀があったのだ。

 

 加えて、地面に残された無数の足跡を見る。

 その跡を見れば、最終的には斬りかかってきたこともわかった。

 

「どんだけだよ」


 改めて、内側から結界に触れてみるウドゥナチャだ。

 

「んーこの結界の魔道具だけでも大儲けじゃねえか」


 これは冒険者たちには必須だろう、と。

 他にも行商人や商隊たち、野営をする者たちの必需品になる。

 

「さて……どうしたもんかねぇ」


 襲撃者は自分を追ってきている。

 

 なぜだ。

 理由を考えたとき、心当たりがありすぎる。

 裏社会組織のボスだったのだから。

 

「ちょっとお嬢に相談してみるかな」


 そんなことを口にしながら、昨日の残りのスープを温める。

 食事をすませて、移動しようかと思ったときのことだ。

 

 シンシャが震えた。

 

『う-ちゃん、おはようございます』


 おじさんだ。

 朝の挨拶なんてされたのは、いつぶりだろう。

 思わず、苦笑を漏らしてしまうウドゥナチャだ。


「おはよう、お嬢」


 挨拶をするのも悪くない。

 そう思う。

 

『うーちゃんにちょっと聞きたいことがありますの』


腕輪を欲する者たちゲ・ドーンのこと?」


『ちがいますわ。わたくし、色々と考えてみたのですが、うーちゃんには裏社会の王になってもらおうかと思いますの』


「は? ちょっと待った。いま、なんつった?」


『ですから、うーちゃんには裏社会の王になってもらおう、と』


 途方もない話がでてきて困惑するウドゥナチャだ。

 なにを言っているのか、ちょっとわからない。

 

『ざっくり言えば、裏社会の組織をまとめてもらおうかと』


 うん。それはわかる。

 でも――目的はなんだ、と思う。


「ほおん……なんでそんなことを?」


『だって、ごちゃごちゃしていて面倒ですもの。うーちゃんがまとめてしまえばいいじゃないですか?』


 面倒ときたか。

 まぁ確かに施政者の側からすればそうなのだろう。

 

『わたくしが全面的に後ろ盾になりましょう。資金など必要なものがあれば言ってくれれば用意しますわ』


「いや、ちょっと待って。なんかもう決定事項になってない?」


『え?』


「え?」


 ちょっと待ってほしい。

 切実に思う。

 

 裏社会の王ってことは……だ。

 

 暗殺教団ディ・ストローン闇政府ゴ・ド

 さらには魔人修道院ブ・ラーク=セイタンなんかもぜんぶ敵に回すことになる。

 

 それはさすがに無理があるような……いや、できるか。

 おじさんなら可能だ。

 

『うーちゃん、今すぐに動けとは言いませんわ。王都に戻ってきたときに相談しましょう』


「ああ……うん、わかった。でも、お嬢は本気なのかい?」


『本気でなければそんなことは言いませんわ。そうですわね、この話を受けてくれたら従者の一人でもつけてあげます』


「従者ってあのおっかない侍女さんみたいな?」


『サイラカーヤですか? 彼女はわたくしの従者ですからダメですわ』


 うひょーという侍女の声が響いた。

 おじさんの言葉が嬉しかったのだろう。

 

『魔神の一人や二人、召喚してあげま……』


 その瞬間、ウドゥナチャの脳裏にはあのブラックな同僚が描かれる。

 

「それは勘弁してほしいんだけど」


『でも、従者は必要でしょう。裏社会統一には!』


 あ……これはもうダメかもしれない。

 ウドゥナチャはなんとなくそう確信するのであった。

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