第755話 おじさん建国王の言葉を胸に刻む


 王城を辞したおじさんたちである。

 現在は公爵家のタウンハウスで寛いでいた。

 なぜか建国王も、おじさんちについてきている。

 

 賓客用の最上位サロンにいるのは祖父母と母親、建国王におじさんだ。

 お茶を飲みながら、ほうと息を吐く。

 そんなおじさんを見て、祖母が口を開いた。

 

「どうしたんだい、リー」


「お祖母様……そうですわね。国王陛下たちの決定に異を唱えるわけではありませんが、本当に良かったのでしょうか」


 鉱人族ドワーフの古代都市から始まる一連の件である。

 おじさん的には、どうにも消極的なように思えるのだ。

 

 ふふっと祖父母が笑う。

 母親もだ。


 嘲っているのではない。

 ただ、おじさんの若さが楽しかったのだ。

 

「リーよ、先ほどウナイが言っておっただろう。今では余が一夜にして王都を建築した、と」


「確かにそうですわね。わたくしもそのように習いました」


「まぁ話を美化するというのは往々にしてあることじゃ。で、実際に余ができるかと言えばできんわけだ」


 ふむふむ、と頷くおじさんである。

 

「まぁリーならできるだろう? だが、こういうのは早くやってしまえばいいと言うものではない。まぁ緊急性の高いものは早くやればいいんだがのう」


 少し前にサングロック周辺の農村でため池を作った。

 そのことを思いだすおじさんである。

 

「恐らく、今回の件にしてもリーならすぐに解決できるだろう?」


 建国王は知っている。

 おじさんの配下にいる使い魔たちのことを。

 なにせ同僚みたいなものだから。

 

「だから消極的に思えるのだろう。じゃが、それではリーにすべてを押しつけてしまうことになる。それがな大人たちにとっては、心苦しいのだ」


 それにと建国王は付け加える。

 

「リーが健在な内はいい。リーができることをしてくれるのだから。じゃがリーが居なくなったらどうする? 誰も代わりはできん」


 属人的な力に頼るだけではダメだという話である。

 その辺はおじさんも頭では理解していた。

 

 しかし、本当の意味では理解できていなかったのだろう。

 なにせ前世からのワーカホリックがある。

 つい、自分ができることは、自分がした方が早くすむと考えるのだ。

 

 悪いことではない。

 が、おじさんは公爵家の令嬢だ。

 人の上に立ち、人を使う立場の人間である。

 

「リーは自分の力を使う意味がわかっておる。が、任せられるところは任せておけばいい。それが王たる者に必要な資質じゃのう」


 かかか、と笑う建国王だ。


「わたくし、王になろうとは思いませんけど。それでも今の陛下のお言葉は胸に刻んでおきますわ。佳言ありがたく存じます」

 

 ぺこりと頭を下げるおじさんであった。

 少し考え方を変えれば、おじさんが出張れば出張るほど他の人が活躍できなくなるのだ。

 

 その辺りを考える必要もあるのだろう。

 

「よいよい。リーはまだ成人もしておらぬのだ。今のうちに多くの失敗をして学べばいい。それにリーには頼りになる大人たちがおるではないか」


 建国王はぐるりと周囲を見る。

 祖父と祖母が優しい顔でおじさんにむかって頷く。

 母親も同様であった。

 

「ところでじゃ、先ほど言っておった妖麗なる怨霊神ヴ=トについて、色々と聞きたいんじゃがのう」


 やはり建国王も脳筋の一族なのであった。

 

 祖父母と母に建国王。

 おじさんには聞きたいことがたくさんあるのだ。

 もちろん報告はうけている。

 

 が、それ以上に知りたいことがたくさんあった。

 特に鉱人族ドワーフ様式の転移陣のこととか。

 あるいは鉱人族ドワーフの古代都市の様子とかが気になる。

 

 時には冗談を交えながら五人は楽しい時間を過ごしたのだった。

 そして宴もたけなわとなろうかというときである。

 おじさんが建国王に質問をぶつけた。

 

「そう言えば、わたくし気になっていたことがありますの。陛下の時代には今よりも古代遺跡が残っていたかと思うのですが、なにか気を惹かれた遺構はありますの?」


「んー古代遺跡か。正直なところ、余の時代ではそれらしきものはあったが詳しく調査をするという余裕がなかったのでなぁ」


 昔を思いだすように、建国王の視線が上をむいた。

 

「そも余がこの地についたのは、今で言うラケーリヌ領の南方でな」


 アメスベルタ王国は島国だ。

 ただ島にしては、かなり大きいけど。

 

 形はざっくりといって二等辺三角形。

 中央は王家、北がサムディオ、西がカラセベド、東がラケーリヌという区分けだ。

 

「たどり着けたのが奇跡に近かったな。なにせ最後は嵐にあってどこにむかって進んでおるかすらもわからなかったのでな!」


 ガハハハと豪快に笑う建国王。

 それを羨ましそうに見つめる祖父だ。

 

「船が沈没とまではいかんかったが大破してな。嵐が明けた朝に陸地が見えたときは、なんというか生きていることを実感したのう」


 大冒険だ。

 祖父がワクワクするのも無理はない。

 

「でな、なんとかかんとか上陸して。浜辺に拠点を作ってな。船を解体して材料を確保して、今となれば笑い話じゃが当時はまぁ大変だったのう」


「シークスの浜辺ですな! 今でも陛下ゆかりの地として人気がありますわい!」


 祖父だ。

 やっぱりこういう話が楽しいらしい。

 

「うむ。あの名もなき浜がそんなことになっておるのか」


 いわゆる聖地巡礼である。

 王都から建国王の足跡を逆にたどっていくというのが、伝統的な貴族のたしなみでもあったと、おじさんは聞いた。

 

「あの浜辺のすぐ近くにな、確か古代の遺跡らしきものがあった。見つけたときは興奮したがの。まぁ専門的な知識を持った者もおらず、なにができるわけでもなかった。ただ当時の神官のひとりが興味をもっておってのう、色々と調べておったはずじゃ」


「あの辺りと言うと……」


 祖父が声をあげたが、すぐさまに祖母が言葉を継いだ。

 

「真っ先に思い当たるのがバイエニトだねぇ」


「おお! そうじゃ! バイエニト!」


 百橋の町バイエニトである。

 おじさんも行ったことはないが知っている。


 ここは川の多い場所で、町中に橋がたくさんかかっているのだ。 

 水都と呼ばれることもある。


「ふむ……バイエニトか。あそこにはのう……」


 まだまだ建国王の昔語りは尽きないようである。

 

「たっだいまー!」


 元気な声が響く。

 ケルシーだ。

 

 部屋に戻るまでにすれ違う侍女や従僕たちに声をかけているのだ。

 ニコニコとして元気のいいケルシーの美徳である。

 

 そんな時間か、と外を見るとすっかり暗くなり始めていた。


「お嬢様、どこへ行くつもりです!」


 クロリンダの声も響いてくる。

 

「どこってリーのところに決まってるじゃない!」


「いや、アドロスさんが今は大事なお話の最中だって言ってたじゃないですか!」


「ばっかね。リーに話したいことがあるの!」


「だから、それは後にしろって言ってるんですよ!」


「なんでさ!」


 蛮族である。

 おじさんは苦笑しながら立ち上がった。

 

「わたくし、席を外しますわね」


 母親と祖父母、それに建国王も頷く。

 行ってこいということだ。

 

 おじさんがサロンから退室する。

 廊下の先にケルシーとクロリンダが見えた。

 

「あっ! リー! たっだいまー!」


 クロリンダの制止を振り切ってケルシーが駆けた。


「おかえりなさい、ケルシー。少し声が大きいですわよ」


 おじさんの言葉などなんのそのだ。

 ケルシーがおじさんに抱きついた。


「にへへー。聞いて聞いて、今日はね! ニュクスに魔法を教えてもらったんだー!」


「ちょ、お嬢様!」


 クロリンダにむかって、おじさんが軽く手をあげる。

 このままでいい。

 なんだか子犬みたいなケルシーだ。

 

「そうですか。覚えられましたか?」


「できなかった! 難しいんだもん」


 にへらっと笑うケルシーだ。

 そんなケルシーの頭をなでながら、おじさんは思う。

 

 ありがたいな、と。

 お友だちがいて、優しい家族がいて。

  

「あとで少し見てあげましょう。いつものサロンでお茶でもしましょうか。お腹はすいていませんか?」


「ありがと! お腹空いてる! もうペコのペコ!」


 おじさんが目配せをするまでもなかった。

 クロリンダが頭を下げて厨房へと足をむける。

 

 おじさんとケルシーはサロンへとむかうのだった。

 

 一方で残された大人組である。

 

「陛下、つかぬことをお伺いしますが」


 祖母が真剣な表情で建国王を見る。

 

「リーが王位につくことをお望みでしょうか?」


 その質問に笑う建国王だ。

 

「余は既に残りカスのようなもの。それが今更、王位の継承に口をだすような野暮なことはせんよ。」


 ただ――と建国王も真剣な表情で言う。


「あの子は人を惹きつける。望む望まぬは関係ない。あの子の周りには人がどんどん集まるだろうよ。ならば――王としての資質を身につけておいて損はない。そう思うだけじゃ」


 ま、余計なことかもしれんがの、と笑う建国王だ。

 その姿を見て、祖父母も肩から力を抜く。


「……リーちゃんが望まないものを押しつける気なら一戦交える覚悟でしたのに」


 ほほほ、と母親が軽やかに笑う。

 

「うむ。闘技場のダンジョンでならば相手をしてやるぞ」


 おほほ、あはは、と笑い声が大人組から響く。

 なんだかんだでカラセベド公爵家の面々は平常運転であった。

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