第752話 おじさんドワーフの地下都市の価値をいまいち理解していなかった


「お嬢様! やりました!」


 侍女がおじさんに駆け寄る。

 しっぽをパタパタとさせる犬を連想するおじさんだ。

 思わず、侍女の頭に手を伸ばしてしまう。

 

「ご苦労様でした。さすが、わたくしのお姉ちゃんですわ」


「はわわわ! もったいのうございましゅう」


 目がハートになっている侍女である。

 ひとしきり侍女を愛でたあと、おじさんはランニコールに向き直った。

 

「ランニコール。転移陣はありましたか?」


「既に発見済みです。そちらにはバベルが待機しておりますので」


 やっぱりあった転移陣である。

 この転移陣を使えば、恐らく大陸側に行けるはずだ。

 

「これで腕輪を欲する者たちゲ・ドーンは壊滅ですわね」


「可能性としては、まだ大陸側に残党がいることも考えられますな」


 おじさんの言葉に打てば響くように答えるランニコールだ。

 

「ふむぅ。とりあえず転移陣へ行きましょうか」


 おじさんが侍女とランニコールを連れて転移しようとした。

 

「おっと。その前にランニコール、手間をかけますがあの死体を片してくれますか?」


「畏まりました」


 ぱちんと指を弾くランニコールだ。

 蝿が一気に集って、首領の死体が骨のみになる。

 

 さらにランニコールが指を鳴らす。

 今度は骨が砂のようになって、さらさらと崩れていく。

 

 それを見届けてから、おじさんは逆召喚を発動するのであった。

 

 バベルが待っていた場所は意外にも屋外だった。

 ただし四阿あずまやが建てられている。

 

 都市の外壁が見えるところから、端っこにあるのだろう。

 バベルの足下にも魔人の死体が転がっていた。

 

「ご苦労様です。いい仕事をしてくれましたわね」


 おじさんが開口一番ねぎらう。

 お礼を言うのは、おじさんの癖だ。

 

「なんのなんの、これしきでおじゃる」


 ホホホと上機嫌に笑うバベルであった。

 

「トリちゃん! 座標が読めますか?」


『さすがに我でも無理だな。これは精霊言語による転移陣とは、少し異なるようであるぞ』


「なるほど。鉱人族ドワーフ独特の転移陣だと」


『恐らくな』


 ふむぅと声をだすおじさんであった。

 ここにも魔人がいたということは、転移陣をとおって逃げようとしたのか。

 

 しかし逃げたところで……。

 いやと思う。

 大陸側にも仲間がいると考えるのが自然だろう。

 

 となると……。

 

 おじさんが考え始めたときだった。

 

「主殿、実はもうひとつ放置されていた転移陣を見つけているのでおじゃる」


 バベルが衝撃の発言をした。

 まだ転移陣があるのだろうか。

 

「そちらは……ひょっとして壊れているのですか?」


 おじさんのひらめきだった。

 なんとなくそう思ったのだ。


「ご賢察のとおりでおじゃる。あちらの建物の一階にもうひとつの転移陣が刻まれておったの」


 バベルが指をさす。

 その先には都市の中では大きな建物が見えた。

 

「……他にも転移陣があった。それも建物の中ですか。こちらの方が鉱人族ドワーフにとっては重要なものだったのでしょうか。となると、四阿あずまやが建てられていたこちらはふだん使いという意味?」


『我も主の考えに賛同する。たぶん……この古代都市というのは大陸側にある都市の衛星都市であろうな』


「本命は大陸側……となると、腕輪を欲する者たちゲ・ドーンも壊滅にまでは至っていない。先ほどサイラカーヤが倒した相手も、首領ではないのかもしれない」


『我はその可能性が高いと考えておる』


 ふむ、となると腕輪を欲する者たちゲ・ドーンというのは、案外と大きな組織なのかもしれない。

 いや出先機関という可能性もある。

 

 要するに大陸側には腕輪を欲する者たちゲ・ドーンを裏で操る黒幕がいる。

 

「少々、面倒なことになったかもしれませんわね?」


『うむ。主よ、我はここでいったん手をとめることをおすすめする』


 トリスメギストスの提案に頷くおじさんだ。


「ですわね。大陸側に渡ったとしても、どのくらい時間がかかるか」


『もう少し手駒がほしいところであるな。諜報員の』


 現在、おじさんの手駒としてはウドゥナチャのみ。

 ウドゥナチャに諜報員を育成させるか。

 そんなことを考えるおじさんだ。

 

 しかし、今はそんな余裕がない。

 即戦力がほしいところなのだ。


「うーちゃんに裏の組織を束ねさせますか」


 おじさんの息がかかったウドゥナチャを使って、王国内の裏組織を統一してしまう。

 そうすれば、なんとかなるかもしれない。

 

 ちらりとバベルとランニコールを見る。

 この二人がいれば、あっという間に統一できそうだが。


「主殿よ、麻呂から提案なのだが」


 おじさんの意をくんだだろう。

 バベルが口が開いた。

 

「麻呂とランニコールなら分体を作って偵察ができるでおじゃる」


「どの程度の数がだせますか?」


「主殿から魔力の供給をうければ、それこそいくらでも」


「では、お好きなだけもっていきなさい」


 おじさんが抑えていた魔力を解放する。

 一瞬で地下空洞そのものがビリビリと振動するほどの圧だ。

 

「ありがたく」


 バベルとランニコールへの魔力の供給を始めるおじさんである。

 

「クカカカ! 今の麻呂なら神の門すら砕けそうでおじゃる」


「ふははは! あの小生意気な神すらやれそうですな」


 二人がニヤリと笑って、分体を作る。

 一人から二人へ、二人から四人へ。

 

 あっという間に百人程度の分体ができあがった。

 二人合わせれば二百人強である。

 

「いいですか。まずは情報を収集することが第一目的です。殲滅もできるかもしれませんが、それは情報を集めてから。それを念頭においてくださいな!」


「御意」


 と二百人強の分体が跪いた。

 そして、次々に転移陣へとのりこんでいく。

 

「トリちゃん!」


『わかっておる。鉱人族ドワーフ様式の転移陣、既に解析に入っておるので、今しばらくすれば壊れた転移陣についても手がかりが掴めよう』


 おじさん、使い魔がトリスメギストスで良かったと思う。

 

「では、バベルとランニコールの二人には古代都市の守護をお願いしますわね。この転移陣から魔人たちが入ってくる可能性もありますから。しばらくはここを守ってくださいな」


「畏まったでおじゃる」


 バベルとランニコールが揃って頭を下げた。

 

「あと湧水の壺でしたか。どこに設置してあるのか目星はつけてあるのですか?」


「もちろんでございます。いつでも撤去可能ですが……奴隷たちのことを考えると今しばらくは」


 ランニコールの言葉に頷くおじさんだ。

 了承して、次に。

 

「カーネリアン、リリートゥ!」


 おじさんは念話を二人につなげる。

 

『ハッ。大主様』


「そちらに異常はありませんか?」


『問題ありません』


「こちらは残敵の掃討に成功しましたわ。わたくしは今後のことについて、少し相談をしてきますので、そのまま待機してくださいな。奴隷にされていた者たちのことを頼みますわね」


『承知いたしました』


 これで準備はよし。

 おじさんは侍女を見る。

 

「サイラカーヤ、いったんお屋敷に戻りましょう。お祖母様とお祖父様に相談をしなくてはいけません」


「その方がよろしいでしょう」


「トリちゃんはどうしますか?」


『我は壊れた転移陣の調査をしてくる』


「頼みました。では、わたくしとサイラカーヤはいったん戻ります」


 と、おじさんたちは公爵家の本家へと転移するのであった。


 時刻はまだ昼前だろう。

 陽が高くなっているが、また中天にはとどいていない。

 

 秋晴れのいい陽気である。

 おじさんは公爵家の庭へと戻ってきていた。

 祖母の魔力を追って転移したのである。

 

「おや? リー? 早かったね」


 祖母がおじさんたちを見つけて、ニコリと笑った。

 どうやら天気がいいので、外で執務をしていたようである。

 

「お祖母様、少し相談がありますの」


 おじさんは語った。

 水源地を探しあてたこと、そこに魔道具がおかれていたこと。


 魔力の流れを追っていくと鉱人族ドワーフの地下都市を発見したこと、そこに奴隷がいたことなどなど。 

 腕輪を欲する者たちゲ・ドーンと称する者たちの殲滅に、転移陣が大陸側に続いている可能性が高いことも、だ。

 

 おじさんの話を聞き終わった祖母は頭を抱えていた。

 

 ちょっと情報量が多すぎる。

 水源地付近に魔物がいて倒してきた、くらいなら問題なかった。

 

 正直なことを言えば、鉱人族ドワーフの地下都市あたりで、もうお腹がいっぱいだ。

 

「リー、……さすがにそれだけの規模になってくると、もう王家を巻きこんじまった方がいいさね」


「……そういうものですか?」


 おじさん的にはもっとシンプルでいいと思う。

 とりあえずあちらの状況がわかれば、帰りたい者は帰ればいいし、残りたい者がいれば残ってもらえばいい。

 

 資金が足りないなら、おじさんがだす。

 だってお金なら余っているのだから。


「ああ、そうか……そうだったね。もう面倒だ、今からセブリルを連れて王城へ行くよ! 途中でヴェロニカも拾ってね!」


 こうしてカラセベド公爵家一家が揃って登城することになった。

 

 先触れからその報せを受けた国王は、胃痛を訴える。

 なんとか逃げようと試みたが、宰相に取り押さえられてしまった。


 王城で仕事をしていた父親は、もうなにか悟ったような顔で笑うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る