第751話 おじさん腕輪を欲する者たちの首領と決着をつける


 ランニコールの下へ転移したおじさんたちである。

 そこは鉱人族ドワーフが作ったとは思えない粗雑な空間だった。

 

 壁には松明が取りつけられ、炎が揺らめいている。

 ただ地下を掘りました的な洞窟だ。

 

 古代都市の地下をさらに掘ったということなのだろうか。

 直径が五メートルほどの空間だ。

 

 壁はむきだしの土である。

 

「マスター。お待ちしておりました」


「ふむ……首尾は上々といったところですか」


 ランニコールの足下には魔人が転がっている。

 いや、魔人の骨というべきか。


「貴様っ! 何者だ!」


 洞窟の最奥。

 おじさんがいる位置とは逆側にローブ姿の年寄りがいた。

 かなり高齢なのが、一見してわかる。

 

 学園長ほどではないが、フードから覗く顎には白鬚が見えるのだ。

 加えて垣間見える肌の質感が老人のそれであった。

 

「あなたは腕輪を欲する者たちゲ・ドーンの首領ですか?」


 おじさんはマイペースだ。

 相手の質問には答えず、質問で返す。

 

 フッと鼻で笑って、老人はしゃがれた声で言う。

 

「それすら知らずに襲ってきたというのか!」


 老人は激高していた。

 さにあらん。

 彼らからすれば、前触れもなく突然訪れた者たちだ。

 

 それが奴隷を解放し、魔人を殺して回った。

 首領を守るための近衛隊というべき魔人も鎧袖一触である。

 

 やけに白い肌をした蝿のような容貌の男もいた。

 

「まぁ偶然というよりは必然ですわね」


「必然だと?」


「だって、あなた方がしたことが原因で場所が割れたのですから。秘密にしておきたいなら、もっと考えないといけませんわよ」


 おじさんの正論パンチであった。

 元はと言えば、サングロック近郊を流れる川の水量が減ったから。

 

 だから調査が入ることになったのだ。

 恐らく水量が極端に減ったのは、腕輪を欲する者たちゲ・ドーンが順調だったからだろう。

 

 奴隷の数が増えれば増えるほど、必要となる水の量も多くなるのだから。

 

 それを使い放題使っていれば、影響がでて当然だ。

 

「あの隠蔽結界を破ったというのか!」


 こくりと頷くおじさんだ。

 精霊の森の奥にあった墓地のことだろう。

 あの程度なら、なんの問題もない。

 

「……嘘つきダンジョンのことですね」


 侍女の怒りがちょっとちがう方向にむいた。

 騙されたことを怒っているのだ。

 

「まぁいずれにしても、あなた方はここでおしまいですわ」


「おしまいだと? 小娘が! まだ余が残っておる! 余さえいれば組織の再興も夢ではない!」


「ガ=ガーイの腕輪でしたか」


「なぜそれを!」


「まぁいいでしょう。せっかくですし、サイラカーヤが相手をしてあげますか?」


 首領のことは無視して、侍女に声をかけるおじさんだ。

 侍女はパッと顔を華やかな笑みで彩る。

 

「やります! ぱぱーんと終わらせます!」


 おじさんも笑みをむけた。


「では、サイラカーヤにお願いします。あ、そうそう。新式鎧の性能も試しておいてくださいな」


「承知しました!」


 ずずいと前にでる侍女だ。


「ランニコールには申し訳ありませんが譲ってあげてくださいな」


「お気遣いありがたく。マスターのお望みがままに」


 スッと頭を下げるランニコールであった。


【メイド・鎧化現象アームド・フェノメノン!】


 侍女が右手を天に掲げて叫ぶ。

 中指にはめられた指が光を放った。

 

 天空龍シリーズに換装する侍女だ。

 おじさん、実は侍女の鎧を少しいじっていたのである。

 

 色々と思いついたから。

 

 基本的には白と瑠璃色を基調としたバトルドレスとでも言うべきものだ。

 

 胸甲とコルセットを思わせる腰部の装甲が美しい。

 菱形の垂れがスカート部分の装甲だ。

 

 ホワイトブリムに似せた額当てには宝石が埋めこまれていた。

 手甲と足甲はドラゴンを模したもの。

 

 美しさと禍々しさが同居する会心のデキであった。

 自分で作ったのに、思わずウンウンと頷いてしまうおじさんだ。

 

【ガ=ガーイの腕輪よ! 我に力を!】


 侍女が叫ぶのと同時に首領も叫んでいた。

 その左腕には装飾が施された腕輪がついている。

 

 ガ=ガーイの腕輪なのだろう。

 

 ビカっと強烈な光を放って老人を包む。

 どちらかと言えば、小柄な部類に入る老人であったはずだ。

 

 それがグググッと筋肉が盛り上がり、身長も高くなっていく。

 背には猛禽類の翼が生えた。

 

 足が恐竜のような凶悪なものに変わる。

 そして――ハゲワシのような容貌へと変化するのだった。

 

「ブレード!」


 侍女が叫ぶ。

 ドラゴンを模した装甲、足の側面、そして前腕の側面からジャキンと音を立てて刃が伸びた。

 

「ふん! 死ぬがいい! ガ=ガーイの腕輪の力をその目に焼きつけてな」


 バサリと翼をはためかせる首領だ。

 羽根が侍女に、おじさんたちにむかって飛んでくる。

 

 すべてを打ち落とす侍女だ。

 一方でおじさんたちはと言えば、ランニコールが物理障壁を張っていた。

 

「くだらない」


 吐き捨てて、侍女が突進する。

 

「けええええええ!」


 甲高い声をあげて宙へと舞い上がる首領だ。

 侍女が跳ぶ。

 

 ただし首領にむかってではなく、壁にむかって。

 ここは閉鎖空間だ。

 なにせ直径が五メートルほどしかない。

 

 今の侍女なら、身体強化を使って立体的に戦える。


 壁から天井へ。

 天井から別の場所の壁へ。

 高速で動く侍女である。

 

 しかも跳びながら首領にむかって刃で斬りつけるのだ。

 侍女が跳ぶたびに、羽根と血しぶきをまき散らす。

 

「わたくし思うのですが……」


 おじさんは隣に立つランニコールに言う。

 

「あの首領はなぜこんな場所に居るのでしょう? あの姿ならお外にでないと実力を発揮できませんわ」


「マスター。阿呆のやることに疑問を抱く必要はありません」


「……そういうものですか」

 

「そういうものですよ」


 無慈悲な会話をするおじさんとランニコールであった。

 だが、言われて当然だろう。

 機動力重視のスタイルなのに、それが活かせない場所にいるのだから。

 

「ぐはああ!」


 首領が叫ぶ。

 見れば片方の羽根が切り裂かれていた。

 

「まったく。これではお嬢様の要望には応えられませんわ」


 口ではそう言うが、まったく手を緩める気がない侍女だ。

 

「仕方ありません! いきますわ! 血霧の舞!」


 侍女がさらに加速して縦横無尽に跳び回る。

 気がつけば首領はなにもできずにいた。

 

 それどころか体中を切り刻まれている。

 

 このままでは。

 このままではダメだ。

 

「ガ=ガーイの腕輪よ! 我に力を!」


 だが、ガ=ガーイの腕輪からの反応がなかった。

 うんともすんとも言わない。

 

 リキャストタイムでもあるのだろうか。

 

 実は首領はそんなことすら知らなかった。

 なぜならガ=ガーイの腕輪を使っても勝てない相手はいなかったから。

 裏社会の住人であっても。

 

 だから――慢心していたのだ。

 万が一にも勝てない相手がいた場合、どのくらいの頻度で使えるのか。

 そんなことも考えていなかったのである。

 

 そして――首領は覚悟を決めた。

 この場所から逃げなければ、どうにもならない。

 

 本家ガ=ガーイの腕輪によって生命力も高まっているのだ。

 少し身体を傷つけられたところで死にはしない。

 

「うおおおおおお!」


 地面に足をついて、膝を曲げる。

 そして翼を動かすのと同時に跳んだ。

 

 前には結界を張ったおじさんたち。

 侍女の動きはよくわからない。

 

 だから天井を破って逃げようと思ったのだ。

 

 どがん! と派手な音がした。

 同時に――おじさんは見たのだ。

 

 首が天井に埋まって宙づりになった首領を。

 それでも生きてはいる。

 だって、足をジタバタさせてもがいているもの。

 

 おじさん的には古のゲームを思いだす。

 移動魔法は天井のある場所では使えないのだ!

 

「大・切・斬!」


 もはや首領は――侍女のいい的でしかなかった。

 

 上下に泣き別れになった首領の身体。

 どさりといろんなものが空中から地面に落ちる。

 

「そうなりますわねぇ」


「でしょうな」


 なんとも言えないおじさんとランニコールであった。

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