第750話 おじさんは現状を把握し、ジケートは真面目に悩む


 おじさんが急ごしらえした建物の中である。

 総勢で五百名弱の奴隷たち。

 

 彼らはどうにも大陸から連れてこられたらしい。

 その方法をおじさんは使い魔に調べてもらっていた。

 

 何人かの魔人は排除したものの、まだ残党はいるだろう。

 

 腕輪を欲する者たちゲ・ドーンの構成人員は知らない。

 

「少し確認しておきますか」


 シンシャを使ってウドゥナチャを呼び出すおじさんだ。

 

『あいあーい。現在、怪しい四人組を追跡中ですよー』


 ノリが軽いウドゥナチャだ。

 

「うーちゃん。ちょっと確認しておきたいことがあります。腕輪を欲する者たちゲ・ドーンについてです」


腕輪を欲する者たちゲ・ドーン? まさか、お嬢……』


 その先を言うのが怖いウドゥナチャだ。

 一気に軽いノリが息を潜めた。

 

「サングロック近郊にある精霊の森を知っていますか?」


『ああ……行ったことはねーけど』


 おじさんは説明を加えていく。

 公爵家に陳状があった件でサングロックを訪れたこと。

 そして、水量が減ったことの調査の一環で鉱人族ドワーフの都市らしきものを発見したことを。

 

『嘘だろ……めっちゃくちゃ楽しそうなことやってるじゃん』


「むふふ。この一件が終わったら、うーちゃんも連れてきてあげましょう」


 ふんす、と鼻息を荒らくするおじさんだ。

 

「で、その古代都市に奴隷がいたのです。その奴隷を使役していたのが腕輪を欲する者たちゲ・ドーンであるとわかりました」


『奴隷か……お嬢、そいつら身体に紋が刻まれていないか? 首の後ろあたりなんだけど』


「その紋がなにか?」


『オレも先代から聞いた話なんだけど、なんでも古代には奴隷紋っていうものがあったらしい。その紋を刻むことで奴隷たちを操ることができるとかなんとか』


 なに! と驚くおじさんだ。

 食事をして和んでいる奴隷たちに目をむける。


 彼らは麻の質素な服を着ているが、そんな紋章は見えない。


『ふははは。ウドゥナチャよ、トリスメギストスである。既に主の魔法によって、奴隷紋は浄化済みよ。なのでその心配は不要だ』


『え? ええぇぇぇぇぇええ! 嘘だろ? 先代の爺様は一度刻んだら、術者以外は絶対に消せないとか言ってたけど』


『馬鹿が……我が主をなんだと思っておる』


 ちょっと、トリちゃん。

 おじさんはなんだか小っ恥ずかしい思いである。


「うーちゃん。腕輪を欲する者たちゲ・ドーンの構成人員はわかりますか?」


『いや、数はわからない。が、組織の規模としては大きくないはずだ。せいぜい使えるヤツが五人もいれば十分だろう』


 侍女が退けた魔人は二人。

 では、残るのは三人程度だろうか?

 いや、バベルたちも何人か潰しているはずだ。


「承知しました。幹部連中で残っている者がいても少ないはずですので、このまま制圧してしまいましょう」


『お嬢、あいつらは古代の秘宝を狙っているって話でな。なんとかの腕輪ってのが絶大な力を持っているらしい』


「ほおん。腕輪ですか」


『ああ――話していて思いだしたけど、あいつらの幹部で一人やべーのがいる。かつて白百足しろむかでって呼ばれてた暗殺者なんだけどな、そいつには気をつけておく方がいい』


「特徴はありますの?」


 確認をしてみるおじさんだ。


『優秀な暗殺者ってのはなーんも残さねーの』


「つまり白百足しろむかでという異名以外はわからない、と」


『お嬢なら大丈夫だと思うけど、いちおう注意しておいた方がいい。ああ、こっちは順調に王都にむかってるから。王都に着いたら顔をだすよ』


「なにかあれば報告してくださいな」


『おうよ。謎の襲撃者の件もあるからな。これで腕輪を欲する者たちゲ・ドーンの筋は消えたよ』


 かかかと軽快に笑うウドゥナチャだ。

 通信を切って、おじさんはトリスメギストスを見る。

 

「トリちゃん、先ほどの話ですが」


『奴隷紋かな? 女神の癒やしで浄化されておる』


 つーと言えばかーの二人であった。

 浄化されているのなら問題ない。

 胸をなで下ろすおじさんだ。

 

 侍女がそこへ割って入る。


「お嬢様、私も白百足しろむかでの話は聞いたことがあります。狙った獲物は絶対に逃がしたことがないと。あとは……殺しても死なないことから白百足しろむかでの異名がついたそうです」


「殺しても死なない? よくわかりませんわね。負けているではありませんか?」


 つい疑問を口にするおじさんだ。


「そう言われればそうですわね。うーん。よくわかりません」


 首を傾げる侍女であった。

 たぶん、そこに気づいていなかったのだろう。

 

「現状を整理しましょうか。その前にバベルたちにも確認を取らないといけませんわね」


『――主殿。話は聞いていたでおじゃる』


 ちょうどのタイミングでバベルから念話が入った。

 

『こちらは既に片付いておる。あやつらの拠点もランニコールが発見して、既に制圧にかかっているところでおじゃる』


「さすがですわね。話が早くてすみます。カーネリアンとリリートゥの二人は手が空いていますか?」


『もちろん』


 ぱちん、と指を弾くおじさんだ。

 同時に足下に二つの魔法陣が出現して、美貌の魔神が姿を見せた。

 

「大主様の命を完遂してまいりました」


 二人の魔神が片膝をつき、おじさんに礼の姿勢をとっている。

 その前にはゴロリと魔人の首が転がっていた。

 

 コウモリっぽいのと、百足っぽいの。

 それと恐竜っぽいのもある。

 

 全部で五つだ。

 

「ご苦労様でした。二人にはここを守ってほしいですわ。恐らく襲撃はないでしょうけど」


「畏まりました」

 

「では、後は頼みましたよ」


 ぱちんと指を鳴らして、おじさんはランニコールの元へ転移した。

 侍女とトリスメギストスを連れて。

 

「あ、あのう……」


 ジケートだ。

 おじさんが唐突に姿を消したことが気になったのである。

 

「大主様は敵の首魁を見に行かれました」


 カーネリアンである。

 返り血で染まった顔が猛々しくも美しい。

 

「我らが貴様らを害することはない。オドオドとせず主様がお帰りになるのを待つがいい。襲撃があろうと守ってやる」


 リリートゥもまた返り血を浴びている。

 妖艶でありながらも、恐ろしさを感じさせる容貌だ。

 

「承知しました。返答をいただきありがとうございます」


 すごすごと引き下がるジケートである。

 彼の目は無造作に転がっている魔人の首にむく。

 

 ふぅ……と息を吐いて思う。

 

 いったいどうなっているのだ。

 あの恐ろしい魔人たちが哀れに見える。

 

 同情しているわけではない。

 憎き敵なのだから。

 だが――こうまで蹂躙されるものか。

 

 視線を戻すと、二人の美女は優雅にお茶をしていた。

 どこから出したかわからない机と椅子。

 それに茶器。

 

 軽やかな笑い声まで聞こえてくる。

 

 正直なところ、ジケートには現状が飲みこめない。

 次々と目の前で展開されることについていけないのだ。

 

 カラセベド公爵家の長女と名乗った超絶美少女。

 彼女はいったい何者なのだろうか。

 

 奴隷とされたこと、屈辱的な生活を強いられたこと。

 この数年の苦境をすべて忘れさせるほどの美しさ。

 自分だけのものにしたいと思わせる笑顔。

 

 そして――圧倒的な魔法の力だ。

 巨大な建物を地面から生やす魔法など見たことがない。

 

 もう一度、大きく息を吐く。

 

 運が良かったのだろう。

 彼女と出会えたことが奇跡なのだ。

 

 ただ――先行きに不安を覚えるのである。

 もし彼女の力が、いや彼女の持つ力が公国に向いたとすれば。

 

 そんなことはないと思う。

 彼女が善性でなければ、奴隷を助けるということもしないのだから。

 

 だが、彼女の持つ力は強大だ。

 だからこそ不安が消えない。

 

 ぐるぐると肯定と否定がジケートの頭の中で争っている。

 

「なぁ兄ちゃん、あんた貴族様だったんだな」


 前歯が抜けている中年の男だ。

 顔見知りの奴隷仲間である。

 

「ああ……隠すつもりはなかったが、おおっぴらにすることでもないと思ったんだ」


 つい言い訳めいたことを言ってしまうジケートだ。


「今更そんなことで責めやしねえよ。まぁ助かって良かったじゃねえか。この先はどうなるかわかんねえけどな」


 男の言葉を聞いて、ジケートは言う。


「あなたは帰る場所がないのかな?」


「さてね、おらぁ行商人やってたんだがな。いちおう妻と子もいたが、今頃どうなってるかわかんねえや。それに……おらぁここで何年過ごしたかわかんねえ。今更戻ったところで、な」


 その気持ちはわかると思う。

 長く奴隷を強いられた者ほど、帰る場所があっても怖いはずだ。

 なにせ家族がいても新しい生活を始めているだろうから。

 

 ジケートにしても同じだ。

 まだ比較的に奴隷生活は浅いと言っても、実家ではどういう扱いになっているのか。

 

 帰ることの方がかえって迷惑をかけるのでは、とも思うのだ。

 

「まぁほとんどのヤツは似たような悩みを抱えていると思うがな。それに……ここで生まれた子だっているだろう?」


「ああ……そうだな」


 連れてこられたのではない。

 ここで生まれた子だっているのだ。

 

 生かさず、殺さず。

 奴隷という形ではあったが、ある程度の自由はあったのだから。

 

「まぁ……先のことばっかり考えても仕方ねえやな」


 ハハハと力なく笑う男であった。

 その笑顔につられるように、ジケートも愛想笑いをする。

 

 しかし、その胸中は複雑な思いが渦巻くのであった。

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