第749話 おじさん侍女の鉄壁のガードに守られる


 侍女は倒れている豹頭の魔人を睥睨しながら言った。

 

「先ほどからコソコソとのぞき見をしているのはわかっています」


 同時にドンと地面を踏みしめる。

 ボコっと地面から五本の爪がでてきた。

 

 水面からでたサメの背びれのようである。

 その爪が侍女にむかって高速で走った。

 

 ぎらりと光を反射する鋭い爪である。

 侍女は、ほうと息を吐いて跳んだ。

 

「けけー! かかったな!」


 侍女が跳んだ。

 その音を聞き取ったのか。

 あるいは経験で読んでいたのか。

 

 地中から爪が跳びだしてくる。

 そいつはモグラのような姿をした魔人だった。

 

「死ねぇ! ……あるぇ?」


 両手の爪を侍女にむかって振り下ろそうとして固まってしまう。


 モグラの魔人は眼前に侍女がいると思っていたのだ。

 だが、そこに侍女はいなかった。

 

 跳んだフリをしたのか、と下を見る。

 地面にも侍女はいない。

 

「どこだ! どこにいきやがっ……」


 キョロキョロと周囲を見渡すモグラの魔人だ。

 だが、どこにも侍女は見当たらない。

 

「ホッパアぁぁぁぁキィック!」


 モグラの魔人の頭上から侍女の声が降ってきた。

 同時に上空を見上げるモグラの魔人だ。

 

 そこには片足を伸ばして、急降下してくる侍女がいた。

 

 魔人よりも、さらに上空へと跳んでいたのだ。

 眼下の敵を目がけて、加速している。

 

「な!?」


 虚を衝かれるモグラの魔人であった。

 それが命取りになるとは知らずに。

 

 侍女の伸ばした足に魔力が集束していく。

 そして輝きを放つ一条の流星がモグラの魔人に炸裂した。

 

「ボハァアアアア!」


 貫通するとまではいかなかった。

 だが、侍女の蹴りを受けたモグラの魔人が地面へと落ちていく。

 その先には豹頭の魔人がいた。

 

「バッ……こっちくんなああああ!」


 と言われてもだ。

 モグラの魔人はあまりの衝撃に気を失っていたのだ。

 

「ぎゃあああああ!」


 モグラの魔人に巻きこまれる豹頭の魔人である。

 地面がボコリと凹むほどの衝撃だった。

 

 土煙があがる。

 侍女はと言えば、モグラの魔人を蹴った反動でくるりと身体を反転させて、足から着地しようとしていた。

 

「阿呆ですか、あの魔人は!」


 まったくと言いながら、侍女は音もなく華麗に着地する。

 同時に半身に構える侍女だ。

 

 敵の死体を見るまでは決して油断しない。

 残心である。

 

「うきゃあああ!」


 土煙を割って、豹頭の魔人がでてきた。

 侍女にむかって突進しているのだ。

 

 だが、その姿はすでにボロボロである。

 特に上半身は血まみれになっていた。

 

 恐らくはモグラ魔人の血なのだろう。

 

 両手を大きく広げ、ただひたすらに突進してくる。

 間合いに入れば、その腕を振り下ろそうというのだろう。

 

 ニヤリと獰猛な笑みを作って、侍女もまた走った。

 一気に駆けて、間合いへ。

 

 豹頭の魔人が腕を振り下ろす。

 だが、侍女は踏みこむつま先を内側へと曲げる。

 踏みこんだ足を軸にして、一瞬で豹頭の魔人の側面へ。

 

 回りこんだ勢いを利用して、必殺のフックを放つ。

 それは豹頭の魔人の脇腹の一部を抉り取るほどの威力だった。

 

 殴った勢いを利用して、侍女はその場でくるりと回る。

 侍女の足が伸びて、魔人の頭部に入った。

 後ろ回し蹴りをしたのだ。

 

 頭部に蹴撃を受けた魔人が弾かれたように倒れる。

 そこへ大地から五本の爪がにゅうと伸びた。

 

 ぞぶりと肉を貫く音が響く。

 豹頭の魔人の肉体から大量の血が流れた。


「とぉっっっっったどおおおおおおお」


 勝ち誇った声をあげて地面から姿を見せるモグラ魔人だ。

 片腕がなくなっている。

 きれいな断面からして、豹頭の魔人の爪で斬られたのだろう。

 

 おおおおお! と雄叫びをあげるモグラの魔人。

 その姿を見て、侍女は心底から深い息を吐いた。

 

「はれ? な、なんでお前が!」


 モグラの魔人が侍女を見た。

 そして、自分の爪に突き刺さっている豹頭の魔人を確認する。

 

「騙したなあああああ! この卑怯者が!」


「自己紹介ですか?」


 冷静な侍女であった。


「ちぃぃくしょおおおおう!」


 モグラの魔人が侍女を見る。

 

「カタキ討ちだ!」


 お前がやったんだけどな、とは言わない侍女だ。

 ふっと笑って挑発する。

 

「死ねえ!」


 ぶんぶんと爪を振り回す。

 豹頭の魔人の身体が、地面に落ちた。

 

 次の瞬間。

 爪が侍女にむかって射出された。

 

 が、既に侍女はいない。

 またもや高速で移動していたのである。

 

「あるぇ……?」


 モグラの魔人が首を傾げたときであった。

 その首がずるりと落ちる。

 ちょんぱしたのは侍女の手刀であった。

 

「まったく。馬鹿ばっかりです」


 念のために豹頭の魔人の首も踏んで折る。

 二体とも息絶えたのを確認してから、踵を返す侍女であった。

 

 結界をとおって、おじさんに報告する。

 

「お嬢様、敵は排除しました」


「ご苦労様ですわね。怪我はありませんか?」


 同時におじさんが清浄化の魔法を使う。

 そして治癒の魔法も発動させた。

 

「かすり傷ひとつございません。弱っちい魔物でしたわね」


 すすすっとおじさんに身体を寄せる侍女だ。

 その耳元でささやく。

 

「いちおう敵の死体は鹵獲してあります」


 持たされていた予備の宝珠次元庫にしまったのだ。

 

「そうですか。んーわたくしはそっちに興味がありませんが……トリちゃん! どうですか?」


『うむ。我に預けてほしい。きちんと弔って・・・やろう』


 意味ありげに言うトリスメギストスであった。

 侍女が宝珠次元庫を渡していると、声がかかる。

 

「あのぅ……よろしいでしょうか?」


 ジケートである。

 奴隷の中にいた貴族家の息子だ。

 

「先ほど仰せになった魔物とは、人型の?」


 コクンと頷く侍女である。

 

「……あれが弱い?」


 それはジケートにとって、ただの呟きであった。

 だが、彼の表情が雄弁に物語っていたのだ。

 信じられない、と。


「むしろあの程度で強いとは、そちらの国の戦力はどうなっているのです?」


 侍女の地獄耳が発動した。

 そして疑問に思ったことを口にする。

 

「いや……私が弱いのでしょう。我が国にも強者はいるか……と」


 徐々に小さくなる声で話すジケートだ。

 

『いずれにせよ、これで皆も理解したであろう。あの程度の魔物がどれほど襲ってこようとここは安全だと』


 トリスメギストスの一言に頷く奴隷たちであった。

 

「さて、先ほどのお話の続きですが……」


 と、おじさんが主導権を握る。

 

「あなた方は転移陣にて連れてこられたのでしょう。ですので転移陣があれば、大陸に戻ることもできるかと思いますの。まだ確実なことは申せませんが、その可能性は高いと考えます」


 ひとつ、間を入れるおじさんだ。

 そこで周囲を見渡す。

 ここまではいいか、という確認である。

 

「帰るアテがない、あるいは帰りたくないという者もいるでしょう。そうした方たちは要相談ですわね。とりあえず、わたくしが皆さんを保護しますので、落ち着いてから身の振り方を考えるといいですわ」


 最後に笑みを見せるおじさん。

 その笑顔に安心できたのだろうか。

 奴隷たちの表情にも安堵の色が見えた。

 

「ご配慮をいただき、感謝いたします。国に戻った暁には、必ずやお礼を」


 ジケートである。

 おじさんに片膝をついて、貴族の礼をとっていた。


「そのお気持ちだけで十分ですわ。ジケート殿、あなたにはこちらの民たちの取りまとめをお願いしてもよろしいでしょうか。あなた自身も戸惑うことが多いでしょうが、やはり同郷の代表者がいた方が皆も安心できるかと思いますの」


 ハッ、と臣下のような態度をとるジケートだ。

 

「不肖ジケート・スファラス。取りまとめ役を拝命させていただきます」


「では、お願いしますわね」


 おじさんが再び笑顔を見せる。

 その笑顔を見て、顔を赤らめるジケートだ。

 

 ジケートの後ろにはいつの間にか侍女が立っていた。

 

「勘違いなされませぬように」


 そっと小さく言う侍女だ。

 だが、声量に見合わぬ迫力があった。


「めめめ、滅相もない」


「……本当に?」


「…………」


 侍女に詰められて、無言になるジケートだ。

 だが、額から汗がにじんでいた。

 

「その汗……嘘つきの臭いがしますわねぇ」


「…………」


 ジケートはなにも口にできなかった。

 下手に口を開こうものならどうなるか。

 そのことが予見できたから。

 

「サイラカーヤ、なにをしていますの? ちょっとこちらにきてくださいな」


「はい、ただいま!」


 一転して明るい声をだす侍女だ。

 

「私、嘘つきを懲らしめるのは得意ですから」


 表情は和やか。

 だが、ぼそりと呟いた言葉は圧力に満ちていた。


「サイラカーヤ」


 おじさんに再び呼ばれて、侍女はジケートの側を去った。

 

 残されたジケートは後に語るのだ。

 あのときは生きた心地がしなかった、と。

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