第747話 おじさん奴隷たちの素性を知る


「ありがとう。落ち着きましたわ」


 おじさんも侍女にむけて笑顔をむける。

 

「それにしても……こんな地下に都市を造るなんて鉱人族ドワーフの技術は見事なものですわね」


『で、あるな。実はな、主よ。地下都市に関する文献というのは、いくつか残っておるのだよ』


 ほおん、と目を輝かせるおじさんだ。

 

『それこそ王国各地に伝承が残っておるのだがな。特に知られておるのが、地下に眠る廃都というものでな。これは前期魔導帝国時代に活躍した冒険者が記した日誌に書かれたものだ』


「おお、聞かせてくださいな。トリスメギストス殿」


 侍女も話の枕で引きこまれたようである。

 

『うむ。その冒険者なのだが現在の等級で言えば、金級の上位にあたる一流でな。王国各地を転々としながら、高難易度の依頼を片付けていたのだ。そうした依頼のひとつにな……虐殺アリの女王の羽根を持ってくるというものがあってだな』


「虐殺アリですか!」


 侍女が興奮して大きな声をあげる。


「知っているのですか?」


「冒険者組合では有名な魔物ですわ! 最後に発見されたのはもう数百年も前だとか。各個体が強いというよりは数で圧倒してくる魔物だと習いました」


「なるほど……確かに数万、数十万の単位となると面倒そうですわね」


 決して勝てないとは言わないおじさんである。

 なぜなら数で圧されてもなんとかなりそうだと思うからだ。

 

『そのとおりだな。まぁその依頼を受けてだな、かの冒険者は虐殺アリの巣へと足を踏み入れることになる。地下に広大に広がる巣穴の中を進んでいき……』


『主殿、よろしいかな』


『ええい、ここからがいいところだと言うのに!』


 バベルからの念話が入ったのだ。

 

「かまいません。なにかわかりましたか?」


『主殿。この都市を根城にしておる者たちの拠点がわかった。ただ、あれは麻呂がこちらでは見たこともない輩でおじゃるな。なんと言えばいいのか、魔物とヒトの中間でおじゃろうか』


「……ああ、なるほど。では仮に魔人とでもしておきましょうか」


 おじさんには心当たりがあった。

 邪神の信奉者たちゴールゴームの幹部たちだ。

 あの者たちは人の姿をしていながらも、魔物にも姿を変えたのだから。

 

「その者たちはどの程度の数がいますか?」


『麻呂が確認したところ五人ほどでおじゃるな。それと先ほどの奴隷たちであろうかや。かなりの人数がおるようじゃ』


「承知しました。では、引き続きバベルは偵察を。仮称魔人たちが奴隷を支配しているのなら殲滅しますわよ」


『承知したでおじゃる』


「トリちゃん、先ほどの話の続きはまた後で。バベルからの報告をまとめておきましょう」


 おじさんはバベルに聞いたことを話す。

 

「魔人ですか。そう言えば、あのパルコレーバーとか名乗った不遜な輩もそんな感じでしたわ」


 侍女が言うのは、邪神の信奉者たちゴールゴーム三巨頭のひとりだ。

 ハルピュイアの化身で、王都の外で母親と侍女が倒した。


『なんらかの神、あるいは外なる神からの干渉を受けておると考えた方がいいだろう。我らで奴隷を解放するにしても手が足らんか』


「問題ありませんわ。トリちゃん! こちらも魔神を呼べばいいのです」


 ランニコール、カーネリアン、リリートゥと召喚するおじさんだ。

 

「お呼びにより参上いたしました」


 代表してランニコールが告げる。

 

「三人にはあの都市にいる奴隷の解放をお願いしますわ」


「……奴隷」


「……大主様! 邪魔するヤツがいたらいかかがいたします?」


 カーネリアンが聞く。


「処分してかまいません。わたくしの庭を荒らす者には容赦しませんわ」


 おじさんの返答に満足したのだろう。

 カーネリアンとリリートゥが獰猛な笑みを浮かべる。

 

「解放した奴隷はとりあえずこちらで保護しましょう。確認したいこともありますし。ランニコール、頼んでいいですか?」


「マスターのお望みがままに」


 スッと礼をして姿を消す。

 三人同時に。

 

『まぁあやつらであれば敵に遅れをとることはない、か。』


「トリちゃん、サイラカーヤ。わたくしたちも動きますわよ」


 おじさんが地面に手をついた。

 その瞬間に大地がボコボコと盛り上がる。

 

 地面から建物が生えた。

 とりあえず奴隷たちを保護する場所を作ってしまったのだ。

 

「トリちゃん、転送されてきた奴隷たちの状態を確認、異常があれば教えてくださいな」


『うむ。魔法の痕跡がないか調べればいいのだな』


「サイラカーヤはわたくしの補助を」


「畏まりました」


 では、とおじさんが念話をつなぐ。


『ランニコール、カーネリアン、リリートゥ。解放した奴隷たちはすべこちらに転移させてくださいな!』


『承知いたしました!』


 念話が終わる頃には、第一陣となる奴隷がおじさんの前に転送されてきた。


 ざっと見たところ二十人程度だろうか。

 

 目に生気がない。

 痩せ細った身体に手足の枷が痛々しい。

 汚れた服と、衛生状態の悪い身体。

 

 奴隷たちはおじさんを見た。

 その神々しきかんばせに唖然とする。

 

「わたくしはカラセベド公爵家が長女リーと申します。皆さんのことを知り、解放するのが目的ですの。詳しいことは後でお話しますわ」


 ぱちんと指を弾いて清浄化の魔法を発動するおじさんだ。

 さらに治癒魔法まで発動する。

 怪我を負っている者も多かったからだ。

 

「わたくしの後ろの建物に食事が用意してあります。まずは食事をしてくださいな」


 侍女が案内をして食事を与える。

 宝珠次元庫の中にはたくさんの食料が入っているのだから問題ない。

 

『主よ、奴隷たちに魔法の痕跡はなかった。状態異常にかかっているわけでもないようだが』


「トリちゃんの言いたいことはわかります。奴隷とはああなってもおかしくないのですわ」


『で、あるか。ならば許せんな』


「まったくです」


 第二陣、第三陣と奴隷たちが転送されてくる。

 次々と清浄化と治癒魔法を使っていくおじさんだ。

 

『マスター。先ほどの奴隷で最後です』


「助かりました。ありがとう」


 お礼を言って、おじさんは奴隷たちに笑顔を見せる。


 総勢で五百名弱。

 老若男女を問わずに奴隷はいた。

 ただ構成としては、やはり若い男女が多い。

 

「あなたたちは、わたくしの名においてもう傷つけませんわ」


 奴隷たちは祈った。

 かの御方は女神だと。

 

『主殿。ちぃと派手にやったのが二人ほどおじゃるなぁ。そのお陰で魔人どもが動きだしたわ』


「かまいません。証拠は掴めましたか?」


 かっかっかと笑うバベルである。

 

『ヤツら、腕輪を欲する者たちゲ・ドーンと言う者たちのようであるな』


腕輪を欲する者たちゲ・ドーンですか……」


 おじさんは思いだしていた。

 かつてウドゥナチャが言っていた裏社会の組織のひとつだ。

 

「いいでしょう。生け捕りにして情報を吐かせてくださいな」


『任せておくでおじゃる』


 おじさんは奴隷たちを見る。

 にこやかな笑みを浮かべながら。

 

「さて、あなたたちの中で話せる者はいますか? どんな情報でもかまいませんので」


 おじさんの言葉にスッと手をあげる者がいた。

 見たところギリギリ青年と呼べる年齢だろうか。

 

「発言をお許しいただきたく思います」


「どうぞ」


 その若者は片膝をつき、臣下の礼をとる。


「まずは礼を。我らを助けていただき、ありがとうございます。先ほど、あなた様はカラセベド公爵家と仰せでしたが、所属する国はどちらになるのでしょうか」


「アメスベルタ王国ですわ」


「……私はテューデンツ公国スファラス伯爵家が次男、ジケートと申します。私の無知を恥じるばかりではあるですが、アメスベルタ王国の名を存じあげません」


『主よ……テューデンツ公国は第三大陸トーラーにある国のひとつだな』


 空気を読んで念話で会話してくるトリスメギストスだ。


「なるほど。大陸の御方でしたか。我らが王国は大陸に近い島を統治している国ですわ」


「では、リチャード=アルフォンス・ヘリアンツス・リーセという御名をご存じではありませんか?」


「建国王陛下の御名ですわね」


「ああ……では分かたれた王国はあったのですか」


 青年は感極まっているようだ。

 どうにも、おじさんの知らないことがあるらしい。

 だが、今はそれどころではないのだ。

 

「ジケート殿。その話は後でいたしましょう。わたくしがお聞きしたいのは、あなたがたがどちらの出身で、帰る場所があるのかということですわ。それにどうやって連れてこられたのです?」


 おじさんが強引に軌道修正する。

 

「これは失礼いたしました。私が知る範囲ではこちらに連れてこられた者は大陸の出身かと」


 なるほど。

 では、転移陣のようなものがここにもあるのかもしれない。

 

 厄介だなと思うおじさんだ。

 転移陣が厄介なのではない。

 連れてこられた奴隷たちを元の場所に戻すといっても、あちら側の伝手がないのである。


 先ほどの青年一人では、恐らく無理だろう。

 となると……。

 

『主よ、恐らくだが魔人が近づいてきておる』


「承知しています。サイラカーヤ、お願いできますか?」


「待ってました! ぶちころがしてきます!」


 いいぃぃやっふううぅうと声をあげて駆けていく侍女だ。

 どうにもテンションが上がっているらしい。

 

 その後ろ姿を見て、おじさんは思う。

 やりすぎなければいいのだけど、と。

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