第746話 おじさんと侍女はまたもや要らぬものを発見してしまう
精霊の森の奥にある墓地である。
いや、墓地のような場所だ。
とう、と侍女が地下へと降りる穴から飛び上がった。
「お嬢様! ここは嘘つきダンジョンです!」
侍女がふんす、と鼻息を荒くして言う。
いや、そもそもダンジョンじゃないのだ。
「……そうですわね。ちょっと見ていてくださいな」
トントンと二度、つま先で地面を叩くおじさんだ。
すると、先ほどの穴からゴゴゴという音が鳴った。
中で何かが動いている音である。
「はう! お嬢様、これはいったい!」
侍女の目が輝いている。
侍女としてではない、冒険者としての血が騒いでいるのだろう。
「まぁ見てのお楽しみですわね」
おじさんの言葉にコクコクと頷く侍女だ。
少し待っていると、ごごんと何かがはまる音がした。
「行きましょうか」
穴にむかって飛び降りる侍女だ。
すぐに、ひょっこりと顔をだす。
「お嬢様! 道が! 道ができています!」
おじさんもにんまりである。
二段階で魔力による隠蔽がなされていたのだ。
遠隔で隠蔽する魔力に干渉したおじさんである。
よって、その姿が見えたのだ。
「先行して様子を探ってきます!」
侍女の頭が穴に消えた。
「私たちも行きましょうか」
バベルとトリスメギストスを連れて穴に入るおじさんであった。
穴の奥は高さが二メートル弱の地下道になっている。
ぱっと見はダンジョンだと思っても仕方ないだろう。
多少のアップダウンがあるものの一本道だ。
光球の魔法を使って、周囲を照らすおじさんであった。
今回は壁画のようなものがあるわけではない。
ただ土を掘って作った道を、石で補強してあるのが見てとれる。
「お嬢様ぁ! 奥に! 奥に扉がありますわ!」
侍女の声がする。
その声にむかって、おじさんたちは進む。
特に罠の類いもなく、すぐに侍女の姿が見えた。
侍女の前には扉がある。
と言っても、簡易なものでなにか特徴があるわけではない。
「先に進みましょうか」
おじさんの言葉に従って、侍女が扉を押し開いた。
「あるぇ?」
侍女が戸惑ったのも無理はない。
扉を開くと光が差しこんできたのだから。
「ちょっとこれは予想外でしたわね」
おじさんも同感であった。
だって、扉の先には巨大な空間があったのだから。
都市を見下ろすような形で、今、おじさんたちは扉の外にいる。
外壁の一部をくりぬいて外とつなげていたのだろう。
都市がすっぽりとひとつ入っている。
いや、この空間のサイズに合わせて都市を作ったのか。
それにしても……規模としては大きめの町くらいはあるだろう。
ここからではよく見えないが、仮に都市に住む人がいたとしよう。
その人々の飲用水をまかなう目的で、湧水の壺が使われていたのなら水量が減っても仕方ないように思う。
『ふむぅ……あの都市の様式……まさか
トリスメギストスが興奮した声をあげる。
おじさんからすれば、古い石造りの都市のようにしか見えない。
「トリちゃん、
『ああ……そうか。うむ。ここの面子なら話してもよいか。
「なんですの! その面白そうな話は!」
おじさん都市伝説が好きなのだ。
エンタメとしてだけど。
『ああ……うむ。こちらにある文献の情報なら良いか。前期魔導帝国時代にはな、まだ
「この場所ということですか!」
とってもワクワクしてきたおじさんだ。
侍女はちょっとわかっていない。
なにせ
そのことに気づいたおじさんが声をかける。
「トリちゃん、
自分が説明をしてもいいが、もしこの世界の
『うむ。端的に言えば、
おじさんの思っているのと同じである。
『見た目は人族とさほど変わらんのだが、成人しても身長はさほど大きくならん。男も女もな。あと全身に入れ墨をすることが多いというのも特徴だな』
入れ墨! こっちではそうなのかと思うおじさんだ。
『身体が分厚く、筋力が強い。しかし繊細な手業にも優れるという種族になる』
「……なるほど。初めて聞きましたわ」
侍女がウンウンと頷いている。
「主殿、麻呂は少し都市を偵察してこよう。その
「お願いしますわね」
承知と残してバベルの姿が消える。
「とんでもない発見をしてしまった気がしますわね」
『で、あるな。もし
「なぜ姿を消してしまったのでしょう?」
『さてな。それについて書かれた文献はない。ただ……これほどまでに都市がきれいに残っておるところを見ると……鉱石がとれなくなったなどの理由が考えられるな』
「そうですわね。仮に
おじさんが疑問を口にした。
「なぜ、ここは明るいのです?」
『ああ――それはな。この空間の天蓋部を見てみるといい。発光体があるのだが、あれは太陽の石という。
「太陽の石?」
『太陽のごとき光を発する石ということなのだが、詳しいことはわかっておらん』
「持って帰りたいですわね。それができなくても仕組みくらいは研究しておきたいですわ」
おじさんの言葉が言い終わらぬ内だ。
バベルから念話が入る。
『主殿……この都市なのだが、どうにも
「そうなのですか? ですが湧水の壺の魔力はここにつながっていますけど」
『その代わりに人族の者がおるな。これは奴隷というやつでおじゃろうかな』
「……奴隷ですの?」
アメスベルタ王国では奴隷は禁止されている。
なので、おじさんも実物は見たことがない。
前世の記憶ではいくつかあるのだけど。
『首と手足に枷がつけられておる』
「……バベル。もう少し様子を探ってくださいな」
『承知した』
おじさん、ムカムカしていた。
だから声が冷たくなっている。
そのことに敏感に反応したのが侍女だ。
「お嬢様? いかかがなさいました?」
ふぅうううと大きく息を吐くおじさんだ。
吐気とともに怒りを逃す。
「どうにもこの都市には奴隷らしき者がいるとのことですわ」
「……奴隷が?」
「さて、いったいどこの何者でしょうか。わたくしの庭を荒らすなんて……しかも奴隷」
一度は逃がした怒りだ。
だが、おじさんの腹の底でふつふつと煮えたぎってくるものがある。
……奴隷。
前世のおじさんはそう呼ばれても差し支えのない生活をしていたことがあるのだ。
だからこそ許せない。
絶対に許せないのだ。
『主よ、落ち着け。それと少しこの場を移動して結界を張ろう。我らの姿は目立ちすぎる故な』
「わかりました」
同時に、おじさんは短距離転移を発動させていた。
扉のある外壁の上部から、下へと降りたのだ。
そして人避けの結界を一瞬で張ってしまう。
「お嬢様。お怒りは理解できますが、まずは情報を待ちましょう」
侍女がおじさんの頭をなでる。
ぎゅっと抱き寄せてハグをした。
「……ごめんなさい。ちょっと昂ぶってしまいましたわ」
「ええ。私も冒険者時代に、人身売買を生業とする闇商人とやり合いましたので」
「どうしましたの?」
「皆殺しにしてやりました!」
とってもいい笑顔で笑う侍女であった。
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