第745話 おじさん精霊の森に足を踏み入れる


 サングロック代官邸にてもてなされたおじさんだ。

 ただ宿泊だけは辞去することにした。

 

 パユネン・リマリソソルバ。

 アポストロスとも文官同士、仲の良い同期である。

 

 そのアポストロスからおじさんのことは聞いていた。

 しかし、聞いていた以上の人物だと思ったのだ。

 

 まだ学園に通う子どもではある。

 ただその身に纏う空気は、もはや王者と言っても過言ではない。

 強く強く、そう思うのだ。

 

 だから繋がりをもちたかったのである。

 

 おじさんは、そんな代官の思いを理解した上で辞去したのだ。

 明日、またくると言い残して。

 

 と言うことで、さっさと転移してしまうおじさんであった。

 

「……と言うことですわ」


 おじさんは本日の成果を祖母に報告していた。

 夕刻のオレンジ色が強い光が差しこんでいる。

 

「ご苦労様だったね、リー。まさか一日もかからず解決してくるとは思わなかったよ」


 若干だが呆れ気味の祖母だ。

 ここまで早く利権問題を落着させるとは思っていなかった。

 

 ただ、おじさんの報告の中で気になったことがある。


「だが……文官の胆力のなさが気にかかるねぇ」


 リマリソソルバ卿が商業組合の圧に負けたことだ。


「やりこめられたというよりは、やはり圧に負けたのでしょうね」


 おじさんも感想を述べる。

 あの場ではおじさんも慣れてくれればと圧をかけた。

 

「ま、その件はセブリルとも相談をしておこうか。ところで、リー。明日にでも精霊の森に行くのかい?」


 祖母はおじさんを見つめながら言う。

 

「もちろんですわ! とっても楽しそうですもの」


「そうかい。しかし――精霊の森か」


「お祖母様はなにかご存じなのですか?」


 祖母は少しだけ間を置いて、口を開いた。

 

「いや詳しいことはわからないんだがね。うちの何代か前の当主が上級精霊と出会ったって話が残ってるのさ。それ以上のことは記録に残ってなくてね。ただ、それから精霊の森って呼ぶようになったって話さ」


「上級精霊ですか……」


 おじさんの周りにもいる。

 と言うことは、精霊と出会うこともあるのだろうか。

 

「私も行きたいところだが、さすがに仕事を放っておけないからね」


 祖母の言葉に苦笑を漏らすおじさんであった。

 

「そうそう。お祖母様はご存じかもしれませんが、サングロックでいくつか仕入れてきましたの」


 おもてなしの間にバベルにお使いをしてもらっていたのだ。

 

「こちらがサングロックで人気のお菓子だそうですわ」


 おじさんが取りだしたのはワッフルであった。

 と言っても、おじさん的にはストロープワッフルだと言える。

 

 いわゆるベルギーワッフルやアメリカンワッフルではない。

 原材料的には同じものを薄く、堅焼きにしたものだ。

 

 ゴーフルとかに近い感じである。

 

 ちなみにベルギーワッフルはイーストを使い、アメリカンワッフルはベーキングパウダーを使ったものを指す。

 

 今度はそっちのワッフルも作ろうと思うおじさんだ。

 

「おお、これは見たことがないねぇ」


「民たちが食すものらしいですので、代官はださなかったのでしょう」


 おじさん、実は前者の方に興味があるタイプだ。

 貴族向けの料理となると、ある程度の地域差はあってもだいたい似たような感じになってしまう。

 

 なので、おじさんはより地域差がある食べ物が知りたいのである。

 

「糖蜜をはさんで焼いてあるそうですわ。お砂糖を控えめにしたお茶の方がよろしいでしょう」


 祖母と楽しいお茶をして、明日に備えるおじさんであった。

 

 明けて翌日のことである。

 いつものルーティンをこなして、朝食を終えるおじさんだ。

 

「ケルシー。では、皆にも伝えておいてくださいな」


「うん! ええっとリーはお仕事があるからお休みっと」


 ケルシーを送りだしてから、おじさんは今日も今日とてサングロックへと転移するのだ。

 

 両親からはくれぐれも無茶をしないように、とは言われている。

 が、無茶をするかどうかはおじさんが決めることでもないと思うのだ。

 だって精霊の森でなにがあるのかわからないから。

 

「ここが精霊の森ですか」


 侍女とバベル、トリスメギストスがいる。

 今日は鬼牛のエルちゃんはお屋敷だ。

 

 森の中を進むのに連れていけない。

 名残惜しそうな声をだしていたが仕方ないのだ。

 

 森の中の雰囲気はいつもと変わらない。

 なにか変わったところがあるのかと思っていたが、そうでもないようである。

 

 パンツスタイルの動きやすい格好をしたおじさんと侍女だ。

 ぐるりと周囲を見て、深呼吸をする。

 空気が美味しい……気がする。

 

「主殿、泉の場所までは麻呂が先導いたそう」


 と言っても、さほど離れているわけでもない。

 小川に沿って歩けば、すぐに小さな泉が見えてきた。

 

 緑の苔やシダみたいな植物に覆われた場所だ。

 とても透明度の高い泉があった。


 泉のすぐ近くには巨岩がある。

 どうやらこの巨岩の裂け目から水が湧いているようだ。

 

 森に住む動物たちも水場にしているのだろう。

 泉の近くには動物らしき足跡が残っている。

 

 確かに古代の祭祀場と言われてもおかしくない雰囲気だ。

 

「ふむぅ……あれが件の壺ですか」


 直径が二メートルほどの小さな泉である。

 その底に金属製の壺が沈んでいるのが見えた。

 

 表面には複雑な紋様が浮かんでいる。

 が――それよりも気になることがあるおじさんだ。

 

「あれは魔道具ですわね」


 おじさんの目には魔力が見えていた。

 その動きが魔道具のものなのである。

 

『主の言うとおりであるな。あれは湧水の壺と言われるものだ。様式を見るに、かなり古いな。前期魔導帝国時代よりも前だろう』


「ですが、この泉を見る限りはさほど水量が減っているようには……」


 と侍女が言ったときだった。

 壺の中に水が吸いこまれていく。

 一気に泉の水位が下がった。

 

『湧水の壺という名であるのだがな、これは一対の魔道具なのだ。片方が吸水、もう片方が湧水というわけだな』


「なるほど。水を作るのではなく、どこかに送るという魔道具なのですね」


『うむ。主が作ったような魔力をこめて水の魔法を発動させるような魔道具が開発されたのは、後期魔導帝国の時代に入ってからであるな。もっとも近年ではあまり使われておらんが』


「ものすごく詳しく聞きたいですけど、その話は後にしましょう。トリちゃん」


『うむ。問題は永らく使われていなかったであろう魔道具を使っている者がいるということだな』


 おじさんは思う。

 恐らくはこの魔道具を使って、誰かが大量に水をどこかに送っている。

 そのことで水量が減ったのではないかと。


「バベル! 魔道具の魔力を追えますか?」


 おじさんの目には見えている。

 が、確認をしておく。

 

「問題なしでおじゃる」


 では、行きましょうとおじさんが声をかける。

 

『距離的にはさほど遠くまで送ることはできんからな。この近くにあるとは思うのだが……』


 おじさん一行はさらに精霊の森の奥へと進んだ。

 泉から五分とかからず、開けた場所にでる。

 

 そこは花畑だった。

 色とりどりの花が咲いている。

 

 どことなく妖精の里に似ているとおじさんだ。

 

「きれいな場所ですわねぇ」


 小さな黄色の花が多い。

 その真ん中にあるのは墓地だ。

 

 朽ちてしまってはいるが、柵があった痕跡が見えた。

 さらに墓石がいくつか並んでいる。

 

 古い墓地と墓石がある花畑だ。

 興味深いのだろうか、侍女も周囲を見回している。


「ああ……あそこでおじゃるな」


 墓石のひとつを指さすバベルだ。

 

「ふん、麻呂の目をごまかすことはできんぞ」

 

 ぱちん、と指を鳴らすバベルである。

 瞬間、墓石のひとつがかき消えた。

 

 その代わりに地下へと続く穴がぽっかりとあいている。

 

「ダンジョンですか!」


 侍女が黄色い声をあげた。

 同時に走りだす。

 

「お嬢様! 先行して魔物を排除してきます!」


 一瞬で穴の中に姿を消す侍女である。

 うずうずしていたのだろう。

 喜色満面の侍女であった。

 

「……ダンジョンではないのですけど」


 おじさんの言葉が終わらぬ内であった。

 侍女が穴からにゅうと顔をだす。

 

 まるでモグラたたきのようだ。

 

「お嬢様……すぐに行き止まりでした」


「残念でしたわね」


 侍女の血が騒いでしまっただろう。

 そう苦笑しながら思うおじさんであった。

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