第744話 おじさんまたもや信者を一人増やすのかい?


 その日は空が高く、とてもよく晴れた日のことだった。

 秋の終わりを告げるような風が吹いている。

 

 交易都市であるサングロックは、多くの人で賑わっていた。

 各地から特産品や収穫を終えた農産物が多く市場に出回るからだ。

 

 加えて、農産物を加工した食品類も人気である。

 

 そんな昼下がりである。

 サングロックの門前に一台の牛車があった。

 

 異常に大きな鬼牛が、ぶもおと声をあげている。

 立派な体躯に、美しい一本角だ。

 

 牛車を見た者たちは思う。

 この立派な牛車に乗っている貴族は誰だ、と。

 

 そこで目に入るのが、荷室に描かれたカラセベド公爵家の紋章だ。

 なにも言うことはなかった。

 納得できたからだ。

 

 サングロックに入ろうとしていた馬車や行商人たちの列が割れる。

 そして、自然と片膝をつくのだ。

 

 なにせ領主様のお越しだからである。

 御者席に座るランニコールも、民たちの態度に納得だ。

 

 サングロックの門衛の一人が牛車にむかって走ってきた。

 壮年の男性だ。

 軽鎧の上からでも立派な体躯をしているのがわかる。

 

「失礼いたします。私は門衛隊長のハクリヘイと申します。カラセベド公爵家の御方だと存じますが、御用を伺ってもかまいませんでしょうか」


「カラセベド公爵家、リーお嬢様の牛車である。公爵家への陳状の件にて足をお運びになられたのだ」


 執事然としたランニコールが、しっかりと対応する。

 懐からは陳情書まで出して見せているのだから用意周到だ。

 

 陳情書に書かれた代官の名前、筆跡を丁重に確認する門衛隊長である。

 ランニコールに返してから、ビシッと敬礼した。

 

「確認いたしました。では門衛から代官邸に人を走らせておきます。代官邸までは私がご案内させていただきます。ようこそ、サングロックへ」


 隊長が戻って行く。

 ゆるゆるの警備だが、そんなものなのだろう。

 

 なにせ牛車にはカラセベド公爵家の紋章が入っている。

 もちろん紋章を偽造したりすれば、大問題になるから誰もしない。

 そうした背景もあっての話だ。

 

 また、おじさんの作った立派な牛車。

 加えて、巨大な鬼牛というのも説得力を割り増していただろう。

 

 門を通り、町中へ。

 

「こちらでございます!」


 門衛隊長のハクリヘイに四名の門衛たち。

 合計五名で、おじさんの牛車を囲んで護衛している。

 

 町中でもおじさんの牛車には注目が集まっていた。

 高位貴族らしい乗り物に、カラセベド公爵家の紋章だからだ。

 

 ただ門衛たちがいるせいで、近くには寄れないのだろう。

 遠巻きに見て、あれこれと噂話をしているようだ。

 

 ゆるりと牛車を走らせて、サングロックの代官邸に着く。

 代官邸で働く者が全員、出迎えにでていた。

 

「お嬢様は見世物ではないのですが、まぁいいでしょう」


 ランニコールが牛車をとめる。

 先に侍女が牛車から降りた。

 

 次におじさんが姿を見せる。

 

 おじさんは顔の半分をマスクで隠している。

 それでも優雅で、気品があり、見る者を虜にするような魅力があった。

 

「ごきげんよう」


 出迎えてくれた者たちに、ニコッと微笑むおじさんだ。

 だが、おじさんに耐性がない者たちの精神がガリガリと音を立てて、すり減っていく。

 

 それだけの超絶美少女なのだ。

 

「お初にお目にかかります! リーお嬢様。ご尊名はかねがね聞き及んでおります。私はサングロックの代官を任されておりますパユネン・リマリソソルバと申します」


 片膝をつき、貴族の礼をとる代官である。

 明るめの赤茶色の毛をした男だ。

 

 年の頃は三十代だろうか。

 見た目からして文官であろうことがわかった。

 

「リマリソソルバ卿ですね。はじめまして、わたくしがリー=アーリーチャー・カラセベド=クェワですわ」


「御尊顔を拝する栄誉をいただき、光栄にございます。本日はご足労をおかけいたしました」


「早速で申し訳ありませんが、訴状の件をお聞かせくださいますか?」


 ははあーと深く頭を下げる代官である。

 そのときだ。


 おじさんの肩にすぅと小鳥がとまる。

 それも一羽ではなく、五羽もだ。

 

 代官邸で働く者たちは思った。

 超絶美少女になれば、小鳥すらも自然に寄ってくるのか、と。

 

 そのまま代官邸に入るおじさんたちだ。

 すぐさま応接室にとおされて、お茶でもてなされる。

 

 交易都市の代官だけのことはあった。

 いい茶葉を仕入れている。

 お茶を淹れる侍女の腕も悪くない。

 

「さて、こちらの訴状の件ですが……」


 と、おじさんが切りだした。

 二通の訴状をだす。

 

「こちらは二通ともリマリソソルバ卿が書かれたということでよろしいのですね?」


 そのとおりでございます、とあっさり認める代官だ。


「よろしい。まずはリマリソソルバ卿の話を聞かせてくれませんか?」


 おじさんの一言に代官は話を始めた。

 

「そもコリオラノ川――件の水量が減った川なのですが――異変が起こったのは五年ほど前のことだと聞いております。その後、年々水量が減っていきまして。ここ三年ほどで深刻な水量不足になったのです」


「で、原因を究明するために騎士を派遣した、と」


「はい。コリオラノ川の水源は精霊の森にあると言われています。精霊の森はここから五日ほど北西に進んだ場所にあるのですが……その難航しておりまして」


「ほおん。精霊の森ですか」


 ちょっと興味がわくおじさんだ。

 その手の森にはなにがあるのかわからない。


「古くから精霊が住む森と言われている場所でございます。水源そのものは発見できたのです。しかし、水源が古代の祭祀場であるようで、あまり詳しい調査をすることもできていません」


「……なるほど。その件については後で詳しく聞きたいですわ。話を進めてくださいな」


 おじさんは羽根扇で口元を隠す。

 肩にのった小鳥がほんの少しだけ囀る。

 

「それでは」


 と代官は話を続けていく。

 だいたい訴状にあるとおりである。

 

 それを確認してから、おじさんが口を開く。

 

「概ね……訴状のとおりですわねぇ」


 口元を羽根扇で隠すと、おじさんの表情がわからなくなる。

 そのことに少しばかり不安を覚える代官であった。

 

「ですが、リマリソソルバ卿。わたくしの手の者からの報告とは少し内容が異なりますわね」


「は? ええと……」


「確かにコリオラノ川の水量は減っているのでしょう。ですが訴状にあるよりも都市側には水が多く、農村地帯には水がありませんでしたわ」


 どういうことなのでしょうね? と聞くおじさんだ。

 実はおじさん、町に入ったときからバベルに偵察をお願いしていた。

 その報告がきたのである。

 

「そ、それは……そのぅ」


 言葉に詰まる代官だ。

 

「リマリソソルバ卿のお立場からして、商業組合との付き合いが深くなるのは仕方ありませんわ。だからと言って、そちらにばかり便宜を図るというのもちがいますわね」


「…………」


 冷たい汗がとまらない代官であった。

 言い訳ができないほど追い込まれてしまう。

 そして、思わず椅子から降り、その場で土下座をする。

 

「申し訳ありませんでした!」

 

「ま、これで賄賂をもらっていたなどのことがあれば、断罪していましたが。そこまでではないようですわね。恐らくは商業組合の圧に負けたというところでしょうか」


 バベルの仕事に手抜かりはなかった。

 きちんとそこまで調べていたのである。

 

「リマリソソルバ卿、貴族とは力なき民を守るもの。確かに商業組合とてその民の中に入るでしょう。ですが……物を作る者をないがしろにしてはいけませんわ」


 商売ができるのも物があればこそ。

 その物がなくなれば、商売そのものができなくなる。


 特に食品加工が有名なサングロックでは致命的なものになるだろう。

 だからこそ農村を守るべきなのだ。

 

「……仰るとおりでございます」


「まぁだからこそ二通・・の訴状をあげたのですわよね? 農村と商業組合。どちらかひとつでいいのに両方からの訴状を書いた。他力本願ではありますが、その知恵は賞賛します」


 おじさんが少しだけ圧を強める。


「どうですか? わたくしと商業組合の長。どちらが怖いですか?」


 どれだけ身体が震えようと、どれだけ命の危険を感じていようと、だ。

 おじさんが怖いなんて言うことはできない。

 絶対にだ。

 

 ふ、と微笑むおじさんである。

 そして圧をとく。

 

「もうおわかりでしょう? 商業組合の長などどれほどの者か。その圧に耐えられるのなら、あなたに任せておいてもよいですわね」


 羽根扇を勢いよく閉じるおじさんだ。


「できますか?」


 コクコクと頷く代官である。

 交易都市の代官とは優秀な者でないと務まらない。

 だからこそ文官の中でも優秀なリマリソソルバ卿が派遣されたのだ。

 

 しかし文官で優秀だからと言って胆力があるとは限らない。

 立場は代官の方が上である。

 ただ海千山千の商業組合の長を相手にするには、まだ経験が足りなかったようだ。

 

「よろしい。次はありませんわよ」


 母親と同じ言葉を口にするおじさんであった。

 ちょっとおじさんの中で憧れていた言葉でもあっただけだ。

 

「サイラカーヤ、お茶を淹れてくださいな。リマリソソルバ卿、さぁお立ちになって。農村地帯は既に回っていますの。当座の飲用水と生活用水、農業用の水と用意しておきましたわ」


 平常運転に戻るおじさんだ。

 ついでにパチンと指を鳴らすと、肩にとまっていた小鳥も姿を消す。

 おじさんの簡易召喚である式神だったのだ。

 

「は? あの五つの村すべてでしょうか?」


 もちろん、とおじさんは微笑む。

 信じられない思いでいっぱいの代官である。

 

 だが、不思議と嘘であるとは思わなかった。

 目の前にいる御方なら実現できそうだから。

 いや、できるのだろう。

 

「ありがとうございます」


 まだ立ち上がることができない代官だ。

 再び土下座の姿勢に戻る。

 

「もうそれはいいのです。わたくし、水源地にあるという祭祀場のことが気になっていますの。詳しい話を聞かせていただけますか?」


「は……と申しましても、私も報告を受けただけなので、詳しいことと言われても……いえ、ひとつだけ。水源となっているのは水の湧く小さな泉なのですが、その泉に不思議な壺がある、と」


「不思議な壺ですか」


「ええ、なんでも泉の底に設置してあるそうです」


「だから祭祀場なのですか?」


「周囲には祭壇のようなものもあったということです」


「……なるほど。明日にでも水源地に赴きますわ。さて、他にわたくしに言っておきたいことはありますか? せっかくの機会なのです。抱えている問題があれば教えてくださいな」


 

 後日のことである。

 おじさんちの分家跡取りで、文官でもあるアポストロスは叫んでいた。

 

「おのれ、パユネンめ! 絶対に許さん!」


 この二人、実はお友だちなのである。

 王都の学園時代からの。

 

「リー様と一緒に仕事をしただと! おのれ、おのれ、おのれ!」


「うるさい、馬鹿。仕事をしろ」


 アポストロスにツッコんだのは母親であるフレメアだ。

 まだ炭酸泉温泉地計画で、自領の事務仕事に借りだされている。

 

「馬鹿とはなんですか! 馬鹿とは!」


「馬鹿だろうが、リー様リー様と」


「おのれ! 母上、表にでていただきましょうか! 今日こそリー様の尊さを理解していただきます!」


「はん! 諦めの悪いヤツめ!」


 そんな二人のやりとりをみているララックだ。

 公爵家領の貴族学園に通う親戚である。

 

「叔母上、従兄上! そんなことより仕事しましょうよ!」


「やかましい!」


 二人から叱責されたララックであった。

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