第741話 おじさんはサングロックへ行く前にちょっと戯れる


 祖母の執務室を出て、おじさんたちはサロンに移動した。

 本邸のサロンも見事なものである。

 おじさん手製の家具がならんでいるのも誇らしい。

 

「さて、ちょっと服装を整えましょうか」


 おじさんはまずマスクを選ぶところから始める。

 マスクつけたい派なのだから仕方ない。

 ペストマスクに手が伸びるが、それを却下する侍女だ。


「お嬢様、そのマスクはダメです」


「うーん、ダメですか?」


 強く拒否をするときは、敢えてなにも言わない侍女である。

 ただ首を横に振る。

 

 これがいちばん効果的なのを知っているのだ。

 マスクを置いて思案し始めるおじさんである。

 

「お嬢様、こちらはどうですか?」


 侍女が渡したのは黒をベースに赤の彩りが入ったドミノマスクだ。

 女性らしい曲線を描く百合が銀でデザインされている。

 なかなか優美でゴージャスだ。

 

 それをつけるおじさんだ。

 姿見で確認して、気に入ったようである。

 

 ついでに錬成魔法を使って、ドレスも黒と赤に統一してしまう。

 

「サイラカーヤも変えますか?」


「いえ、私までマスクをしてしまったら怪しまれてしまいますわ」


「それもそうですわね」


 納得するおじさんであった。

 

「では、サクッと陳状を解決しに行きましょう!」


 と、おじさんはトリスメギストスとバベルを喚ぶ。

 頼りになる使い魔たちなのである。

 

「トリちゃん、交易都市サングロックの位置はわかりますか?」


『もちろんである。王国なら詳細な地図があるからな』


「バベルには悪いですが、今回もお願いしますわね」


「なんのなんの。これしきのこと、気になさるな。主殿」


 と、さっそく場所を確認して姿を消すバベルであった。

 

「トリちゃん、バベルから連絡があるまでに事情を話しておきますわ」


『うむ。まぁだいたいは把握しておるよ。要は水利権の問題であろう?』


 かくかくしかじかと説明するおじさんであった。

 

『ふむぅ。主のことだ。どうせ湖でも作ろうと考えているのだろう。それはそれでいいのだが、どちらにせよ原因を知る必要があるぞ』


「ですわねぇ。一時しのぎにはなっても……ん? バベルですか。承知しました。では、そのまま待機していてくださいな。逆召喚でむかいますから」


 ニコリと微笑むおじさんであった。

 

 交易都市サングロック。

 公爵家領内でも五指に入る都市だ。

 

 平原の中に歪な円形に城壁があり、その側を川が流れている。

 ただ、おじさんが見てきたアルテ・ラテンなどの大河に比べるとずいぶんと小さい印象だ。

 

 なにせ川幅が十メートルもなさそうだからである。

 これでは交易に使うといっても小舟になってしまうだろう。

 

 位置的にはほぼ中央にあるので、陸路における中心地のはずだ。

 その少し離れた場所には農地も見える。

 

「バベル、ちょっとお使いを頼んでいいですか?」


 おじさんは陳状をあげていた農村の位置を調べてもらおうと思ったのである。

 

「承知。では、御前を失礼するでおじゃる」


「わたくしたちは、まずサングロックに行きましょうか」


 そういって今度は短距離転移で移動するおじさんたち。

 何度か短距離転移を使って、都市の門が遠くに見える位置に立つ。

 

「今、気づいたのですが……馬車があった方がよろしいんじゃ?」


「それはそうですわね……」


 サングロックは大きな町である。

 そこへ徒歩で入場してくる令嬢と侍女。

 供も連れていない。

 

 傍からから見れば、怪しいことこの上ないだろう。

 主従そろって、抜けているおじさんたちだ。

 

 ただまぁ先に気づいただけマシである。

 

 とは言え、馬なんていない。

 宝珠次元庫の中に入れて、移動するわけにもいかないのだ。

 

「仕方ありません。ここで作ってしまいましょう!」


 周囲に人がいないのをいいことに言い放つおじさんだ。

 

『待て待て、主よ。ここはサングロック。ならば野生の鬼牛おにうしの生息地だ。そいつを捕まえてくればよかろう』


 鬼牛とな。

 おじさんは首を傾げる。

 

『うむ説明しようではないか。かつては軍用として重宝されていたのが鬼牛であるな。一般的な牛よりも巨大で、強靱な肉体を誇っておる。その分、気性は荒いが、己が主として認めれば従順になるのだ』


「……ほおん! とっても良さそうな牛さんですわね!」


「お嬢様。鬼牛は……」


 侍女は情報を知っているようだ。

 

「偶に冒険者組合でも捕獲の依頼がでていますね。主に貴族からの依頼ですが、まぁほとんど達成された例がなくて塩漬け案件の定番になっていますわ」


「それは生息数が少ないとかの理由ですか?」


 おじさんの問いに侍女が首を横に振った。

 

「単純に鬼牛を捕獲するのが難しいのですわ。主として認めない者の言うことは聞きませんからね。上級でも上位の者なら認められる実力はありますが、認められてしまったら貴族の物にはなりませんから」


「なるほど。ならば貴族が自ら出張って捕獲するしかない、と。それをするには実力が不足している、と」


「そういうことですね。お嬢様ならなんの問題もないでしょう」


「では、さっそく捕獲しに行きましょう。ランニコール!」


 おじさんはさらに使い魔を喚ぶ。

 

「御前に罷り越しました」


 執事然とした振る舞いをするランニコールであった。

 

「鬼牛を見つけてくださいな。おっきな牛さんです」


「畏まりました」


 スッと姿を消すランニコールだ。

 

「トリちゃん、馬車……牛車の荷室を作ってしまいましょうか」


『まぁそれは仕方あるまい。主よ、ここでは目立つ。主上の空間にでも転移して作ればよかろう』


「ですわね」


 と、侍女も連れて一瞬で転移するおじさんだ。

 

「さぁサクッと作ってしまいますか」


 宝珠次元庫から素材をだして箱型の荷室を作ってしまう。

 どうせ長距離は移動しないのだから、内装はこらなくてもいい。

 

 はいやーと錬成魔法を発動させるおじさんだ。

 一瞬でカラセベド公爵家の紋章が入った荷室ができてしまう。

 

『ふむ……もう主の錬成魔法はよくわからんな』


「最近、自分でもそう思いますわ」


 宝珠次元庫にしまって、元の場所に戻るおじさんたちだ。

 

『マスター。ご希望の鬼牛を見つけましてございます』


 さっそく連絡がきた。

 仕事が速いランニコールだ。

 サクッと逆召喚を利用して転移する。


『ほう! あれはいい鬼牛であるな!』


 そこには一頭の鬼牛がいた。

 デカい。

 

 草原の草を食んでいる。

 

 おじさんが思っていたよりも、五割増しで大きいのだ。

 たぶん体高は三メートルを超えているのではないだろうか。

 

 見ただけでわかる筋肉の発達具合。

 暗い赤褐色の毛色。

 馬で言う鹿毛のような色合いだ。

 

 額には立派な一本角と二本の牛の角がある。


「トリちゃん、あの一本角が宝石みたいになっていますわね」


『ああ――鬼牛が持つ最大の特徴であるな。あれは宝珠と似たようなものでな。魔力を集中させて魔法を放つこともできる』


「そうですか! さて、捕まえにいきますわよ!」


『待て、主よ。あれはハグレだ。鬼牛は小さな群れで生活するものなのだがな。希にああしたハグレがいる』


「特徴は?」


『気性が荒い鬼牛の中でもさらに気性が荒い。あれで角が折れていれば、群れから追い出されたのだろうがな。あれほど立派な角なのだ。恐らくは――』


 鬼牛の方がおじさんたちに気づいた。

 雄叫びをあげる。

 それだけでビリビリと大気が震えた。

 

「ほおん……鬼牛のくせにやるではないですか」


 侍女のスイッチが入ったようである。

 獰猛な笑みをうかべて、指をぽきぽきと鳴らす。

 

「サイラカーヤ、ダメですわよ。ランニコールも」


 おじさんが好戦的な二人をとめた。

 さっきの話では、おじさんが認められなければいけない。

 

 だから――おじさんが一歩前にでた。

 

「ぶもぉおおおおおおお!」


 鬼牛が突進してくる。

 角を前にだし、魔力を集中させて。

 

 ドドドドという音がうるさいほどだ。

 

「わたくし、そういうの嫌いではありませんわよ」


 仮面に包まれていない唇が、三日月のようにゆがむ。

 おじさんもやっぱり公爵家の血を引いているのであった。

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