第740話 おじさん新しい活動をはじめてみる


 明けて翌朝のことである。

 おじさんはいつものルーティンをすませて、コーヒーを満喫していた。

 

 やはり朝は紅茶よりもコーヒーだ。

 香ばしくも複雑な香りを楽しみながら、その苦みと酸味を味わう。

 

 ちなみに弟妹たちはミルクと砂糖たっぷりのカフェオレ派だ。

 

 炎帝龍のウラエウスもふよふよと飛んできて、おじさんに絡みつく。

 なんだかんだで、おじさんの側が落ち着くようである。

 

 カラセベド公爵家もマスコットが増えたものだ。

 ケット・シーのクリソベリルに、クー・シーのオブシディアン。

 

 おじさんの精霊獣たちである。

 さらに妹の頭にのっていることが多い、コカトリスのピヨちゃんもいる。

 

 賑やかなものだと思う。

 でも、そういうのがいいのだ。

 おじさんは。

 

 ひとりぼっちはもう勘弁してもらいたい。

 

 来年には新しい弟か妹が産まれるだろう。

 とっても楽しみにしているのだ。

 

「お嬢様、本日はいかがなさいます?」


 側付きの侍女である。

 今日の予定を確認したのだ。

 

「なにか予定は入っていましたか?」


「……確かイトパルサの商業組合からの納品がありますが、そちらはアドロス様が立ち会う予定ですわね。あと本家の文官からの書状がいくつか届いておりましたが、急ぎの案件はありませんわね」


 すらすらと答える侍女だ。

 はっちゃけていた過去はあってもお仕事はできる。


「わたくし、少し考えていたのですが……」


 ことりとカップを置くおじさんだ。

 朝日がキラキラと銀色の髪に反射して、まるで輝いているようである。

 

「暇つぶ……ではなくて、お勉強のために冒険者になってみたいですわ!」


 目をキラキラとさせるおじさんだ。

 そうなのである。

 

 学園はもう来ても来なくてもどっちでもいい扱いだ。

 さもありなん、だ。

 下手な講師よりもできちゃうのだから。

 

 だからと言って、もう学園に来なくていいと言われると寂しい。

 大事なお友だちがいるのだ。

 

 講義の時間は退屈でも週の半分くらいは出るようにしている。

 ただ、それとはべつに何かやりたいおじさんなのだ。

 

 じっとしていられない。

 のんびりすればいいのに、色々と動いていたいのだ。


 魔道具作りなど色々とやることはある。

 でも、祖父母と両親から急ぎ過ぎるなとも言われているのだ。

 

 おじさんが思いつくままに物を作っていては、本当になにもかもが追いつかなくなるからである。

 つまり――おじさんはちょっと時間を持て余していたのだ。

 

 そこで思いついたのが冒険者というお仕事である。

 冒険者なら時間的にも日にち的にも都合がつけやすいと思ったのだ。


「……お嬢様が冒険者ですか?」


 侍女が目を細めて、おじさんを見る。

 

「そうですわ! ちゃんとマスクをつけますから!」


 むしろマスクは付けたい派のおじさんだ。

 

「んーあまり王都付近の冒険者はおすすめできませんわね」


「どういうことでしょう?」


 そうですわね、と侍女が言葉を続ける。

 彼女はおじさんちの侍女になる前は冒険者だった。


「そも王都付近にはあまり強い魔物がいませんわ。それに騎士団も常駐していますので、定期的に訓練を兼ねて間引いています」


 なるほど、と納得するおじさんだ。

 要は魔物を狩るといっても、数も少なければ質も良くないのだろう。

 

「ですので王都での冒険者組合にくる仕事と言えば、ちょっと特殊な採取依頼が多いのですわ。他にも各地へ行く商隊の護衛や、見習いのためのちょっとした雑用などが中心ですわね」


 侍女の説明によれば、だ。

 見習いから初級者向けの依頼なら短時間で終わりそうである。

 中上級者向けなら日数がかかるだろう。

 

「正直なところ、お嬢様のような御方が見習いたちの仕事をとってしまうのはよくありませんわね。彼らは数をこなして食い扶持を稼いでいますから」


「確かにそのとおりですわね。わたくしの考えが少し甘かったように思いますわ」


 ちょっと意気消沈するおじさんだ。

 そんな姿を見せられてしまうと、侍女としては助け船をだしたくなる。


「でしたら領都の方に行ってみますか? 基本的には大きな都市は似た依頼が多いのですが、あちらなら魔物も多いですし」


 侍女が少し考えてから、おじさんに言う。


「最悪は組合をとおさずに、ご隠居様か御裏方様に魔物の討伐をおねだりしてみるというのも」


 祖父か祖母のもとなら陳情もきているだろう、ということだ。


 敵国と境界を接しないアメスベルタ王国では、規模の大きな魔物の対応は騎士たち。

 その他の中小規模の魔物討伐を冒険者と住み分けしている。

 

 場合によっては冒険者が出張ることもあるのだが、それができないケースもあるのだ。

 よって公爵家の騎士たちは、あちこちに出かけて魔物の討伐をしていたりする。

 

 ただ人員の数には限りがあるので、優先度の高い陳状から解決されているのが実情だ。

 

 そこで、おじさんの出番ということだ。

 優先度が低い陳状を片付ける。

 

 ということを、侍女は説明したのだ。

 

「いいですわね! 民たちの陳状を解決して回る!」


 まるで水戸黄門だと思うおじさんであった。

 いや、ちょっとちがうか。

 

「では、朝食の席でご当主様と奥方様に許可をもらってくださいな」


 それがいちばんハードルが高い気がするおじさんであった。


 いかに身分を隠そうが、マスクで顔を隠そうがおじさんはおじさんである。

 超絶美少女なのだ。

 

 しかも先に行われた対抗戦での活躍がある。

 故に王都の冒険者組合でも人気はうなぎ登りなのだ。

 

 そんなところへ登録に行けるはずもない。

 大パニックになるのは目に見えているのだ。

 

 なので――やんわりと大人の対応をする侍女なのであった。

 

「んー領地の陳状を解決する、か。なら、いいんじゃないの?」


 朝食の席である。

 あっさりと母親がゴーサインをだした。

 

「さすがに冒険者に登録するのは難しいけれど、領地の陳状なら問題ないだろう。義父上も義母上も快く許可してくれると思うよ」


 父親も同様である。

 恐らく領地の方に回ってくる陳状にも、なかなか手が回らないのかもしれない。

 

 と言うことで、今日は陳状を解決することにしたおじさんだ。

 ケルシーを見送った後で、侍女を伴って領都に移動する。

 

「おや? どうしたんだい、リー?」


 祖母が対応してくれたので、さっそくおねだりをするおじさんだ。

 

「ふむぅ。陳状の解決か。なら、それを頼もうかね」


「どんな陳状があがってきていますの?」


 おじさん、ワクワクしている。

 

「そうさね……」


 と祖母は控えていた従僕に箱を持ってこさせる。

 その中のものが陳状だというのだ。

 ずいぶんとためこんでいる。

 

「魔物の討伐なんかの命に関わるものが最優先だからね。そうでないものはここにたまっているのさ」


 陳状といっても様々である。

 箱の中の書類を手に取って、パラパラと内容を確認する祖母だ。

 

 その中から一枚の紙をとりだす。

 

「これなんてどうだい?」


 カラセベド公爵家領の中央からやや東に位置する交易都市サングロック。

 その交易都市の周囲には農村がいくつかある。

 

 この両方から陳状があがってきているのだ。

 サングロックの近隣には川が流れている。

 

 この川の水量が減っているのだ。

 川から水が減るということは、都市にとっても農村にとっても死活問題になる。

 

 都市側からすれば、だ。

 交易品の生産や物流に欠かせない。

 もちろん都市で生活する人の飲用水でもある。

 

 一方で都市の下流にある農村でも大問題だ。

 飲用水でもあるのだが、それよりも農産物を作るのに必要となる。

 

 無論、サングロックの代官も事を収めようとはしたのだ。

 しかし水量が減った原因がわからない。

 

 都市を基盤とする商業組合の言い分もわかるし、農村側の言い分ももっともだと思う。

 

 現状では水魔法を使って、なんとかしのいでいる状態だそうだ。

 

「承知しました。では、行ってまいりますわね! お祖母様!」


「ああ、頼んだよ、リー」


 おじさんがスキップを踏みそうな勢いで部屋を出て行く。

 その背中にむかって侍女が声をかけた。

 

「あの、お嬢様」


「なんですか?」


「こういった利権の仲介役は大変ですよ?」


 侍女の問いにおじさんが笑顔で振り返る。


「むっふっふ。どかーんと湖でも作りましょう! それで問題解決ですわ!」


 ……ああ、うん。

 お嬢様ならかんたんなことだった。

 

 そう思う侍女である。

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