第739話 おじさん家族会議で母親に戦慄を覚えさせる
聖女とケルシーが同時に走った。
しかも別々の方向に。
さすが蛮族である。
打ち合わせをせずとも、このくらいの連携はやってのけるのだ。
だが、おじさんを前にして逃げられるはずもない。
パチンと指を弾くと、聖女とケルシーの二人はおじさんの前にいた。
「え?」
「あれ?」
そのことに戸惑う聖女とケルシーだ。
なにせ逃げたはずなのに、一歩も進んでない状況なのだから。
「エーリカ、ケルシー。気をつけぇい、ですわ!」
二人がビシッと背筋を伸ばして立つ。
とてもきれいな気をつけの姿勢であった。
おじさん、こっそり禁呪の魔言を使ったのである。
「まったく。わたくしから逃げられると思っているのですか」
「に、逃げたんじゃないわ!」
「ないわー!」
聖女の言葉にのっかるケルシーだ。
「では、どうしたのです?」
「よ、妖精さんに呼ばれたのよ!」
「呼ばれたのよー!」
また無茶なことをと思うおじさんだ。
そこへアルベルタ嬢が割って入ってきた。
「ほおん……では、その妖精さんはどこにいるのです?」
正論パンチで殴られた聖女とケルシーだ。
二人はうぐぐと詰まってしまう。
「クッ……ころせえい! こうなったら、ころせえい!」
実に蛮族らしい、くっころであった。
「ころせえい! ……え?」
ケルシーは聖女のノリについていけなかったようである。
「いいから、さっさと書類を片付けてきなさいな!」
またもや魔言を使うおじさんだ。
その言葉に従って、聖女とケルシーの二人が動くのであった。
おじさんは会長席に座って、優雅にお茶を飲む。
その膝に学生会室に居ついた黒猫がするり、とのってくる。
尻尾のあたりをトントンとしながら、おじさんは黒猫をもふるのだ。
相変わらず賑やかな学園生活を送るおじさんであった。
その日の夜のことだ。
父親と母親、それに祖父母もそろって会議が開かれていた。
議題は魔導武器について。
鬼人族と蛇人族の里については、国としての方向性は決まっている。
急激に変化を起こすのは、双方にとってよろしくない。
なので、少しずつ取引を拡大していこうというものだ。
とりあえず
その後はラケーリヌ公爵家、王家、サムディオ公爵家とも取引をしていくということで合意を得た。
で、だ。
実は鬼人族と蛇人族の話がスムーズにいったのは、魔導武器を再現したという爆弾があったからである。
おじさんと母親と祖母。
この三人がそろってやらかしてしまった。
色々と条件はあるが、魔導武器はとても便利である。
魔法武器とはまたちがう要素で構成されるものだから。
長い間、再現できなくて当たり前だ。
父親は三本の魔導武器を王城へと持ちこんだのである。
そして会議を続けていたのだ。
「ふむぅ……では結果としては極秘扱いにするということか」
祖父が父親に確認をとった。
父親がこくりと頷く。
「魔導武器を復活させるなんて思ってもみなかったことですから。正直なところ扱いを決めかねているという状況ですね」
「だろうねぇ」
かっかっかと上機嫌に笑う祖母だ。
こうなることは予想していたのだろう。
「それにうちの王国にはリーちゃんが作ってくれた天空龍の武具がありますからね」
父親の言うことももっともである。
魔導武器と比較しても見劣りしない武具だ。
というか、もう国宝指定してもおかしくない代物である。
おじさんに自覚はないが、とんでもない性能なのだから。
ちなみに公表はしていないが、祖父母も専用の天空龍シリーズを持っていたりする。
さらに言えば、あの巨大ゴーレムと小型のゴーレム。
おじさんの道具がありきだが、かなりの戦力アップが見こめる。
「んー惜しむらくはそれを使う機会がないという点じゃろうか」
豪快に笑う祖父であった。
恐らくだが、かつてないほどに王国の力は高まっている。
今の状況であれば、超大型の魔物がでたとしても、いつもより被害が軽減されるはずだ。
おじさんという鬼札を抜きにしても、である。
他国からの援軍を見こみにくい島国だからこその悩みが、半ば解決されているとも言える。
祖母は思うのだ。
後生の歴史家たちは、この時代を王国の黄金時代と呼ぶだろう、と。
それに軍事力の面だけが充実しているわけではない。
おじさんが提出している生産力向上計画も着々と進んでいるのだ。
「ああ、そう言えば。御義父様と御義母様に言い忘れていましたけど、私、学園時代の仲間を集めていますわ」
母親である。
おじさんの生産力向上計画についてだ。
優れた魔道具師は何人いてもかまわない。
だから、母親はお手紙をだしていたのである。
お前らの面倒見てやるから集まれ、と。
多少の散財にはなるだろうが、そんなものは長い目で見ればおつりがどれだけでるかわからない。
「でかした! これから先、魔道具師は取り合いになるだろうからね。先にうちで囲いこんでおきたいと思っていたところだよ」
祖母が母親を褒める。
そんな様子をニコニコとしながら見つめるおじさんだ。
今夜の議題は、だいたいおじさんのせいである。
でも、おじさんにはあまり自覚がない。
「リー、なにか意見はあるかい?」
祖母がおじさんに聞く。
だが、特になにか言うことはないのだ。
だって国を動かすようなスケールの大きな話はよくわからないから。
だから、おじさんは言う。
「そうですわね。わたくし、他にも作りたいものはいっぱいあるのですわ! 例えば新しい保存食でしょう? それに各地を結ぶ輸送路を作るのもいいかもしれませんわね!」
「ちょ、ちょっと待とうか!」
父親がおじさんにストップをかける。
だが、その制止を聞かない者たちがいるのだ。
母親と祖母である。
「保存食……前に言っていたわね。それに輸送路とはどういうこと?」
母親がおじさんに聞いた。
「そうですわね。まだ先の話になるのですが、生産力向上計画がなったとするでしょう? すると必然的に王国各地で扱える物の量が増えますわね。その増えた物を輸送するには、今のままでは貧弱すぎますわ」
ふむ、と頷く祖母だ。
確かにそのとおりだと思ったのである。
「しかし、リーの作った宝珠次元庫があるだろう? あれのお陰でかなり輸送力は上がると思うんじゃが」
祖父も参加してくる。
実際に軍を動かしている祖父は実感しているのだ。
宝珠次元庫によって運べる食料や武器、薬や雑貨などが格段に増えた。
そのお陰で軍としても、かなり助かっている。
「それだけでは物足りませんわね。もっと多くの物資を一気に運ぶための輸送路、いえ輸送方法を作りたいのです」
「腹案はあるのかい?」
祖母がおじさんが聞く。
「もちろんですわ! 陸路ではどうしても運べる量に限界がありますわ。王国内では河川を使った運搬も利用されていますが」
「各地に運ぶとなると、どうしても陸路が必要さね」
「そこで、です! わたくしが提案したいのは空飛ぶ船ですわ!」
ああ、と声を漏らす父親だ。
おじさんが何度か言っていたことだ。
なかなか難航しているようだが、まさにそれが実現したらすごい。
だって飛行できる距離によっては、王国内だけではなく海の外の国にだって行けるのだから。
それも大型の魔物が多い海を跳び越えて。
「なるほど……そこにつながるのね」
母親も父親と同じ結論にいたったのだ。
確かに飛行船計画は何度か聞いていた。
だから思う。
あのときから、そんなことまで考えていたなんて、と。
確か最初に言いだしたのは聖樹国でのことだと思う。
もうかなり前のことだが、我が娘ながらその慧眼に驚かされたのだ。
大きな視点から物事を見るというのは大貴族には必須の能力だろう。
それにしたって飛空船計画が、生産力向上計画につながるとは母親にとっても目から鱗だったのだ。
説明されれば理解できる。
だが――その視座の高さに戦慄を覚えるのだ。
ふふふ、と含み笑いが漏れる。
どうしようもなく胸が高鳴るのだ。
飛空船というものに対してだけではない。
おじさんの思い描く未来が、とてつもなく面白そうだからだ。
そう。
ちっぽけな島だけで満足するのではない。
外にむかって世界が開かれるのだから。
人生をかけて開発するだけの意義がある。
いや、絶対に成功してみると決意する母親だ。
立ち上がって、きょとんとしている娘に歩み寄った。
そして、おじさんをぎゅうと抱きしめたのだ。
「リーちゃん! 最ッッッッッ高ね!」
完全に母親の勘違いである。
が――おじさんは知る由もない。
ただ喜んでくれているのなら、それに勝るものはないと思うであった。
祖父母は初めて聞くことだ。
だが、父親や母親と同じ結論にいたる。
だって、それはこの世界そのものを変えてしまうものだから。
「リー! ヴェロニカ!」
祖母がさらにおじさんたちをハグする。
「私は生まれてきて、こんなにワクワクとしたことがないよ!」
満面の笑みになる祖母だ。
おじさんの飛行船計画に全面賛成のようである。
「いいのう、いいのう! こりゃあ世界が変わるぞ!」
祖父も乗り気だ。
ただ……父親だけは、かつてない胃の痛みを感じていた。
同じ結論になりながら、なぜこうも反応がちがうのか。
なんだかんだで父親が常識人だからである。
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